2026/05/14
GENIAC第3期の採択企業であるONESTRUCTION株式会社は、建設における新たな設計・情報管理手法であるBIM(※1)を支える情報要件生成基盤モデル「Ishigaki-IDS」の開発を進めています。
BIMは、建物を単なる図面としてではなく、3Dデータに材料・寸法・性能などの属性情報を付与して扱う考え方です。同社が特に注力しているのが、IFC/IDS(※2)に関わる領域です。AIを活用することで、建設の初期段階から、発注者が建築物や構造物に求める要件を明確化し、それをBIMデータに落とし込める状態を目指しています(※3)。
現在、ONESTRUCTIONは、BIMの国際標準を推進する buildingSMART International の日本支部である buildingSMART Japan の協力の下、実証を進めています。建設業のDX、標準化には、どのような価値があるのでしょうか。また、AIによるこれらの推進は、建設業の可能性をどのように広げていくのでしょうか。今回、実証の中核を担う4氏に、課題やそこに至るまでの道のり、そして今後の展望を聞きました。
※1 BIM Building Information Modeling。建物を3Dモデルとして設計するだけでなく、材料・性能・設備仕様などの情報を一体管理することで、設計から施工、維持管理までをデータで連携させるプロジェクト推進手法。
※2 IFC Industry Foundation Classes。建物の3Dモデルと属性情報を、異なるBIMソフト間でも共有できるようにするための国際標準規格(ISO16739)。/IDS Information Delivery Specification。BIMモデルに「どの情報を、どの形式で含めるべきか」を機械可読で定義し、データ品質を自動検証できるようにする業界標準仕様。
※3 例えば、BIMが建物の「3D版の百科事典」とすると、IFCは共通の「言語」、IDSは必要な情報が書かれているかを確かめる「検品リスト」のような関係になります。
<プロフィール>
西岡 大穂(にしおか・だいほ)
ONESTRUCTION株式会社 代表取締役CEO
日高 洸陽(ひだか・こうよう)
ONESTRUCTION株式会社 横断本部 AI戦略ユニット Manager
足達 嘉信(あだち・よしのぶ)
一般社団法人 buildingSMART Japan 理事 国際委員会 委員長
鹿島建設株式会社 建築管理本部 BIMソリューション部 グループ長
安井 謙介(やすい・けんすけ)
一般社団法人 buildingSMART Japan
株式会社日建設計 テックデザイングループ BIMマネジメント部 アソシエイト
建設業の構造課題に、AIと標準化で向き合う
──ONESTRUCTIONが「建設×AI」に取り組むようになった背景と、向き合っている課題を教えてください。
西岡:ONESTRUCTIONは「建設とテクノロジーの架け橋になる」ことをミッションに、2020年に創業しました。私はもともと建設業界の出身ではありませんが、共同創業者の宮内をはじめ、多くの方との会話を通じて、建設業が多くの課題を抱えていること、そして新しいテクノロジーが現場で十分に受け入れられていないことを知り、テクノロジーでこの産業を変えられないかと考えたのが出発点です。 同時に、AIの進化にも強い関心を持っていました。AIが社会に浸透する中で、建設業の産業構造も大きく変わらざるを得ません。建設業の課題の中でも最も大きいのは人手不足です。あるいは、仕事はあっても、それを遂行するだけの技術や体制が足りない。こうした状況は地方で顕著ですが、都市部でもスーパーゼネコンを含めて広く共有されていると感じています。従来のやり方の延長線上では、日本の建設業を持続させることは難しい。そうした危機感が、私たちの問題意識の根底にあります。
──今回の実証が始まった経緯と、GENIACに参画した理由を教えてください。
西岡:2024年から、私たちはbuildingSMART Japanに本格的に参画し、活動を進めています。国際標準に基づくBIM活用を推進する中で、IFCの普及と展開にも取り組んできました。 我々の認識では、建設業にとって標準化は避けて通れないテーマです。発注者、設計者、施工会社など、多様なプレイヤーが関わるこの産業では、本来、同じデータを見ながら議論できる環境が必要です。しかし実際には、そこが十分に整っていません。BIMも、技術としては注目されながら、現場浸透や社会実装の段階で壁にぶつかってきました。 だからこそ、IFCをはじめとする国際標準や、関係者が合意したルールに基づいて進めることに意味があります。データのつくり直しや手戻りを減らし、業務全体を滑らかにつなげていく。その実装に向けた実証として、buildingSMART Japan主導の取り組みが始まりました。 GENIACに応募したのも、そのような背景が理由の1つとしてあります。国際標準化は、すでに「つくる段階」から「使う段階」に入りつつある。一方で、国際標準は難解で厳密性が高く、人手不足の現場にとっては導入の負荷が大きい。その壁を越える手段として、私たちはAIに可能性を見ました。
