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令和4年度 産業標準化事業表彰受賞者インタビュー Vol.9

経済産業大臣表彰/小池 昌義(こいけ まさよし)氏
ISO/TC 69 /SC 8/WG 3 コンビーナ

日本発の「品質工学」の国際的普及を、標準化を通じて主導

購入したばかりの製品が期待していた効果を発揮しない、予期せず故障してしまう、このような品質の不具合を未然に防ぐべく提唱されたのが日本発の「品質工学(タグチメソッド※1)」である。このメソッドでは、製品の開発後、製造前の商品テストによる性能チェックをしたり、出荷検査による個々の製品チェックをしたりするのではなく、最初の設計時にノイズ(市場において製品の性能がばらつく要因)に強い、品質の高い製品を設計することを提案し、そのための具体的方法を提供していることが特長だ。

※1 品質工学を提唱した田口玄一博士の名から。


「製品がユーザーに使用される時、使用環境や経年劣化などさまざまな条件が加わる。出荷前の検査ではそのような条件の考慮が難しい。ゆえに、検査に合格した製品でも、環境変化への耐性が弱ければ思わぬ不具合を起こし、クレームへとつながることになる。品質工学では、出荷前の検査ではなく、より上流の開発や設計の段階に焦点を当て、実際の使用条件の変化に対する強さ(ロバスト性)を備えた製品を生み出す技術開発の方法を推進している」と語るのは、小池 昌義氏。品質工学を国際的に普及すべく、長年にわたりその標準化活動を牽引してきた。

1975年、通商産業省工業技術院計量研究所に入所。計測や測定の誤差評価などの研究に従事する一方、研究成果を社会に広めるためには宣伝が必要と考えた。宣伝方法の一つとして規格化の活動があることを知り、標準化の重要性を認識した。1993年以降、ISO/TC 69(統計的方法の適用)の活動に携わるようになる。2000年代に入ると、品質工学の更なる認知の獲得を目指し、TC(専門委員会)内に新たなSC(分科委員会)を立ち上げようという声が日本メンバーから上がった。

「SC新設の際は、TCのメンバーに意義を理解してもらうことが重要。TC 69の定期総会でワークショップや説明会を開催した。他SCとの違いも整理し、新設の必要性が分かりやすく伝わるよう努力した」約2年にわたる活動が結実し、2010年にパリで開催された定期総会において、SC 8(新技術及び製品開発のための統計的手法の応用)の発足を決議させた。

小池氏は、SC8のWG 3(最適化)のコンビーナ(主査)に就任。早速着手したのが、品質工学の代表的な手法であるロバストパラメータ設計とロバストトレランス設計の国際標準化だ。

「ロバストパラメータ設計では、ノイズに対してどのくらい性能がばらつくかをSN比※2として数値化する。その数値をもとに、ばらつきを減らし、安定した性能を担保できるような設計に最適化することが特徴。しかし、このSN比が非常に理解されがたい概念で、どのように文書化していくか、目次作りなどで議論になった。」と当時を振り返る。田口玄一博士の長男であり、今はTC 69/SC 7でプロジェクトリーダーを務める田口伸氏からの協力なども仰ぎ、規格化※3まで漕ぎ着けたという。

※2 信号(Signal)と雑音(Noise)の比率のこと。
※3 規格番号は以下の通りである。
ISO 16336:2014新技術及び新製品開発プロセスのための統計的方法の応用−ロバストパラメータ設計(RPD) 【JIS Z 9061:2016】
ISO 16337:2021 統計的手法及び関連手法の新技術及び製品開発プロセスへの適用−ロバストトレランス設計(RTD) 【JIS化検討中】

 

ISO 16336:2014(左)とISO 16337:2021(右)
(画像提供:一般財団法人日本規格協会)

「これらの設計手法を用いると、世の中に出回る製品の品質は確実によくなり、顧客満足度の向上が期待できる。また、SN比を用いた評価方法は、他の評価方法と比べ時間を要さない。製品開発プロセスの短期化、効率化、コスト削減など、メーカー側にもメリットが大きい」ロバストパラメータ設計の規格は2016年にJIS化も完了している。今後、国内外に更に広まっていくことを期待したいと笑顔を見せた。
 
