経済産業大臣表彰/香川 利春(かがわ としはる)氏
国立大学法人東京工業大学 科学技術創成研究院 未来産業技術研究所 名誉教授
等温化圧力容器を発明し、流量計測にブレイクスルーをもたらす
航空機や自動車、半導体などの製造現場において活躍しているのが、空気圧システムである。空気圧システムで使われる空気圧シリンダや電磁弁や減圧弁などの特性を計測する規格の国際標準化に多大な貢献を果たしたのが、国立大学法人東京工業大学の香川利春氏である。
空気圧システムの代表的機器である空気圧シリンダ(下)と電磁弁(上)
(写真提供:東京工業大学)
ISO 6358は、その後※1 翻訳され、国家規格のJIS B 8390として制定された。
※1 2016年に第一部のISO6358-1を元にJIS B 8390-1が、2018年に第2部のISO6358-2を元にJIS B 8390-2が制定されている。
「JIS B8390-2の画期的なところは、ガスや空気などの流体を制御する電磁弁の流量を短時間で測定できるようにしたところで、私が30年前に考案した等温化圧力容器が使われている。この等温化圧力容器は、他にもさまざまな場面での計測に使われている画期的な発明だ」。等温化圧力容器は、容器の中に直径30~40㎛の銅線を詰め込んだもので、空気の流入や流出があっても容器内の空気をほぼ等温に保てる容器だ。この香川氏の発明によって、高精度な流量計測を短時間かつ省エネルギーで行えるようになり、等温化圧力容器を用いた特性計測システムを採用した企業は製品の歩留まり※2 が向上し、結果として日本の品質向上に貢献したことは、特筆すべき進歩である。
※2 製造現場において、原料の量に対して実際に得られた完成品の割合をいう。歩留まりが高いほど不良品が少なく、低いほど不良品が多いと考えられる。
等温化圧力容器のモデル
(写真提供:東京工業大学)
ISO 6358とJIS B 8390の関係だが、先に国際規格のISO 6358が制定され、その後で国内規格のJIS B 8390が制定されたが、その順序について次のように説明した。「JISは、基本的にISOの技術的内容を変えないので、ISOとほぼ共通の規格を制定する。そのため、ISOから制定するほうがJIS化も早くなる」。ISO 6358の標準化においては、香川氏がまとめた日本側からの提案だけでなく、空気圧システム機器の大手メーカーがあるドイツやアメリカ、フランスからの提案との競争になり、約5年の議論の末、標準化にこぎ着けた。この標準化の議論には、各国を代表する大学から研究者が参加していたが、会議以外の場所でも親睦を深めることで、議論もスムーズに進むようになったという。
本規格は、空気圧電磁弁や空気圧エジェクターの特性計測に採用されて、製造業の縁の下を支えている空気圧システムの設計や製造の効率化に貢献し、世界中がその恩恵を受けている。空気圧システム自体の市場規模は航空機産業や自動車産業、半導体産業の規模に比べると大変小さいが、空気圧システムがなければ製造過程で製品に付着するゴミを除去したり、乾燥を早めたりといったことができない。余り目立たない工程が製造工程の大きなネックとなってしまうのだ。
さらに、香川氏は、ISO 6953(空気圧-空気圧用減圧弁及びフィルタ付減圧弁)の JISに関する検討委員会の委員長とそのJIS(JIS B 8372)の原案作成委員会委員長としても、規格の制定に貢献した。この規格は、空気圧システムに不可欠な減圧弁の特性を計測するためのもので、コンプレッサからの供給圧とレギュレータ(減圧弁)による減圧後では流量のレンジが違うため、等温化圧力容器の容量を流量に応じて最適化して精度を上げることに苦労したとのことだ。
非定常流量の規格化を準備中
16年もの長い間ISO /TC 30国内委員会委員長として標準化に関わってきており、TC 30の重要性と今後の展望について次のように語った。「TC 30は、流量を測るための技術を担当しており、産業界において非常に重要である。現在、流量が一定ではなく変動する非定常流量についての規格化を準備中だ。非定常流量はシミュレーションでも正確な数値を出すことが難しく、非定常流量を高速で計測できる流量計のニーズは大きいと考えている」。
国立大学の教授というアカデミアの立場から長らく標準化活動に尽力してきた香川氏に、その意義と若い人への提言についてたずねたところ、「研究者、教育者と標準化は、実際にはかなり関係があるが、そのベクトルはかなり違って見える。しかし、標準化も教育も重要なことはその本当の意味をしっかりと認識することだ。だから、私は学生に対しても、『これはなぜこうなるのだろうか?』という疑問を大切にし、その理由を突き詰めていくことが真理に繋がる道だと説いている。これが実は標準化にも大きな意味を持っている。学生に対しては、もっと手を動かして欲しいと思っている。実践と理論が両輪となり、科学は進んでいくものだ」。
1974年~1976年 | 株式会社北辰電機製作所 |
1976年~1985年 | 東京工業大学 工学部制御工学科 助手 |
1986年~1992年 | 同大学 工学部制御工学科 講師 |
1992年~1996年 | 同大学 工学部制御工学科 助教授 |
1996年~現在 | 同大学 精密工学研究所(現 未来産業技術研究所) 教授 |
2004年~2006年 | 日本シミュレーション学会会長 |
2006年~2022年 | ISO/TC 30(管路における流量測定)国内委員会委員長 |
2009年~2011年 | 一般社団法人日本機械学会 標準事業委員会委員長 |
2011年~2022年 | 公益社団法人計測自動制御学会 フェロー |
2013年~2016年 | 一般社団法人日本フルードパワーシステム学会会長 |
2017年~2019年 | 一般社団法人日本機械学会 標準事業委員会委員長 |
2018年~現在 | JIS B 8390(空気圧-圧縮性流体用機器の流量特性試験方法)原案作成委員会委員長 |
2018年~現在 | ISO 6953-3(減圧弁代替試験法)JIS検討委員会委員長 |
2019年~現在 | JIS B 8372-1~3(空気圧-空気圧用減圧弁及びフィルタ付減圧弁)原案作成委員会委員長 |
最終更新日:2023年3月28日