経済産業大臣表彰(規格開発・認定・認証部門) 杉村 領一(すぎむら りょういち)氏
国立研究開発法人産業技術総合研究所 情報・人間工学領域 情報・人間工学領域連携推進室 チーフ連携オフィサー
日本のAI標準化活動を牽引し、国際的プレゼンス向上に貢献
産業技術総合研究所(以下、「産総研」という。)の杉村領一氏は、2017年末にAI標準化の担当を引き受けて以来、ISO/IEC JTC 1(情報技術)/SC 42(人工知能)において、日本の存在感を飛躍的に高めることに成功した。日本のAI技術は世界に後れをとっているという世間の厳しい見方もある中、産総研を核として企業や大学を巻き込んだ強固なコミュニティを形成した。その結果、国際コンビーナを4件確保し、日本提案の国際規格を15件成立させるという輝かしい成果を上げた。
特筆すべきは、2018年の中国・北京での第1回SC 42総会で、中国から日本がユースケースの議長職を譲り受けたことだ。「議長から直接「中国の提案が多すぎるので、日本が引き受けてくれないか」と言われ、その場で中国代表団と交渉して獲得しました。」
この迅速な判断が、後のユースケースベースの標準化という重要な方法論の確立につながった。さらに機能安全、データ品質、マネジメントシステム規格という四つの柱で日本のリーダーシップを確立し、AIの標準化におけるプレゼンスを国内外へ示すことに成功した。

2018年4月、中国・北京で開催された
ISO/IEC JTC 1/SC 42 第1回総会の参加メンバー
写真提供:杉村領一氏
予算獲得と人的ネットワーク構築で標準化の逆風を克服
AI標準化活動における最大の転機は、経済産業省からこれまで以上の予算支援を獲得したことだった。「通常のSC向けの予算と比べると想定外の支援が得られるなど、異例の措置に周囲が驚いたことを覚えています。」
杉村氏には、デファクト標準での経験から得た確固たる信念があった。かつて松下幸之助が「商品を売る前に会社を売れ」と示したように、まず各国の要人と信頼関係を築くことから始めた。潤沢な渡航予算を活用し、各国のキーパーソンと直接対話することで、日本の考え方を理解してもらうと同時に、各国の立場も理解する機会を得た。
特に重要だったことは、IEC/TC 65(工業用プロセス制御)/SC 65A(システム一般)との連携である。「多くのメーカーから「機能安全分野で『AIを使うな』という風潮があるのは問題だ。機能安全におけるAI活用を位置付けるべきだ」という声がありました。」そこで経済産業省の国際電気標準課の指導の下、日本電気(NEC)の江川尚志氏(当時)を中心にSC 65Aの議長と関係を築き、同分野でのAI活用の道を開いた。
さらにISO/IEC 5259シリーズ(人工知能―解析及び機械学習のためのデータ品質)におけるデータ品質の標準化も推進した。これについて、杉村氏は「日本が品質について話し始めると、皆が耳を傾けます。これは先人が築いた日本ブランドの賜物です。」と振り返る。

ISO/IEC 5229シリーズの構成
出典:信頼できる人工知能(AI)開発に向けて(産総研)
https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2025/pr20250327/pr20250327.html
AIに関するマネジメントシステム規格についても道を開いた。情報セキュリティ大学院大学の原田要之助氏の協力をとりつけ、ISO/IEC 42001(情報技術―人工知能―マネジメントシステム)の策定に早い段階から深く関与するなど、国際的な議論をリードしてきた。「周辺規格をどう整備するかについて、日本は『コンステレーション』の考え方を提唱しました。今は国際的な共通認識となっています。」
ハードな活動を支えたのは家族の献身的なサポートだ。「朝6時から夜中2時まで続く国際電話会議もありました。大変だったと思いますが、サポートをしてくれた妻に感謝しています。」
AIの標準化は水平標準から垂直標準へ
今後の課題として杉村氏が挙げることは、水平標準から垂直標準への展開だ。既に医療分野では、ISO/IEC JTC 1/SC 42/JWG 3(ISO/TC 215(保険医療情報)とのジョイントWG)で人工知能学会元会長の津本周作氏をコンビーナに迎え、東京大学医学部の今井健教授をエディター、日本光電の村瀬元氏をセクレタリーとする体制で活動を開始している。さらに、金融セクターでは、ISO/IEC JTC 1/SC 42/JWG 7(金融サービス)の設立準備も進んでいる。「各業界への展開をどのようにスムーズに進め、日本がリーダーシップを取って産業振興に結びつける方法を考えねばなりません。省庁横断的な大きな議論が必要です。」
また、英国のアラン・チューリング研究所の「AIスタンダードハブ」のような、標準化動向を定点観測し分析する公的機関の必要性も指摘する。

