経済産業大臣表彰(標準化・ルール形成戦略部門) 河内 幾生(かわうち いくお)氏
富士フイルムホールディングス株式会社 知的財産部国際標準化推進室
再生医療分野における規格群の標準化を主導
これまでの医療技術では困難だった疾病を克服できる可能性があることから再生医療が脚光を浴びている。しかし生きた細胞を利用するため、その製造や品質評価などにおいて、一般の工業製品にはない難しさがある。この分野を産業として確立するために、製造方法や特性評価、分析方法などの標準化に携わってきたのが経済産業大臣表彰(標準化・ルール形成戦略部門)を受賞した富士フイルムホールディングスの河内幾生氏だ。
河内氏は、2018年に再生医療イノベーションフォーラムに参画し、2019年に標準化委員会委員長に就任した。以来、再生医療分野において、異業種を含む多様なステークホルダーの強化と産業基盤の確立を目指し、規格群の整備及びそれらの活用を促進する取組を主導してきた。細胞加工製品の製造に係るマネジメントシステムに関するJIS制定において、原案作成やコンセンサス形成等を実現し、さらに、JISへの自己適合宣言を実施した組織のリストを公開する仕組みを構築した。また、周辺産業の製品・サービスに対する国際規格に基づく認証制度(FIRMマーク認証)を構築し、運営している。また、治療手段の一つとして期待されている細胞外小胞や、動物実験代替及び薬物評価の予測精度向上が期待される生体模倣システムに関する規格開発をISO/TC 276(バイオテクノロジー)におけるプロジェクトリーダーとして推進している。

2025年6月にオーストラリア・ケアンズで開催された
ISO/TC 276国際会議の参加メンバー(写真中央奥が河内氏)
「標準化の目的は、ISO/IEC Guide 2の定義によると『与えられた状況において最適な秩序を達成すること』と記載されています。この目的を理解することは標準化活動を行うにあたり、とても重要です。このことを正しく理解した上で標準化活動について考えると、『あるべき姿と現状、そしてそのギャップを整理することで課題を明確にして、より適切な解決策を考えて文書化すること』という極めてシンプルな活動であると認識することができます。」
再生医療分野は、治療製品製造者だけではなく、患者、医療機関、周辺産業、規制当局、アカデミアなど多くのステークホルダーが関わるため、細胞の採取から製造、流通、臨床応用、規制、実用性など、再生医療分野全体での連携が実用化と普及の鍵を握っている。そのため、標準は個々の活動だけでなくステークホルダー間の共通言語として、コミュニケーションを円滑にすることも目的としている。その中で、認証制度は治療製品製造者と周辺産業の間のコミュニケーションをスムーズにするために役立っている。
標準の活用促進のために第三者認証制度を構築
河内氏は「標準化の必要性を自分自身がよく理解した上で、周囲も理解して取組を進めていくための動機付けが大事です。」という。標準を開発する際には再生医療のプロセス全体を俯瞰し、標準化ニーズを考慮して開発課題を明確にした。その上で、日本発のテーマに対しては、プロジェクトリーダーを支援し、他国発のテーマに対しては適切な規格となるよう国内委員会メンバーとともに意見提出等の対応を行うことで、活用に値する規格群を整備した。一方、標準の活用促進のために、学会での発表やシンポジウム開催を通じて、標準の重要性を訴えていった。シンポジウムでは、規制当局にもパネルディスカッションに入ってもらい、標準の重要性を一緒に発信できるように工夫した。また、適合性評価として認証制度を構築することで、今まで標準化活動にあまり携わっていなかったメンバーも、自身のビジネスに直接関係する可能性を認識して、特に認証スキーム開発に積極的に参加するようになり、関心を高めることができた。
標準化は、多くの人にとってなじみの少ない分野であり、大学でも多少関心のある教員が授業の中で触れる程度である。「私は学生時代に標準について全く知りませんでした。入社した頃はISO 9001(品質マネジメントシステム)が浸透しつつある状況でしたが、あまり関心はありませんでした。最近は経済産業省が力を入れているので、積極的に活用する企業も増えており、少しずつ状況は変わっていると思います。」

