第Ⅲ部 第1章 ルールベースの国際通商システム

第2節 WTO

本節では、WTO1に関わる最近の動きとして、ドーハ・ラウンド交渉の状況、①ITA(情報技術協定)拡大交渉、②EGA(環境物品協定)交渉、③TiSA(サービスの貿易に関する新たな協定)交渉、④共同声明イニシアティブといったラウンド外のプルリ交渉のほか、WTO改革の必要性、日米欧三極貿易大臣会合での取組、WTO協定の実施と我が国の紛争解決手続の活用を概観する。また、新型コロナウイルスの感染拡大の影響による各国の貿易関連措置、それを受けた自由貿易体制の維持・強化やルールベースの国際通商システムをより強固とする取組の必要性についても見ていく。

1 1930年代にまん延した保護主義が第二次世界大戦の一因となったとの反省から、多国間の貿易自由化を目指し、1948年に、最恵国待遇・内国民待遇を大原則とするGATT(関税及び貿易に関する一般協定)が発効した。GATT締約国は、数次のラウンド交渉を含む8度の多角的交渉を経て、相当程度の関税削減及び関税以外の貿易関連ルールの整備を実現し、1995年には、GATTを発展的に改組してWTO(世界貿易機関)を設立した。現在164か国が加盟するWTOは、①交渉(ラウンド交渉などによるWTO協定の改定、関税削減交渉)、②監視・透明性(多国間の監視による保護主義的措置の抑止)、③紛争解決(WTO紛争解決手続による貿易紛争の解決)の機能を有し、多角的な貿易を規律する世界の貿易システムの基盤となっている。具体的には、①WTOの交渉機能については、2001年、WTO設立後初のラウンド交渉として「ドーハ開発アジェンダ」が立ち上げられ、現在に至るまで交渉が継続されている。ラウンド交渉が進まない中、ITA拡大交渉のほか、EGA(環境物品協定)交渉や新たなサービス貿易協定交渉といった有志国による個別ルール・分野ごとの複数国間交渉(プルリ交渉)が積極的に行われてきた。②WTOの監視・透明性機能は、保護主義を抑止し、自由貿易体制の維持に重要な役割を果たしている。③WTOの紛争解決機能は、二国間の貿易紛争を政治化させることなく中立的な準司法的手続によって解決するシステムである。WTOにおいて、協定(ルール)の実施に係る紛争解決手続が有効に機能しており、新興国を含め、紛争解決手続の活用件数が増加している。我が国もルール不整合である他国の措置による自国の不利益を解消し、先例の蓄積によってルールを明確化させることを目指し積極的に活用している。

1.WTO全体の動向

2001年にカタールのドーハで行われた第4回WTO閣僚会議においては、WTO設立後初のラウンド交渉として途上国の要求に配慮する形でドーハ開発アジェンダ(以下「ドーハ・ラウンド」)が立ち上げられた。同ラウンドは農林水産物や鉱工業品の貿易のみならず、サービス貿易の自由化に加え、アンチ・ダンピングなどの貿易ルール、貿易と環境、開発のほか、ルール作りを検討すべき分野として投資、競争、貿易円滑化なども含んでいた(第Ⅲ-1-2-1表)。

第Ⅲ-1-2-1表 ドーハ・ラウンド一括受託の交渉項目と主要論点2
ドーハ・ラウンド一括受託の交渉項目と主要論点の表

その後、第10回WTO閣僚会議(MC10)における成果につき、加盟国で検討が進められたが、14年間の長期の交渉にも関わらず十分な成果を出せていないドーハ・ラウンド交渉に代わる「新たなアプローチ」が必要であるとする先進国と交渉継続を主張する途上国の間での見解の懸隔が明らかになった。また、グローバルバリューチェーンの深化やIT技術など時代の変化に対応するための新たな課題についても、米、EU、日本等の先進国と新たな課題への取組に慎重な姿勢を示すインド、中国等の途上国の間で意見は対立した。

