経済産業大臣表彰/澤 俊行(さわ としゆき) 氏
国立大学法人広島大学 名誉教授
無名の「管フランジJIS」で日本の技術レベルを世界にアピール
一般家庭やビルの水回り、排気設備から上下水道・ガスなどの社会インフラまで、「配管」はあらゆる設備の要である。さまざまな温度・圧力の液体や気体、毒物や危険物も流れるため、安全性を確保することが絶対条件だ。そこで重要なのがパイプをつなぐ「継手」の部分となる。
材料力学を専門とする広島大学名誉教授の澤俊行氏は、フランジ※の研究分野で国内外から数多くの表彰を受ける第一人者だ。1993年からフランジ関連のISO(国際標準化機構)国内委員会やJIS(日本産業規格)原案作成委員会等の委員長を歴任し、約30年にわたり第一線で数多くの規格化に携わってきた。
※パイプや弁などの部品をつなぐために使う継手部分であって、円板あるいは円板と円筒を組み合わせた形状の部品。
2つの一体フランジの間にガスケットを挟みボルトで締め付けることで、右に示す締結体となる。
(写真提供:株式会社フタワフランヂ製作所、国立大学法人 山梨大学)
澤氏は1996年にISO/TC5(金属管及び管継手)/SC10(金属管フランジ及びその接合部)の国内委員会委員長及び日本代表に就任。1998年、同委員会は管フランジの主要規格であるJIS B 2220(鋼製管フランジ)、同2239(鋳鉄製管フランジ)、同2240(銅合金製管フランジ)をISO 7005(管フランジ)に導入することを目標に掲げた。
「ISO 7005は船舶や潜水艦など近代産業に関わる歴史がある。一方、管フランジ関連のJISは、もともとDIN規格(ドイツの国家規格)をベースとして日本標準規格(JES、JISの前身)として制定されたもので、戦時の節約でDIN規格より部品をさらに小さく規定した経緯がある。欧米の技術者から見ると、JISフランジ規格は視野には入っておらず、知識も人脈もない。どうしたらいいか途方に暮れた。」と澤氏は笑いながら振り返る。
まずは、以前から面識のあるドイツの大学教授に助言を乞う。「フランジ規格はASME(アメリカ機械学会)の力が圧倒的で、協力を取り付けないと世界は動かない。また、JISに基づくフランジの世界的な生産量が少なければISO導入は難しい。」とアドバイスされた。
調べてみると、当時、鋼製フランジに関してはASME規格に基づく製品が約50%、DIN規格をベースとしたEN(欧州規格)が約25%、JISが約23%を占めていた。「ENがISO 7005に入っているなら、JISが入ってもおかしくない」。澤氏の自信につながった。
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1992年の工業調査に基づくフランジ生産量
※図中の「DIN」はEN規格を意味する。
(出典:ISO/TC 5/SC 10国内対策委員会作成)
次に試みたのは、ASME B16委員会の委員長ビル・マクレーン氏とのコンタクトだ。知人を介して何とか面会に漕ぎつけたが、「自分の一存では決められない。」とそっけない態度。しかし話すうち研究に強い関心があることがわかり、澤氏は帰国後さっそくASMEの論文集に掲載された自身の論文を送付した。
3週間後、ビル氏から届いたのは「非常に感銘を受けた。理論式の展開が素晴らしい。」という内容の手紙だった。そこには「ASMEの会議に招待したい。」旨も書かれていた。
ビル氏のはからいで、ASMEで澤氏の特別講演とJISをISOに導入する活動について審議が行われた。「『Great ASMEが何でSmall Japanのサポートを?』という雰囲気のメンバーもいたが、会議は厳粛そのもの。レベルの高さを感じた。」と澤氏。講演後、「全会一致」で日本のサポートが決定。会議に参加していたある技術者は「シベリアのプラント工場の見学でJISフランジを見た。小さいけれど性能がいい。」と声をかけてくれた。
その後も澤氏は欧州やアジアの世界各国を飛び回り、関係者との交流を深めながらJISの整備を行い、ISOへの導入に向けて着々と準備を進めた。2004年、ビル氏がSC10の議長となり、管フランジJISを導入したISO 7005の審議が進んだ。
