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令和5年度 産業標準化事業表彰 経済産業大臣表彰 受賞者インタビュー

経済産業大臣表彰 大野 香代(おおの かよ) 氏

一般社団法人産業環境管理協会 環境管理部門 国際協力・技術センター 所長

環境水・排水中のダイオキシン類の新たな測定法をISO 23256として規格化

 

 
多くの産業技術によって便利で豊かな日常を手に入れた反面、人間活動により排出される汚染物質は海や河川などの環境水や大気を汚染し人の健康を脅かしている。これら汚染物質を測定し、管理することは、人間が安全に安心して生活を営んで行く上で必要なことであり、地球環境の保全にとっても欠かせないものである。

 今回、経済産業大臣賞表彰を受賞した大野氏は、生体機能である抗原抗体反応を活用した高精度で迅速な環境水・排水中のダイオキシン類の測定法を国内の関係団体と連携して、ISO/TC 147(水質)/SC 2(物理的・化学的・生物化学的方法)に提案し、コンビーナとして規格作成をとりまとめた。まだ国際的に知名度が低かったこの技術を各国に理解してもらうために海外エキスパートとの国際的連携を強め、この測定法の長所や特徴をアピールすることで、各国の信頼を得ることにより、ISO 23256として規格化に成功した。特に測定法の国際精度評価試験の実施においては、試験計画の立案、データ取得および解析に尽力した。この活動は関連する日本のメーカーが開発した環境測定器(フローイムノセンサ)の認知度向上、販売促進に大きく貢献し、環境測定分野での日本のプレゼンスを世界に示した。
 

 

​ 大野氏は、オゾン層を破壊しない新規フロンの大気環境影響の研究経験を経て、水や大気における環境測定法の国際標準化に17年余りにわたって携わってきた。水質の環境測定への貢献はもちろん、大気環境、とりわけ排ガス測定分野においてもISO/TC 146(大気の質)/SC 1(固定発生源)のWG 28(アンモニアの測定)、WG 31(個別揮発性有機化合物の測定)、WG 32(水銀の測定)、SC 3(一般大気)/WG 1(アスベスト)などのエキスパートやセクレタリを歴任した。この活動と並行して、国内では10件のJIS原案作成委員を務め、IS(国際規格)との整合化を考慮した規格策定に貢献した。最近では、環境計測の分野のみならずISO 14001(環境マネジメントシステム)の土台になるISO/TC 207(環境管理)/SC 4(環境パフォーマンス評価)/WG 7(グリーン債)及びWG 5(環境技術実証:ETV)のエキスパートとして、産業界に有益なグリーン債及び環境技術実証の規格(ISO 14030シリーズ)の制定にも貢献している。


最も大切なのはコンセンサスを得るための仲間作り

 国際標準化を進める上で最も大切なのは、「コンセンサスを得るための仲間作りです」と大野氏は語る。

 フローイムノセンサを使ったダイオキシン類測定では測定装置が日本にしかなかった。そのため、ISO規格化するのは極めて難しく、日本の環境省が告示法として採用していると説明しても納得してもらうことができなかった。そこで大野氏は測定機器に採用されている原理を発明した米国の会社の技術者に会いに行った。この会社では類似の測定装置を医薬品の開発のために販売しており、ダイオキシン類の測定は行っていなかったので、その会社の社長と技術者にEUのダイオキシン類の汚染が深刻であることを例に上げて、今後、環境分野で本装置の需要が見込めると説得した。その結果、社長の承諾が得られ、その技術者にISOに参加してもらうことができた。その上で、TC 147の総会を東京に招致し、国際会議の場でフローイムノセンサを実際に展示して実演したことで、精度評価試験に参加するエキスパートを集めることができた。

フロー式イムノセンサ DXS-610(写真提供:株式会社シーズテック)



ISO/TC 147国際会議(2019年・東京)のガラパーティ参加したTC 146の議長(写真左)と大野氏(写真右)。
余興の文楽人形とともに撮影
 

 精度評価試験は8機関5カ国以上の参加が必須となっているが、新しい方法の標準化で保守的な委員会を変えていこうという明確なビジョンを持って各国に積極的に働きかけた。そのことをTC 147/SC 2の議長が理解し、協力的になったこと、米国、ドイツ、韓国などが標準化の意義を理解、参加してくれたことで、無事にデータを取得することができた。しかし、ここにたどり着くまでにも予期せぬ事態があった。

 「実はフローイムノセンサの規格化を進めている最中に、測定器の技術が最初に開発した会社から別の会社に技術移転されるという予想外のことが起きました。しかし、話し合いの中で技術移転先の会社の経営者が規格化後の事業展開も視野に入れ、国際標準化に前向きに取り組んでくださり、人員と予算を振り向けてくれたことで規格化できたと思います」。

