2026/03/12
国産の生成AI研究開発に挑むGENIAC採択事業者。そのキーパーソンは何を見据え、どこに突破口を見いだしているのでしょうか。GENIACの「競争力ある生成AI基盤モデルの開発事業」に第1期から継続して参画し、第3期では「企業のミッションクリティカル業務に対応する自律型AIエージェント」の実装を掲げる株式会社ABEJA。開発を担う服部 響氏に、機械学習にのめり込むきっかけとなった「麻雀AI」の開発体験から、大規模言語モデル(LLM)開発のリアル、Kaggleでの挑戦がもたらす学び、そして日本の開発力を底上げする上で欠かせない視点まで伺いました。
<プロフィール>
服部 響(はっとり きょう)
1988年生まれ、愛知県出身。株式会社ABEJA プリンシパルデータサイエンティスト。大阪大学大学院情報科学研究科修了後、大手通信会社でWebアプリの企画・開発に携わる。趣味と学習を兼ねて開発した麻雀AIを契機に、機械学習の研究やアプリ開発に従事。2020年5月にABEJA入社。データサイエンティストとして幅広いプロジェクト及びデータサイエンス組織のマネージャーを経験後、専門職に戻る。GENIACプロジェクトではプロジェクトリーダーとしてLLM開発を牽引。業務の傍らKaggleやatmaCupなどのデータサイエンスコンペにも積極的に参加し、Kaggle Grandmaster。atmaCup優勝3回(2021年7月時点)。国際人工知能オリンピック日本委員会理事。
機械学習にのめり込んだ転機は「麻雀AI」
──最初に、コンピュータやプログラミングに興味を持ったきっかけを教えてください。
服部:小学生の頃は家にテレビゲーム機がなくて、代わりにパソコンはあったので、必然的にパソコンを触るようになっていました。ただ、プログラミングとかはまったく分からず、ゲームをしたりタイピングソフトで遊んだり、年賀状とかお絵かきをしていたりしました。
当時はインターネットもまだ身近ではなく、情報そのものが貴重でした。父の所属した大学の研究室に行かせてもらってネットで調べ、印刷して家に持ち帰ったりしていました。今では考えにくいですが、そんな時代の空気感でした。
──大学・大学院ではどのような研究をされていたのでしょう。
服部:大阪大学の情報系を専攻し、人間情報工学の研究室でVR(Virtual Reality)関係の研究をしていました。人と外部世界の情報をどうインタラクティブに捉えるか、というテーマで、VRゴーグルを付けながら視野が広がると空間認識の能力がどう変わるかといった研究です。
──大手通信会社に就職後、機械学習に踏み出した背景を教えてください。
服部:新卒で入社後、最初はプログラマーではなく、SIer的な立ち位置で要件定義やベンダーマネジメントなどプロジェクトマネージャー寄りの仕事をしていました。機械学習に興味を持ったきっかけは、趣味でつくった「麻雀AI」でした。学生時代はオンライン麻雀ばかりで、社会人になって時間が取れなくなった頃、ディープラーニングで麻雀AIをつくっている人がいると知り、「自分でもつくって打たせたい」と思って独学で始めました。 3年ほどして希望を出し、研究開発で機械学習を扱う部署に異動した流れです。
──麻雀AIづくりで得た学びは何でしたか。
服部:AIに学習させて少しずつ強くなる過程そのものが面白かったですね。同時に、強いモデルはデータの集め方、評価の設計、仮説検証の回し方で決まる、と痛感しました。そこで「専門性を磨きたい」と考えるようになり、本来の業務でも機械学習に深く関わっていきました。
課題設定から運用まで回して初めて価値になる
──2020年にABEJAへ転職した理由を教えてください。
服部:機械学習・データサイエンスを専門職として磨いていきたい、というのが一番の理由でした。もちろん前職でも関われましたが、同じ会社のデータだけに触れていると、どうしても幅が限られます。より広い業界のデータに触れた方が、自分の引き出しが増えると考えました。
──現在の業務はどのようなものですか。