また、MC10においては、農業の輸出競争(輸出補助金撤廃、輸出信用の規律強化等)、開発分野で合意を得るとともに、ITA拡大交渉の妥結をみた(詳細後述)。ドーハ・ラウンドの今後の扱い及び新たな課題への取組については、最終的に見解は一致せず、閣僚宣言にドーハ・ラウンド交渉についての双方の主張が両論併記され、時代に即した新たな課題への取組を求める国があることも明記された。

MC10以降の議論では、2016年のG7首脳宣言、G20、APECの各首脳会合、貿易担当大臣会合の宣言文に見られるように、新たな課題への取組の重要性が引き続き取り上げられた。新たな課題としては、中小企業、投資及びグローバル・バリューチェーン(GVC)等もあるが、各国の関心が特に強いものは、電子商取引であった。2016年7月のWTO電子商取引特別会合では、多くの国から電子商取引に関する論点や必要と考えるルールについて提案が出され、我が国からも提案を行った。他方、交渉の進展を警戒する新興国・途上国からは、開発に焦点をあてた主張が展開され、議論は停滞した。2017年1月にダボスで開催されたWTO非公式閣僚会合では、第11回定期閣僚会議(MC11)に向けて、実現可能な分野について、具体的で的を絞った議論を始めるべきとの意見が多数を占めた。しかしながら、その後に、MC11に向けた調整が本格化しても、各論点における議論の収斂はなかなか見られなかった。ドーハ開発アジェンダに関しても、農業の国内支持と公的備蓄、漁業補助金等での合意を目指し議論が続けられた。電子商取引、中小企業等の新たな課題の分野では、依然として途上国の一部を中心として議論を進めることに強い警戒感がみられた。主要分野では大きな前進がないままMC11を迎えることとなった。

MC11は2017年12月にアルゼンチンのブエノスアイレスで行われた。成果文書については、閣僚会議の最終日まで参加閣僚による交渉が行われたが、閣僚宣言はまとまらず、議長声明の発出にとどまった。また、農業についても、今後の交渉の進め方を含め合意を得ることはできず、先進国、途上国等立場が異なる多くの国の全会一致による合意の難しさが閣僚会議の場においても示された形となった。そうした中でも、各加盟国からはWTOに関与し続ける姿勢は示され、全加盟国での目立った成果は出せなかったものの、漁業補助金について、第12回定期閣僚会議(MC12)に向けて議論を継続することとなった(第Ⅲ-1-2-2図)。

第Ⅲ-1-2-2図 ドーハ・ラウンド交渉の経緯
ドーハ・ラウンド交渉の経緯の図

また、電子商取引、中小企業(MSMEs)、投資円滑化といった今日的課題について、今後のWTOにおける議論を後押しする有志国の共同声明が発出された。特に、電子商取引については我が国の主導により、豪州、シンガポールと共に、WTOにおける電子商取引の議論を積極的に進めるべきとの意思を共有する国を集めた有志国閣僚会合を開催し、米国やEUを始め、先進国から途上国まで全71ヵ国・地域が参加する共同声明の発出に至った。全加盟国での合意形成の難しさが改めて明らかになる一方、分野ごとに有志国で交渉を主導していく新たなアプローチの方向性が示され、MC11は閉幕した。

なお、本閣僚会議のマージンで、日本の呼びかけにより、世耕経済産業大臣(当時)、マルムストローム欧州委員(貿易担当)(当時)及びライトハイザー米国通商代表(当時)により日米欧三極貿易大臣会合が開催された。グローバルな競争条件平準化の確保のため、第三国による市場歪曲的措置の排除に向けた、三極間協力の拡大に合意する共同声明を発出した(後述)。

2 ラウンド立ち上げ当初は、投資、競争、貿易円滑化、政府調達の透明性のいわゆる「シンガポール・イシュー」が検討の対象として含まれていたが、カンクン閣僚会議で貿易円滑化のみにつき交渉を始めることとされた。