 明確なビジョン、交渉力と行動力、これが、大野氏のコンセンサスを得るための仲間作りの方法である。「環境計測の分野は国内市場が限られており、計測機器メーカーは多くはありません。今回のフローイムノセンサのように特定の技術に特化して製品を開発販売しているメーカーは、中小企業が中心なので、資本力がないため、海外に進出するのが難しいのです。国際標準化すると、測定方法に“お墨付き”が与えられることになるので、海外での認知度が向上し、販売しやすくなります」。ISO規格化の利点について、「例えば、水銀に関する水俣条約では、水銀の大気への排出量を抑制し、人の健康や環境に与えるリスクを軽減するため、排ガス中の水銀量を測定することが必要です。その時に各国が同じ手法で測定しないとバラバラな結果が出てしまい、効果的な施策を打ち出すことができません。ISOで測定手法を統一することで、初めて各国のデータを比較することができ、対策が可能になるのです」と語る。

 他にも全揮発性有機化合物(TVOC)の測定法では、日本独自の測定方法をISOで規格化することに貢献した。中国でPM2.5による大気汚染が大きな問題になった際、その原因物質であるTVOCの測定方法について大野氏は中国に何回も招かれ技術指導をした。それが日本の測定機器の販路拡大に繋がったこともある。

 

マイクロプラスチック測定など社会的に大きな意義を持つ分野に取り組む

 現在、大野氏がプロジェクトリーダーとして取り組んでいるのが水中のマイクロプラスチック測定法の国際標準開発だ。海洋中のマイクロプラスチックが環境汚染物質として大きな問題になっているが、その測定方法は国だけではなく研究者によっても異なる。各国のモニタリング結果を蓄積してマイクロプラスチックの削減対策に生かすため、測定方法を統一することが重要である。それは国連でも取り上げられており、日本政府も力を入れて取り組んでいる。「マイクロプラスチックの測定方法では、サンプリングした後、分析を行う前に前処理という手順が必要となりますが、これが非常に煩雑です。この前処理の手順を日本のあるメーカーが自動化したので、その方法を取り入れた前処理方法の標準化提案をとりまとめようとしています」。



2019年9月にインド・ニューデリーで開催されたISO/TC 146/SC 1会議の会場前で撮影


 このように、大野氏は日本の技術力をアピールできるような国際標準化を今後も提案していきたいと考えている。その上で、ISOに提案される新たな測定方法で、日本の環境政策に影響がありそうな規格に対応するための国内の体制作りにも尽力したいと考えている。「現在、PFAS(有機フッ素化合物)等のPOPs(残留性有機汚染物質)といった自然界で分解しにくく、環境中で長期に蓄積し、人への健康影響が懸念されている物質が注視されており、欧米諸国を中心に、これら物質の包括的計測法を活用した新たな環境規制の動きがあります。2023年にドイツより、この計測法の標準化提案がありました。欧米諸国のこのような動きに将来的に日本が対応できるよう、ISOの動向を国内関係者に周知し、体制を整えていくことが大切だと考えます」。

 最後に今回の受賞について、大野氏は「これまで17年間の取り組みが評価されたことは非常に嬉しく、大きな達成感があります。これも先に述べた国内及び海外の標準化の仲間たちのおかげでもあります。今後も、マイクロプラスチック測定のように環境保全に帰した社会的に大きな意義を持つ、標準化に関わっていきたいと考えています。また、若手育成ということでいえば、東京多摩地区国立大5大学連携の標準化講座で6年間ほど、また、2023年には東京大学のエネルギー総合学基礎論講座で1コマ、自身の標準化活動の経験を踏まえ講義をする機会がありましたが、非常に興味を示す学生もおり『自らの研究を社会実装するためには標準化が重要だとわかりました』など、多くの感想をいただきました。今後もこのような人材育成活動にも積極的に取り組んでいきたいと思っています」と述べた。


 
【略歴】
2006年 一般社団法人 産業環境管理協会 勤務
2009年~現在 ISO/TC 146(大気質)/SC 1(固定発生源)エキスパート
2013年~2016年 ISO/TC 207(環境管理)/SC 4(環境パフォーマンス評価)/WG 5(環境技術実証:ETV)エキスパート
2014年~現在 日本産業標準調査会 化学・環境技術専門委員会委員
2016年~現在 生物化学的測定研究会 常任評議員(標準化幹事)
2017年~現在 一般社団法人 産業環境管理協会 国際協力・技術センター所長
2018年~2023年 ISO/TC 147(水質)/SC 2(物理的・化学的・生物化学的方法)/WG 79(フローイムノセンサ)コンビーナ
2019年~現在 ISO/TC 147(水質)/SC 5(生物学的方法)/WG 9(遺伝毒性及び内分泌かく乱効果)プロジェクトリーダー
2019年~2023年 ISO/TC 207(環境管理)/SC 4(環境パフォーマンス評価)/WG 7(グリーン債)エキスパート
2021年~現在 日本産業標準調査会 適合性評価・管理システム・サービス規格専門委員会委員
2023年~現在 中央環境審議会 大気・騒音振動部会大気排出基準等専門委員会委員
2023年~現在 ISO/TC 147(水質)/SC 2(物理的・化学的・生物化学的方法)/JWG 1(マイクロプラスチック測定)AHG 4 プロジェクトリーダー

最終更新日:2024年4月24日