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令和5年度 産業標準化事業表彰 経済産業大臣表彰 受賞者インタビュー

経済産業大臣表彰 田代 秀一(たしろ しゅういち) 氏

学校法人新潟総合学院 開志専門職大学 情報学部 教授

日本の人名・地名表記に必要な漢字約6万文字を規格化

 

 コンピュータでの文字の処理や通信のために文字に番号を割り振って定義したのが文字コードである。世界中のあらゆる文字の定義が進む中、20年以上にわたって文字コードの標準化に取り組んできたのが経産大臣表彰を受けた開志専門職大学の田代秀一氏だ。

 田代氏は、2017年から22年までISO/IEC JTC 1(情報技術)/SC 2(符号化文字集合)の国際議長を務めた。その中で、言語・文化との調和、中立性、公開性、および共同で規格を開発する民間組織との良好な関係維持に注力しつつ、委員会運営に尽力し、任期中に約2万3,000文字の規格追加を実現した。また、日本の人名・地名等の表記に必要な漢字など約6万文字を国際規格の文字へ同定する作業を進めるとともに不足する文字を規格へ追加。そのすべてがISO/IEC 10646(情報技術ー国際符号化文字集合)2019年追補版発行により国際規格準拠で使用可能となり、規格活用のための業界団体の設立と、デジタル庁によるベースレジストリ構想(公的機関等で登録・公開された人、法人、土地、建物、資格など社会の基盤となる情報を活用しやすいデータとして整備するもの)など官民での活用による大きな効果をもたらした。これに先立ち、プログラム言語RubyのJIS規格化と日本発のプログラミング言語として初めてのISO化を実現し、わが国の地位向上にも貢献している。
 

 

 田代氏は「標準化は策定した規格を国際的に守ってもらうことが目的ではなく、技術をより広く使ってもらうようにするための戦略です。目的は自分たちの技術をより多くの人に使ってもらい、利便性を高めていくことです」と語る。

 文字に番号を割り当てるというと簡単な話のように思えるかもしれない。しかし、文字コードに準拠して作成した文書を国際的に流通させ、それが長期的に保存されて未来の誰もが読めるようにするには国際的な文字の一貫性の維持が必要になる。「例えば、見た目では少し異なる文字があったとして、それが文字として違うのか、それとも書き方がたまたま違っているだけで、文字としては同じなのかの区別は実は非常に難しいのです」。




ISO/IEC 10646 (国際符号化文字集合)規格書の一部(上;変体仮名の国際規格、下:漢字の国際規格)
出典: ISO/IEC 10646:2020, Information technology — Universal coded character set (UCS)(第6版、2020年12月発行)
 


未来の人すべてが読めるように必要な国際的な一貫性の維持

 この違いが漢字であれば、日本では同じ文字だと考えているのに中国ではまったく違う文字だと国際的な論争になることもある。漢字に限らず、様々な文字が論争になる背景には文化面や政治面の要因がある。特に新しい独立国が生まれると、現在の規格に載っている文字では困るといわれることもある。「規格としては未来から見た古文書も含めて過去の歴史を維持していく必要があるのに、その国にすれば昔使っていた文字はすべて消したいと考えているわけです。それで論争が起きることもあり、国際的な一貫性の維持には技術的議論とは異なった困難が伴うこともあります」。

 標準化活動を進める上ではパートナーシップは非常に重要だ。SC 2では古くから民間組織であるユニコード・コンソーシアムと協力関係を結び、規格化を進めている。文字に関心のある個人や各国のコミュニティからの意見が同コンソーシアムを通して提案されてくる。SC 2の漢字を扱う分科会は香港に拠点を置くが、そこでの議論が大切になる。「かつて、漢字分科会に出版物で流通していなくてはいけないという内規がありました。そうすると、日本の戸籍文字は出版物ではほとんど流通していないので、そのままでは標準化することができません。そこで、標準化を議論する前に内規を変えるところから手を付けました」。

 
 国内でも、文字の標準化では文字フォントのライセンスの整備が大きな課題だった。2002年に、それまで独自の番号が振られていた総務省管轄の住民基本台帳で使う漢字、法務省管轄の戸籍で使う漢字を一元化して標準化する「汎用電子情報交換環境整備プログラム」がスタートし、2010年には「文字情報基盤プロジェクト」へ引き継がれた。そこで問題になったのが文字フォントのライセンスの問題であった。当時日本では、文書の電子化を進めるために政府プロジェクトを含めたくさんの文字フォントが急速に整備されたが、それぞれの文字フォントに個別のライセンスが適用されているため、勝手に手を加えることができず、文字デザインの検討に支障があった。また、ライセンスの異なる文字をひとまとめの文字集合として利用することはできなかった。「そこで、オープン・ソース・コミュニティや文字フォント業界の人たちも交えて議論し、新しいライセンスを作りました。そのライセンスのおかげで国語の専門家を含む多様な人が文字検討の議論に参加することができるようになり、結果、2010年に告示された改定常用漢字表はこれを用いて開発されました。日本の人名・地名等の表記に必要な漢字6万字の国際規格化もそのライセンスを使うことで可能になったのです」。

