経済産業大臣表彰/眞田 一志(さなだ かずし)氏
国立大学法人 横浜国立大学 大学院工学研究院 教授
水圧ポンプ試験法の国際標準を世界で初めて制定
フルードパワー(Fluid power)は、気体や液体などの流体エネルギーを利用して機械や装置を動かす駆動方式のこと。流体を筒状の密閉容器に入れ、その一端を押し出すと圧力が発生するが、その圧力は容器内のどの点にも均等に作用することがパスカルの原理として知られている。この原理を用いて配管に流体を押し込み、大きな力を発生させるのがフルードパワーの原点だ。横浜国立大学の眞田一志氏は一般社団法人日本フルードパワーシステム学会の会長を務めたことがあるなど、日本におけるフルードパワー研究の第一人者。さらに、国際標準化の舞台でも、この分野の国際議長に就任するなど、多方面で活躍している。
油圧システムは、フルードパワーの中で最も大きな力を発揮できるものとして、建設機械やプレス機械などに用いられる。空気圧システムは比較的低圧だが、機構が簡素化でき高速駆動にも対応するものとして、工場設備に多用されている。日本には空気圧や油圧システムにおいて、世界市場で戦うメーカーが多数存在し、標準化活動にも積極的に参加している。
一方、水圧システムは、油圧や空気圧と比較して産業用途での活用は少なかったが、1990年代から食品機械や半導体製造装置など清浄性が求められる用途が拡大する中で世界的に市場が急拡大し、日本のメーカーも水圧ポンプなどの優れた製品を開発し海外メーカーと競争していた。
しかしながら、標準化には未着手のまま、各メーカーが独自開発した水圧ポンプなどの水圧システム装置を市場に投入する状況が続いたため、ユーザーは水圧ポンプメーカーの仕様を比較しようにも水圧ポンプの試験法がバラバラで比較ができず、また優れた製品を開発・販売する日本メーカーも自社製品の優位性を客観的に示すことができないという不都合が生じていた。
そこで眞田氏は日本国内で水圧ポンプの試験法を検討。水道水を用いる方法をまとめ、ISO(国際標準化機構)に提案しようと考えた。国内審議委員会のメンバーとして、ISOへの提案に先立ち、水圧ポンプの標準化に関心のありそうな欧米やアジアの国々へ事前に説明するなど、WGの立ち上げに対する支持を取り付けることに尽力した。
ISOの油圧・空気圧システムを扱うTC 131(油圧・空気圧システム)の要素機器試験を検討するSC 8(要素機器試験)で、水圧ポンプの試験方法を検討する新たなWG 14(水圧ポンプの試験)が立ち上がり、眞田氏はプロジェクトリーダーとして参加して、議論を主導する役割を担った(2015年~2022年)。
事前に各国の考えを聞く中で、課題となりそうだったのが、「水の定義」についてであった。当時水圧ポンプには、水道水だけでなく、海水などさまざまな水質のものが使われていた。日本が提案した水道水による水圧ポンプの試験法は海水を使うグループから異論が出る可能性もあった。
最終的には水圧ポンプの試験法の提案で「水道水を使ってもよい」という表現にとどめることで、各国の合意を得ることができた。実使用では海水を使う場合でも、水圧ポンプの試験では水道水を使うことで海水を用意する手間が省けることや、水道水は万一漏れ出しても安全であることなどが理解された。これにより、日本が提案した水圧ポンプの試験法に関する国際規格(ISO 23840)が世界で初めて制定された。
この成果は、世界中の水圧ポンプユーザーにとって朗報であるだけでなく、日本の関連装置メーカーにも、海外市場の獲得において優位な立場を得ることにつながった。国際規格の提案準備を行う国内審議委員会に一般社団法人フルードパワー工業会も参加しており、国際標準化の動向を早い段階から把握し、早期に製品開発に反映させることで、規格に適合した製品を市場投入することができたからだ。また、国際規格がほとんどなかった水圧システムの分野で、日本の提案が支持されるという大きな成果を上げた背景には、眞田氏がそれまで培ってきたISOでの人脈や貢献が寄与した面も大きい。
ISO/TC 131/SC 8の国際議長に就任、見直しや更新を主導
ISO/TC 131の日本代表として活動し、各国代表から推挙されてTC 131の中のSC 8の国際議長に就任した(2013年~2019年)。当時のSC 8は18年間開催されておらず、過去に発行した国際規格の定期見直しが迫っていたが、国際議長に就任以降、13件※1 もの累積案件の見直しを指示するなど、同分野の活性化を主導した。
国際規格を定期的に見直し、必要に応じて修正することは、国際規格の信頼性を維持・向上するためにも重要な作業であり、ISO及びIECでは、各規格について発行後少なくとも5年ごとに定期見直しを行うこととしている。定期見直しにあたって寄せられたコメントについては、慎重に審議し、修正の必要があると判断された規格については担当のWGに修正を指示した。
対象となった規格は、いずれも、油空圧機器の性能を評価・比較するうえで欠かすことができない試験方法や計測方法などに関する国際規格であり、定期見直しを実施したことはこれらの規格に対する信頼性を担保し、メーカーが自社製品の優位性を客観的に説明するために、またユーザーが各社の製品を適正に比較するために、それぞれ有効活用できるようにする重要な作業であった。
眞田氏はフルードパワー関連の国際標準化活動で日本が成果を得ている背景に「学会の先生方が工業会の国内審議委員会に入るなど、学会と業界団体が良好な関係にある」と指摘する。「工業会の国内審議委員会に参加し、水圧ポンプ試験法の開発を担当した。水圧ポンプ試験装置(前掲した写真の装置)を用いて試験手順や計測方法およびデータの表示法について研究を実施し、その研究成果をフルードパワー国際シンポジウムで発表した※2。その研究成果をもとに工業会の国内審議委員会において水圧ポンプ試験法の規格案が作成された」。このように、フルードパワー分野は、研究の進展と国際標準化、産業の成長が好循環を描けていると言えるだろう。
標準化活動に力を注ぐことになったのは、研究者の先輩のある教授から「やってみないか」と言われたことだった。「頼まれたことに挑戦してみたいという考えで、さらに先生には海外で研究していたときにお世話になったこともあり、引き受けた」と振り返る。
実際にISOの会合に参加して感じたのは「語学力とともに、その場でリアルタイムに反応して議論を進められるスキルの必要性」だったという。さらに「ISOの会合に参加し始めたころは相手の発言を聞く受け身の姿勢になりがちだったが、海外の参加者が英語のネイティブ話者でなくとも議論に参加する様子に触発され、積極的にディベートに参加するようになった」とも語った。日本でも教育の早い段階から議論やディベート力を磨くことに力を入れるべきかもしれない。
