経済産業大臣表彰/大久保 雅隆(おおくぼ まさたか)氏
国立研究開発法人 産業技術総合研究所 エレクトロニクス・製造領域連携推進室
上席イノベーションコーディネータ
世界に先駆けて超電導エレクトロニクスの国際標準化を主導
超電導は特定の金属や化合物を極低温に冷却すると電気抵抗がゼロになる現象をいう。電流の損失がゼロになる特異性は、大規模送電やリニアモーター、磁気共鳴断層撮影装置(MRI)などさまざまな分野で実用化が進む。一方、超電導で起こる量子効果は、超電導センサーや検出器に応用され、医療や分析機器の分野において、脳磁計(MEG)、心磁計(MCG)、脊磁計(MSG)、鉱物探査、異物検査、X線分析装置等として実用化されている。ごく最近では、水俣病住民健康調査にもMEG活用した検査方法が有望との報告がある。さらに、量子コンピュータの心臓部である量子ビットや、量子暗号通信でも超電導デバイスが使われていて、世界的な広がりを見せている。このような先進的デバイスを実現させる分野が超電導エレクトロニクスだ。国立研究開発法人産業技術総合研究所(産総研)の大久保雅隆氏は、超電導エレクトロニクスの標準化活動において日本が主導的な役割を果たすことに貢献してきた。中でもIEC(国際電気標準会議)とIEEE(米国電気電子学会)の間で議論を調整し、IECの規格化を実現させた功績は大きい。
大久保氏は、産総研にて超電導エレクトロニクス分野の研究開発に従事しており、超電導量子センサーや検出器を計測分析機器に搭載して、見えなかったものを見えるようにすることに取り組む研究者。標準化活動に参画したのは2005年から。国内委員会委員長に就任し、同分野の国際標準化を目指し検討に着手した。「まだ標準規格が全くない分野だけに、何からはじめるのかも分からない。世界の研究者の意見を聞くことからはじめ、準備には5年を要した」と振り返る。結果的に超電導センサーと検出器の通則の規格化を提案する方針を固めた。
そんな時に大久保氏のもとに、「IEEEが標準化を検討しているらしい」という話が舞い込んだ。IEEEは、米国に本部を置く電気電子情報通信分野における世界規模の学術研究及び標準化団体であり、無線LAN(Wi-Fi)など数多くの標準規格で広く知られている。大久保氏は、IECとIEEEの衝突を避けるために、IEEEの担当者らと協議し、将来IEEEとIECによる合同WG(ワーキンググループ)を立ち上げることで合意を取り付けた。しかし、その後、「日本からのWG発足提案に対して、米国から反対の意見が出た。IEEEとは協力して進めるはずだったが、日本の先導を警戒する声もあったのだろう。しかし、ここで頓挫したのでは国際標準化を断念することになる。米国を説得しつつ国際投票に持っていき、最後は米国も賛同してWGを立ち上げることができた。ある意味強行した部分もあったが、いざとなれば決断しないと前に進めない。これは、国際標準の世界で学んだこと」と言う。これにより、IECでの標準化に道が開いた。
日本の提案で2014年、7ヵ国の参加を得てIECに「TC 90(超電導)/WG 14(超電導センサー及び検出器)」が立ち上がり、大久保氏が初代コンビーナ(取りまとめ役)に就任した。2017年には日本が提案した超電導センサーと検出器の通則の規格※が発行された。通則とは、用語や命名法、分類などのルール。これがバラバラでは、その後の規格化が進まない、基礎となるものだ。
※IEC 61788-22-1(超電導センサー及び検出器の通則)
ジョセフソン素子測定法の標準規格で思わぬ成果
WG 14では、その後規格の対象を超電導エレクトロニクス全般に拡大し、超電導デバイスの検査方法の標準化に取り組み、超電導エレクトロニクスの基礎となるジョセフソン接合に関する規格※を発行した。ジョセフソン接合は、二つの超電導体を絶縁体の障壁で隔てて弱く結合させた構造をもち、障壁を越えるのではなく、量子力学的に壁を突き抜けて超電導体の間に超電導電流が流れる現象を示す。ブライアン・ジョセフソン博士は、この量子力学的トンネル効果の発見により、江崎玲於奈博士、アイヴァー・ジェーバー博士とともに、1973年にノーベル物理学賞を受賞している。既存の半導体デバイスでは実現できない、高速応答、低雑音、低消費電力の電子デバイスが、ジョセフソン接合を使うことで実現できる。世界で開発競争が進む分野だ。
※IEC 61788-22-2(ジョセフソン接合の常電導抵抗と臨界電流測定法)
