経済産業大臣表彰 中江 裕樹(なかえ ひろき) 氏
特定非営利活動法人バイオ計測技術コンソーシアム 事務局長兼研究部長
日本チームを牽引、バイオ分野での標準化を推進
バイオテクノロジーは様々な形での産業化が期待されていることから、多くのスタートアップ企業や大企業が事業化に向けた取組を進めている。バイオ分野の標準化活動に14年余にわたって携わってきたのが特定非営利活動法人バイオ計測技術コンソーシアム(JMAC)の中江 裕樹氏だ。
中江氏は2009年、ISO 16578:2013マイクロアレイ規格開発プロジェクトメンバー[ISO/TC 34(食品)/SC 16(分子生物指標の分析に関わる横断手法)]になり、その後、15年にはISO 20813:2019肉種別規格開発プロジェクトリーダー[ISO/TC 34/SC 16/WG 8(肉種識別)]、WG 8のコンビーナに就任した。翌16年にはISO 20688-1:2020合成核酸品質規格開発プロジェクトリーダー[ISO/TC 276(バイオテクノロジー)/WG 3(分析方法)]となり、日本の提案を盛り込んだマイクロアレイの国際標準の策定にこぎつけた。さらに17年にはISO/TS 23366ナノテクノロジー規格開発プロジェクトリーダー[ISO/TC 229/(ナノテクノロジー)/WG 5(製品・応用)]として、18年にはISO/CD 24480データベース品質規格開発プロジェクトリーダー[ISO/TC 276/WG 5(データ処理と統合)]と、長年にわたってバイオ分野の規格開発プロジェクトリーダーを歴任してきた。
2017年11月、イタリア・ローマで開催されたISO/TC 276 第4回ワーキンググループ合同会議に参加中の中江氏(写真中央)。
写真提供:中江裕樹氏
こうした活動を通して、中江氏は欧州、米国を中心に標準化が加速していたバイオ分野において、国内に経験者がいない中で試行錯誤しながら、関係者とのネットワーク構築、ドラフト開発から国際会議での交渉まで、日本チームを牽引、バイオ分野における標準化を進めてきた。さらに活動主体のJMAC(特定非営利活動法人バイオ計測技術コンソーシアム)を企業の開発活動とISOでの標準開発活動の橋渡しを行う境界組織として確立し、食品だけでなく医療、バイオテクノロジー、ナノテクノロジー、DNAの塩基配列解析等に使われる標準物質(物質や材料の特性値を決定するための基準となる物質)など関連分野のTCで主要な役職を歴任。一般社団法人日本バイオテクノロジー認証機構を設立し、市場拡大の切り札であるバイオ分野、特にISO 16578(マイクロアレイ)や、ISO 20688-1(合成オリゴ)に基づく製品認証への道筋を拓こうとしている。
標準は自社の新技術を国際的に認めさせるための評価基準
中江氏は「標準化は企業が新しい技術を作った時に、それを市場に認めさせることを目的に、評価方法を記述し、事前に承認を得ておく活動です」と語る。
日本の多くの経営者は「標準化は自分たちの技術をオープンにしてしまうもの」と考えがちだ。そのため、自社技術を一般に公開してしまう標準化の活動は意味がないと捉えてしまう。そう考える一方で、自社の技術は市場にある今までの技術より優れていると主張しようとする。だが、いくら「優れています」と主張したところで客観的な評価がなければ、アジアや欧米で技術を展開する場合、改めて証明し直さなければならない。
「証明しようとしても、自社の開発技術なので、認める基準はありません。ところが、あらかじめその評価基準を国際的に認める制度があったとしたらどうでしょう。その基準にもとづいて妥当性評価を実施した結果を表示すれば、世界中で通用します。それが標準なのです」。
中江氏は当初、欧米主導によるバイオ分野の標準化競争に日本も追いつくことに重点をおいて活動した。それが2020年にISO/TC 276/WG 3でのISO 20688-1発行で一定の成果が得られたことから、現在は企業が必要とする標準の策定に力を注いでいる。「最近では、開発した製品に適用できる標準を作りたいという企業の相談も来るようになっています。それで標準化した例が23年5月にコニカミノルタの技術を取り入れて、JMACと共同提案でISO/TS 23366として発行されたナノ粒子を用いた性能評価法です」。
現在、苦労しているのが、新しく標準化を提案したい時にどうすれば各国の賛同を得ることができるか、という問題だ。「わかりやすい標準や国際会議で皆が求めている提案であれば、スムーズに通ります。問題は世界の一部の国が標準化したいと考えていても、他の国は事情が違うために、関心を持たれないケースです。その場合はISOの活動以外にニーズがある国の人たちに集まってもらい、準備しなければなりません」。
2019年11月、さいたま市で開催されたISO/TC 34/SC 16会議の会議風景(写真左)と参加メンバーによる集合写真(写真右)
写真提供:中江裕樹氏
標準と特許は車の両輪、多くの企業の積極的な取組を望む