2019年6月に開催されたISO/TC 69名古屋総会に日本から参加した
エキスパートの集合写真。前列中央が小池氏。
(出典:一般財団法人日本規格協会発行『標準化と品質管理 2019-11 Vol.72 No.11』p.19)


規格は議論の場の共通基盤。より深い議論をするためには必須

小池氏によると、品質工学のような計測や統計による評価方法に関する規格は「横串のようなもの」。なぜなら、これらの規格は特定分野の個別技術を掘り下げるのではなく、分野横断的に活用されるものだからだ。ここで大きな課題となるのが「用語の統一」だ。

約3年かけて、JIS Z 8103(計測用語)の大改正に取り組んだ。計測に関わる用語を日本語として整理するなかで、ISO/IEC Guide 99※4の内容を取り込み、グローバル化に対応することが急務だった。このガイドは、計量・計測に関わる用語を国際的に統一しており、品質管理にも重要な計量トレーサビリティを定義している。しかし、国際規格との整合と同時に課題となったのが、国内での用語の統一だ。

※4 ISO/IEC Guide99(国際計量計測用語―基本及び一般概念並びに関連用語)


「計測用語の中には、統計用語と同じ言葉が収録されているところがある。だが、計測と統計では、同じ言葉でも定義が違うことがあった」。例えば、「精度」という言葉は、計測用語では「総合的な良さ」、統計用語では「ばらつきの小さい程度」を意味するといった具合だ。これは技術分野によって経験や考え方が異なるからだという。

「このような違いの解決は長く課題になっていた。この改正では、なるべくそれらの違いも統一させようと議論した。規格の文書に見出し語を複数並べるなど、両分野の規格利用者がスムーズに参照できるよう工夫した」現在、JIS Z 8103は260を超えるJISに引用されており、多岐にわたる技術分野での計測に利用されている。それぞれの分野の用語や訳文を全て調べるのは非常に難しい、と苦労をのぞかせたが、日本の重要な産業基盤である計測用語の影響力は強く、“横串”ならではの苦労だろう。

「タグチメソッドはまだ全てが標準化されていないので、もっと広めていきたい。同時に、現代に合わせた改造も推進していきたい」と今後の展望を語る。普及を目指す上で肝となるのが仲間づくりだ。「このメソッドは専門家の数が多くないため、シンポジウムなどで密に交流することが大切。日本の一般社団法人品質工学会は、マレーシアやインドで大会を共同開催した実績がある。アジア諸国などとのつながりをいかに大事にしていくか、今後も考えていきたい」

小池氏は「規格は議論の場の共通基盤」と力説する。用語規格があれば、用いる言葉などは確認する手間が省けて、より深い議論に直ちに進むことができる。加えて、日本と世界の考え方を整合する上で、標準化は必要不可欠な活動だと語る。「そろそろ世代交代が必要な時期。若い人に議論してもらいたい。語学力が必要となるが、準備をしてからISO活動に参加するのではなく、ISO活動の中で勉強してほしい。」と次世代の参加を期待する。
 

【略歴】
1975年 ~ 2001年 通商産業省工業技術院計量研究所(研究官)
1993年 〜 現在 ISO/TC 69(統計的方法の適用)国内委員会委員
2001年 〜 2008年 独立行政法人産業技術総合研究所(研究員)
2008年 〜 2018 独立行政法人産業技術総合研究所(外来研究員)
2010年 〜 現在 ISO/TC 69/SC 8エキスパート
2010年 〜 現在 ISO/TC 69 /SC 8(新技術及び製品開発のための統計的手法の応用)/WG 3(最適化)コンビーナ
2010年 〜 現在  ISO/TC 69/SC 8・7(シックスシグマの実装のための統計的および関連する技術の応用)国内委員会 主査
2010年 〜 2014年 ISO 16336新技術及び新製品開発プロセスのための統計的方法の応用−ロバストパラメータ設計(RPD) プロジェクトリーダー
2014年 〜 2021年 ISO 16337 統計的手法及び関連手法の新技術及び製品開発プロセスへの適用−ロバストトレランス設計(RTD)プロジェクトリーダー
2018年 〜 2019年 JIS Z 8103(計測用語): 2019 委員長

最終更新日:2023年3月28日