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令和3年度 産業標準化事業表彰受賞者インタビュー Vol.9

経済産業大臣表彰/武部 俊郎(たけべ としろう) 氏
一般財団法人関東電気保安協会 理事長

電力設備の高経年化・劣化問題をIEC白書で提言、日本主導のTC設立に貢献

 AIやIoTといった近年を代表する技術革新により、国際標準化の重要性が一層増している。革新的で動きの速い市場や社会のニーズを見据え、標準化の方向性を示す役割を期待されているのが、IEC(国際電気標準会議)に置かれたMSB(市場戦略評議会)だ。

MSBは産業界の声を最大限取り入れて、IECの活動分野に関する技術動向や市場のニーズを特定することを目的に、2008年に設置された。IEC会長が議長を務め、メンバーは各国企業のCTO(最高技術責任者)など、ハイレベルな精鋭部隊で構成されている。その選任は、各国委員・役員からの推薦にもとづきIEC会長が指名するというものだ。
「MSBはサロン的な場で、新技術の動向や標準化対象について各メンバーが自由に討議する。提案したテーマが決議されると、提案者がリーダーとなり突っ込んだ議論が行われ、その成果として『IEC白書』が発刊される。」と語るのは、一般財団法人関東電気保安協会理事長の武部俊郎氏。

武部氏は2014年、東京電力株式会社の常務執行役でパワーグリッド・カンパニーのプレジデント時代にMSB委員に選出。2期6年にわたり2つの重要テーマでIEC白書を発刊し、国際標準化への道筋をつけた功績がある。

武部氏が1期目に選んだテーマは「電力設備のアセットマネジメント」。背景には、電力需要の伸びが鈍化する一方で、電力設備の高経年化・劣化が問題視される先進国共通の課題があった。各国で問題意識の共有もあり、白書発刊が決定。武部氏がプロジェクトリーダーとなった。

ところがプロジェクトの開始後、IEC内外の抵抗に遭う。実際の規格作りを行うTC(専門委員会)のメンバーや欧米の電力事業関係の参加者から「高経年化・劣化の問題は電力関係も含め、各専門委員会でさんざん議論している。」「劣化保全は各社固有の問題だ。」「勝手に標準化されると保全費用が嵩んで困る。」といった意見が出て来たのだ。

しかし、武部氏は「これは国や分野を超え、信頼度の指標やアセットマネジメントの方法を横断的に検討していく今までにないアプローチだ。」と主張。電力業界で千差万別の測定・報告方法や基準を標準化すること。また、すべてを標準化するのではなく、推奨事項として好事例の共有を図ることで、世界的な電力設備保全のレベルアップになることを関係者に丁寧に説明して理解を得ることができた。

こうして白書は2015年に無事発刊。さらには白書の提言に基づき、翌2016年にTC 123(電力流通設備のアセットマネジメント)が日本主導で設立された。武部氏の活動により、世界各国の電力設備の信頼度・安全性向上に寄与する標準化活動が実現した。今後、合理的なメンテナンスが導入されるとともに、日本の電力設備の計画・運用技術にも高い評価が与えられることが期待される。

世界的な「分散電源時代」を迎え、将来の電力供給の在り方を提言

2017年、武部氏はこれまでの活動が評価され、IEC会長の指名で2期目を迎える。そこで提案したテーマが「分散電源社会における電力系統運用」だ。近年、太陽光発電や風力発電といった自然変動電源の普及、電力自由化の広がり、デジタル化などにより「電源の分散化」が進み、世界の電力事業が大きく揺らいでいる。

かつて、電力会社からみた需要のピークは昼間だった。ところが2010年代に入ると電力需給が大きく変化する。例えば、電力自由化が進んだ米国のカリフォルニアでは、昼間は太陽光などの発電で賄う需要家(消費者)が増え、日没後から深夜が電力会社からの供給がピークとなっている。電力供給調整もかつては電力会社の給電指令所から全発電所が制御できたが、今は消費者側の発電力が見えない中で行わなければならない。

「分散電源の拡大で、将来の需給予測や電力計画も難しくなった。予測や計画ができなくなれば、10年以上かけて行う送配電線敷設も計画できない。」と武部氏。世界各国で多様な取り組みがされているが、これらの得失評価は現状難しい。

「事態がさらに進展する将来を見据え、電力を適正に制御する新技術やシステムの連携、電気料金などを含め、関係者が国や社会とともに、どう取り組むべきか提言を行った。」という。

 白書は2018年に発刊。この白書をベースに、電力系統の運用者から分散電源側への要求事項を明確にすべく、日本主導で標準化がスタートしている。国際標準化に向けてIEC/TC 8(電力システム)下にSC8C(電力ネットワークの管理)が2020年3月に設立され、日本は議長として選任された。現在、標準化に向けたロードマップや各国の取り組みに関して議論が行われている。

 「高経年化」と「分散電源」。経済成長鈍化とカーボンニュートラルという環境変化を背景に、電力事業が直面している大きな課題を正面から取り上げ、国際的な議論のステージに載せたというのが今回の白書の成果だ。武部氏は2つの白書プロジェクトを振り返り、標準化活動には「どういう領域に標準化の機会があるか。」など、幅広い議論が事前に必要だと実感したという。また、「反対意見にもそれぞれに理由がある。反対されても諦めず、十分意図を説明し、理解を得る努力が必要だ。」と語る。その意味で、若手人材が国際標準化の活動に参加することは非常に有益な訓練の機会であり、白書プロジェクトでは我が国の検討において若手を交えて議論を行った。「検討を一緒に行った若手の奮闘やその成長ぶりを見て、その思いを一層強くした。そして、そうした場をいち早く見つけ、若手に機会提供するのはわれわれ経営層の仕事。」と武部氏はいう。IECの職務から外れて以後も、常に世界に目を向け国際的な視野を持つことを部下に求めている。

また、活動を通じて感じたのは「日本人の気配り、礼儀正しさは世界で評価され尊敬を得ている。」ということ。「押しが弱い、主張を通せない、などネガティブな資質のように言われるが、筋を通して説明すれば必ず理解を得られる。若い方は日本の良い部分を認識し、海外の技術者と意見交換をして、世界の知見を吸収する機会をぜひ持ってほしい。」とメッセージを送る。

【略歴】
1979年 東京電力株式会社 入社
2013年 同 常務執行役 パワーグリッド・カンパニー・プレジデント
2014年~2019年 IEC/MSB(市場戦略評議会)委員
2014年~2015年 IEC/MSB「電力設備アセットマネジメント」白書 プロジェクトリーダー
2016年~2017年 東京電力パワーグリッド株式会社 代表取締役社長
2017年~2018年 IEC/MSB「将来の電力系統運用」白書 プロジェクトリーダー
2018年~2021年 株式会社東光高岳 代表取締役社長
2021年~現在 一般財団法人関東電気保安協会 理事長

最終更新日:2023年3月30日