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令和7年度 産業標準化事業表彰 経済産業大臣表彰 受賞者インタビュー

経済産業大臣表彰(規格開発・認定・認証部門) 高牟禮 辰雄(たかむれ たつお)氏

元 株式会社バルカー フェロー
 
POINT
○ISO/TC 131(油圧・空気圧システム)/SC 7(密封装置)国際議長として、重要規格制定を主導

○欧米主導の技術体系とメトリック系規格の融合を推進し、日本の高度なシール技術の国際標準化に貢献

○半世紀に及ぶシール技術開発の経験と国際調整力により、標準化における日本の戦略的地位を確立


半世紀の技術蓄積を国際標準化への架け橋に

 

 高牟禮辰雄氏は、日本バルカー工業(現 バルカー)に入社以来、油圧・空気圧分野でのシール製品及び応用製品の研究開発に従事し、製造から検査に至る幅広い技術課題に取り組んできた。2000年からは日本フルードパワー工業会のシール分科会に参加し、2001年より主査として、ISO規格のJIS化を担当するなど、国内標準化活動の中核を担ってきた。
 2018年からは日本が幹事国を務めるISO/TC 131(油圧・空気圧システム)/SC 7(密封装置)の国際議長に就任した。高牟禮氏は「これまで指導していただいた皆様への責任」と議長職を引き受け、2025年3月までの7年3か月にわたり、ISO/TC 131/WG 2(パッキンのハウジング)、ISO/TC 131/WG 3(Оリングの設計基準)、ISO/TC 131/WG 4(回転軸用リップタイプシール)、ISO/TC 131/WG 10(エラストマーシールの低温シール能力)において、規格の制定・改訂作業を主導してきた。
 油圧・空気圧用密封装置は、建設機械、産業機械、航空機等の基幹部品として、その性能と信頼性が産業競争力に直結する要素技術である。高牟禮氏は、特にISO 5119(エラストマーシールの低温シール能力-試験方法)の新規制定、ISO 7986(油圧-密封装置-油圧用往復動シールの性能評価標準試験方法)の改訂、ISO 3601-2(Oリング-第2部:ハウジングの形状・寸法)へのメトリック系設計事例の追加など、日本の産業界にとって戦略的に重要な成果を実現した。    

 
 
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2023年10月、アメリカ・ミルウォーキーで開催されたISO国際会議。
ISO/TC 131の事務局及びエキスパート全員の集合写真(写真後列右端が高牟禮氏)
写真提供:ISO/TC 131事務局


技術体系と産業構造の相違を超えた国際合意形成の実践

 国際議長としての最大の挑戦は、各国の技術体系と産業構造の根本的な相違の調整だったと高牟禮氏は振り返る。特筆すべきは、ISO 5119の制定過程である。欧州密封装置協会(ESA:European Sealing Association)のプロジェクトを基にトルコから提案されたこの規格に対し、米国は「試験方法はASTMで実施しており、ISO/TC 131/SC 7の範囲外」と強硬に反対した。高牟禮氏は、TC 131の支援により、2023年のミルウォーキー国際会議でISO/TC 131傘下のSC 7のスコープを明確化する機会を得て、本規格がISO/TC 131/SC 7の範囲内として承認されることを達成した。この規格により、各国のエラストマーの低温試験方法とTR-10(低温弾性回復率10%温度)を結びつけることが可能となり、低温での事故防止や機器開発の基盤が確立された。
 ISO 7986の改訂においては、2024年のロンドン国際会議で54件のコメントを調整し、DIS(国際規格原案)段階への移行を実現した。試験環境温度の規定については、フランスの「試験結果に影響を及ぼすため、温度範囲を規定すべき」との意見に対し、各国から「密封油の温度を規定しており、雰囲気温度の影響は軽微」との反論が出た。高牟禮氏は、規格本文では標準条件(23℃±2℃)を維持しつつ、試験結果表に参考情報として環境温度・湿度欄を追加する折衷案で合意を導いた。
 ISO 3601-2の改訂では、長年の課題であったメトリック系とインチ系の規格統合に挑戦した。国際的にはインチ系Оリングが航空機等で広く使用される一方、日本ではスウェーデン規格を参考にしたメトリック系が主流である。高牟禮氏は、ISO 3320(油圧・空気圧システム及び機器-シリンダ―構成要素及び識別番号-第1部 : シリンダ内径及びピストンロッド径並びにこれらの面積比)のピストン用10mmの設計例を規格のカスタムハウジング事例として追加することに成功した。
 「メトリックハウジングへのインチ系Оリングの適用が困難であることを各国に認識してもらうことができました。」


