経済産業大臣表彰(規格開発・認定・認証部門) 肱岡 靖明(ひじおか やすあき)氏
国立研究開発法人国立環境研究所 気候変動適応センター センター長
気候変動適応計画の標準化を主導し、国際的な規範を形成
肱岡靖明氏がセンター長を務める国立環境研究所気候変動適応センター(以下「気候変動適応センター」とする。)は、2018年12月の「気候変動適応法」施行と同時に設立された専門機関である。この法律は「適応の総合的推進」「情報基盤の整備」「地域での適応の強化」「適応の国際展開等」の四つを柱としており、気候変動適応センターはそれらを科学的知見に基づいて支える役割を担うものだ。
さらに、気候変動適応センターは、気候変動影響や適応に関する情報収集・分析・提供に加えて、都道府県や市町村、地域気候変動適応センターへの技術的助言も行っている。政府や地方公共団体(地方自治体)といった公共の機関だけでなく、民間の事業者や個人を含む各主体が気候変動適応に取り組むための科学的・実務的支援の拠点として、気候変動適応センターは制度と現場を結びつける重要な役割を果たしている。
現在、世界中で気候変動による影響が顕在化していることから、各国機関においてレジリエンス社会の実現に向けた取組が検討されている。こうした中、肱岡氏は、気候変動適応センターでの実務経験から得た知見を活かし、気候変動適応分野における国際標準化活動を主導し、地方自治体などが適応計画をどのように策定すべきかを示すISO/TS 14092(気候変動適応―地方自治体とコミュニティの適応計画に関する要件及び指針)の策定をコンビーナとして牽引し、日本の知見を国際的に整合した枠組みへとまとめ上げた。
多国間の意見を調整し、普遍性のある規格へと昇華
肱岡氏は、今回、経済産業大臣表彰を受賞したことに率直に驚いたという。そして、気候変動適応の重要性が増している中、評価を得たことに感謝の意を表した。「これまで、将来の話と思われていた気候変動リスクが、現在では酷暑や豪雨など、目の前の脅威として現実化しつつあります。その状況の中、気候変動適応に軸足を移し、ISO/TS 14092の策定に携わることになりました。研究成果の社会実装という点でも大きなインパクトを持つ活動になり、非常にうれしく感じています。」
気候変動適応は、関係者が多岐にわたり、標準化がなじみにくい分野でもある。しかし、規格が存在することで、初めて取り組むこととなる地方自治体担当者でも「何を、どこから進めるべきか」が明確になる。最低限押さえるべき項目や見直しのサイクルが国際的に定義されたことで、日本だけでなくアジア・欧米などでも広く活用され、高い評価を得ている。また、企業の気候変動適応計画にも転用可能で、経営とサステナビリティを両立する上での基盤として機能している。
国際標準化に当たり、肱岡氏は中国の専門家と2名体制でISO/TC 207(環境管理)/SC 7(温室効果ガス及び気候変動マネジメント及び関連活動)/WG 12(適応計画)のコンビーナを務めた。多様な国・地域の実情を踏まえ、普遍的な規格とするため、国内対応委員会のメンバー数名のサポートを受けて取り組んだ。さらに、イギリスなど海外の専門家にも積極的に参加を呼びかけた。
政府や地方自治体ごとに情報量や体制が異なるため、日本の成功例だけでは国際規格としては不十分である。そこで、寄せられた意見や懸念を丁寧に拾い上げ、規格に反映していった。
「削除を求められた場合でも、なぜそれができないのか理由を深く理解することを大切にしました。「こういう条件ならできますか」と対話を重ね、表現や段階を調整しながら共通解を探りました。譲れない核は守りつつ、どう落とし込めば使える規格になるかを議論できたことは、チーム全体の力があってこそです。」
多国間での意見調整は困難を伴ったが、結果として「世界のどこでも使える規格」を築くことにつながった。日本の地方自治体の気候変動適応プロセスが国際整合し、国内政策の信頼性や地位向上にも寄与した。
計画策定から「商品評価」を実践する標準化へ