日高:GENIAC参画の決め手になったもう一つの理由が、開発費用の補助です。私たちが現場業務をAIで効率化する上で重要なのは、基盤モデルによるエンドツーエンド処理であり、とりわけ推論速度です。
商用の大規模言語モデル(LLM)が高性能に働く場面が拡大しています。ただ、建設現場で本当に使われるためには、精度だけでなく速度が不可欠です。「何でもできるが遅い」では、現場実装は難しい。だからこそ、建設分野に徹底的に特化した基盤モデルが必要だと以前から考えていました。そうした状況でGENIAC第3期が始まりました。私たちにとっては、踏み出すべきタイミングを後押ししていただく機会になったと思います。
建設業におけるDXの現状と可能性
──buildingSMART Japanのお二人は、「建設×デジタル」の領域にどのように関わってこられたのでしょうか。
足達:buildingSMART Japanは、建設業のDXを支える標準化団体です。国際組織であるbuildingSMART Internationalの日本支部として活動しており、今年で30周年を迎えます。私自身は、国際標準の策定を海外チームと進めながら、近年はその社会実装に注力してきました。ONESTRUCTIONとの取り組みも、その延長線上にあります。 製造業では、かなり以前から、コンピュータ上で三次元モデルをつくり、必要な情報を与えてシミュレーションし、その上で実際のものづくりを行う手法が定着してきました。航空宇宙、自動車、電機・電子といった分野では、1980年代からそうした取り組みが進んでいます。一方で、建設業は遅れをとってきました。理由は明確で、建設プロジェクトは基本的に一品生産だからです。同じ建物は一つとしてなく、立地条件も用途もすべて異なる。大量生産型産業のように、デジタル化の投資効果が見えやすい構造ではありませんでした。 それでも、世界共通の標準があれば、海外製ソフトウェアも使いやすくなり、日本企業の海外展開もしやすくなる。そうした考えの下で、buildingSMART JapanはIFCを軸に取り組みを進めてきました。現在は建築だけでなく、道路、橋梁、鉄道などの土木分野にも広がっています。
安井:私は日建設計に所属しながら、buildingSMART Japanでは意匠・構造・設備設計に関わる領域を担当しています。 BIMに関心を持ったきっかけは、「三次元で設計することで、これまで見えなかったものが見える」と実感したことです。例えば、大規模スタジアムでは、全席から競技が見えるかどうかが、観客の体験の質を左右する重要な決め手になります。「8万席のスタジアムのどの席からも、100メートル走のゴールが見えるか?」。そうした検証は、二次元図面だけでは難しく、三次元モデルでなければ対応できません。 さらに、そのBIMデータを施工や行政手続きにつなげていくには、共通フォーマットが必要になります。各社が独自形式で持っていては協力会社間のデータの重ね合わせや手続きができない。そこでIFCの重要性が見えてきました。 この7〜8年は、まずその基盤を整えることに力を注いできました。その上で最近、ONESTRUCTIONのように「建設×AI」を具体的にかたちにしようとする企業が現れたことで、共通認識づくりにとどまらず、次の可能性に踏み込める段階に来たと感じています。
──制度設計や標準化がなかなか進まなかった背景を、どのように見てこられましたか。
安井:私がIFCに取り組み始めた頃、様々な企業に話を聞くと、それぞれが非常に高度なことをやっていました。ただ、実際の運用は必ずしもうまくいっていなかった。各社がそれぞれの論理で最適化していたのです。そのままでは、業界全体としてはつながりません。だからこそ、自社の強みだけでなく、弱みも含めて持ち寄りながら、どう前に進めるかを議論する場が必要でした。 その転機になったのが、2019年に国土交通省が立ち上げた「建築BIM推進会議」です。発注者、設計者、施工者など、様々なステークホルダーが同じテーブルにつき、ようやく共通課題を議論できるようになりました。
