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令和5年度 産業標準化事業表彰 経済産業大臣表彰 受賞者インタビュー

経済産業大臣表彰 佐藤 忠伸(さとう ただのぶ) 氏

富士フイルムホールディングス株式会社 知的財産部国際標準化推進室 技術主席
 

ISO 22067-1で印刷技術の標準化を推進

 古代から現代に至る長い歴史を持つ印刷業界では、近年、環境に与えるリスクの削減が大きな課題となっている。富士フイルムホールディングス株式会社の佐藤忠伸氏は、 ISO 22067-1(印刷技術-環境情報伝達の要件と基準-パート1:印刷一般)のプロジェクトリーダとして同規格の制定に取り組み、経済産業大臣賞表彰を受賞した。

 インク、溶剤といった印刷材料の環境リスクは、国連が策定した「化学品の分類および表示に関する世界調和システム」(GHS)により伝達されるが、ルール通りに運用されていないケースも多く、日本製品の優れた環境性能が発揮できない状況が続いていた。佐藤氏は関連業界と粘り強く交渉を重ね、ISO中央事務局からも協力を得て規格制定を実現。同規格による環境性能比較により、外国製品に代わって日本製印刷機の採用例が出始めるなど、標準化の効果が表れてきている。印刷業界が抱える問題について、佐藤氏は次のように語る。「印刷は“古い業界”ということもあり、長年の慣習が重視される傾向があります。その反面、新たな制度の導入や業務変革といった活動は苦手で、課題解決の必要性は認めながらも、具体的な取り組みは進んでいませんでした」。

 しかし、その一方で印刷の世界では、画質評価や工程管理といった業務プロセスの標準化が早くから進められており、一概に古いと言い切れない側面もある。佐藤氏は標準化推進にあたり、印刷が環境に与えるリスクを減らすとともに、日本が誇る優れた環境技術を世界に広めたいとの希望を持ち、活動を開始した。

 

印刷工程は、紙やインクだけでなく、刷版の制作や印刷後の製本や加工など様々な工程、要素が関係してくるため、一つの工程で何らかの要素を変更する場合は、各工程間相互の調整が必要になってくる。
   

標準化で環境とビジネス、双方にメリットをもたらす

 標準化の取組を進める場面で、佐藤氏は多くの困難に直面した。「印刷業界には紙、パッケージといった業種が複合的に関わり、それぞれに思惑があることから話し合いは難航しました」。たとえば、製紙業界は独自の規格(TC)を持っているため、印刷業界の決めたルールに従うことへの抵抗感が強かったと佐藤氏は振り返る。「それぞれが業界を背負っているという自覚がありますから、印刷業界の視点で環境によいという理由だけで標準化することは簡単ではありませんでした。そこで、一方的に自分たちの意見を主張するのではなく、業界を取り巻く世の中の動きや、標準化によって得られるメリットを説明しながら理解を深め、双方にとって有益な形になるよう努力しました」。

 また、標準化はビジネスと密接に関係することから、佐藤氏はワーキンググループのコンビーナなどに声をかけ、幅広い領域から協力者を募って支持を獲得した。「国内に限らず、広く海外の人たちにも支援してもらおうと考えました。新たな提案がある場合は事前にWeb会議を開いて彼らの意見を聴くなど、業界の利害関係を超えた視点から捉えることで、よりバランスのよい規格が生まれると思いました」。

 環境保全の観点では、「エコマークや国連の通達に従うことで目的に達するのだから、あえて標準化する必要はないのでは?」という意見も出された。「評価項目の合計点で判断する方法には“抜け穴”があります。他にも例外規定などが存在すると、“都合の悪いものは隠す”といった状況が発生しかねないので、妥協せず標準化推進に徹しました」。

 日本では環境への配慮もあって古くから水性インクが多用されるなど、環境性能の面では有利な立場にあった。「リスクに関する情報伝達がきちんとできれば、日本の業界は自然と優位に立てるはず」と佐藤氏は語る。地道な交渉を進めるなかで次第に意見がまとまり、規格制定の道筋が定まった。そして、さまざまな困難を乗り越えた上でISO 22067-1は制定された。

