経済産業大臣表彰 藤上 純(ふじかみ じゅん) 氏
住友電気工業株式会社 知的財産部 標準化推進室 主幹
10年間にわたりIEC/TC 90の国際幹事を務める
特定の金属や化合物が一定温度以下で電気抵抗がゼロになる現象を「超電導」という。大学院で超電導の研究をしていた藤上氏は卒業後、1991年に住友電気工業に入社した。「ちょうど、私が大学に入学した頃に『高温超電導』が発見されました。さらに私が大学の研究室に入る頃には液体窒素温度77K(-196℃)でも超電導になる高温超電導体(ビスマス系超電導体)(注)が日本で発見されました。そのように非常に盛り上がっていた分野だったため、超電導の研究者の道に進みました」。入社後は超電導の研究部署に配属され、技術開発部、製品開発部を経て、2023年7月から知的財産部標準化推進室の主幹を務める。
(注)高温超電導体:IECの用語の規格では、超電導に転移する温度が25K以上(-248℃以上)の超電導体として定義されている。
藤上氏がIEC/TC 90(超電導)の標準化活動に参画したのは2004年。IEC/TC 90(超電導)には、国内の超電導に関わる大学や企業の関係者が参加しており、メンバーは世界9カ国約120人以上。主に高温超電導における「ものさし」作りに取り組んでいる。
2008年、同じ住友電気工業の先輩から引き継ぐ形で藤上氏はIEC/TC 90(超電導)の国際幹事補佐になり、13年からは国際幹事を務めている。
超電導の分野において標準化の最大の意義は、市場拡大だ。「1980年代に新たに高温超電導が発見されましたが、その時点では物質が見つかっただけですので、それをどのように市場投入し実用化していくか、30年近く世界の研究者たちが努力を重ねてきました。身近なものでは医療のMRI装置に超電導が使われています。そのほか、あらゆる分野での実用化が期待されているものの、まだ大きな市場にはなっていません。国際標準を作ることによって、市場展開が行いやすくなります」。
例えば、超電導の特徴は「抵抗0」の状態で電気を流せることだが、それには限界がある。何アンペアの電流を流すと超電導が壊れてしまうのか。また、どうなった状態を超電導が壊れたと言うのか。それらをチームで話し合い、統一の基準を作ってきた。「これは一例ですが、1つの基準を作るのにだいたい3年かかります。この10年間で13件の標準化ルールを作ってきました」。
異なる意見にも耳を傾け、合意を得ながら進めていく
TC 90の中には、超電導における個別の標準化テーマを検討する14のワーキンググループがある。「それぞれのワーキンググループには委員長が2人います。全14グループにおいて、2人のうち1人は日本人です。TC 90は幹事国でもありますし、世界の中でも日本は大きな存在感と発言力を発揮できています」。
グループの中には自分とは違う意見の人もいるが、少数意見であっても耳を傾けるように心がけることがグループをまとめる秘訣と藤上氏は言う。
「メンバーはみんな、市場拡大を目的に参加しています。その共通目的から外れるようなことがあれば、丁寧に話を聞いて軌道修正しています。特に市場拡大や発展途上の分野の標準化に携わっている人にアドバイスとして伝えたいのは、コミュニティ内でしっかりコンセンサスをとって進めていくことが大事だということです。考えが異なる人たちをいかに論破するか、という姿勢では絶対にうまくいきません。相手の意見をしっかり聞き、合意をとって物事を進めていく。日本はその調整役に向いていると思いますし、世界からもその役割を期待されていると感じます。この姿勢が、小さなコミュニティで物事を円滑に進める秘訣です」。
- 2022年にアメリカ・サンフランシスコで開催された第86回IEC大会に参加したTC 90メンバーとの写真。2018年の韓国・釜山での開催以来、4年ぶりに対面での開催となった。写真の中列左から2番目が藤上氏
写真提供:IEC事務局
「どうすればこの課題を克服できるのか、日々試行錯誤をしています。これから取り組もうとしているのは、超電導の機器や装置の標準化です。例えば、超電導を冷やすために必要な冷却装置の能力を測る「ものさし」はまだありません。超電導の材料そのものの「ものさし」はかなり整備されてきたので、材料から装置へと広げることで実用化に近づけるのではないかと考えています」。
どのような装置の標準化を進めるのが効果的か、メンバーたちの声を拾いながら進めている。
ユースケースを周知し、世界で横展開していく
今後は、市場での実用化に加え、「日本型標準加速化モデル」の実現を目指す。具体的にはまず人材の育成、確保だ。「TC 90のメンバーは年配層が多いので、若手メンバーの参加者を増やしたい」と藤上氏は話す。TC 90で日本がリーダーの立場を継続するためにも、若手人材の育成は非常に重要なテーマだ。
これから実施を検討しているのが、TC 90のメンバーで超電導のユースケースのアイデア出しを行うこと。「次の標準化のターゲットは何かを話し合ったり、この先どんな分野に超電導を応用できるのか、アイデアを出し合ったりしてメンバーみんなで周知していく。そして出てきたユースケースを世界で横展開していくような動きをいま計画しています」。
この方法のメリットは、「標準化に詳しくない人でも参加できること」だと言う。アイデアの豊富なメーカーや大学の若手人材にこれから声をかけていく予定だ。
「標準化の知識がある人となると、一定の経験が必要でどうしても年齢が高くなってしまいます。アイデア出しだけなら、若手でもできるため、参加のハードルを下げることができます。そうして若い人たちが標準化活動に触れ、面白いなと思った人が自然と仲間に加わってくれると嬉しいですね。この活動が人材育成にもつながると考えています」。
1991年4月~現在 | 住友電気工業株式会社勤務 |
2004年4月~2008年4月 | IEC/TCIEC/TC 90(超電導) 国内委員 |
2008年4月~2013年12月 | IEC/TC 90 国際幹事補佐 |
2008年4月~2009年3月 | 住友電気工業株式会社 超電導・エネルギー技術開発部・技術G長 |
2010年4月~2013年9月 | 同社 超電導・エネルギー技術開発部・品質保証G長 |
2013年10月~2019年3月 | 同社 超電導製品開発部・製造G長 |
2019年4月~2020年3月 | 同社 超電導製品開発部・製造部長 |
2013年12月~現在 | IEC/TC 90 国際幹事 |
最終更新日:2024年3月7日