実証の本質は、「発注者が本当に欲しい情報」をデータにすること
──今回の実証における本質的な課題は何でしょうか。
足達:今回のような基盤モデルの取り組みは、これまで十分に活用されてこなかったIFCの可能性を引き出し、より高度に使えるようにするものだと期待しています。
西岡:実証前のBIMをめぐる状況は、過大評価と過小評価が混在していました。「BIMなら何でもできる」と言う人もいれば、「導入してもあまり楽にならない」と感じる人もいる。実際には、一部のプレイヤーだけが先行し、業界全体では共通言語になっていなかった。そこが大きな壁だったと思います。近年、大きく変わってきたのは、発注者も含めて、様々な立場の人が同じテーブルでBIMを議論し始めたことです。これは決定的な変化です。
安井:発注者の立場から見ると、設計図やBIMデータに求めるものは、建物用途によって全く異なります。学校と病院では、同じような図面で設計できる部分があっても、運用に必要な情報は違います。受注者である設計者や施工者は、その違いを十分に把握できていないことが多いのです。例えば病院では、工事中に電気や水が使えなくなることが患者の生命に関わる可能性があります。一方、学校では許容される工事条件が異なる。そうした発注者側のリアリティは、設計図だけでは見えてきません。
これまで私たちは、設計・施工の立場から「これが必要だろう」と考えた情報を渡してきました。しかし、発注者が本当に欲しい情報は、そこに十分入っていなかった。今ようやく、発注者が自分の言葉で必要な情報を語り始め、そのギャップが可視化されてきたのです。 その意味で重要なのは、発注者が必要とする情報を構造化し、設計・施工段階でデータとして渡せるようにすることです。BIMは、その橋渡し役になり得ます。
発注者の自然言語をBIM要件に変換する「Ishigaki」
──そうした課題に対して、「Ishigaki」はどのように対応できるのでしょうか。
西岡:発注者と受注者の間では、これまでデータも業務も分断されていました。その状態を変えていくのが、私たちが開発している建設業特化LLM「Ishigaki」です。 「Ishigaki」は、発注者の要望や条件を自然言語で入力すると、それをBIMに携わる人たちにとって扱える仕様や要件のかたちに変換することを目指しています。これにより、受注者側も「どのようなBIMデータをつくればよいか」を理解しやすくなり、両者の目線合わせが進みます。ここにAIの力が最も生きると考えています。 汎用LLMとの違いもそこにあります。汎用LLMは幅広いタスクをこなすことを目指しますが、私たちのモデルは、発注者と受注者の間の意思決定とデータ受け渡しを円滑にすることに特化しています。そのためには、建設分野への深い専門化が必要です。
これまで建設業では、仕様や要件の細部を詰めること自体が高コストでした。一般的なソフトウェア開発においても、建設業では一品生産ゆえに難しいことでした。しかしAIがそこを補助できるなら、実務のあり方自体が変わり得ると考えています。
足達:建設業では長い間、模型や図面を介して設計意図を共有してきました。しかし図面を読むには訓練が必要です。発注者のように、本来建設プロジェクトにおいて重要な立場にある人が十分に参加しにくい構造がありました。そこで、「同じデータの上で議論できる場」を広げるのが今回の取り組みの狙いです。そしてBIMが普及すると、次に問われるのは、そこに入っているデータの中身です。 設計・施工の期間は、建物のライフサイクル全体から見ればごく短いものです。しかし建物はその後、数十年にわたって使われ、メンテナンス、改修、運用、管理の局面が休みなく続きます。そう考えると、“何十年後も活用できる、デジタルツインとしてのデータが存在すること”の価値は非常に大きいのです。そこにAIや基盤モデルが入ることで、「誰でも使える」「誰でも理解できる」データ基盤に近づいていく。さらに、将来的にはAIやロボットがそのデータを使う主体になる可能性もあります。
──建設に関するデータと、ロボットやフィジカルAIとの接続も視野に入ってくるわけですね。
西岡:その通りです。ロボットが現場で工事や管理を担うようになると、次に問われるのは「何に基づいて判断するのか」です。映像認識だけでは、機器の履歴や交換要否まではわかりません。 しかし、そこに「これはA社製で、何年使用され、こうしたリコール履歴がある」といったデータが結び付いていれば、ロボットはそれを踏まえて判断できます。つまり、建設データは単なる記録ではなく、自動化を支える知能の一部になるのです。私たちは、将来的にこうした知識継承や判断支援の中核に、建設データと基盤モデルが位置付くと考えています。
