経済産業大臣表彰 井田 巌(いだ いわお)氏
ISO/TC 17(鋼)/SC1の改訂促進の仕組みを構築
鉄鋼は素材として様々な用途に使われていて、種類・使用量とも多い。日本鉄鋼連盟標準化センターはその国際標準化に長年リーダーシップを発揮してきた。標準化センターで2019年以来、鉄鋼及びその原料である鉄鉱石の分析の標準化活動及び分析に必要な認証標準物質の生産・開発に携わってきたのが経済産業大臣表彰を受けた日本鉄鋼連盟標準化センターの井田巌氏だ。
井田氏は、2020年からISO/TC 17(鋼)/SC 1(化学成分の定量方法)の委員会マネジャーを務め、鉄鋼の化学成分分析規格の改訂作業を促す仕組みを作り上げた。またISO/TC 102(鉄鉱石及び還元鉄)/SC 2(化学分析方法)では、全鉄含有量も正確に定量可能な日本独自の蛍光X線分析法の規格化について、発行直前の段階まで取り組みを進めてきた。国内では、2019年末から鋼材及び鉄鉱石のJIS作成委員会WG主査として、約4年間で37規格の制定・改正を行い、併せて鉄鋼認証標準物質の充実・改善も担当して、分析技術の標準化に貢献した。こうした一連の標準化によって、規格使用者の利便性が高まり、国内外で鋼材及び鉄鉱石の品質の迅速かつ正確な評価が可能となることで、効率的な生産活動に寄与している。


鉄鋼分析に使用する日本鉄鋼認証標準物質(JSS)
写真提供:一般社団法人日本鉄鋼連盟
井田氏は「鉄鋼分野の分析は、何十年もまえに日本が提案した方法が国際標準になっているケースが多く存在します。ただ、古いやり方であることから人間の手で分析する部分が多く、時間がかかりますし、職人技に近いところがあります」と述べ、「その結果、今後、技能の継承が困難になることを踏まえ、人手に頼らない方法に切り替えることが求められていました」と語る。
規格をポイント付けし、古い規格から改訂作業を提案
従来の化学成分の定量方法の規格は必要な部分は記述されているものの、細かい部分まで踏み込んで書かれていない部分も多かった。たとえば色が変わってきたら、次の作業に移るとあっても、色が具体的に書かれていなかったり、温度を徐々に上げていくという場合、温度を上げていく時間が明確でなかったりした。
このように、分析者の経験やコツに委ねられている部分が多かったが、すでに確立されている方法だという認識が国際的にも強く、規格改訂に向けた動きはなかなか出てこなかった。「一つの化学成分に対して多数の定量方法が規定されている場合があります。そのどれかを使えばよいのですが、分析者はすべてに精通しているわけではないため、自分が使用していない方法に関する提案には関心がありません」。そうしたこともあり、ISO/TC 17/SC 1の16カ国のメンバーの内、年1回の国際会議に参加するのは3カ国か、5カ国にとどまっていたのが実情だった。
そこで、井田氏は60ある国際規格について最終改訂からの経過年数と提案事項の多さの2つの観点から、ポイント付けを行った、改訂優先順リストを国際会議に提示して、ポイントの高い規格から改訂に取り組もうと提案した。
「ポイントの高い規格は5つほど、中程度20,低いものは10規格ほどで、残りは最近見直していて対象外ということになりました。何回も国際会議で問いかけた結果、ようやく取り組もうという国が出てきて、2024年10月の段階で、8件ほどの改訂が終わりました。今後も改訂作業は続いていくので、年平均3、4件は新しい規格になるのではないかと考えています」。
蛍光X線分析法はまずTSを発行、各国に実験参加を呼びかけ
一方、ISO/TC 102/SC 2はすでに40ほどの規格があるものの、新たに全鉄含有率も正確に定量可能な蛍光X線分析法の国際規格化の日本提案がなされていた。「新しい方法の場合、本当に使えるかどうかを国際共同実験で確認して、規格化していきます。ところが蛍光X線分析法は規格の原案は何年も前にできていたのですが、共同実験に参加してくれる国が少なくて、規格化が止まっていたのです」。
そこで、まず2024年5月に分析法だけを技術標準(TS)として発行させ、国際共同実験の内容を反映させて国際規格化することにした。国際共同実験は各国の参加表明をなかなか得られなかったので、先に国内6カ所で実験を行い、そのデータを各国に見てもらった結果、実験をやろうという国が出てきている。「分析法の本文が細かい部分まで書いてあって、一読すると面倒だという印象をもたれてしまったところがあります。それで実際の実験はそれほど複雑ではなく、難しい方法でもないことをデータで示したことから、興味を持ってくれたのではないかと考えています」。
井田氏が標準化活動に関わったのはこの5年ほどで、それまでは技術者として自分が関わる分野だけを見ていた。井田氏は「標準化活動に関わってみたら、自分が専門家として取り組んできた技術分野の基本をもう一度見直さないと、対応できないことがよくわかりました」と強調する。
そう考えた時に、技術開発の中心を担っている若い年代の技術者が一度標準化の経験をすることで、得られるものは大きいという。「ISOの活動で海外の技術者と交流すると、視野が広がり、新たな気づきも得られます。とてもよい刺激になって、研究面でも役立つことがありますので、若手の技術者や研究者の皆さんにはぜひとも標準化活動に加わってほしいと思います」。1985年4月~2019年3月 | 日本鋼管株式会社(現JFEスチール株式会社)京浜製鉄所、同社中央研究所、JFEテクノリサーチ株式会社 |
2007年4月~2015年3月 | 日本鉄鋼連盟標準化センターF02.03分科会(鉄鋼分析・JIS作成委員会WG)委員 |
2010年4月~2019年11月 | 日本鉄鋼連盟標準化センターM2分科会(原料分析・JIS作成委員会WG)委員 |
2019年4月~現在 | 一般社団法人日本鉄鋼連盟標準化センター |
2019年12月~現在 | ISO/TC 17(鋼)/SC 1(化学成分の定量方法)日本代表 |
2019年12月~現在 | ISO/TC 102(鉄鉱石及び還元鉄)/SC 2(化学分析方法)日本代表 |
2019年12月~現在 | 日本鉄鋼連盟標準化センター F02.03分科会(鉄鋼分析・JIS作成委員会WG)主査 |
2019年12月~現在 | 日本鉄鋼連盟標準化センター M2分科会(原料分析・JIS作成委員会WG)主査 |
2020年1月~現在 | ISO/TC 17(鋼)/SC 1(化学成分の定量方法)委員会マネジャー |
2020年4月~現在 | ISO/TC 334(標準物質)国内審議委員会委員 |
最終更新日:2025年2月3日