経済産業大臣表彰 山下 蘭(やました らん) 氏
株式会社 東芝 研究開発センター フェロー
日本初の女性IEC議長として、IECのDX最重要規格を策定
スマートグリッドでは発電・送電・配電・需要家と電力システムが異なるため、それらをつなぐデータ互換が必要になる。電力システムとIoTの分野で、データモデル(オントロジー)とデータの処理・活用の標準化に取り組んできたのが経済産業大臣表彰を受けた東芝の山下蘭氏だ。
山下氏は日本初の女性IEC議長として、IEC/TC 3(ドキュメンテーション、図記号及び技術情報の表現)/SC 3D(製品のクラス、プロパティ及び識別-共通データ辞書)をリードし、リエゾン・専門委員会・分科委員会と密に協力しながら、IECにおけるDXの最重要規格に挙げられているIEC 61360規格群、IEC - Common Data Dictionary (CDD)(共通データ辞書、製品の階層分類と属性を記述した製品オントロジーとシステム)を開発、その発展と産業のデジタル化に貢献した。特にプロジェクトリーダとしてIEC 62656-3(電力共通情報モデルとIEC CDDとの相互変換規格)、ISO/IEC 21823-4(IoT データ相互運用規格)を開発し、多様なデータ仕様間のデータ交換と相互運用を促進した。これらは、IECにおける規格開発のデジタル化の推進と、カーボンフットプリントなどの情報の流通を支える国際規格となっている。また、女性議長として、SDGs5(ジェンダーの多様性)の実現と日本のプレゼンス向上にも寄与している。
「そこでセンサーが異なっても統合管理できるようにデータを連携させ、全体最適化とメンテナンスができるように標準化することが重要です」。
各国のエキスパートと個別に話し合い、合意形成を図る
山下氏は標準化活動を2つの立場に立って推進している。ひとつは国際規格を開発していく立場だ。国際規格の提案は、一国の利益だけでは参加各国に認められないので、最終的には国際的な認識と適用性を内容に含める。「ただ提案する側の利益もあるので、それを最大化しつつ、各国で適用できる内容を取り込んで進めています。加えて、標準化のプロセスは長く時間がかかるため、先を見据えた技術開発となるようにする必要があります」。
もうひとつは国際議長として委員会を運営する立場だ。背景が異なる各国のエキスパートに、開発する規格内容・意義を説明し、賛成投票してもらえるように協力を依頼する。エキスパートは皆、提案内容を標準化するという最終目的を認識しているので、意見の違いが大きくても、必ず妥協点が見い出せる。「そのためには説明の仕方や内容も含め、個別での調整も大切です。国によって基本的な考え方が異なったりすることもあります。他の委員の前だと本音を聞き出せないことも多いため、キーパーソンとは事前に話し合って合意形成を図るようにしています」。
一般的に各委員会は、規格開発・運用・管理にそれぞれ特徴があり、雰囲気も違う。山下氏の経験では、例えば電力などのインフラ系は同様な背景知識を持つエキスパートが多いが、IoTなど対象となる技術・ビジネス分野が広いと、異なる背景を持つ人も多くなり、同じ言葉・用語でも違う理解をすることがある。
「背景が異なるエキスパートとの議論をする際には、規格提案にあたり具体性を持った資料を事前準備し話し合いをします。また専門的な議論の際には、エキスパートが所持する背景知識の違いを考慮して補足資料や内容を準備するのです。資料作成は大変ですが、そうすることで相互の理解が進み、合意形成しやすくなります」。
標準化活動に取り組む女性オフィサーを紹介するIECの「#WomenatIECキャンペーン」に登場した山下氏
出典:IEC公式YouTubeチャンネル
循環型経済、GX実現に向けデータ流通の規格化を推進
山下氏が研究者として携わっている論文発表や特許取得に比べて、標準化開発は時間がかかる。そのため、目の前の成果と長期的な視点での標準化推進のバランスを取るのが難しい。「推進活動と成果のバランスは永遠のテーマともいえますが、われわれのチームだけでなく、社内社外問わず皆さん様々な工夫をしています」。また国際会議で海外出張が多いため、自身の子どもの世話など、ワークライフバランスも考えなければならない。「ヨーロッパ(への出張)だと最低1週間はとられてしまいます。会社のサポート制度をフルに活用し、家族にも支えてもらっています」。また標準化分野に若い人がなかなか入ってこない、という現状は、実は日本だけではなく、ヨーロッパでも大きな課題になっている。「ある国では、ひとつの規格提案はひとつの博士(PhD)課程終了論文にカウントを行い、また高校生、大学生を対象にした規格開発コンペも開催しています。こうした形で、高校生や大学生に様々な体験してもらい、標準化活動に興味を持てるようにしていく政策も有効ではないでしょうか」。
