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令和3年度 産業標準化事業表彰受賞者インタビュー Vol.12

経済産業大臣表彰/鍋嶌 厚太(なべしま こうた) 氏
株式会社Octa Robotics 代表取締役

ロボットが日常にいる世界を目指して~サービスロボットの性能評価に関する国際標準化を主導

 産業用から愛玩用まで、ロボットはさまざまな分野に浸透している。中でも医療や生活支援、作業支援などを行うサービスロボットは、人間の暮らしをサポートする存在として今後の普及・実用化への期待が高まっているところだ。

「子どもの頃に憧れたのはロボットが日常的に使われる世界。ロボットエンジニアが夢だった。」と語るのは、株式会社Octa Roboticsの鍋嶌厚太氏。サービスロボットの研究開発とともに、ISO(国際標準化機構)/TC 299(ロボティクス)/WG 4(サービスロボットの性能)のコンビ―ナを務めるなど、41歳という若さで国際標準化を主導する人物だ。

鍋嶌氏はロボット工学で博士号を取得した2009年、ロボットスーツ「HAL(ハル)」で知られるCYBERDYNE(サイバーダイン)株式会社(以下、CD社)に入社。以降、HALシリーズの研究開発と並行し、生活支援ロボットの安全規格等の標準化に携わるようになる。

2015年、腰補助用装着型身体アシストロボット(以下、腰補助ロボット)は市場の創成期にあり、CD社をはじめとする数社で製品化が行われていた。安全に関する最低限の技術水準は明らかになっていたが、各社が表示する性能の測定方法や表示形式が統一されておらず、消費者が製品の性能を比較しにくい状況にあった。

このままでは市場の発展を妨げかねない。消費者が公正に製品の比較を行うためにも標準化が必要だと考えた鍋嶌氏らは、「新市場創造型標準化制度」を利用して、腰補助ロボットの製品規格の策定へ向けて活動を開始した。
※新市場創造型標準化制度 従来の標準化プロセスでは推進することが難しい複数の関係団体にまたがる技術・サービスや、特定の企業のみが取り組む先端技術等に関する標準化を後押しする制度。 制度概要は下記参照。
https://www.meti.go.jp/policy/economy/hyojun-kijun/katsuyo/shinshijo/index.html


競合する同業各社に参加を呼びかけ、ユーザーや中立的な立場の専門家を招いて、一般財団法人日本規格協会を事務局に原案作成委員会が発足。鍋嶌氏は代表担当者として、文案の作成から試験方法の考案、試験機の設計までを率先して担当した。

そして2017年、世界初となる腰補助ロボットの製品規格となるJIS(日本産業規格) B 8456-1(生活支援ロボット―第1部:腰補助用装着型身体アシストロボット)が誕生。これにより腰補助ロボットが備えなければならない構造や質量、安全性、性能の基準が明らかとなり、さらにユーザマニュアルや宣伝用の文書への表示方法も定められた。次のステップとして、本JISの国際標準化に向けて動き出すこととなった。

「こうすればいいのに」という問題意識が「自分がやろう」の原動力に

 JIS B 8456-1の原案が完成した当時、腰補助ロボットの製品化は日本が先行している状態だった。「今なら日本が主導権を握れるチャンスがある。」と考えた鍋嶌氏は、JISが規定する性能試験の部分をISO/TC 299/WG 4に提案することに。

「当時のWGは市場合理性や理論的な裏付けに乏しい規格を策定している状況だった。一方、JISの性能試験は国内のステークホルダー間で合意された実績があり、評価データも論文発表されていたことから、受け入れられやすいという見込みがあった。」と鍋嶌氏。

その見込みどおりWGの合意が得られ、鍋嶌氏は2018年にISO 18646-4(腰補助用装着型ロボットの性能指標および試験方法)のプロジェクトリーダーに就任。「国際規格化は24か月の短期プロジェクト。各国からのコメントには事前に解決案を検討し、誠実に対応してスケジュールどおりの規格化を目指した。」という。

