経済産業大臣表彰 小山 師真(こやま かずま)氏
ブラジルで省エネ基準を改正、市場開拓を実現
ダイキン工業株式会社の小山師真氏は、ブラジルにおけるルームエアコンの省エネ基準改正に貢献した功績により、経済産業大臣表彰を受賞した。
ブラジルでは経済発展に伴い電力需要が増大する一方で、家庭用エアコンの普及が急速に進展。しかし、省エネ規制は10年以上前のままの基準が適用されており、市場に流通するエアコンの9割が省エネ性能最上位ランク(Aランク)と表示されるなど、規制が形骸化していた。この状況は消費者に省エネ性能の高いエアコンを選択する機会を奪い、省エネ意識の向上を阻害する要因となっていた。
ダイキン工業は2011年にブラジル市場に本格進出したものの、省エネ性能に優れたインバーター搭載機種(注)が旧式の省エネ性能の劣る製品と同じランクに分類されていたため、価格競争で劣位に立たされ、赤字が続いていた。小山氏はこの状況を打破すべく、2017年からブラジルの省エネ基準改正活動を主導。2020年7月に改正が実現し、消費者への省エネ性能の訴求が可能となった。これにより、ブラジル市場でも省エネ性能の高いエアコンが普及し始め、ダイキンブラジル社も2021年以降、黒字転換を実現した。
(注)インバーター搭載機種:インバーター搭載のエアコンは、エアコンの心臓部である「圧縮機」のモーター等の回転数をコントロールすることで設定温度に対して最適な運転を実現し消費電力の低減を可能としている。インバーターが搭載されていない場合、ONとOFFの単純動作となるため快適性が損なわれるだけではなく、より多くの電力が必要となる。

2019年11月、ブラジル・アマゾナス州マナウス市で開催された「マナウス産業持続可能性フェア(fesPIM)」
(主催:マナウス自由貿易地域監督庁)でプレゼンテーションを行う小山氏
写真提供:小山師真氏「今年度から標準化を活用した事業の価値創造や社会課題解決への貢献も表彰対象に加わりました。私自身はISOなどの規格策定に直接携わったことはありませんが、ルールの力でいかに市場価値を作り出せるかという点に注力してきました。得た経験を社外でも共有させていただくなど、さまざまな取組をご評価いただいたことを大変うれしく思います」。
政府機関、現地大学、NGOとのパートナーシップで難局を打破
ブラジル市場での省エネ基準改正は挑戦の連続だった。ダイキン工業は2011年に同地に進出していたものの知名度は低く、政府関係者との関係構築は容易ではなかった。
「一私企業では政府関係者とアポイントを得ることすら難しかったため、JICAや日本大使館からサポートを受けました。企業からの訴えは一般的に“基準を緩くしてくれ”というものが多いのですが、逆に厳しくしてくれという(当社からの)訴えにブラジル政府も驚いたと思います。政府内部に環境負荷への問題意識もあったので、基準改正が実現したときの効果をどうアピールしていくかが焦点となりました」。
小山氏はJICAの民間技術普及促進事業を活用し、ブラジル現地大学やNGOと連携することで基準改正への活路を見出した。それぞれの機関が適切な役割を担うことで、説得力のある働きかけを続けていった。省エネ規制の強化に必要なデータやそこから導き出される基準値の考え方については現地大学がレポートを提出し、どのような基準値であるべきかという主張はNGOが担った。「一枚岩のチームとして動くことを意識した」と小山氏は語るが、それは容易なことではない。
「NGOはより高い省エネ基準を求める傾向があり、実現可能性や消費者の負担、実施時期などについて、すり合わせが必要でした。議論を重ね、理想と現実のバランスを考慮した基準設定を目指しました」。
規制改正活動は、その実現性自体が不透明な困難な道のりだ。思いつく限りの策を実行した小山氏のチームだったが、長期間の取り組みが基準改正に結び付くかは分からなかった。その活動を支えたのは自社の方針だ。
「当社は省エネ性能の高いエアコンの世界的、特に新興国に対して普及することを重視しており、経営戦略として各国で必要なルール形成に取り組むことを方針として掲げています。うまくいかない場合もありますが、会社の強いメッセージとバックアップがあることは大きな支えになりました」。