 


文字コードに関心のある人の議論への積極的な参加を望む

 新しい文字をISOに登録する場合には過去に一致する文字があるかどうかを確認する。最近ではかなり機械的にチェックできるようになったが、以前は辞書の編集や難しい漢字の印刷に関わっていた何人ものプロに依頼して、人の目で何回も確認していた。その作業を通して、どこにも登録されていない文字であること、なおかつきちんとした文字であることを証明し、登録していくのである。

 「日本にも地方に古くから伝わる伝統的表記に必要な文字の登録を検討しているコミュニティがありますし、デジタル庁は戸籍用にさらに1万字くらい登録したいという方針です。中国も新しい文字を登録したいといっています。特に人名や地名はアイデンティティに関わる問題なので、これからも新しい文字を登録していくことになるでしょう」。

 異体字の表現や字形の修飾など、文字コードの技術は年々複雑化している。また、文字コードは文字に番号を付けていくことと、その番号をコンピュータで表現することの2つに分けられる。現実には、技術者でもそれを区別していないことが多く、それが原因になって文字化けが起こることがある。「一般のユーザーは文字コードを知らなくても問題なく文字を書けます。ただ技術者はそうした文字コードに関する仕組みを理解し、その知識を持つことが必要だと思います」。

 また、文字コードに関する議論はオープンで行われており、現在、日本では一般社団法人文字情報技術促進協議会(CITPC)が様々な情報提供や啓発を行い、また意見も受け付けている。

 「文字の標準化は長い時間をかけて、多くの人々が関わった様々なプロジェクトが連鎖して生まれた成果です。私は最後の部分を少し“掃除”した程度なのですが、今回の表彰を受けたことで逆に恐縮しています。ただ、今まであまり関心を持たれなかった文字の標準化にスポットが当てられたのはとても喜ばしいです。今後も文字コードに関心をお持ちの方はSC 2国内委員会やCITPCにお声がけいただき、議論にぜひとも参加してほしいと思います」。


 
【略歴】
1987年4月~2001年3月 通商産業省工業技術院電子技術総合研究所入所
1991年4月~1998年3月 ISO/IEC JTC 1(情報技術)/SC 21(開放型システムにおけるデータ管理および開放型分散処理)/WG 7(基本参照モデル)国内委員会委員
1999年4月~2000年10月 一般社団法人 情報処理学会 情報規格調査会 ISO 2375 登録委員会(符号化文字集合エスケープシーケンス登録)委員
2000年12月~2003年3月 一般社団法人 情報処理学会 情報規格調査会 文字コード標準体系専門委員会 委員
2001年4月~2010年12月 独立行政法人産業技術総合研究所 主任研究員 (組織変更)
2006年1月~2011年6月 独立行政法人情報処理推進機構(IPA) オープンソースソフトウエアセンター長
2009年4月~2011年3月 JIS X 3017(プログラム言語Ruby)原案作成委員会 委員
2011年7月~2018年3月 独立行政法人情報処理推進機構(IPA) 参与 兼 国際標準推進センター長
2013年12月~2022年12月 ISO/IEC JTC 1/SC 2(符号化文字集合)国内委員会 委員
2016年5月~2020年3月 日本自動車研究所 ISO TC 204(高度道路交通システム)/WG 1(機能構成)国内分科会委員
2017年1月~2022年12月 ISO/IEC JTC 1/SC 2国際議長
2018年4月~2020年3月 独立行政法人情報処理推進機構(IPA) 技術本部 調査役
2018年5月~現在 ISO/IEC JTC 1/SC 32(データ管理及び交換)/WG 2(メタデータ)国内委員会 委員
2020年4月~現在 学校法人新潟総合学院開志専門職大学 情報学部 教授
2021年11月~現在 ISO/IEC JTC 1/WG 11(スマートシティズ) 国内委員会 委員
2023年1月~現在 ISO/IEC JTC 1/SC2国内委員会 委員長

最終更新日:2024年3月5日