経済産業大臣表彰 関 清隆(せき きよたか) 氏
日本の鉄道技術を反映させた国際標準化に力を尽くす
鉄道は路線が張り巡らされた欧州や日本だけでなく、世界中で人々の生活や産業に欠かせない重要なインフラである。鉄道技術の標準化のために、2012年に設置されたTC(専門委員会)のISO/TC 269(鉄道分野)に13年に加わり、取り組みを進めてきたのが鉄道総合技術研究所の関清隆氏だ。
ISO/TC 269設置以前から、欧州では鉄道分野を扱うCEN(欧州標準化委員会)/TC 256があり、SC 1(インフラストラクチャ)、SC 2(車両製品)、SC 3(車両システム)の各分科委員会(SC)があった。そのため、欧州の委員はISOでもインフラストラクチャと車両のSCを設置すべきだとした。それに対して、日本は第1回のISO/TC 269総会で、日本が持つ安全・正確な鉄道運行や高品質なサービスを支えるオペレーションやサービス(O&S)分野の分科委員会設置と規格化の必要性を主張した。
関氏は第2回総会で、日本の鉄道技術で世界に貢献したいとの目的意識のもと、O&S分野のSCの必要性や規格候補案件などを提案した。欧州諸国からも賛同が得られ、分科委員会の設置を検討するISO/TC 269/AHG(特設グループ)5(将来のISO/TC 269の構造)が発足し、関氏はそのエキスパートに就任した。AHG(特設グループ)での検討を進める中で欧州諸国に働きかけを続け、16年にISO/TC 269/SC 3(オペレーションとサービス)の設立に成功、日本が幹事国になって、優位な運営体制を整えた。そして同委員会マネジャーに就任、運営および日本が提案した3つの規格の発行に貢献した。各規格は日本の運転分野の技術を反映するもので、国際競争力の向上による経済的効果が見込まれる。
国際規格となった運転時分計算のイメージ。列車ダイヤの作成には、運転時分(列車の駅間の走行に要する時間)を正確に算出する技術が必要となるが、その運転時分計算に関して、日本が提案、主導して取り組んだことで国際規格が発行された。
出典:鉄道総研ニュース
「日本提案の運転時分計算に関する国際規格が発行されました~我が国に強みのある技術の国際規格化を目指して~」
(「RRR」2023年7・8月号、Vol.80 No.4、公益財団法人鉄道総合技術研究所)
国際規格審議の元となった運転シミュレーターの一例
出典:公益財団法人鉄道総合技術研究所 ニュースリリース 2022年9月16日
一方、鉄道の電気に関わる分野でも標準化は進んでいる。20年にはIEC/TC 9(鉄道用電気設備とシステム)CAG(議長諮問グループ)、21年には同SLG(戦略リエゾングループ)のそれぞれメンバーとなり、TCの的確な運営に貢献。さらに、IEC/TC 9国内委員会委員長として、71件の審議実施などで4つの国際規格に寄与し、日本の技術を反映させた鉄道用電気設備の国際標準化にも大きく貢献した。
相手の意見を尊重した上で妥協点を探りながら運営する
関氏は「標準化は新興国を中心にした鉄道網の建設に日本企業が参入していくことが大きな目的の一つです。標準化された技術でないと相手国にも受け入れられません」と語る。日本国内で新しい路線を作る需要はなくなりつつあり、少子化で乗客数の大きな伸びも見込めない。その一方でアジア諸国など世界の鉄道インフラ需要は膨大で、市場の拡大が見込まれている。日本の鉄道産業は蓄積してきた技術を生かして、海外での鉄道建設への参入を図っている。日本の鉄道産業の技術や考え方を国際規格に盛り込むことはそれを支える大きな力になる。一方、都営地下鉄など自治体が運営する鉄道事業者はGP協定(WTO政府調達協定)の適用を受ける場合もある。そのため、日本の技術を国際標準に反映させることはそれらの鉄道の運営継続性を維持するためにも必要だ。
関氏の経験からは、国際審議の場において、日本が主張だけして他国の意見を否定すると、日本の意見が考慮されなくなるという。「お互いに相手の意見を尊重した上で、妥協できる点を探りながら運営を進めていくことがポイントです。それを通して、他国との信頼関係の構築もでき、議論も進展します」。ISO/TC 269/SC 3の委員会のマネジャーとしてSCを運営していくにはSC議長、ISO/TC 269議長や委員会マネジャーとの協力が不可欠だった。またISOでの一般的なルールをISO/TC 269内で運用するために具体化、詳細化したローカルルールの策定では他の委員会マネジャーとの議論において公平性や透明性が損なわれないようにしながら、協議してきた。