そして2007年のファイナルドラフト(ISO規格の最終案)の審議において、根強い欧州勢の反対に対して日本を支持する国も徐々に現れたが、わずかな投票数の差で逆転され、JISの導入はかなわなかった。澤氏は審議の再開を依頼し続け、ようやく今年に入り再度ドラフトを送ったところで、2021年12月9日締め切りのISO の CD(委員会原案)投票に付される予定となっている。
「JISフランジはアジア地域で多く使用されており、大方がISO規格に導入される資格があると考えている。」と澤氏。澤氏らの継続的な活動により「知名度ゼロ」だったJISは国内海外双方に大きな影響を与え、ISO規格化が成功すれば400億円規模(2004年試算)の経済効果が見込まれている。
国際規格は「技術」の集約。長い目で参加することが重要
一方で、澤氏はコンビ―ナとしても活躍してきた。それがISO 4144(ISO7-1にねじ接続するステンレス鋼製のねじ込み式管継手)の制定だ。
当初よりこの分野の日本製品の信頼性は高く、国際規格化が期待されていた。そこで国内メーカー数社と協力し、規格化を提案。WGでの審議過程では「部品が薄いので強度が足りないのでは。」という意見があったが「審議を順調に進めるために測定実験や計算で強度を証明した。」という。
上記の指摘をクリアし、ほぼ日本原案のまま最短期間でFDIS(最終国際規格案)の最終承認を迎えたことについては、「日本の技術者のレベルと製品への信頼性に対する評価の現れ。」とにこやかに語る澤氏。同期間で原案作成委員会委員長として日本語訳となるJIS B 7308(ステンレス鋼製ねじ込み式管継手)の制定にも取り組み、これらの規格の成立で国際市場への製品拡大に大きな貢献を果たしたといえる。
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フランジのボルト締め付け及び漏洩量測定試験の様子
ひずみゲージを24本のボルトに貼り付け、ボルト軸力が所定の値に一様になるようにこれらのゲージを見ながら締め付けを行う。その後、ヘリウムガスを充填し圧力を作用さ、圧力降下法という測定方法で漏洩量を測定している。気体を使うとガスケットから必ず微小の気体が漏れる。
(画像提供:国立大学法人山梨大学)
長い国際標準化活動の経験で強く印象に残ったのは、標準化に関わる人々の意識の差だ。「欧米では30年から50年といった長い期間携わる人もいた」。その多くがベテランの企業人で、企業内で重要な地位にあることが多いという。
規格の歴史を深く理解する欧米に対し、経験の浅い日本では歯が立たないことがある。「必要と判断すれば欧米は制定の動きが早い。日本は誰かが作ってくれるという意識、あるいは既存の規格で製品を作ることに慣れ過ぎている。」と警鐘を鳴らす。
「これからの世界は、技術の集約が『規格』である。それを理解する若い人も次第に増えている。世界の流れを知り、長い目で規格制定へ参加してほしい。」と次世代へのメッセージをいただいた。
1976~2004年 | 山梨大学工学部機械工学科 助手、講師、准教授 |
2004年~2012年 | 広島大学大学院工学研究科教授 |
2012年~2014年 | 広島大学大学院工学研究科特任教授 |
2012年~現在 | 広島大学大学院名誉教授 |
1993年~現在 | JIS B 2220(鋼製管フランジ)、同2239(鋳鉄製管フランジ)、同2240(銅合金製管フランジ)、同2241(アルミニウム合金製管フランジ)原案作成委員会委員長 |
1996年~現在 | ISO/TC5(金属管及び管継手)/SC10(金属管フランジ及びその接合部)国内委員会委員長、日本代表 |
1997年~2000年 | ISO/TC5/SC5(ねじ込み式継手、はんだ付け管継手、溶接式管継手、管用ねじ、ねじゲージ)/WG3(ISO7-1に接続するステンレス鋼製ねじ込み式管継手)コンビーナ |
1997年~2000年 | JIS B 2308(ステンレス鋼製ねじ込み式継手)原案作成委員会委員長 |
2003年~2005年 | JIS B 2251(フランジ継手締付け方法)原案作成委員会委員長 |
2015年~2019年 | ISO/TC5/SC5日本代表及びWG2(管用ねじ及びねじゲージ)コンビーナ |
2016年~2017年 | JIS B 2404(管フランジ用ガスケットの寸法)原案作成委員会 委員長 |
最終更新日:2023年3月30日