服部:ABEJAのデータサイエンティストは、課題設定からモデル開発、運用まで一気通貫で見ます。お客さまと直接話し、課題を把握し、データを受領して分析する。どんなモデルなら効くか、どんなアウトプットにすべきか、評価はどう設計するかを考え、手を動かしてかたちにしていきます。
もちろん一人ではなく、カスタマーサクセスやシステムエンジニアと役割分担し、運用で使えるところまで持っていきます。
──企業の「ミッションクリティカル業務」にAIを入れる難しさはどこにありますか。
服部:ABEJAでは周辺業務の自動化にとどまらず、コア業務(ミッションクリティカル業務)にどうAIを入れるかを突き詰めています。間違いが許されないミッションクリティカル業務では、多くの場合すでに洗練された設計やビジネスプロセスが構築されています。だから一筋縄ではいきません。技術だけでアプローチできる話ではなく、業務の前提を理解した上で、導入後の運用や、責任範囲の線引きまで含めて設計する必要があります。
生成AI開発は「一発勝負」ではなくノウハウの積み上げ
──ABEJAではLLM開発に早期から取り組んでいたそうですね。
服部:ABEJAは、「何を積み上げれば価値を創出できるか」を意識して研究開発を進めています。LLM開発においても同様で、LLM領域のニーズの拡大を見越し、2018年から研究開発に取り組み、ChatGPTが出る前からGPT-3相当の規模感のモデルを開発していました。その後、海外で莫大な予算が動き、利活用の速度が上がり始めたタイミングで、国内で先駆けとなる商用化サービスを構築し、LLMの提供を開始しています。
──LLM開発の現実と醍醐味は。
服部:良いモデルをつくれば何でも解決する、という話ではありません。企業の業務実態や課題とLLMをどうつなぐかが核心です。加えて、精度を追及して規模を大きくするほど学習や評価のコストが重くなります。先にデータのつくり方、学習設計、評価の仕組みを整えないと、計算資源を投じても成果が出にくいのが現実です。
逆に言えば、そこを整えてノウハウを蓄積すると、AI活用の見極めができるようになります。例えば、「このケースはモデルをつくる意味がある」「ここは別アプローチが妥当だ」と判断できるのも資産です。
──開発力の向上に関して、服部さんがKaggleに参加する理由を教えてください。
服部:第一に、技術力をちゃんと上げたいというのが出発点です。始めた当初は知らないテクニックばかりで「まだまだ足りない」と痛感し、5〜6年くらい必死に続けました。上位の人たちとの最後の差は何なのかを見比べながら、悔しい思いもしましたが、Kaggleは技術を学べるオンラインゲームのような面があります。悔しいから次は勝つ、という動機で学びが続けられます。
ちなみに Kaggleのようなコンペには1日や1週間という短い期間で解くものもあり、私自身そこで優勝した経験があります。限られた時間で仮説を立て、手を動かし、評価で確認する。その反復は、実務のスピード感にもそのまま戻ってきます。
──実務へは、どこに効いてくるのでしょうか。
服部:まず「評価」の分野です。評価指標の選び方や、指標が安定しないときに何が起きるか。過学習して実務で使えない、といった“ハマりどころ”をKaggleで先に踏めます。実務で評価を誤ると使えないモデルになりかねません。Kaggleの経験があると、そのリスクを減らしやすいですね。
また、評価以外にも、0.1%を上げる努力をKaggleでしていると実務の限られた時間の中でまだ大きく改善余地があるのか、精度改善以外を含めて本質的に時間を使う場所が見えてきます。このことは、効率的にお客様へ価値を提供できることにつながると考えています。
「日本のAI開発力」をGENIACで底上げしたい
──GENIAC「競争力ある生成AI基盤モデルの開発事業採択事業」第1期へ応募した背景を教えてください。
服部:前述の通り、当社は、GENIACが始まる前からLLMの開発に取り組んでいましたが、継続的な投資には莫大なコストがかかります。特に上場前後の企業にとって、短期的な売上に直接つながりにくいと想定される領域に、自社だけで取り組み、スケールさせるのは簡単ではないと思います。GENIACの枠組みができ、「これはぜひ」ということになりました。