同時期、鍋嶌氏はWG 4のコンビ―ナの座を獲得することにも成功する。すでに会社から独立していた鍋嶌氏は動きやすい立場にあり、任期終了に伴う選挙の立候補に踏み切ったのだ。「会議当日に審議資料が配布されるなど、これまでの議事の進め方に問題を感じていた。『絶対に日本の誰かがやるべきだ』という思いがあった。」という。

プロジェクトリーダーとして各国のエキスパートと信頼関係を築いていた鍋嶌氏は選挙に勝利。2019年2月、コンビ―ナに就任した。

「責任ある立場で関わらなければ主張も通らず、間違った案もブロックできない。コンビーナは中立的な立場だが、どこの誰が務めるかで国際標準化を左右する。」と鍋嶌氏。自らが提案したISO 18646-4を当初の予定どおり2021年に発行することができ、日本の存在感を国際舞台で強く印象付けた。

「標準化の仕事は大変で、その分野に愛着がないと、とてもできるものではない。」と話す鍋嶌氏。実は性能評価の国際標準化の際、周囲の開発者や研究者にも参加を打診したのだが、あまり興味を示さなかったという。

「企業の開発者は、会社の許可が出たり評価が与えられたりしないと参加しにくいだろう。最先端の技術だからこそ、若い人たちをもっと標準化に引き込む仕組みを考えたい。」と言う。CYBERDYNE社では、生活支援ロボットの安全技術の確立と標準化を目的とした国立研究開発法人新エネルギー産業技術総合開発機構(NEDO)生活支援ロボット実用化プロジェクト(2009年〜2013年)への参画を機に、技術の社会実装における標準活用の有効性が社として理解されたことで、標準化へのリソース投入を高めることができ、鍋嶌氏が標準化の道を歩むきっかけとなった。今後も国や企業が研究開発段階から標準化活動を支援することで、標準化活動に参画する企業、人材を増やすことができると考えられる。

「ロボットがなかなか実用化していないことにフラストレーションを感じている。憤りを感じてドラフトを書いたこともあった。」と笑う鍋嶌氏。子どもの頃に描いた「ロボットが日常的に使われる世界」を目指し、鍋嶌氏は今日も奮闘を続けている。

【略歴】
2009年 東京大学大学院修了 情報理工学(ロボット工学)博士号取得
2009年 CYBERDYNE株式会社 入社
2010年~2015年 ISO/TC 184/SC 2/WG 7(ISO 13482; 生活支援ロボットの安全)エキスパート
2011年~現在 IEC/TC62/SC62A/JWG9(IEC TR 60601-4-1; 自律性を有する医療機器のリスクマネジメント)エキスパート
2015年 JIS B 8446-2(低出力装着型身体アシストロボットの安全)、
JIS B 8446-1(マニピュレータを備えない静的安定移動作業型ロボットの安全)原案作成委員会  委員
2015年~2017年 JIS B 8456-1(腰補助用装着型身体アシストロボット)原案作成委員会 委員
2015年~現在 IEC/TC62/SC62D/JWG36 (IEC 80601-2-78; リハビリテーションロボットの安全)エキスパート
2016年~現在 ISO/TC 299/WG 2(ISO 13482; 生活支援ロボットの安全)エキスパート
2017年~現在 ISO/TC 299/WG 4(ISO 18646シリーズ; サービスロボットの性能)エキスパート
2018年 JIS Y 1001(サービスロボットの運用安全マネジメント)原案作成委員会 委員
2018年~現在 ISO/TC 299/AG 1 (Communication group of TC299)コンビーナ
2019年~現在 ISO/TC 299/WG 4 (サービスロボットの性能)コンビーナ
2019年~現在 ISO/TC 299/JWG 5 (医療ロボット)コンビーナ
2018年 株式会社Preferred Networks 入社
2018年 Octa Robotics(屋号) 創業
2021年 株式会社Octa Robotics 設立

最終更新日:2023年3月30日