日本と欧州で考え方や方式が異なる場合もある。「例えば電車に架線から電力を供給する交流き電回路では故障などでレールの電位が上がり、感電を引き起こすことがあります。そのための対策は欧州ではレールを接地することとしていますが、日本の新幹線方式ではレールは原則非接地としています。そこでIEC/TC 9で両者の考え方を織り込んだ形で鉄道設備の電気的安全性規定を定めています」。
研究段階から標準化まで見据えた戦略的な取り組みを推進
国際標準化活動の中で、関氏が最も苦労したのがISO/TC 269/SC 3で日本提案のプロジェクトを始める際の協力国集めだった。「当時は最低4カ国の参加が必要でしたが、当初3カ国しか集まりませんでした。何とかしてプロジェクトを始めたいと議長のイタリアの委員に相談しました。そうしたところ、イタリアは最初入っていなかったのですが、参加することになりました。その結果、4カ国が賛成し、始めることができました」。
日本の鉄道産業の維持・発展のためには、日本の鉄道技術の国際標準化のさらなる推進が必要になる。そのために、鉄道総合技術研究所 鉄道国際規格センターでは様々な取り組みを進めている。
まず人材育成では、知識の習得や規格審議に必要な対応力の向上を目的に、規格センターの会員企業や鉄道総研の研究者に向けたセミナーやディスカッション、グループワークなどを実施している。また標準化活動の浸透のために、会員企業の経営幹部に向けた講演を実施している。さらに鉄道総研の研究開発成果の標準化を図るため、研究テーマの策定段階や終了段階のタイミングで鉄道国際規格センターも関与し、国際標準化の可能性を研究者と検討することを始めている。
「私もそうでしたが、鉄道総研の研究者は従来、国内の鉄道事業者での利用を主眼に研究しており、国際標準化を意識していませんでした」。今後の海外展開を考えると、国際標準化は急務になっており、研究開発から標準化までを見据えた標準化活動を意識した戦略的な取り組みを進めていく。
「表彰で標準化活動が日本にとって極めて重要で、活動の成果も評価されることを認識してもらえたと思います。今回を契機に、鉄道総研や鉄道業界で標準化に関心を持ち、自身の研究成果などの標準化を目指す人が増えることを願っています」。
1981年4月 | 日本国有鉄道入社 |
1985年4月~1987年10月 | ISO/TC 97(情報技術)/SC 6(通信とシステム間の情報交換)/WG 1(データリンク層) 国内小委員会委員 |
1987年4月 | 財団法人鉄道総合技術研究所入社 |
1987年11月~2008年3月 | ISO/IEC JTC 1(情報技術)/SC 6(通信とシステム間の情報交換)/WG 1(データリンク層) 国内小委員会委員 |
1990年4月~1991年3月 | ISO/IEC JTC 1(情報技術)/SC 6(通信とシステム間の情報交換)/OSI管理ワークショップ委員 |
1991年4月~1992年3月 | LAN JIS原案作成委員会 委員 |
1991年4月~1996年3月 | ISO/IEC JTC 1(情報技術)/SC 6(通信とシステム間の情報交換)/OSI管理 SG(サブグループ)委員 |
1998年4月~1999年3月 | JIS管理及び要約JIS化調査研究委員会 委員 |
2011年4月~2012年3月 | IEC/TC 9(鉄道用電気設備とシステム)国内委員会 委員 |
2013年4月~2018年9月 | 公益財団法人鉄道総合技術研究所 鉄道国際規格センター 次長 |
2014年2月~2015年10月 | ISO/TC 269(鉄道分野)/AHG 5(将来のISO/TC 269の構造)エキスパート |
2016年3月~現在 | ISO/TC 269/SC 3(オペレーションとサービス)委員会マネジャー |
2016年9月~現在 | IEC/TC 9(鉄道用電気設備とシステム)国内委員会 委員長 |
2018年5月~現在 | ISO/TC 269/AG 17(国際鉄道連合との戦略リエゾングループ)エキスパート |
2018年10月~2022年4月 | 公益財団法人鉄道総合技術研究所 鉄道国際規格センター センター長 |
2020年11月~現在 | IEC/TC 9/CAG(議長諮問グループ)メンバー |
2021年2月~現在 | IEC/TC 9/SLG(戦略リエゾングループ)メンバー |
2021年4月~現在 | 日本産業標準調査会 交通・物流技術専門委員会 臨時委員 |
2022年4月~2023年6月 | ISO/TC 269/AHG 1(適用範囲と用語)エキスパート |
2022年5月~現在 | 公益財団法人鉄道総合技術研究所 鉄道国際規格センター 特任参与 |
最終更新日:2024年3月21日