経済産業大臣表彰(規格開発・認定・認証部門) 天谷 尚(あまや ひさし)氏
腐食環境向け鋼材の市場創出に貢献
日本製鉄の天谷尚氏は、石油・ガス産業における腐食性の高い「サワー環境」向け鋼材の国際標準化で長年にわたり中心的役割を担ってきた。特に硫化水素含有環境における鋼材の使用条件を規定したISO 15156シリーズ(石油及び天然ガス工業-石油及びガス生産における硫化水素含有環境で使用する材料)の規格改訂・維持管理に14年以上参画し、日本の鉄鋼業が持つ高度な技術力を国際規格へと反映してきた。
同シリーズ規格は米国腐食技術者協会(NACE、現 AMPP)が制定した規格を下敷きとしているため、NACE内部のMaintenance Panel(規格維持検討委員会、以下MP)やTask Group(以下TG)299(Oversight Committee、規格維持監視委員会)で技術討議が行われる特殊な審議構造を持つ。天谷氏はMP及びTG 299双方の投票委員として継続的に活動し、日本独自の視点を粘り強く提示し続けてきた。
この取組の成果の一つが、日本の製造技術を代表するステンレス鋼「スーパー13Cr鋼(UNS S41426)」のISO 15156シリーズへの規格登録である。耐食性能を要し製造難度が高い鋼材が国際規格に位置づけられたことで、国際的な市場競争力の強化に寄与した。
また、API(米国石油協会)/SC 5(油井管)における油井管規格化でも、日本の鉄鋼業がリードする耐サワー高強度鋼の最高強度グレードC 125の規格制定に貢献した。試験法の構築、ユーザーとの調整を重ね、日本企業の技術優位性を国際市場で活かす基盤づくりに尽力してきた。学術面でもNACE年次総会での論文発表や技術討議に継続的に参加し、規格改訂の根拠となる技術データの構築を社内研究者とも連携しつつ推進してきた。

2019年3月にアメリカ・テネシー州ナッシュビルで開催された NACE 2019において、
Technical Symposium Chairに対する感謝盾を贈呈される天谷氏(写真右)
天谷氏は、今回の受賞を個人ではなく「組織的・計画的に取組んできた成果」と位置づけている。同時に、NACEやISOでの学術的議論や、ボランティアとして学会を支える委員としての役割など、必ずしも表に出ない基盤活動も含めて継続することが、国際標準化の成果につながると強調している。
「欧米の石油メジャーが主導する国際標準において、日本の鉄鋼業が持つ技術力は高く評価していただいています。その技術力、商品力をもって国際標準を先導する規格活動に携われたという機会を与えられたことが、今回の受賞につながっていると考えています。」
いかに技術とコストの折り合いをつけるか
標準化の現場では、ユーザーが求める性能と、製造者が考慮する製造性・コストのバランスがしばしば対立する。天谷氏は標準化を「市場獲得・浸透のための戦略的なツール」と捉え、相反する両者の視点をつなぐ役割を担ってきた。APIでのC 125規格化に当たっては、ユーザー側の要求と供給側の供給能力が折り合う性能基準を探るため、多くの時間と対話が費やされたという。結果として双方が納得できる規格を築き上げ、国際市場における一定の利便性と製造可能性を両立させる規格が成立した。
一方、ISO 15156シリーズでは、ユーザーである石油メジャー各社の意見と、供給側の意向が整合しない側面もある。そのため天谷氏は、ISO/TC 67(低炭素エネルギーを含む石油及びガス産業)/WG 7(耐食材料)の年2回の会議に加え、NACE側の委員会にも積極的に参加し、主要メンバーとの対話を重ねてきた。公式な議論以外でのコミュニケーションも大きな意味を持ち、相手の要求の背景を理解したうえで提案を調整しつつ、日本側の技術的主張が受け入れられる土壌をつくってきた。特に、長年にわたって固定化されている委員構成の中で信頼を獲得するためには、継続的な貢献と誠実な対話の積み重ねが欠かせないという。
「ユーザー側と供給側で視点の違いがある中、どこで折り合いをつけるのかを十分に議論し、双方が合意できる規格をつくることが重要だと考えます。」