この規格化作業でも予期しない驚きがあった。「日本が提案したのはジョセフソン接合のトンネル抵抗測定法の規格だった。これに対してドイツが別の提案をしてきた。日本国内委員会にてドイツの提案内容を検討したところ、日本案とドイツ案を組み合わせると、当初規格化は困難と考えていたもう一つの重要なジョセフソン接合の性能指標である、臨界電流値の決定にも使えることが分かった。1+1=3になるようなものだった。そこでドイツと話し合い、提案を出し直して、当初案より優れた規格にすることができた。この測定法はまだ世にないものだったので、後に学術論文としても出版することになり、学術研究としての成果※にもつながった。米国超電導応用学会で、このような標準規格を待っていたとの反響があった。」
大久保氏らの努力により、超電導エレクトロニクス分野の標準化は日本が主導的な役割を担っている。前述の2つの標準規格に加えて、量子暗号通信に重要な超電導単一光子検出器の測定法の規格※も発行した。この分野の標準化は、今後日本企業がグリーン社会やスマート情報社会の根幹となる機器を製品化する上でも大きな後押しになる。「現時点では基礎的な標準化の段階で、規格化の成果は世界に等しく及ぶが、これから民間企業の開発に影響を与える超電導量子干渉計(SQUID)による磁力計等の応用分野の規格化に進んでいく。世界情勢を見つつ日本企業の発展を促す提案を考えていく必要がある」と将来を見据えている。
日本の研究者は標準化の重要性に対する認識がまだまだ足りない。大久保氏自身も「2005年に、先輩から標準委員会の委員長をやらないかと誘われた時は、学術論文を出すことのみが使命だと考えていた若い頃だったので、断りたかった」と言う。しかし、断り切れずに、「標準化に取り組んだところ、世界中の多くの研究者とネットワークを作ることができ、最新の研究動向を知る立場になった。自分自身の研究開発にも必ず役に立つ。学術研究とは遠いと思っていたが、工夫すれば標準化の議論から新しいアイデアを創出でき、前述のような学術論文にもなり得る。さらに、標準規格は、万国共通の用語や公平な性能比較を担保するために必要な国際言語という性格があり、次世代のためによりよい共通言語を残したい」と意義を見いだした。
実際、中国では標準化に多くの若い研究者が参加し、熱心に活動している。日本が標準化に力を入れなければ、国際市場の獲得競争においても大きな差をつけられるのみならず、将来どのような技術開発を行っていくべきかという科学技術政策においても世界に後れを取る懸念がある。「だからこそ日本も若手研究者が標準化活動に参加してもらいたい。国際的な議論はときに激しいものになる場合もあるが、それを乗り越えると、豊田佐吉翁の明言「障子を開けてみよ、外は広いぞ」を体験することができる。国際標準化への道を拓いてくれた先輩に深く感謝します」と重要性を訴えている。
1983年~1993年 | 株式会社 豊田中央研究所 研究員 |
1993年〜2001年 | 電子技術総合研究所(現国立研究開発法人産業技術総合研究所) 主任研究官 |
1995年〜1997年 | ドイツ国立カールスルーエ研究センター 客員研究員 |
2001年〜2011年 | 産業技術総合研究所グループ長、副部門長 |
2005年〜2014年 | IEC/TC 90(超電導)超電導エレクトロニクス技術国内委員会 委員長 |
2008年〜現在 | IEC/TC 90 JIS原案作成委員会 委員 |
2011年〜2013年 | 産業技術総合研究所 計測フロンティア研究部門長 |
2013年〜現在 | 産業技術総合研究所 上席イノベーションコーディネータ |
2014年〜現在 | 国立大学法人 筑波大学 客員教授 |
2014年〜現在 | IEC/TC 90/WG 14(超電導エレクトロニクスデバイス)コンビーナ |
2014年〜現在 | IEC/TC 90/WG 14 国内委員会 委員長 |
2015年〜2019年 | 大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構 客員教授 |
2015年〜現在 | 産業技術総合研究所 構造材料ナノ物性計測分析ラボ 研究ラボ長 |
2017年〜2021年 | 英国物理学会出版会(IOP) 超電導科学と技術誌(SUST) 執行委員会委員、アジア地区編集長 |
2018年〜現在 | IEEE超電導カウンシル – 超電導ニュースフォーラム 副編集長(超電導エレクトロニクスと標準) |
2020年〜現在 | 経済産業省 安全保障貿易管理調査員 |
最終更新日:2023年3月30日