──GENIACに継続して取り組む意義を、技術面からどう捉えていますか。
服部:実際に作ってみて分かる難しさというのも多くあります。蓄積すべき・経験すべきことも広く深くて、1回のGENIACでの経験だけで理解したと言えるわけでもありませんし、他社にうまく展開できるわけでもありません。失敗を含めたノウハウ・経験を貯めていくことや、複数の層になっている技術のひとつずつを経験していることで新しい部分にも挑戦していけることに意義を感じています。
さらに言えば、一度「無理だ」と判断した課題でも、モデルや周辺技術が更新されると、今の生成AIのスパン的に半年後や1年後には解けることがあります。実際に第1期の段階では届かなかったところが、第3期の現在なら手が届くといったケースもあります。過去の結論にとらわれず、常にアップデートしながら「今ならどこまでいけるか」を見直せるのは継続することの強みだと感じています。
──第1期から続けて参画する中で、得られたものは何でしょう。
服部:GENIACを通じてLLMや周辺技術に関する研究開発を継続的に取り組め、それによってLLMに関する先駆的なノウハウを構築することができました。それに加えて、コミュニティです。各社がどこをボトルネックにし、どう突破しているかを知ることができます。期限があるので「ここまでにやり切る」という良い意味のプレッシャーも働きます。自社の負担もある分、成果まで走り切る覚悟が求められます。
また、第1期から参画している企業として、取り組みを閉じたものにせず、できるだけ広げていく責任も感じています。自分たちが得たノウハウが他社の前進につながれば、結果として日本全体の開発力の底上げにもなるからです。
──これから参加を検討する企業・組織へのメッセージはありますか。
服部:目的意識を持つことが重要です。プロジェクト終了後、自社に積み上がるものは何か。そこがないと、頑張ったけれど「役に立たない」ものをつくってしまう結果になるかもしれません。また社内メンバーの意識も重要です。やりたい人がいて走れる体制があるか。そこが整うと、GENIACは良い成果につながると感じています。
──生成AIは5年後10年後、社会をどう変えるでしょうか。
服部:生成AI単独の進化よりも、他領域との掛け算が大きいと見ています。例えば、現在出現しているロボティクスのように、組み合わさった瞬間に産業が動く領域が出てくると思います。単体の性能向上だけでは見えにくい変化が、複数領域の接続で一気に起きるのではないでしょうか。
個人としても、日本の開発力を上げないといけないという問題意識があります。日本の「モデルや周辺技術の開発力」はまだ向上の余地が大きいと感じています。少なくとも、APIを使うだけの立場にとどまるのは避けたいです。最近は、自分の子どもも大きくなってきて、10年後の世界を考える機会も増えました。だからこそ、今、開発力を高めないとまずいという感覚がより強くあります。
──変化の激しい時代に開発者に求められるものは何でしょう。
服部:学び続けることです。変化が速いので今の正解はすぐ古くなりますが、むしろその変化の速さを楽しむ姿勢が求められると思います。もう一つは、小さく試して検証を回すことです。私の場合は麻雀AIから入り、気づけば仕事になりました。入口は何でも良いのですが、自分が面白いと思えるテーマを持つことで学びは続き、それはいつの日か自分の「武器」になります。
あとは、若い世代が腕試しできる場を増やすことも欠かせません。私個人として「日本人工知能オリンピック(JOAI)」の運営にも関わっていますが、競技のかたちで挑戦できる場があると学びの速度が上がります。次の世代が伸びれば、産業全体の力も上がっていきます。
そして最後に、つくったものを現場で回す「実装」まできちんと責任を持つ。そこまでやって初めて価値になります。
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最終更新日:2026年3月12日