現在の標準化活動は戦略部門や知財部門が中心なので、研究者の割合を増やすとともに、規格開発への投資が企業の収益に結びつくようにすることも重要だ。「団体・企業から規格提案した場合、収益に対して免税措置を講じている国があります。長期的な視点で、国や企業の競争力を上げていくためには、日本でも同様の措置は有効ではないかと思います」。さらに循環型経済やGXを実現するには、データの流通を実現するためのデータモデルや、データ連携を実現する相互運用性の規格、システムアーキテクチャー規格などが必要になる。それら知識が必要なシステム上流系の人材が不足しており、その教育も大きな課題だ。
標準化開発は国内の企業や団体で合意形成した上で、国際委員会での議論や協議を行う。それをスムーズに進めていくには異なる国のエキスパートや文化を理解する多様性が求められる。決して容易ではないが、達成感も大きいので、多くの人が標準化活動に関心を持ち、参加してほしいという。
「ひとりではなく、チームでの受賞であればなおよかったと思います。多くの人に支えてもらってきましたが、特に国内の担当窓口の方たちに親切に教えていただいたことに感謝しています。今回の受賞は標準化活動を様々な人に知ってもらうよい機会になりましたし、会社でも関心が高まりとてもよかったと思います」。
2002年4月~現在 | 株式会社東芝 研究開発センター |
2006年~2009年 | 半導体共通データ辞書及び管理システム開発 担当 |
2009年~2015年 | スマートグリッド海外向け送配電プラットフォーム開発 プロジェクトリーダ |
2017年~現在 | データ相互運用技術開発及び製造DX推進 上席研究員 |
2022年~現在 | カーボンニュートラル、サーキュラーエコノミーデータ流通基盤推進 フェロー |
2010年4月~現在 | IEC/TC 3(ドキュメンテーション、図記号及び技術情報の表現)/SC3D[製品のクラス、プロパティ及び識別 - 共通データ辞書 (CDD)]国内委員会委員 |
2010年4月~現在 | IEC/TC 3/SC3D/WG2(コンポーネントの分類、技術データ要素タイプの定義)エキスパート |
2010年4月~現在 | IEC/TC3 国内委員会委員 |
2011年10月~2015年6月 | IEC/TC 3/SC3D/WG2のIEC62656-3プロジェクトリーダ |
2017年3月~現在 | IEC/TC 3/SC3D 国際議長 |
2017年4月~現在 | IEC/TC3/CAG(TC3議長諮問グループ) エキスパート |
2018年2月~現在 | ISO/IEC/JTC1(情報技術)/SC41(インターネット・オブ・シングスおよびデジタルツイン)エキスパート |
2019年4月~2020年3月 | IEC/MSB WhitePaper Semantic interoperability: challenges in the digital transformation age エキスパート |
2019年4月~2021年6月 | IEC DBRG(Database Reference Group) エキスパート |
2019年4月~2022年3月 | ISO/IEC/JTC1/SC41のISO/IEC21823-4 プロジェクトリーダ |
2019年4月~2022年3月 | 情報処理学会IoT相互運用専門委員会(ISO/IEC/JTC1/SC41への日本提案検討委員会)幹事 |
2019年9月~現在 | IEC/SC3D/AG1(アドバイザリグループ)コンビーナ |
2021年4月~現在 | IEC SMB/SG12(Digital Transformation and systems approach) エキスパート |
2022年2月~2022年11月 | IEC SMB/ahG 94(Product carbon footprint data for the electrotechnical sectors) 国内対策会議メンバー |
最終更新日:2024年3月26日