肱岡氏が次に見据えるのは「計画を作る段階」から「実践」や「商品」まで踏み込む気候変動適応計画の標準化である。経済産業省が市場創出につながる戦略的標準化を重視していることも後押しとなっている。
「今回、私が取り組んだISO/TS 14092は、適応計画をどう作るかというプロセスを標準化しましたが、今後は、単に計画を作るだけではなく、それを本当に実践する時に何が必要なのか、という実践の部分に焦点を当てたISO規格を進めたいと考えています。もし気候変動に適応した作物や商品が作られたときに、それが本当にISO規格にしっかり乗っているのかを評価できる仕組みが必要です。」
現在、気候変動に適応した作物や商品は各地で生まれつつあるが、その品質を国際的に評価する基準は存在しない。もし気候変動に適応した作物や商品に関する標準があれば、企業は「我々は気候変動に適応した商品を作っている」とアピールでき、指針にもなる。
そして、以前は標準化を「遠い存在」と感じていた自身の経験から、若い世代には積極的に標準化活動に関わってほしいという。「標準化には、社会を一歩でも良くしたいという情熱を持つ人が世界中から集まっています。若い方々にも、自分の研究や仕事の中に標準化につながる部分があることを知ってほしい。ISOは非常に学びの多い場ですし、それがより良い社会づくりにつながると感じています。」
| 2001年4月~2005年3月 | 独立行政法人国立環境研究所 社会環境システム研究領域 環境計画研究室 研究員 |
| 2005年4月~2006年3月 | 同所 社会環境システム研究領域 環境計画研究室 主任研究員 |
| 2006年4月~2011年3月 | 同所 社会環境システム研究領域 統合評価研究室 主任研究員 |
| 2010年7月~2014年11月 | IPCC第二作業部会第五次評価報告書第24章(アジア)の統括執筆責任者 |
| 2011年4月~2012年8月 | 同所 社会環境システム研究センター 持続可能社会システム研究室 主任研究員 |
| 2012年9月~2013年8月 | 英国オックスフォード大学環境変化研究所シニア客員研究員 |
| 2014年4月~2016年3月 | 同所 社会環境システム研究センター 環境都市システム研究室 室長 |
| 2016年4月~2018年11月 | 国立研究開発法人国立環境研究所 気候変動戦略連携オフィスリーダー |
| 2016年4月~2025年4月 | ISO/TC 207(環境管理)/SC 7(温室効果ガス及び気候変動マネジメント及び関連活動)対応国内委員 |
| 2016年4月~現在 | 東京大学大学院新領域創成科学研究科 環境システム学専攻 客員教授 |
| 2017年1月~2018年10月 | IPCC 1.5℃特別報告書第3章代表執筆者 |
| 2017年1月~2020年5月 | ISO/TC 207/SC 7/WG 12(適応計画)コンビーナ(ISO/TS 14092(気候変動適応—地方自治体とコミュニティの適応計画に関する要件及び指針)開発) |
| 2017年1月~現在 | ISO/TC 207/SC 7エキスパート |
| 2018年4月~現在 | 気候変動適応対応分科会委員 |
| 2018年12月~2023年3月 | 同所 気候変動適応センター 副センター長 |
| 2020年12月~現在 | 地域の気候変動適応推進のためのタスクフォース 委員長 |
| 2023年4月~現在 | 同所 気候変動適応センター センター長 |
| 2024年8月~現在 | ISO/TC 207/SC 7/WG 12コンビーナ再任(ISO 14092開発) |
| 2024年9月~現在 | UNFCCC(United Nations Framework Convention on Climate Change:国連気候変動枠組条約)の「指標に関するUAEベレン作業計画」を支援する専門家 |
最終更新日:2026年2月3日