内閣総理大臣表彰 林 秀樹(はやし ひでき) 氏
電力系統システム技術部 スマートグリッド技術責任者
IEC/TC 120(電気エネルギー貯蔵システム)を主導
近年、ITの活用により電力需給を安定化させる次世代エネルギーシステムであるスマートグリッドや蓄電池システムが脚光を浴びている。その国際標準化に13年余り取り組んできたのが内閣総理大臣表彰を受けた東芝エネルギーシステムズの林秀樹氏だ。
林氏は2012年に日本が提案して設立されたIEC(国際電気標準会議)/TC 120(電気エネルギー貯蔵システム)を主導、現在まで11年間国際幹事を務め、電池システムに関するIEC 62933シリーズの11件(2023年11月現在)の規格開発をリードしてきた。これらの規格は電力系統の負荷平準化やデマンドレスポンス、環境・安全対策などに活用され、日本の電気産業界に大きく貢献している。また、IEC/SyC-SE(システムコミッティ・スマートエナジー)の創設に携わり、国内委員長及びWG 2(スマートエナジー開発計画)の国際コンビーナ(会議のリードやとりまとめ役)を務め、スマートエナジー領域での横断的な規格開発を推進してきた。
国内では経産省やJISC(日本産業標準調査会)のスマートグリッド関係の研究会・委員会において中心的役割を担うとともに、初の産官学連携となるJSCA(スマートコミュニティ・アライアンス)の設立に関わった。さらに2010年にJISCと欧州電気標準化委員会(CENELEC)とのスマートグリッド対話会を設立し、日本側代表コンビーナとして対話会を通じた欧州との友好関係を構築、IECにおける日本の地位向上に大きく貢献している。
林氏は「標準化はビジネスを進める上での戦略的なツールです。どの領域を世界との約束にして、どの領域を自分たちのノウハウにするのか、それが新しい事業に取り組む時に最も重要なことです」と述べ、さらに「かつて、標準化活動の世界に入ったばかりの頃に先輩たちが『技術で勝って市場で負ける』という話しをしていましたが、それは絶対にあってはならないことです」と語る。
スマートグリッドは地域の中での電力供給形態なので、ひとつの企業や事業体では完結できず、関係する領域が非常に広い。そのため取り組みを進めるにはパートナーリングが不可欠で、それは必然的に世界標準につながっていく。
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スマートエナジーグリッド(電気に加えて、電気と熱・ガスとのインタフェースを含む世界)向けに熱・ガスインタフェースを含むモデルを日本提案、2021年国際標準発行。
出典:IEC SRD 63200:2021 Definition of extended SGAM smart energy grid reference architecture model
標準化はスピード勝負、カギは迅速に国際提案すること
産業標準化の取り組みはギブアンドテイクの世界で、自分たちだけで一方的に進めても誰も相手にしてくれない。相手が認めればパートナーリングが可能になるが、そのためには自分たちが強みとなる技術を持っていないといけない。事業を進めるにあたって、最初に何を標準にして、何を決めさせないかを考える必要がある。スマートグリッドのように取り組みが急速に進展している分野では、ものづくりの前に各国が提案能力を競い合っている面がある。そのため、あらかじめ標準化を見越した提案を考えておくことが大切になる。「標準化に取り組み始めた頃、よく海外の動きをウォッチしておこうと言われました。しかし、それではダメで、ウォッチしている間に他の国に先んじられてしまいます」。そこで、林氏は過去に経験したある出来事を振り返る。「日本人は几帳面なので、国内委員会で懸命に議論し、99点の出来具合になるまで提案しなかったことがありました。ところが、日本が提案する1日前にある国からどうみても50点でしかない提案があったのです。標準化の世界では先に提案したほうが優先されるので先に出た提案が国際標準規格になってしまったという。このことは今思い返しても苦い経験だったと悔しそうに語る。