このような場合の標準化提案では事前の準備も重要となってくるため、中江氏にも精力的な活動が求められる。中江氏が今、ニーズを持つ国に呼びかけて標準化提案の準備を進めているのが、トマトのリコピン(抗酸化力を持つ成分)など食品の機能性成分の測定方法である。機能性成分をサプリで摂る米国や欧州は文化が異なることから、興味を示さないため、自国の農産物の特徴を標準に基づいて示したいという共通のニーズを持つアジア諸国を東京に招いて、ワークショップを開催した。「賛同を得るために、今年アジアの国々を訪問しました。ただアジア諸国は国際標準に慣れていないケースもあり、戸惑っている場合も見られました。そこで色々と技術移管をしながら、アジアでの標準化ニーズを国際的なフィールドに持ち込むための取組を進めています」。
JMACでは、中江氏が中心になり、経済産業省が挙げる「日本型標準加速化モデル」の実現に向けた課題に取り組んでいる。標準化人材の育成・確保では、国際標準の標準ストーリーに仕上げるプロセスについての1日研修、提案からコメント、ワーキンググループまでを疑似体験する3日間研修を実施している。また経営戦略における標準化活動の浸透では、国の大規模な研究開発プログラムに入り、その中で技術を探して、標準化につなげている。その例が最先端研究開発支援プログラムのプロジェクトで、オリゴDNA評価方法を開発してISO 20688として発行したケースである。「研究開発段階での標準化戦略への取組も実績を積み上げていて、実例を示して、多くの人に標準化活動に参加してもらえるようにしていきます」。
標準と特許は車の両輪であり、今後も多くの人に標準化に取り組んでもらいたいと中江氏は言う。ある時、他国が提案に動いている案件があったため、中江氏が国内企業に標準化提案をもちかけたところ、経験不足を理由に断られてしまった。「最初から経験がある人は誰もいません。まずはやってみるしかないです。標準化を無視して新しい技術をマーケティングすることは不可能なので、まずは一緒に取り組んでほしいと思います」。
そして、今後の標準化活動を担う若手人材の育成について中江氏はこう語る。「他の国の例では、標準化に対応する若手を育成するため、どんどん国際会議に参加させ、適性のある人材を残していく方法を取っている国もあります。ただ、私たちがこの方法を踏襲することは予算の制限もあるため難しいと思われます。そのため、これに代わる施策として、JMACでは自ら開発して現在実施中の国際標準開発の研修プログラムがあり、若手の参加を広めていくことはもちろん、新たな試みとして会員企業から若手を募り、国際会議を経験させるプログラムにも着手しています。こうした活動を通じて、若い人たちに多くの経験を積んでもらうことが若手育成には欠かせない取組と考えています」。
「今までJMACの事務局の皆さんには、大きな負担をかけながらも、支えられて活動してきました。今回の受賞はその人たちに感謝する意味で嬉しいです。国に標準化の大切さを訴えてきたことが認められたので、今後企業への呼びかけの大きな力になると考えています」。
2006年1月~2009年3月 | 株式会社メディビックグループ 常務取締役 |
2009年2月~現在 | 特定非営利活動法人バイオチップコンソーシアム(現特定非営利活動法人バイオ計測技術コンソーシアム) 事務局長 |
2009年2月~2013年11月 | ISO 16578:2013 マイクロアレイ規格開発プロジェクトメンバー [ISO/TC 34(食品)/SC 16(分子生物指標の分析に係る横断的手法)] |
2015年5月~2019年4月 | ISO 20813:2019 肉種判別規格開発プロジェクトリーダー[ISO/TC 34/SC 16/WG 8(肉種識別)] |
2015年5月~現在 | ISO/TC 34/SC 16/WG 8 コンビーナ |
2016年4月~現在 | JAB試験所技術審査員(ISO/IEC 17025) |
2016年9月~2020年1月 | ISO 20688-1:2020 合成核酸品質規格開発プロジェクトリーダー[ISO/TC 276(バイオテクノロジー)/WG 3(分析方法)] |
2017年4月~現在 | JAB臨床検査室上席主任審査員(ISO 15189) |
2017年11月~2023年5月 | ISO/TS 23366 ナノテクノロジー規格開発プロジェクトリーダー[ISO/TC 229(ナノテクノロジー)/WG 5(製品・応用)] |
2018年12月~現在 | ISO/CD 24480 データベース品質規格開発プロジェクトリーダー[ISO/TC 276/WG 5(データ処理と統合)] |
2020年4月~現在 | ISO/TC 34/SC 16/WG 13(マイクロアレイ)コンビーナ |
2020年4月~2022年9月 | ISO 16578:2022 マイクロアレイ規格改訂プロジェクトリーダー(ISO/TC34/SC 16) |
2020年6月~現在 | ISO/PWI 21085 極低濃度核酸計測規格ドラフティングチームメンバー(ISO/TC 276/WG 3) |
2020年10月~2021年12月 | JIS Z 8838:2022 電動ピペットを用いた液滴の画像処理による体積測定方法JIS原案作成委員会 委員 |
2020年12月~現在 | 再生医療の標準化を行うISO/TC 276/WG 4(バイオプロセッシング)コンビーナ |
最終更新日:2024年3月27日