戦略的標準化活動の推進と次世代への技術継承

 高牟禮氏は、標準化活動の戦略的重要性を1986年のスペースシャトル・チャレンジャー号事故を例に「たった1つのОリングからの漏れが重大事故につながるという教訓は、シール技術の標準化が産業安全の根幹であることを示しています。」と語る。
 また、国際規格の制定過程では、各国の合意形成を通じて思いもよらない発想が反映される点に学びがあるそうだ。ISO 48-2(加硫ゴム及び熱可塑性ゴム-硬さの求め方-第2部:国際ゴム硬さ(10 IRHD~100 IRHD))のIRHD(国際ゴム硬度)の考え方やISO 21920-2(製品の幾何特性仕様(GPS)-表面性状:輪郭曲線-第2部:用語,定義,表面性状パラメータ)及びISO 21920-3(製品の幾何特性仕様(GPS)-表面性状:輪郭曲線-第3部:仕様オペレータ)のRmr(負荷長さ率)における統計力学的な正規分布の活用などは「こんな考え方もあるのか」と感心したという。
 今後、標準化に携わる人材に向けて、高牟禮氏は「日本では上司や周囲の意見を取りまとめることが重要とされるが、国際標準化では自分自身の意見を持つことが不可欠です。」と示す。各国の主張を調整する際、全ての意見を受け入れての合意形成は不可能であり、まずは自ら提案することが肝要だという。
 標準化活動への参画は、技術者にとって貴重な成長機会でもある。「ISOでは5年ごとにSystematic Reviewが実施され、承認されると次回は10年後となります。この長期的なサイクルの中で、技術の進歩を俯瞰できます。」ISO/TC 131/SC 7幹事国としての活動は、技術進化を実感し、グローバルな視点を獲得する機会となったそうだ。
 将来への期待として「メトリック系Оリングの規格化を担当する次世代の人材が現れることが望ましいです。」と語る。また、標準化における日本の役割について「台風、地震、津波、火山噴火などの災害が多い国の技術的・文化的背景こそが、国際標準化において貢献できる。」と指摘する。加えて、先輩のISO/TC 131/SC 7議長から贈られた「会議がもめたら、日本に意見を求めてくるよ」という言葉は、国際社会における日本の調整役としての信頼と期待を象徴していると話した。


【略歴】
1976年4月~2017年7月 日本バルカー工業株式会社(現 株式会社バルカー)
2000年4月~2001年3月 同社 エラストマー事業部 研究開発部長
2000年4月~2001年3月 一般社団法人日本フルードパワー工業会 シール分科会 副主査
2000年4月~2006年3月 ISO/TC 131(油圧・空気圧システム)/SC 7(密封装置)/WG 2(パッキンのハウジング)エキスパート
2001年4月~2002年3月 同社 研究開発統括部 商品化技術研究グループ グループリーダー
2001年4月~2006年3月 一般社団法人日本フルードパワー工業会 シール分科会 主査
2001年4月~2006年3月 ISO/TC 131/SC 7/WG 3(Оリングの設計基準)エキスパート
2002年4月~2003年9月 同社 研究開発部 商品化技術研究グループ グループリーダー
2003年10月~2005年3月 同社 基幹産業事業部 戦略グループ プロジェクトマネージャー
2005年4月~2008年9月 同社 研究部 部長
2008年10月~2011年9月 同社 フェロー
2018年1月~現在 ISO/TC 131/SC 7 国際議長
2018年1月~2022年7月 ISO/TC 131/SC 7/WG 2 エキスパート
2018年1月~現在 ISO/TC 131/SC 7/WG 3 エキスパート
2018年1月~現在 ISO/TC 131/SC 7/WG 4(回転軸用リップタイプシール)エキスパート
2020年3月~現在 ISO/TC 131/SC 7/WG 10(エラストマーシールの低温シール能力)エキスパート

最終更新日:2026年1月20日