2.ITA(情報技術協定)拡大交渉

第10回WTO閣僚会議(MC10)の重要な成果の一つがITA(情報技術協定)の拡大交渉の妥結であった。201対象品目の全世界年間貿易額約1.3兆ドルは総貿易額の約10%を占める規模であり、2016年7月1日から関税撤廃が順次開始されており、2024年1月には全品目の関税が完全に撤廃される。

(1)拡大交渉の背景

ITA拡大交渉に先行して合意されたIT製品の関税撤廃に関するITA(情報技術協定)は、1996年12月のシンガポールWTO閣僚会議の際に日米EU韓など29メンバーで合意され、1997年に発効した。その後の参加国拡大の結果、2020年3月末現在、ITA対象製品の世界貿易総額の97%以上を占める82メンバー(中国、インド、タイが含まれているが、メキシコ、ブラジル、南アフリカ等は未参加)が協定に参加している。ITAは世界貿易総額の約15%(5.3兆ドル(2013年))の関税撤廃に貢献している。主な対象品目は、半導体、コンピュータ、通信機器、半導体製造装置等である。

ITA協定の発効からの技術進歩を受け、ITA協定の品目リスト拡大と品目リストの対象範囲の明確化に対する各国産業界からの期待の高まりもあり、新たにITAの対象とする品目リストの拡大や、対象品目の明確化を目的として、2012年5月にITA拡大交渉が立ち上げられた。

(2)拡大交渉妥結までの経緯

交渉立ち上げ以降、月に1回の頻度で交渉会合がジュネーブで開催され「品目候補リスト」の作成が進み、2012年秋からは、フィリピン、シンガポール、中国が参加し、品目候補の絞り込みが始まったが、中国が多くの対象品目の除外を主張したため、交渉はしばしば中断された。

2014年11月のAPEC北京首脳会議の際に行われた米中首脳会談における米中間の対象品目合意の後、2015年7月、交渉参加メンバーは拡大対象品目201品目(新型半導体、半導体製造装置、デジタル複合機・印刷機、デジタルAV機器、医療機器等)に合意し、同月、関税撤廃期間や実施スケジュール等の合意に関する宣言文とともに、WTO一般理事会で報告・公表された。

同年9月からは、我が国がITA拡大交渉の議長を務め、個別の対象品目の関税撤廃期間等に関する交渉を行った。そして、2015年12月、ケニア・ナイロビで開催された第10回WTO閣僚会議(MC10)において、林経済産業大臣が議長を務め、対象品目の世界貿易額の90%以上をカバーする、53メンバー(EU加盟国28か国を含む)で交渉妥結に至った。

201対象品目の全世界貿易額は年間1.3兆ドルを上回り、世界の貿易総額の約10%に相当し、自動車関連製品が世界貿易に占める割合4.8%を大幅に上回る規模である。日本からの201対象品目の対世界輸出額は約9兆円と総輸出額約73兆円の約12%を占め、関税削減額は約1700億円と試算される。

3.EGA(環境物品協定)交渉

(1)議論の背景

2001年のドーハ閣僚宣言において、「環境関連物品及びサービスに係る関税及び非関税障壁の撤廃及び削減」に関する交渉の立ち上げと、貿易と環境に関する委員会特別会合(CTESS)の設置が盛り込まれたことを受け、CTESSにおいて関税削減・撤廃の対象となる環境物品リストに関する議論が行われてきた。

その後、ドーハ・ラウンド交渉が停滞する中、APECに場を移して環境物品の関税削減・撤廃が議論された。2011年11月のAPECホノルル首脳会議で、2015年末までに対象物品の実行関税率を5%以下に削減する旨合意され、2012年9月のAPECウラジオストク首脳会議で、その対象品目として54品目に合意した。

