経済産業大臣表彰/伊藤 智(いとう さとし) 氏
国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)
技術戦略研究センター デジタルイノベーションユニット長
日本の国際標準化活動を俯瞰して、活動に関わる人達を縁の下で支える
「私は裏方なので、1つひとつの規格の開発に直接関わったわけではない。」としながらも、自身の役割を「JTC 1全体の対応を見ていた。」と語るのは、情報技術分野の標準規格を作る国際組織「ISO/IEC JTC 1」の国内審議委員会副委員長を3年、委員長を8年務めた、国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構の伊藤智氏だ。
ISO/IEC JTC 1(以下、JTC 1)は、ISO(国際標準化機構)とIEC(国際電気標準会議)の第一合同技術委員会を表し、情報技術に関する国際規格を開発している。ここで開発した規格はデジュールスタンダード(政府や国家間、標準化機関における合意を経て制定される公的な標準)と呼ばれ「ISO/IEC」で始まる規格番号を持つ(図表1)。伊藤氏はJTC 1の扱う広範で多岐に渡る内容を俯瞰して把握し、活動の細部に関わる人々を縁の下で支えてきた。
JTC 1が年に2回(2018まで年に1回)実施する総会に日本の代表として参加。日本の意見を紹介するとともに、その意見の承認を集め、新しいSC(分科委員会)の立ち上げや、国際規格にすべき新しいトピックの検討などを行った。JTC 1は多くのSCやWG(作業グループ)で構成されている。伊藤氏が参加した総会やSCの会合は対面とリモートを含め、延べ200回以上に達した。
「SCは立ち上がってしまえば組織はしっかりしている。それでも、人が入れ替わったばかりだったり、ルールに十分に則っていなかったり、意見がきちんと集められていなかったりすることもある。このため、案件ごとで確認しながら、適切な方向の提示や示唆を与えていた。」と伊藤氏。
苦労したのは、国によっては国際標準化に対する姿勢や考え方が日本と大きく異なること。例えば日本で情報技術の標準化に関わっている人達は、委員会の中でのルールや要求事項を遵守してプロセスを回そうする意識が高い。しかし、中には自国の産業を優位にするための競争の場と捉える意識が強く、議論が不十分な段階であっても、スコープ外の提案や新たな組織の立ち上げなど、無理を承知で推してくる人達もいる。
「本来日本の役割ではないが、そうしたルールを逸脱している国にきちんと地道に指摘を行い、もっと議論しようと呼び掛けた。それが他国からの信頼を得られるきっかけにもなる。」と伊藤氏は言う。もちろん、会議で対立した国とは別件で協力したり、会議を離れた場で仲良くしたりと、険悪にならない配慮も続けた。
AI(人工知能)を取り扱うSC 42が立ち上がるときには、国立研究開発法人産業技術総合研究所に掛け合って、上席イノベーションコーディネーターだった杉村領一氏を委員会の委員長に迎えた。杉村氏が期待に応えて活躍され、他の国にも立場を持たせながら、WGのコンビーナに日本の他のメンバーを立たせるなど、日本が活動しやすい場面を作れて大変嬉しかったという。
会議の場を離れて根回しやフォローのできる人間関係が作れる人材が求められる
伊藤氏は国内審議委員会である、一般社団法人 情報処理学会 情報規格調査会(IPSJ/ITSCJ)の委員長や副委員長として活動していた。IPSJ/ITSCJは、JTC 1などで取り扱う国際規格の審議や、それに関する調査研究、国内規格の原案作成などを行う組織だ。
IPSJ/ITSCJでは、会費と参加可能な委員会数の関係明確化、準賛助員制度の導入など、参加や貢献の垣根を取り除く構造改革にも取り組んだ。伊藤氏が就任した当初は、国内企業が賛助員費用を必要最小限に抑えようとする傾向が強かったが、企業をヒアリングして重視する活動や改善要望などを引き出し、制度の仕組みや会議の仕方などを変えていった。
また、各企業の中では標準化の活動をしてきた担当者が定年退職を迎えると、賛助員の枠を超えて個人で活動に加わる体制ができていなかった。これに対し、シニアの人材が退職後も活動を続けられる制度や、特定のプロジェクトのみ参画するアドバイザ制度などを設置して経験者の活用を図るとともに、企業には後進となる若手人材の育成も依頼していく。こうした伊藤氏の地道な努力の数々によって、組織運営の透明性と信頼性が高まり、企業における標準化活動の活性化に繋がった。
日本が標準化活動で国際的な地位を高めるには何が求められるのだろうか。伊藤氏は「日本人は全体を俯瞰した上で議論することが苦手な印象がある。システムの全体設計、いわゆるアーキテクチャを十分に理解した上で他国の出した提案にカウンターで新しい提案ができる人材を、もっと育てていく必要がある。」と述べる。
将来標準化活動に携わりたい若者には「いろんな国の人たちとコミュニケーションが取れるようになって欲しい。」と期待する。これは語学力だけでなく、会議を離れた場で根回しやフォローなどが行える能力を意味する。
研究者は良いものを作ればそれで良いと思ってしまいがちだが、標準化はそれだけでは成立しない。作ったもののどこがどう良いのか、周囲の人にしっかり理解してもらうための「伝える力」も重要というのが伊藤氏の考えだ。「技術について深く知る人と、浅く広く知りながら伝える力に優れた人が、両輪になって進めていくのが理想の姿なのかもしれない。」と語った。
1987年〜2002年 | 株式会社日立製作所中央研究所 研究員・主任研究員・ユニットリーダー |
2002年〜2020年 | 国立研究開発法人産業技術総合研究所 グリッド研究センター 研究センター長代理、情報技術研究部門 副研究部門長・研究部門長、セキュアシステム研究部門 研究部門長、情報・人間工学領域 研究戦略部長 |
2010年〜2013年 | 一般社団法人 情報処理学会情報規格調査会 副委員長 |
2010年~2013年 | ISO/IEC JTC 1(情報技術)国内審議委員会 副委員長 |
2011年~2021年 | ISO/IEC JTC 1/ディレクティブズ対応国内審議委員会 委員長 |
2013年~2021年 | 一般社団法人 情報処理学会標準化担当理事、情報規格調査会委員長 |
2013年~2021年 | ISO/IEC JTC 1国内審議委員会 委員長 |
2013年~2017年 | ISO/IEC JTC 1/マネジメント国内審議委員会 委員長 |
2014年~2017年 | 一般社団法人 情報処理学会 情報規格調査会情報技術戦略小委員会 委員長 |
2014年~2017年 | ISO/IEC JTC 1/WG 9(ビッグデータ)国内審議委員会 委員長 |
2017年~現在 | 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構 ユニット長 |
2018年~2021年 | ISO/IEC JTC 1/サブグループ国内審議委員会 委員長 |
2020年~2021年 | 一般社団法人 情報処理学会 情報規格調査会 用語JIS検討委員会 委員長 |
2021年〜現在 | ISO/IEC JTC 1/AG 18(ボキャブラリー)国内審議委員会 委員 |
最終更新日:2023年3月30日