標準化を実務に引き寄せる。BIMを生かした建築確認申請へのIFC活用
──2026年4月から始まる建築確認申請でのIFC活用を、どう見ていますか。
日高:非常に大きな転換点です。建物を建てる際の法適合審査をBIM・IFCと連動させようという動きは以前からありましたが、それがいよいよ実務に入り始めます。
安井:確認申請は、すべての建物に必要なプロセスです。日本では建物の大半が民間案件であるため、国が「やる」と言っても民間が動かなければ広がりません。そこで、確認申請を通じてIFC活用を促すことには、大きな意味があります。 まずは比較的簡単な段階から始め、その後、より高度な自動チェックへ進んでいく構想があります。将来的には、法律をAIで読み込み、IFCデータを自動照合するような仕組みも視野に入ってくるでしょう。
そのときに重要になるのは、IFCデータの中に必要な情報が正しく入っているかを確認することです。IshigakiなどでのIDSチェックは、まさにそこに効いてくる。完全自動化でなくても、AIによる事前のスクリーニングと、人間による最終確認を組み合わせるだけで、かなりの効率化が期待できます。
──今回のプロジェクトで、国際標準に準拠する理由はどこにありますか。
西岡:私たちの目的は、自社だけの便利な仕組みをつくることではありません。国や多くの建設会社の皆さんと一緒に、新しい建設業の基盤をつくることです。そのためには、業界が長年積み上げてきた国際標準に準拠することが最も合理的だと考えました。 もちろん、独自技術や独自データ規格で進めることも不可能ではありません。ただ、それでは一部の人しか使えない仕組みになりやすい。私たちが目指すのは、業界全体で使える基盤です。 その意味でも、GENIACの存在は大きかったと思います。資金面だけではなく、「国の支援を受けた基盤モデル開発」であることが、buildingSMART Japanをはじめとする関係者との連携を前に進める力になりました。
足達:GENIACには強いプレゼンスがあります。buildingSMART Japanとしても、建設業の枠内だけを見ていては、課題は解けません。情報技術やAIなど、新しい分野と接続していくことが必要です。今回の取り組みは、その意味でも非常に意義があります。
実証から実装へ。今後の展望
──今後は、どのような展開を目指しますか。
西岡:これまでの取り組みを踏まえ、より飛躍したモデルを皆さんにお見せしたいと考えています。 すでに「Ishigaki」は、IDSを含む生成領域において、ChatGPTやClaudeなどの汎用モデルを上回る性能を示しています。知能面の品質はかなり高まってきており、現在はUI改善や実務とのすり合わせなど、実装に向けた調整を進めています。
実証の過程では、参加者からどのような意見が出るかを事前に読み切れていたわけではありません。ただ、現時点でも「この場面では使える」という評価を得られるケースが増えており、手応えを感じています。GENIACの規約上、現段階では商用展開は行っていませんが、今後はそれをどうユーザーに届けるかまで含めて、具体化していきたいと考えています。 ロボット分野など他領域の基盤モデルと相互連携し、建設業の知能基盤として機能する世界も見据えています。領域特化型モデル同士が連携し合う世界です。その中で、建設業に閉じた特化モデルではなく、建設業を他産業と接続するための基盤モデルを目指したいと考えています。
日高:将来的には、こうした取り組みを「チーム日本」として束ね、日本式の建設エコシステム全体を海外へ展開できるようになれば理想です。輸出先の制度や慣習、気候条件の違いをAIが埋めることで、日本の建設知をより広く届けられる可能性があると思います。
西岡:私は、建設業は「関わる人が全国民になる産業」に変わっていくべきだと考えています。 これまでは、建設業の中で設計し、建て、その成果物を社会が受け取る構造でした。しかしこれからは、つくる過程にも、使う過程にも、改善する過程にも、より多くの人が関わるようになるはずです。建物単位でも、都市単位でも、建設業はその中心に位置する産業になるべきだと思っています。 そう考えると、建設業だけを見ていては足りません。私たちは、デジタル技術を通じて、建設業と他産業、建設業と生活者の距離を縮めたい。我々の取り組みは、まだ始まったばかりです。今後もぜひ、皆さんのお力をお貸しください。
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最終更新日:2026年5月14日