経済産業大臣表彰/上田 多門(うえだ たもん)氏
深圳大学 土木交通工学部 特聘教授
アジア発の設計基準を元に、コンクリート分野の国際標準化を20年超主導
高い強度や施工のしやすさ、優れたコスト面などの特長を持つコンクリートは、現代社会のインフラを支える建築材料だ。“地球上で水の次に多く使われる素材”となった今、コンクリート構造物の世界的な設計基準の整備は欠かせない。
ここで注目すべきは、地域性だ。コンクリート構造物の設計や施工は、各地域の気候、経済力、技術力と密接な関係にある。
「かつてアジアの国々は欧米の基準を取り入れていたが、気候や経済力など、欧米とアジアでは大きく異なる。アジアでは域内の多様性が大きいなどの違いもあり、欧米の模倣ではない独自の基準の策定が求められていた。」と語るのは深圳大学の上田 多門氏。アジア初となる国際設計基準 ACMC(アジアコンクリート モデルコード)の策定を主導した上田氏は、同モデルコードを元にコンクリート分野の標準化活動を21年にわたり牽引してきた。
2001年、同氏はISO(国際標準化機構)/TC 71(コンクリート、鉄筋コンクリート及びプレストレストコンクリート)/SC 4(構造コンクリートの要求性能)の国際委員に就任。同時に取り組んだのが、新SCの設立提案だ。
「当時、既に使用中の段階にあるコンクリート構造物を対象とした国際標準は存在しなかった。しかし、ACMCでは日本が世界に先駆け取り組んでいた『維持補修』分野のコンセプトを既に取り入れていた。ACMCを普及すべく、ICCMC(アジアコンクリートモデルコード国際委員会)で議論が開始。当時、ACMCの議論を主体的にリードしていた日本と韓国が、ICCMCという国際活動の成果であることを考慮し、同分野に関する新たなSCの提案を共同で行った。共同で提案することはICCMCの意向でもあった。」
2004年、SC 7(コンクリート構造物の維持及び補修)が設立され、上田氏が国際幹事に就任。その後、議長国を務めていた韓国と役割を交代し、日本の上田氏が議長を、韓国が幹事を担当し運営を推進した。特筆すべき活動には、ISOとして同分野初となるISO 16311(コンクリート構造の維持補修)や、日本の耐震技術を取り入れたISO 16711(コンクリート構造物の耐震診断及び耐震補強の要求事項)の制定を主導したことなどが挙げられる。
「ACMCは世界的に見ても先進的なモデルコード。他国との議論に屈さず、ACMCに基づいたコンセプトの提案を続け、ISO 16311の規格内容を最適なものになるよう努めた。日本の建設技術の海外普及の促進だけでなく、コンクリート分野におけるアジアのプレゼンスを高めることができた。」と微笑む上田氏。一方では、欧米勢が同分野から徐々に手を引いている現状がある。
「今後、世界の建設工事の約4割を占めると予想される構造物の維持補修に、SC7が提唱していく技術は活用されていく見通し。この分野に関しては、欧米勢も優れた技術を持っている。さまざまな国から積極的に参加してもらって、議論を活性化させる場をつくっていきたい。」意見が衝突すると苦しい時もある。しかし、そのプロセスを経て出来上がった規格は必ずより良いものである、と力説する。
ISOは優れた技術を世界的に広め、人々を幸せにする手段の一つ
2021年、公益社団法人日本コンクリート工学会と日本産業標準調査会(JISC)に推薦され、TC 71の議長に就任。早速着眼したのが、同TCの新分野である鋼コンクリート複合構造だ。
「本構造は、耐久・耐火・耐震などの各性能に優れ、注目度が高い。しかし、各国がそれぞれで推進していたため、世界的な議論の場がなかった。」そこで、TC 71内で議論を進めるべく、議長としてTC 71初のオンライン会議の開催を主導し、中国提案によるWG 2(コンクリート充填鋼管(CFST)ハイブリッド構造の設計)の新設をサポート、今後のISO規格作成に向けて取り組んでいる。
「鋼コンクリート複合構造は、日本が非常に優れた技術を持っている分野。標準化活動を通じて国外への更なる普及につなげていきたい。」と上田氏。加えて、コンクリート構造物のライフサイクルマネジメントも、約5年かけて新WGの設立を主導するなど、TC 71において日本が率先して開拓してきた分野だ。今後、同氏の活動がどのような国際規格の制定へつながるのか期待が高まる。
最後に、標準化活動の魅力をたずねると「ISOは優れた技術を世界的に広めることができる、社会貢献の手段の一つ。特に土木の技術は、SDGsの達成に不可欠で、人々の生活環境を改善することができる。開発途上国を含む世界各国に技術を普及することにより、人々のウェルビーイングの実現の一助となることができる。ビジネスの創出に限らない魅力がある。」と話した。
現状、建設分野の標準化活動は、学者や研究者たちによって推進されている。今後は民間企業の技術者の方々にも是非積極的に参加してもらいたい、と上田氏。参加者の多様性が高くなればなるほど、日本の技術の海外普及への道筋は更に拓かれると語る。
1994年~2016年 | ICCMC(コンクリートモデルコード国際委員会)国際委員長・副委員長・幹事・WG主査及びACF(アジアコンクリート連盟)会長・副会長・理事 |
1996年~現在 | ISO/TC 71(コンクリート、鉄筋コンクリート及びプレストレストコンクリート)対応国内委員会WG 2(コンクリート構造)委員・WG 3(新しい補強材料)主査・委員・WG 4(コンクリート構造物の維持及び補修)主査・委員 |
1997年~2021年 | 土木学会コンクリート委員会常任委員・小委員会委員長・幹事長 |
2000年~現在 | ISO/TC 71対応国内委員会委員・幹事・副委員長・委員長 |
2001年~2021年 | ISO/TC 71/SC 4(構造コンクリートの要求性能)国際委員 |
2003年~現在 | ISO/TC 71/SC 6(コンクリート構造物の新補強材料)国際委員 |
2004年~現在 | fib SAG5(国際構造コンクリート連盟第5特別作業部会)国際委員・TG10.1(10.1作業部会)国際委員 |
2004年~2009年 | ISO/TC 71/SC 7(コンクリート構造物の維持及び補修)国際幹事 |
2005年~現在 | 土木学会複合構造委員会委員長・委員・顧問・小委員会委員長 |
2010年~2018年 | ISO/TC 71/SC 7議長 |
2019年~現在 | ISO/TC 71/SC 7国際委員 |
2020年~現在 | ISO/TC 71/SC 7 WG 5(セメント系材料による維持補修)コンビーナ |
2021年~現在 | ISO/TC 71議長・CAG(Chair Advisory Group)コンビーナ |
最終更新日:2023年3月30日