(2)交渉立ち上げまでの経緯

APECで環境物品54品目の関税削減が合意されたことを受け、2012年11月、環境物品の自由化推進国・地域で形成する「環境フレンズ」メンバー(日本、米国、EU、韓国、台湾、シンガポール、カナダ、豪州、ニュージーランド、スイス、ノルウェー)は、WTOでの今後の環境物品自由化の交渉の進め方について議論を開始した。

その後、2013年10月のAPECバリ首脳会議で、APEC環境物品リストを基にWTOで前進する機会を探求する旨合意したことを受け、ジュネーブにおける議論が加速した。2014年1月、ダボスのWTO非公式閣僚会合の開催にあわせ、有志の14メンバー(日本、米国、EU、中国、韓国、台湾、香港、シンガポール、カナダ、豪州、ニュージーランド、スイス、ノルウェー、コスタリカ)は、WTOにおけるEGA(環境物品協定)交渉の立ち上げに向けた声明を発表した。

2014年7月、有志の14メンバーでEGA交渉を立ち上げ、APECで合意した54品目より幅広い品目で関税撤廃を目指すことを確認した。

(3)交渉の現状

2014年7月以降、2か月に1~2回程度のペースで交渉会合がジュネーブで開催され、各メンバーからの要望品目の積み上げ作業が行われた。

2015年4月以降、積み上げが行われた品目について、環境クレディビリティの観点から議論が行なわれ、対象品目の絞り込み作業が進められた。

2015年11月の交渉会合では、同年12月のケニア・ナイロビで開催された第10回WTO閣僚会議(MC10)での品目合意を目指し議論が行われたものの、結局合意には至らなかった。交渉参加メンバーは、2015年1月にはイスラエル、5月にはトルコとアイスランドが加わり、2019年3月末時点で46か国・地域(EU28か国を含む)が参加している。

2016年9月のG20杭州サミット首脳宣言において、EGA交渉の「着地点」到達を歓迎し、年内妥結に向けた努力を倍増するとされたことを踏まえ、同年12月に妥結を目指し閣僚会合を開催したが、対象品目に関する立場の懸隔が埋まらず、妥結には至らなかった。

今後の交渉スケジュールは未定だが、我が国としては、2017年8月に経済産業省が北京でEGA北京シンポジウムを主催するなど早期交渉再開のモメンタム醸成に取り組んでおり、日本企業の競争力強化、地球環境問題への貢献、交渉の場としてのWTOの再活性化という観点から、引き続き交渉の早期妥結を目指し、本交渉の推進に、関係国と連携しつつ積極的に取り組んでいく。

4.TiSA(サービスの貿易に関する新たな協定)交渉

1995年のGATS発効から長期間が経過し、この間にインターネットの普及を始めとする技術革新の影響を受け、サービスの提供・消費の態様が大きく変化してきていることを背景に、WTOにおいても状況変化に対応した約束表の改訂や新たなルールの策定が求められてきた。しかしながら、ドーハ・ラウンドが膠着し、急速な進展が見込めない状況となり、各国はFTAやEPAの締結等を通じてサービス貿易の自由化を推進してきた。

こうした中、2011年12月の第8回WTO閣僚会議(MC8)の結果を受け、2012年初頭から、「新たなアプローチ」の一環として、有志国・地域によるサービス貿易自由化を目的とした新たな協定の策定に関する議論が開始された。我が国を含む有志国・地域は、自由化の約束方法、新たなルールなど、21世紀にふさわしい新たなサービス貿易協定に向けた議論を重ね、2013年6月に本格的な交渉段階に移ったことを確認する共同発表を行い、交渉を継続してきた。2015年6月、2016年1月、6月及び10月には非公式閣僚会合が開催され、先進的な新協定を2016年末までに策定することを目標に交渉が加速化された。2016年12月に開催された交渉会合において、各交渉参加国・地域は、年内の実質合意は困難になったものの、翌年以降の早期妥結に向けて引き続き連携していくことで一致したが、その後交渉再開には至っていない。2016年12月末時点のメンバーは、23か国・地域(日本、米国、EU、豪州、カナダ、韓国、香港、台湾、パキスタン、イスラエル、トルコ、メキシコ、チリ、コロンビア、ペルー、コスタリカ、パナマ、ニュージーランド、ノルウェー、スイス、アイスランド、リヒテンシュタイン及びモーリシャス)である。