2024年10月、フランス・パリで開催された
ISO/IEC JTC 1/SC 42 第14回総会の参加メンバー
写真提供:杉村領一氏
日本の文化的特徴を活かした貢献も重要だと杉村氏は語る。「欧州では『AIは悪』という考えが根強く、リスクのネガティブな側面ばかりが議論されます。」しかし杉村氏によれば、リスクの定義は「期待からの逸脱」であり、プラスの側面も存在する。「プラスの成果が過剰になる場合もあります。ハードウェアと異なり、AIは運用中の学習により性能が向上する可能性があるため、両面の検討が必要です。」ISO/IEC 42001の議論で、このプラスの視点を最初に提案したのは日本だった。また、「知識の4階層」において知識は人間のみが持つとする欧州の考えに対し、日本は「ナレッジエンジニアリング」というAI研究の観点から、ISO/IEC 22989(情報技術-人工知能―人工知能の概念及び用語)での「ナレッジ」の定義復活に貢献した。こうしたバランスの取れた視点が、国際標準化議論で重要な役割を果たしている。
後進へのメッセージは力強い。「躊躇しないでチャレンジしてほしい。人間が成長するのは『もう無理だ』と言いたくなるほど厳しい環境に置かれたときです。日本のAI領域には面白いアイデアを持った若者がたくさんいます。彼らの活躍を期待しています。」
令和7年度産業標準化事業表彰において
経済産業大臣表彰(規格開発・認定・認証部門)を受賞した産総研の皆様
(右から杉村氏、佐藤洋氏、是永敦氏、平井亜紀子氏)
| 1980年4月~2012年9月 | 松下電器産業株式会社(現 パナソニックホールディングス株式会社) |
| 1999年10月~2001年9月 | 英国Panasonic OWL 社長 |
| 2001年10月~2003年9月 | 松下電器先端技術研究所 モバイルネットワーク研究所 所長 |
| 2003年10月~2004年9月 | 松下電器産業株式会社 DNS部門D1統括プロジェクトプロデューサ |
| 2004年10月~2006年10月 | パナソニックモバイルコミュニケーションズ株式会社 モバイルシステム開発センター 所長 |
| 2006年11月~2008年10月 | エスティーモ株式会社 副社長 |
| 2012年10月~2013年7月 | 株式会社NTTドコモ マーケティング部 戦略アライアンス担当部長 |
| 2013年2月~2015年3月 | Tizen Association 議長 |
| 2013年7月~2016年3月 | 同社 プロダクト部プロダクトイノベーション担当部長 |
| 2016年4月~現在 | 国立研究開発法人産業技術総合研究所 |
| 2018年4月~現在 | ISO/IEC JTC 1(情報技術)/SC 42(人工知能)国内専門委員会委員長 |
| 2018年4月~現在 | ISO/IEC JTC 1/SC 42 日本代表 |
| 2018年4月~現在 | ISO/IEC JTC 1/SC 42/WG 1(基礎規格)主査 |
| 2019年4月~2021年3月 | 経済産業省 令和元年度AIガバナンスの国際動向に関する検討会 委員 |
| 2019年4月~2021年3月 | 経済産業省 平成31年度政府戦略分野に係る国際標準開発活動 人工知能のライフサイクル、および、人工知能の品質保証に関する国際標準化プロジェクトリーダー |
| 2020年4月~2021年3月 | 経済産業省 令和2年度AIガバナンスの国際動向に関する検討会 委員 |
| 2021年4月~2022年3月 | 経済産業省 AI 原則の実践の在り方に関する検討会 委員 |
| 2021年4月~現在 | 経済産業省 スマート・システム標準専門委員会 委員 |
| 2021年4月~現在 | 経済産業省 Quad技術標準サブワーキンググループ AI分野コンタクトグループ 委員 |
| 2021年4月~現在 | Brookings Research AI Dialogue Expert |
| 2022年4月~2023年3月 | 経済産業省 令和4年度ヒューマン・マシン・チーミングに関する標準化調査プロジェクトリーダー |
| 2022年4月~2023年3月 | JIS X 22989(情報技術-人工知能-人工知能の概念及び用語)原案作成委員会 委員長 |
| 2022年4月~2023年3月 | JIS Q 38507(情報技術−AI(人工知能)利活用によるガバナンスへの影響)原案作成委員会 幹事 |
| 2022年4月~現在 | CEN/CENELEC JTC 21(人工知能)オブザーバ 日本代表 |
| 2023年4月~現在 | 令和6年度エネルギー需給構造高度化基準認証推進事業費(省エネルギー等国際標準開発(国際電気標準分野))テーマ名 ヒューマン・マシン・チーミングならびにAIシステムマネジメントに関連する国際標準化プロジェクトリーダー |
| 2024年10月~2024年3月 | JIS Q 42001(情報技術―人工知能―マネジメントシステム)原案作成委員会 幹事 |
| 2024年10月~現在 | ISO/IEC JTC 1/SC 42/JWG 6(AIシステムのための適合性評価スキーム)主査 |
| 2024年10月~現在 | ISO/CASCO(適合性評価)国内対策委員会 委員 |
最終更新日:2026年2月3日