プレゼンスの維持と次世代の人材育成の重要性
主要メンバーが固定化される傾向にある国際標準化委員会では、人間関係の構築に長い時間が必要となってくる。そうした点を踏まえ、標準化活動においては継続性をもった人材育成が不可欠となってくる。天谷氏は、ISOやAPIなどの委員会に継続して参加することが日本企業の国際市場におけるプレゼンス維持の重要な基盤であると捉えている。「規格策定の場で日本の技術力を示し続けること。このことが日本の鉄鋼業界全体の地位向上にもつながってきます。」
また、若手・中堅の段階から国際会議に参加し、議論の進め方や効果的な意見表明の方法を体験することの重要性を続けて訴える。標準化は単なる規格づくりではなく、市場創出・市場浸透のための企業戦略の一部でもある。委員会内での個人的な信頼関係は短期間では築けず、学術発表や業界への貢献を通じて多面的に存在感を示すことが求められることから、そうした視点に立って活動が行える人材を如何にして育てていくか。今後の継続的な人材育成策が求められている。
「私個人にとどまらず、次の世代の若手・中堅のメンバーにも議論に参加してもらえるよう、人材を育成しながら計画的に国際会議に派遣することが重要だと思います。石油メジャー各社の技術者を中心とした委員会のメンバーとの交流というものも一朝一夕にはいきません。信頼を醸成するには時間がかかるため、長期的な視野で企業としての人材育成・派遣を考えていくことが不可欠なのではないでしょうか。」
そして、若い世代に向けては、「技術力・英語力・交渉力」の3つが標準化活動の基盤であるとエールを送る。英語力は議論の手段にとどまらず、多様な文化背景のメンバーとの信頼関係構築に欠かせない。国際会議に直接参加し、継続して存在感を示すことで、将来の標準化活動の成功につながると天谷氏は捉えている。
| 1991年4月~現在 | 住友金属工業株式会社(現 日本製鉄株式会社) |
| 1991年6月~2008年6月 | 同社 技術開発本部鉄鋼技術研究所 |
| 2008年7月~2010年3月 | 同社 和歌山製鉄所カスタマー技術部鋼管技術室 |
| 2010年4月~2013年6月 | 同社 和歌山製鉄所カスタマー技術部継目無管材料開発室長 |
| 2011年9月~2014年9月 | NACE(米国腐食技術者協会、現 AMPP)MR 0175/ISO 15156(石油及び天然ガス工業-石油ガス生産における硫化水素含有環境で使用する材料)Maintenance Panel(規格維持検討委員会)委員 |
| 2011年9月~現在 | ISO/TC 67(低炭素エネルギーを含む石油及びガス産業)/WG 7(耐食材料)エキスパート |
| 2012年10月~現在 | API(米国石油協会)SC 5(油井管)委員 |
| 2013年7月~2019年3月 | 新日鐵住金(現 日本製鉄)株式会社 和歌山製鉄所カスタマー技術部上席主幹 |
| 2014年9月~2022年9月 | NACE/TG 299 Oversight Committee(299作業部会 規格維持監視委員会)委員 |
| 2019年4月~2021年3月 | 日本製鉄株式会社 関西製鉄所鋼管商品技術部上席主幹 |
| 2019年9月~現在 | ISO/TC 67/SC 5(油井管)エキスパート |
| 2021年4月~2022年10月 | 同社 関西製鉄所鋼管商品技術部 部長代理 |
| 2022年4月~現在 | AMPP/SC 08 Metallic Material Selection & Testing(金属材料選定及び試験法委員会)投票委員 |
| 2022年9月~現在 | AMPP(材料の保護と性能に関する協会)-NACE MR 0175/ISO 15156 Maintenance Panel委員 |
| 2022年11月~現在 | 同社 鋼管事業部鋼管技術部エネルギー鋼管商品技術室部長代理 |
| 2023年3月~現在 | ISO/TC 67/WG 7 RDC(ISO 15156規格再構成検討委員会)エキスパート |
最終更新日:2026年1月8日