経済産業大臣表彰 山田 崇裕(やまだ たかひろ) 氏
学校法人近畿大学 原子力研究所 教授
原発事故を教訓に、放射線防護の標準化に尽力
発電、医療など、私たちの生活に欠かせないエネルギーのひとつとなっている原子力。学校法人近畿大学 原子力研究所 教授の山田崇裕氏は、ISO/TC 85(原子力)/SC 2(放射線防護)のプロジェクトリーダーとして新規規格の制定、改訂に取り組み、経済産業大臣賞表彰を受賞した。
原子力・放射線のエネルギー利用は国民生活の向上に貢献する一方で、利用における放射線防護に係る安全確保をすべてに優先することが求められる。山田氏は不測の事態発生に備える方策として、緊急時に対応した放射能迅速測定法に関する規格(ISO 19581)を提案し、その制定に尽力した。
原子力の安全な活用を目指す歴史のなかでは、1979年のスリーマイル島原子力発電所事故、1986年のチョルノービリ(チェルノブイリ)原子力発電所事故など、大気中に放射性物質が漏えいする深刻な事故が発生している。とりわけ、2011年に発生した東京電力福島第一原子力発電所事故は、原子力の安全性そのものが問われる大きな契機となった。同事故後、食品に含まれる放射性物質が問題になり、測定数値が連日のように報道されていたことは記憶に新しい。
「福島の事故を教訓に、よりスピーディーな測定法を求める機運が高まりました。ただ、測定の信頼性を確保しつつ迅速化するためには、科学的な妥当性に裏付けされた測定と評価に関する決まりが必要です。そのため、関係省庁とも連携しながら新たな規格制定に取り組みました」。
2017年8月、アメリカ・マサチューセッツ州のウースターで開催されたISO/TC 85/SC 2/WG 17会議(写真右が山田氏)
これまで緊急時に対応する規格はなかったこともあり、標準化の必要性には異論も出されたが、山田氏は事故の当事国である日本の経験を踏まえ、現場の要望に応えるためにも国際的な標準化が必要なことを機会があるごとに提案し、理解を求めた。山田氏は必ずしも使用時に液体窒素が必要になるような大がかりな精密分析装置を用いなくとも、比較的取り扱いが容易な装置を用い、必要なときに必要な場所で信頼性の高い測定ができる環境を構築することの理解促進に注力したと語る。
「異論は貴重な意見」として捉え、排除せず、合意の道を探る
放射線防護分野における標準化の必要性について、山田氏は「製品の規格などと異なり、放射線防護は市場獲得に直接結び付くものではないため、標準化の目的は測定の信頼性の確保が第一になります」と指摘する。福島の事故後、測定の信頼性が問題視された時期があったが、当時は粗悪な測定器も出回り、誤った知識により測定、分析が行われる例もあった。標準化によって迅速な測定法が規定されることで信頼性が向上し、さらには日本発の規格が国際的に信頼できるものとして認められることになる。その意味でもメリットは大きいと述べた。標準化に向けた活動では、本分野の閉鎖的(クローズド)な環境に戸惑いを感じたと山田氏は振り返る。出席した国際会議でも、取り組みを始めた当初はまだ参加者からの信頼が不十分なためか、異論が続出する場面もあった。そこで、まずは参加者との交流を進めることを重視した。「機会があれば可能な限り会議に出席し、その場で積極的に提案などのアウトプットを出すことで、次第に『彼の主張は興味深い』といった評価をいただけるようになりました」。
また、原子力研究者は一つのテーマに長年携わる人が多いことなどから平均年齢も高めで、当時まだその中では若かった山田氏は、議論の場に近づき難い雰囲気を感じたと語る。「新たな提案に対して警戒感を持つ古参の委員も居られた。また、ロシアなど事故を経験し、関連した知見を有する国の研究者は、自らの経験を踏まえた形で厳しく異論を主張してきました。私としては、これに真っ向から反論するのではなく、貴重な知見として捉え、合意に基づく形で標準化できるよう努めました。その研究者とは会議後に仲良くなり、モスクワ会議の後には研究所に招待していただきました」。
そのほか、「迅速測定は日本だけの問題なのでは?」と皮肉を言われることもあったという。山田氏は、事故は世界中で発生する可能性があること。そして、発生時には正確で迅速な測定が欠かせないことを根気強く説明し、理解を求めた。
2018年12月、フランス・パリで開催されたISO/TC 85/SC 2/WG 17会議で発言中の山田氏(写真中央)
活発な議論と情報交換、交流が標準化活動の魅力
山田氏は、放射線防護の標準化を加速するため、国内委員幹事の立場でSC 2国際会議の誘致に向けた取り組みを進め、2019年に岡山での開催を実現した。「私が標準化に携わってから20年あまり経過し、最近は若手人材の育成に注力しています。ベテラン揃いの環境はお互いが“顔見知り”なので議論しやすいのですが、一方で若い人たちの参加は、未来に向けた原動力として重要です。これまで築いてきた人脈をしっかりとつないでいくことで、標準化をさらに進歩させていきたいです」。
これから活動を始める人へのメッセージとしては、標準化活動には、研究発表とは異なる魅力があると言う。「自分の研究成果を発表する場では、いくつかの質疑応答があっても、限られた時間内で議論を深めることには限界があります。しかし、標準化活動の場合、何か提案するごとに各国から意見が出て、これらすべてについて活発な議論を経て結論を見出します。このような場を経験することは、日頃の研究では関わらない人たちとの交流を深めるともに、情報交換や議論の中での気付きなどで自らの研究の進展にも役立ちます」。
今回の受賞については、先人たちが築いてきた歴史について改めて考える機会になったと山田氏は語る。「標準化はJIS、そしてISOと、長きにわたって積み重ねられてきたものです。迅速測定という一つの取り組みが評価されたことは大変光栄ですが、私としては、これまで先輩方が地道に進めた標準化の歩みが停滞しないよう、アカデミアの立場から今後も標準化人材育成などの部分でも貢献したいと考えています」。
標準化の推進で日本のプレゼンスをさらに高めたいと抱負を語る山田氏。信頼をベースにした正しいデータの活用で、原子力の安全性向上に寄与する決意を示した。
1996年4月~2017年3月 | 社団法人日本アイソトープ協会勤務 |
2006年4月~現在 | JIS(原子力・放射線)審議委員・関係者 |
2006年4月~現在 | ISO/TC 85(原子力)/SC 2(放射線防護)国内委員会 委員 幹事 |
2009年4月~現在 | ISO/TC 85/SC 2 エキスパート |
2016年4月~現在 | ISO/TC 147(水質)/SC 3(放射能測定)国内委員会 委員 |
2016年7月~現在 | 日本工業標準(現:日本産業標準)調査会 臨時委員 |
2017年4月~2023年3月 | 学校法人近畿大学 原子力研究所 准教授 |
2023年4月~現在 | 学校法人近畿大学 原子力研究所 教授 |
最終更新日:2024年3月26日