ルール形成で得た経験を活かし、若手人材の成長支援を
小山氏は今後、他の地域で、特に市場が大きい国でのルール形成に取り組んでいきたいと考えている。
「ブラジルでの取組は、省エネ機器の普及が十分でない新興国にとってモデルケースとなるはずです。商品力や営業力だけでなく、標準化やルールをツールとして活用し、価値を評価してもらい、市場の創出・拡大を進めていくことが大切です」。
そして、この経験は、現在小山氏が所属するGXリーグ(注)の経営促進ワーキンググループでも活きている。同グループは企業による脱炭素や資源循環について投資家による評価を行う仕組み作りに取り組んでいる。
(注)GXリーグ:2050年カーボンニュートラル実現に向け、企業が脱炭素社会の実現に向けて取り組むための組織。経済産業省を
中心に設立され、様々な企業が参加し、脱炭素技術の開発や新たなビジネスモデルの創出などを目指している。
GXとは「グリーントランスフォーメーション」の略で、経済社会システム全体を脱炭素化する変革を指している。
公式サイト > https://gx-league.go.jp/
「当社は脱炭素や資源循環といった取組を強化し、お客様や投資家などからの評価を高めることを重要視しています。従来は事業活動に近い国際会議等の参画に注力していましたが、近年はグローバルにより広い概念と視点での活動の必要性を認識し、WBCSD(持続可能な開発のための経済人会議)などでのルール作りへの参画など、取組を強化・拡大しています。企業規模が拡大していることで、世界に対する責任も大きくなっており、COP(気候変動枠組条約締約国会議)への参加などにも力を入れています」。
小山氏自身は20代からルール形成の分野で活躍し、経済産業省に出向してから、同じようにルール形成に取り組む企業を支援する政策作りにも携わってきた。今後は同分野にチャレンジする若手人材の成長を支援し共に取り組んでいきたいという。
「近年はルールメイキングに関心を持つ人が増えました。それ自体は喜ばしいことですが、ルールを変えること自体が目的になってはいけません。何のためにルールを作るのか、その目的を常に意識することが重要です。ルールを変えることはアウトプットであって、大事なことはその結果もたらされるアウトカム。私自身も意識して取り組んでいきたいです」。
2005年7月~2010年9月 | 株式会社堀場製作所 ベルギー・ブリュッセル駐在(JBCE在欧日系ビジネス協議会事務局) |
2014年12月~現在 | ダイキン工業株式会社 |
2014年12月~2017年6月 | 国連GHS勧告(Globally Harmonized System of Classification and Labelling of Chemicals)の燃焼性区分改訂プロジェクト事務局 |
2016年4月~2017年4月 | UNEP U4E(United for Energy)エアコン政策ガイダンス タスクフォースメンバー |
2018年4月~2019年9月 | JICA 民間技術普及促進事業(メキシコ冷媒基準)プロジェクトリーダー |
2018年12月~2021年5月 | JICA 民間技術普及促進事業(省エネルギー基準)プロジェクトリーダー |
2021年10月~現在 | 国立大学法人東京農工大学大学院 工学府 非常勤講師(担当科目:工業技術標準概論) |
2022年5月~2023年4月 | 経済産業省 大臣官房臨時専門アドバイザー |
2022年9月~現在 | ダイキン工業株式会社 東京支社渉外室(兼)CSR・地球環境センター 担当部長 |
2022年9月~現在 | GXリーグ 経営促進WG(削減貢献量)リーダー企業委員 |
2023年1月~現在 | WBCSD(持続可能な開発のための経済人会議)Liaison Delegate |
2024年6月~現在 | 一般社団法人 日本冷凍空調工業会 政策審議会 会長 |
最終更新日:2025年2月3日