2025年6月、オーストラリア・ケアンズにて開催された
ISO/TC 276/SC 2(生体模倣システム及び臓器チップ)/WG 2(生物学的構成要素)
作業部会会議にてプレゼンテーションを行う河内氏
写真提供:河内幾生氏
ISOについての知識がなくても、日本規格協会が行っているセミナーなどを受講することで、標準についての理解が進み、活動に参加できるようになっていく。「私もセミナーを受けることで少しずつ理解していき、受講内容と実際に取り組んでいることが次第に結び付いていきました。」しかし、難しかったことは認証制度の構築で、教科書になるものを見つけることはできなかった。そこで、ISO/IEC 17065(適合性評価-製品、プロセス及びサービスの認証を行う機関に対する要求事項)やISO/IEC 17067(適合性評価-製品認証の基礎及び製品認証スキームのための指針)といった適合性評価に関わる規格を熟読して理解することから始め、制度の素案を作成した。さらに、経済産業省の国際標準課や日本適合性認定協会にも相談の上、アドバイスや助言を受けながら認証制度を構築していった。
標準を一つのビジネスツールとしてバイオものづくりの技術開発の促進にも期待
8年間の一連の取組を通して、再生医療分野の標準はある程度整備された。一方で遺伝子治療や細胞外小胞などは、治療手段の多様化に向けた研究開発や再生医療技術を応用した創薬支援など応用分野の開発が進みつつある。したがって、今後は日本企業の市場獲得に貢献するための規格開発やその規格の理解、また社会実装に向けた取組も併行して進めていく必要がある。さらに、知的財産戦略本部が打ち出した「新たな国際標準戦略」における戦略領域の一つであるバイオエコノミーに関わるバイオものづくり分野の標準化を推進することも期待されている。「バイオものづくりは特定分野の製品に対するものではなく、非常に多岐の分野の製品に関係します。他方、ものづくりのプロセスは私も参画しているISO/TC 276のスコープであるため、バイオものづくりの技術開発の促進に貢献する規格開発を進めていきたい。」

2025年10月に東京で開催された令和7年度産業標準化事業表彰
特別シンポジウムの受賞者講演で登壇した河内氏
写真提供:河内幾生氏
標準化活動は、誰しも最初はなじみがないが、少しの決まり事を理解することで、誰でも容易に取り組むことができる。「難しく考えず、『与えられた状況において最適な秩序を達成する』という考え方の下、標準を一つのビジネスツールとして一緒に取り組む姿勢が大切です。」
| 1989年4月~現在 | 富士写真フイルム株式会社(現 富士フイルムホールディングス株式会社) |
| 2018年4月~2019年8月 | 一般社団法人再生医療イノベーションフォーラム 標準化委員会 |
| 2018年4月~2022年1月 | ISO/TC 276(バイオテクノロジー)国内委員 |
| 2018年4月~現在 | ISO/TC 276 エキスパート |
| 2019年9月~現在 | 一般社団法人再生医療イノベーションフォーラム 標準化委員会 委員長 |
| 2021年7月~2022年2月 | JIS Q 20387(バイオバンキングの一般要求事項)原案作成委員 |
| 2022年2月~現在 | ISO/TC 276 国内委員長 |
| 2023年7月~2024年2月 | JIS Q 2101(バイオテクノロジー-細胞製造マネジメントシステム)原案作成委員 |
| 2023年10月~現在 | 一般社団法人再生医療イノベーションフォーラム FIRMマーク認証室長 |
| 2024年9月~現在 | ISO/DIS 25347(細胞外小胞の精製における一般要求事項)プロジェクトリーダー |
| 2025年4月~現在 | ISO/CD 25693(物質評価に用いる臓器チップの開発プロセス)プロジェクトリーダー |
最終更新日:2026年1月27日