 一方、ヨーロッパでは ISO 22067-1を「持続可能な環境配慮設計規則」の委任法(セクタ別規制)の基礎とすべく、本規格の欧州標準化がスタートしようとしている。今後の展開によっては、日本製品の優位性が適正に評価される環境基準が欧州法になる可能性もあり、環境性能を世界にアピールする機会が増えるとの期待も高まっている。
 

ルール策定は“自らの手で行うもの”

 今後について佐藤氏は次のように述べた。「日本では“技術で勝ってルールで負ける”という言葉がよく聞かれます。標準化はビジネスの勝敗を分ける重要なルールですが、そのルールは自分たちが作るものであり、“お上から降ってくるもの”ではありません。私を含め、標準を作る立場の人間は、制定された時点で満足してしまう傾向があると思います。大切なのはその標準を使って世の中をどう変えていくのかという“実装”の部分であり、加えて環境、ビジネスの双方にプラスとなる結果を導き出さなくてはなりません。その意味でも、今回の制定は第一段階と捉え、次のステップに向かうための出発点と位置付けています」。

 あくまでも標準化は積極的な活動によって作るルールであり、問題が見つかったときには躊躇なくそのルールを変更するものであると佐藤氏は言う。

 また、標準化に携わる人材育成について「技術に頼ることからの脱却が必要」と語る。「標準化には交渉力、判断力など、技術以外の能力を問われる部分があるのですが、そのような人材は、なかなか見つからないというのが現状です。これから標準化の活動に参画する方には、このような技術以外の能力を高めるための努力を怠らず、環境やサステナビリティを意識した取組をお願いしたいです」。さらに今後を担う若手の人材育成について「(若い人には)海外に出て行って、積極的に多くの人たちとコミュニケーションを交わしてほしいです。最近では、国際会議に参加・出席する日本の人も増えていますが、現地に行っても他の国の方々と積極的にコミュニケーションを取る人が少ないように思います。他の国の人たちと話をすることは戦略や考え方を聞く貴重な機会です。さらにそういったバッククラウンドができていれば、彼らと気軽に言葉を交わす(標準の内容について交渉する)ことも容易になるのではないでしょうか」。

 今回の受賞をきっかけに、かつて一緒に働いた人から久しぶりに連絡が入るなどの変化があったと佐藤氏は語る。「受賞は大変光栄ですが“名前負け”しないよう気を引き締めて臨みたいです」と抱負を述べた。


【略歴】
1996年3月~現在 富士写真フイルム株式会社入社
2006年10月~2012年3月 同社先進技術研究所 主任研究員
2012年4月~2020年3月 同社知的財産本部国際標準化推進室 主任技師
2012年4月~現在 IEC/TC 119(プリンテッドエレクトロニクス)エキスパート
2013年4月~現在 ISO/TC 130(印刷技術)エキスパート
2015年4月~2018年3月 IEC/TC 110(電子ディスプレイ)エキスパート
2016年6月~現在 ISO/TC 130-IEC/TC 119 リエゾン代表
2016年8月~2022年10月 ISO 22067-1(印刷技術-環境情報伝達の要件と基準-パート1:印刷一般) プロジェクトリーダ
2018年4月~現在 IEC/TC 119国内審議委員会副委員長
2018年4月~現在 一般社団法人電子情報技術産業協会 プリンテッドエレクトロニクス標準化専門委員会委員長
2020年4月~2023年4月 同社知的財産本部国際標準化推進室 技術主席
2020年9月~2023年4月 ISO/TC 61(プラスチック)/SC 14(プラスチックの環境側面)エキスパート
2023年9月~現在 IEC/TC 119/AhG 6(サステナビリティ)コンビーナ
2024年1月~現在 ISO/TC 130/WG 4(メディアと材料)コンビーナ

最終更新日:2024年5月2日