標準化の世界はスピードが勝負で、NP(新業務項目提案)を出した後にWGで議論する。そこで完成度を高めていけばよいので、たとえ60点程度であっても場合によっては早く提案するほうがよい。「日本は往々にして、おかしなコメントを入れられるのが嫌だと提案を練り上げてしまうきらいがあります。それでは時間ばかりかかってしまうので、国内委員会で誰かがリーダーシップをとって、『ここまで来たのだから提案しよう』といって、WGへの提案に踏み切る必要があるのです」。特にEUは産業と標準を一体のものとして考えていて、標準として他で既に提案されていないことや、新しいものであることなどの観点からアプローチする。「中味を重視する日本とは視点が異なり、とても役立ちます。ですから、EU内の1カ国でも2カ国とでも深い議論をして、共同提案の形にまとめていくのがよいと思います」。
ビジネスの最前線に立つ技術者を支援し、標準化人材を育てる
産業標準化は、今後、TCをまたがったシステム化の方向に進むので、スピード感のある連携が重要になる。
「2011年頃、経済産業省から迅速提案が推し進められたことがあり、その第1号がTC 120だったのですが、またたく間に提案することができました」。それが実現したのは国内委員会のメンバーの間でエネルギー貯蔵装置はインダストリーの核になるという確信があり、ドイツも米国も標準化を狙っているに違いないという見通しを立てていたことが背景にある。
「それはビジネスの中で感じたことで、他国とのスピード勝負だと思っていました。そこが勝負時なのですが、ビジネスの最前線にいる人は標準化を考える余裕がありません。そうした時に標準化活動の経験がある技術者が、自分が手伝うから一緒に標準化をやろうと声をかけることができると、世界に先駆けることが可能になります」。
- 2012年10月のIEC/SMB会議でTC 120の創立と日本の幹事国がそれぞれ承認された(写真提供:林秀樹氏)
ビジネスの前面に立っている中堅技術者の中から、えり抜きの人材を5年に1度程度は計画的に標準化活動に投入できるようにすることが望ましい。第一線のビジネスパースンの仕事は間違いなく標準化に関わっているが、その人が標準化活動にすべてを注ぎ込むことは不可能だ。10%でもよいので携わり、経験を重ねて行くことが人材育成につながっていく。
「先輩が支援する形で標準化に関与していくことが大切です。一番忙しい時に一緒に国際規格案の提案を行い、それがTCで採択されれば、大変な感動を覚えます。そしてそれが標準化に取り組む大きな動機になってゆきます」。
標準化活動に関心のある人はTC 120もスマートエナジーも国内外の実際の会議の見学は手続きさえ踏めば十分可能なので、実際に一度見てみるとよいと林氏はいう。
標準化はまず相手に話すことから始まる。海外の専門家にも提案してみて、正面からぶつかり合うことで、胸襟を開いた深い議論に入ることができるようになる。
「IECの活動に19年間携わってきて、今回TC 120とスマートエナジーで表彰されたことは本当に嬉しいです。後輩たちへのインパクトも大きくて、彼らが今まで以上にアクティブに活動していくきっかけになることを願っています。」
1978年 | 株式会社東芝入社(2020年から東芝エネルギーシステムズ株式会社) |
2004年~2023年 | IEC/TC8(電力供給の関わるシステムアスペクト) 国内委員会委員 |
2010年~2015年 | IEC/TC8/WG6(スマートグリッドへの要求事項) 国際エキスパート |
2011年~2013年 | IEC/SMB(標準管理評議会)/SG3(スマートグリッド) メンバー |
2012年~2023年 | IEC/TC120(電気エネルギー貯蔵システム) 国際幹事 |
2015年~2023年 | IEC/SyC-SE(スマートエナジー) 国内委員長、WG2 国際コンビーナ |
2009年~2010年 | 経産省次世代エネルギーシステムに係る国際標準化に関する研究会 WG委員 |
2010年~2023年 | JISC-CENELEC Smart Grid WG 日本代表コンビーナ |
2012年~2013年 | JISC スマートグリッド国際標準化戦略分科会 副主査 |
2014年~2016年 | JISC スマートグリッド戦略グループ検討会 主査 |
2014年~2020年 | JISC 標準第二部会スマートグリッド戦略専門委員会 委員長代理 |
2021年~2023年 | JISC 標準第二部会スマート・システム標準専門委員会 委員 |
2010年~2023年 | JSCA(スマートコミュニティー・アライアンス) 国際標準化WG幹事委員 |
最終更新日:2024年1月18日