また、大学教員の立場で標準化活動に携わることも「研究成果を海外の学会で発表するときに、他国の標準化の専門家と会うこともあり、その場で最新の研究テーマを聞くことができる。自身の今後の研究の参考になるだけでなく、標準化活動にも役に立つ」と相乗効果を指摘する。
若い研究者には「世界に目を向けて、他国を知ることで研究の芽がどこにあるのかを見つけてもらいたい。国際標準化に取り組むことは、自身の研究にも大いに役立つ」とエールを送る。
- ISO 10770-1:2009, Hydraulic fluid power – Electrically modulated hydraulic control valves – Part 1: Test methods for four-port directional flow-control valves
(油圧-電気変調油圧制御弁-第1部:4ポート流量調整弁の試験方法) - ISO 10770-3:2007, Hydraulic fluid power – Electrically modulated hydraulic control valves – Part 3: Test methods for pressure control valves
(油圧-電気変調油圧制御弁-第3部:圧力制御弁の試験方法)
- ISO 9110-1:1990, Hydraulic fluid power – Measurement techniques – Part 1: General measurement principles
(油圧-測定技術-第1部:一般測定原則) - ISO 9110-2:1990, Hydraulic fluid power – Measurement techniques – Part 2: Measurement of average steady-state pressure in a closed conduit
(油圧-測定技術-第2部:暗きょにおける平均定常圧の測定)
- ISO 15086-3:2008, Hydraulic fluid power – Determination of the fluid-born noise characteristics of components and systems – Part 3: Measurement of hydraulic impedance
(油圧-構成部品及びシステムの流体伝ぱ騒音特性の測定-第3部:油圧インピーダンスの測定)
- ISO 10767-3:1999, Hydraulic fluid power – Determination of pressure ripple levels generated in systems and components – Part 3: Method for motors
(油圧-測定技術-第3部:システムと機器に発生する圧力脈動レベルの決定法) - ISO 8426:2008, Hydraulic fluid power – Positive displacement pumps and motors – Determination of derived capacity
(油圧-容量式ポンプ及びモータ-実容量の測定) - ISO 4392-2:2002, Hydraulic fluid power – Determination of characteristics of motors – Part 2: Startability
(油圧-モータ特性の決定-第2部:始動性) - ISO 15086-2:2000, Hydraulic fluid power – Determination of the fluid-born noise characteristics of components and systems – Part 2: Measurement of the speed of sound in a fluid in a pipe
(油圧-部品及びシステムの流体雑音特性の測定-第2部:管の中の液体の中の音速の測定) - ISO 10770-2:1999, Hydraulic fluid power – Electrically modulated hydraulic control valves – Part 2: Test methods for three-port directional flow-control valves
(油圧-電気変調油圧制御弁-第2部:3方向流量調整弁の試験方法)
- ISO 4392-1:2002, Hydraulic fluid power – Determination of characteristics of motors – Part 1: At constant low speed and constant pressure
(油圧動力-モータ特性の決定-第1部:定低速時及び定圧力時) - ISO/TR 10771-2:2008, Fatigue pressure testing of metal pressure-containing envelopes – Part 2: Rating Methods
(油圧-金属製圧力封入容器の疲労圧力試験-第2部:格付け法) - ISO/TR 19972-1:2009, Methods to assess the reliability of hydraulic components – Part 1: General procedures and calculated method
(油圧-油圧構成部品の信頼性の評価方法-第1部:一般手順及び計算方法)
2004年~現在 | 横浜国立大学大学院工学研究院 教授 |
2006年~現在 | ISO/TC 131(油圧・空気圧システム)/WG 4(空気圧機器の信頼性試験)エキスパート |
2007年~現在 | ISO/TC 131(油圧・空気圧システム)/ SC 9(装置及びシステム)/WG 2(空気圧システム) エキスパート |
2007年~現在 | (一社)日本フルードパワー工業会標準化委員会・空気圧信頼性分科会・委員 |
2007年~現在 | (一社)日本フルードパワー工業会標準化委員会・空気圧流量測定分科会・委員 |
最終更新日:2023年3月28日