5.共同声明イニシアティブ

(1)電子商取引交渉

MC11で発出された共同声明にもとづき、2018年3月から、将来のWTO電子商取引ルールに含まれるべき要素について議論を行う探求的作業が開始された。同年12月までに、110以上の加盟国が参加し9回会合が開かれ、電子署名、電子決済、オンラインの消費者保護、データ流通等幅広い論点について議論が行われた。2019年1月、スイス(ダボス)において、日本は、豪州、シンガポールとともに、WTOの電子商取引に関する非公式閣僚級会合を主催した。同会合で各国代表は、WTOにおけるルール作りの意義等について意見交換を行い、会合後、国際貿易の約90パーセントを代表する76の加盟国で、電子商取引の貿易側面に関する交渉を開始する意思を確認する共同声明を発出した。同年6月、G20大阪サミットの機会に、安倍前総理大臣が「デジタル経済に関する首脳特別イベント」を主催し、トランプ前大統領、ユンカー欧州委員会委員長(当時)、習近平中国国家主席など27か国の首脳及びWTOを始めとする国際機関の長が出席した。「大阪トラック」を立ち上げる旨の「デジタル経済に関する大阪宣言」が発出され、WTO電子商取引共同声明イニシアティブに参加する78か国・地域とともに、WTO電子商取引交渉について、MC12までに実質的な進捗を得ることを目指すことに合意した。2020年12月には、これまでの成果を統合交渉テキストとして取りまとめ、共同議長報告を公表。特に、データ関連規律について、高い水準かつ商業的に意義のある成果のための鍵として、2021年前期から議論を強化することが明記された(2021年3月現在、86加盟国が参加)。

(2)投資円滑化交渉

現在、包括的な投資に関するルールを定めた多国間協定は存在せず、二国間投資協定や経済連携協定で対応している。

2017年12月のMC11で、有志国による閣僚共同声明を発出(日本、EU、中国を含む70加盟国が参加。米国は不参加)した。当該閣僚声明を受け、開発のための投資円滑化に関するオープンエンド交渉会合(以下、オープンエンド交渉会合)にて、全WTO加盟国・地域が参加するマルチの枠組み作りを目指すとの前提で、投資に係わる措置のうち、①透明性・予見可能性等の向上、②事務手続の簡素化・迅速化、③情報共有等の連携、④開発途上国の特別待遇等について議論している。

2019年11月、上海WTO非公式閣僚会合にて「開発のための投資円滑化に関する有志国会合」が開催され、我が国を含む有志国92か国がMC12での具体的な成果を目指すとの閣僚共同声明を発出。その後2020年9月からオープンエンド交渉会合が開始され、非公式統合テキストに基づく逐条議論が行われている。(2021年5月現在、104加盟国・地域が参加)。

(3)中小零細企業(MSMEs)の貿易促進

2017年12月のMC11で、88ヵ国の賛同を得て、中小企業(MSMEs:Micro, Small and Medium-sized Enterprises)の貿易促進を目的とする有志国会合が立ち上げられた。

MSMEsの貿易に関する障壁を低減し、負担を緩和するために、具体的には、WTO貿易政策レビュープロセスを通じたMSMEsに係る統計や政策情報の提供の推奨、関税率・非関税措置・原産地規則・貿易手続等の情報のプラットフォームへの集積促進、貿易円滑化協定の完全な実施による透明性向上およびキャパシティビルディング・技術支援の推奨、MSMEsの貿易金融アクセス向上に資するキャパシティビルディングや情報共有といった分野について、MC12において、マルチでの行動計画を確立すべく議論を行っている(2021年3月現在、91加盟国が参加)。

