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令和5年度 産業標準化事業表彰 経済産業大臣表彰 受賞者インタビュー

経済産業大臣表彰 新崎 卓(しんざき たかし) 氏

株式会社Cedar 代表取締役

バイオメトリクス標準化で認証技術進歩に貢献

 

 

 顔、指紋、瞳の虹彩といった人間の身体的特徴を用いて個人を認証するバイオメトリクスは、入出国管理やモバイル端末など、私たちの生活の様々な場面で活用されている。新崎 卓氏は、ISO/JTC 1(情報技術)/SC 37(バイオメトリクス)の発足当初から20年以上にわたって国際標準化活動に携わり、経済産業大臣表彰を受賞した。

 バイオメトリクスは、従来のパスワードや暗証番号による認証が抱える課題(漏洩、盗難)を解決し、利便性も向上させる技術として、2000年代に入ってから急速に進化を続けている。その黎明期から大手電機メーカー社員として研究開発に従事してきた新崎氏は、新技術を活かした製品開発を推進する一方、SC 37/WG 3(バイオメトリックデータ交換フォーマット)の国内委員会主査、SC 37国内委員長、SC 37からISO/TC 68(金融サービス)への国際リエゾン等を歴任するという“二足のわらじ”スタイルで、ビジネスと標準化推進の両方に取り組んできた。

 

 


 2024年1月に日本の岡山市で開催されたISO/IEC JTC 1/SC 37バイオメトリスの国際会議の様子。


 「私が入社した当時は、多くの企業が独自開発した方式を続々と発表し、トップ性能を目指して競い合う時代でした。認証性能を比較、評価するためには、試験に使うサンプル数や利用環境などをきちんと定義するなど、同じ条件で試験を行うことが求められます。日々、異なる評価軸で“うちが一番”という競争に明け暮れるなかで、“せめて自動車の燃費程度には、業界共通の基準が必要なのでは?”という雰囲気もありました。そのような中、日本国内でも性能評価のためのJIS TRを策定する活動が進められていた時期に国際でSC 37が立ち上がり、JISの活動メンバーがSC 37設立時に参画したという経緯もありました」。

 バイオメトリクスは、日本だけでなく世界各国のメーカーが注目し、開発競争に参入している。新崎氏は国内の標準化を進めつつ、国際会議にも日本代表団長、プロジェクトエディタ、エキスパートとして参加し、規格開発と国内外の意見調整に従事した。
 

孤立しないこと、業界全体で仕組みを作っていく姿勢が大切

 バイオメトリクスは顔、指紋、瞳の虹彩以外にもいくつかの方式がある。その一つである静脈認証は、手のひらや指の血管の形で本人確認するもので、新崎氏はその方式の普及にも注力してきた。しかし、普及の過程では難しい部分があったと振り返る。「日本のメーカーなどが中心となって開発した新しい認証方式の静脈認証は、顔認証、指紋認証、虹彩認証に比べて国際的にはまだ知名度が低い状況でした。そこで、静脈認証が使えるようにするために、静脈データフォーマット規格のISO/IEC 19794-9を起点として、API(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)を規定するISO/IEC 19784-1の追補規格やバイオメトリクスの登録方法に関するガイドライン(ISO/IEC TR 29196:2018)の策定などの取り組みを継続的に行い、標準規格の枠組みの中で静脈認証が使えるようになることに努めました。具体的には、ISO/IEC 19794-9ではプロジェクトを成立させるための各国への協力依頼と日本からのProject Co-editorのノミネート、他の規格では規格文書に入れやすい形での静脈認証に関する寄書(注)提出などを日本メーカーのメンバーが協力して行いました」。
 
(注)寄書:寄与文書(Contribution)とも呼ばれ、標準化活動における新しい仕様や提案をまとめた文書。書き方やフォーマットは規定があり、寄書が提出されることで初めて審議対象となる。
 
 他業界と比較すると、歴史の浅いバイオメトリクスの分野の標準化だが、ここ20年ほどの間にも多くの企業や研究機関が参入と撤退を繰り返している厳しい世界でもある。新崎氏は標準化を推進するポイントとして次のように語る。「常に“孤立しない”よう心がけています。標準化は業界の関係者にとって、ともすれば“勝手に進めている”とも思われかねないこともあり、新たに加わった同業他社とも意見交換し、業界全体で必要とされる国際標準規格を作り上げる姿勢が大切だと思います。そのため、JAISA(一般社団法人 日本自動認識システム協会)さんの国内標準化セミナーなどを通じて標準化活動を紹介することも同業他社の方たちと一緒に進めてきました」。
 



 
2014年1月、ドイツ・ダルムシュタットで開催されたISO/IEC JTC 1/SC 37/WG 4の会議にてISO/IEC TR 30125:2016 Information technology Biometrics used with mobile devicesの規格開発プロジェクトのセッションでの新崎氏。2003年に世界で最初に量産タイプの携帯電話(新崎氏が開発に関わったもの)に指紋認証が搭載された事例を説明しているところ。


 また、活動を進めるにあたって新崎氏は、ビジネスパーソンとしての意識を忘れないよう注意したという。「貴重な研究開発の人的リソースを標準化に割く余裕がないとの声があるのは事実です。しかし、標準化することで公正な評価の場が作られ、優れた製品が売上を伸ばすというサイクルが理解されれば、標準化への見方も変わるでしょう。標準化を中立的な立場で行うことは当然ですが、私も企業の一員として、ビジネスを伸ばすための標準化を目指してきました」。