(4)サービス貿易に関する国内規制ルール交渉

サービス貿易協定(GATS)第6条4項は、サービス提供のために許可が必要な場合には資格要件、資格の審査に係る手続、技術上の基準及び免許要件に関する措置がサービス貿易に対する不必要な障害とならないようにするため、ビルトイン・アジェンダとして国内規制ルールの作成を規定している。

1999年以降、国内規制作業部会(WPDR)においてルール交渉を続けてきたが、加盟国の立場の違いから交渉が膠着。2017年12月のMC11では、全加盟国の合意を達成するため、有志国において交渉の継続を確認する有志国閣僚声明を発出した。MC11以降、有志国によるオープンエンドの関心国会合を継続的に開催しており、テキスト案の合意を目指している(2021年3月現在、63加盟国が参加)。

6.WTO改革の必要性

1995年にWTOが設立されてから四半世紀が経過し、その間の新興国の台頭や産業構造の変化により、WTOは現状の貿易を取り巻く問題に十分に対応できていないとの批判があり、一部の国による一方的な貿易制限措置や対抗措置の誘因の一つになっている。このため、保護主義を抑止し、自由で開かれた貿易体制を維持するためにも、WTOの機能改善に向けた「WTO改革」の機運が高まっている。

WTOは、①交渉、②紛争解決、③監視・透明性の3つの機能を有している。

① 交渉機能について、ドーハ・ラウンド交渉立ち上げから既に20年近く経過しており、新興国の台頭等から、全加盟国による全会一致(コンセンサス)の原則の下でのルール形成は困難な状況となっている。このため、(5)で詳述したとおり、経済のデジタル化といった現在の世界経済に即した分野(例:電子商取引)でのルール形成を有志国で進めていく等、交渉機能向上に向けて取り組んでいる。また、昨年11月、環境への関心の高まりを背景に、MC12に向け、日本を含む50か国以上が貿易と環境問題に関する様々な論点を議論していく提案を行い、本年、WTOにおける事務レベルの議論を開始した。本年3月、日本より、温室効果ガス削減に資する製品・技術の普及を円滑化するため、関税撤廃や規制面に関するルール作り等を柱に置いた提案をWTOに行ったところであり、関心国と議論を行っていく。

② 紛争解決機能について、小委員会(パネル)、上級委員会の二審制がWTOにおいて導入されている。上級委員会は、紛争解決機関(DSB)に設置された、「小委員会(パネル)が取り扱った問題についての申立てを審理する」常設機関であり、「7人の者で構成するものとし、そのうちの3人が一の問題の委員を務める」とされている。通常、上級委員の任期終了前に、次の委員の選任が行われるが、2017年6月以降、DSBにおいて、上級委員選任プロセスを開始するためのコンセンサスが形成されていない。これにより、次々と委員が任期を終える一方で、新たな委員の選任がなされない状況が続き、2019年12月には残る上級委員が1名となり、新たに審理を行うことができない状態となっている。なお、2020年11月には、残っていた最後の1名の任期も切れ、上級委員は現在空席となっている。上級委員会がWTO協定に定められた(加盟国の)権利・義務を追加・縮減していると批判を強めている米国の問題意識も踏まえ、2019年1月より、ウォーカーNZ大使(DSB議長)がファシリテーターとなり、上級委員会の機能を改善するための解決策(「ウォーカー原則」)の採択が目指されたが、一部加盟国の反対により採択には至らなかった。

③ 監視・透明性機能について、加盟国が貿易に影響を与える措置(補助金等)を導入した際に、WTOに通報する義務が各協定において規定されているが、この通報義務が遵守されていない場合も多い。貿易に悪影響を及ぼす措置の透明性を改善するため、通報義務を適切に履行させることを通じた、より効果的な監視メカニズムの構築に向けた議論が行われている。