 最近では、新しい市場を立ち上げるために標準化提案をする例も増えてきているという。将来を見据えた取り組みが進みつつあるようだ。

 

若い人たちの標準化活動への積極的な参加と活躍を期待

 バイオメトリクスの導入は、この数年でさらに増加している。現在、スマートフォンの大半の機種に顔認証や指紋認証が搭載されている。また、ICチップに顔画像が入ったIC旅券を発行する国は150か国を超え、日本でも入出国管理用の自動化ゲートで顔認証が導入されるなど、一般的な認証方法として定着した感がある。

 「これからは技術進歩に伴う次世代対応が大きなテーマになってくると思います。最近では、IC旅券用の顔画像フォーマットを次世代標準規格の顔画像フォーマットに切り替えていく検討がされているのですが、次世代の顔画像フォーマット規格文書はあるものの、従来フォーマットからの移行プロセスに必要とされる規格文書(ISO/IEC TR 49794)の開発が遅れていました。そこで、SC 37国際会議の中でアドホックグループ(注)の設立を提案するなどして、早期開発を実現しました。150か国以上で使われている規格の移行に関わることなので重い責任もありました」。
 
(注)アドホックグループ:アドホックとはラテン語で「限定目的の」「特定の目的の」を指す言葉で、迅速な対応が求められる場面で即座に対応するためのグループのことを指す。
 
 今後の標準化に対する展望としては人材育成が重要という。「人材の確保・育成は、標準化の将来を考える上で非常に大切だと考えています。そのためには、標準化によって企業のビジネスが成長し、自分のスキルアップにもつながるという価値を若い人たちが知ることで、積極的に標準化へ参画してもらうことが重要だと思います」。

 そして、人材育成を進める上でのポイントとしては国際会議への参加が大きな価値をもたらすと強調する。「国内の標準化メンバーは、その多くが顔見知りであり、利害関係もほぼ共通しているのでコミュニケーションは円滑に進められます。しかし、国際会議では各国のメンバーが自らの立場を主張しますので、交渉は格段に困難なものになります。そういう環境の中でもアジアの国には海外留学などで培った英語を使って規格開発を主導する人材が増えています。日本の若い人も、こういった交渉の場に積極的に出席して、さらに国際的な交渉力を養ってほしいと願っています。その交渉の中でルールメイキングに参加する楽しさも知ってほしいと思います。また、バイオメトリクスの国際標準化を行うSC 37は、情報セキュリティに関するSC 27、ICカードに関するSC 17、人工知能に関するSC 42や金融サービスに関するTC 68ともリエゾン関係にあります。標準化に携わるなかで他分野の人たちとの交流も広がるので、活躍の場として魅力もあることをお伝えしたいです」。

 最後に今回の受賞について新崎氏は「これまでの活動を評価いただけたことは大変光栄です。推薦してくださった方々や、前職でともに働いた仲間たちにも感謝しています」と述べた。


 
【略歴】
1988年4月~2022年3月 富士通株式会社 主任研究員、主幹研究員、プロジェクトディレクター、プリンシパルエキスパート
2002年4月~2004年3月 バイオメトリクス標準化調査研究 本委員会 委員(財団法人 日本規格協会、JIS TR開発)
2002年4月~2003年3月 バイオメトリクス標準化調査研究WG 1委員(財団法人 日本規格協会、JIS TR X0053開発)
2002年10月~2004年3月 バイオメトリクス標準化調査研究WG 4主査(財団法人 日本規格協会、JIS TR X0100開発)
2003年2月~2006年11月 JTC1(情報技術) /SC 37(バイオメトリクス) 国内委員[SG 3、SG 5(SGは後にWGに移行)]
2003年4月~2004年3月 バイオメトリクス標準化調査研究WG 6委員(財団法人 日本規格協会、JIS TR X0101開発)
2006年5月~2008年3月 バイオメトリクス認証装置の精度評価方法 標準化調査研究委員会 本委員会 委員[財団法人 日本規格協会、ISO/IEC 19795-1/-2/-3のIDTでのJIS化(X 8101-1/-2)]
2006年11月~2018年4月 JTC 1/SC 37/WG 3(バイオメトリックデータ交換フォーマット) 国内主査
2007年3月~現在 JTC 1/SC 27(情報セキュリティ,サイバーセキュリティ及びプライバシー保護)/WG5(アイデンティティ管理とプライバシー技術)エキスパート
2018年4月~2018年8月 JTC 1/SC 37/WG 3小委員会幹事
2018年9月~2022年3月 JTC 1/SC 37(バイオメトリクス) 国内委員長
2022年4月~現在 JTC 1/SC 37(バイオメトリクス)専門委員
2019年12月~現在 ISO/TC 68(金融サービス)国内委員会エキスパート
2020年1月~現在 JTC 1/ SC 37からTC 68/SC 8(金融サービス 参照データ)への国際リエゾン
2020年4月~現在 JTC 1 /SC 17(カードおよび個人識別用セキュリティデバイス)委員
2020年7月~現在 JTC 1/ SC 37からTC 68/SC 2(金融サービス セキュリティ)への国際リエゾン
2022年6月~現在 株式会社Cedar(シーダー) 代表取締役

最終更新日:2024年4月23日