一部の加盟国からは、途上国地位(特別かつ異なる待遇)の在り方について議論が提起されている。WTO協定上、発展途上国は、「特別かつ異なる待遇」(協定上の義務の一部猶予、補助金削減目標の緩和、技術的支援等)を受けることができる。しかし、WTOには、これらの待遇の対象となる途上国について明確な基準が無く、各国の自己申告により当該待遇を享受できる。経済発展した先進的な途上国に対してもこのような待遇が必要か問題視する意見があり、ブラジル、シンガポール、韓国、台湾、コスタリカは現在・将来の交渉でこのような待遇を求めないことを宣言した。一方、途上国からは、「特別かつ異なる待遇」は途上国の発展に不可欠であるとの主張がなされており、引き続き議論が行われている。

7.日米欧三極貿易大臣会合

日米欧の三極が、第三国による市場歪曲的な措置に共同対処するため、2017年12月、日本の世耕経済産業大臣(当時)が呼びかけ、米国のライトハイザー通商代表(当時)、EUのマルムストローム欧州委員(貿易担当)(当時)の参加により、ブエノスアイレスでのMC11のマージンで初めて三極貿易大臣会合を開催した。

直近では、2020年1月にワシントンDCで第7回会合が開催され、梶山経済産業大臣、ライトハイザー米国通商代表(当時)、ホーガン欧州委員(貿易担当)(当時)が参加。産業補助金ルール強化、強制技術移転、市場志向条件、WTO改革(通報制度改革・電子商取引等)について議論。産業補助金ルールについて新たな禁止補助金の追加等の具体的な内容等に合意するとともに、強制技術移転の規律強化について今後の議論の方向性に合意する共同声明を発出した。

8.WTO協定(ルール)の実施

WTO協定は、加盟国・地域間に通商摩擦・紛争が生じた際に、ルールの解釈・適用を通じてその解決を図る紛争解決手続に係る規律を備えている。この紛争解決手続による措置の是正勧告は、履行監視手続や履行されない場合の対抗措置等も用意されており、履行率が高く実効性が高いものとなっている。また、通商摩擦を政治問題化させずに解決することができるという点でも有益である。1995年のWTO発足以来、紛争解決手続が利用された案件は600件(2021年3月現在。協議要請が行われたがパネル設置に至らなかったものを含む。)に上っている。

我が国が当事国としてWTO紛争解決手続に付託している案件のうち経済産業省が関与して、解決を図っている最近の事例の詳細は、下記を参照されたい。

(1)韓国の日本製空気圧伝送用バルブに対するアンチ・ダンピング措置

2014年2月、韓国政府は我が国からの空気圧伝送用バルブの輸入に対するアンチ・ダンピング(AD)調査を開始し、2015年8月に課税措置が開始された。

本措置は、ダンピングによる国内産業への損害及び因果関係の認定等に関し、アンチ・ダンピング協定に違反する可能性があるため、2016年3月、我が国は、韓国に対して協議要請を行い、同年7月、パネル設置を要請した。以後、パネル・WTO上級委員会において審理が行われた。

2019年9月に発出された上級委員会(最終審)報告書では、日本製品の輸入が韓国産バルブの価格低下圧力をもたらしたのか適切な説明がない(AD協定第3.1条・第3.2条違反)、秘密情報の取扱いに不備がある(AD協定第6.5条・第6.5.1条違反)等と判断し、韓国に対し当該措置の是正を勧告した。同年10月、韓国は履行の意思を表明し、日本との間で、違反措置について、2020年5月30日までに是正することで合意した。2020年5月に、韓国は協定不整合であった部分を是正した上で、課税を継続するとしつつ、本件AD措置の当初期間が満了する同年8月に終了することを発表した。同年8月、当初の発表のとおり、本件AD措置を撤廃した。

(2)韓国の日本製ステンレス棒鋼に対するアンチ・ダンピング措置

2016年6月、韓国政府は、日本からのステンレススチール棒鋼に対する第3次サンセットレビューを開始し、2017年6月、3年間課税措置を延長する旨の決定をした。

本措置は、日本産品が韓国産品やインド産品と競争関係にない可能性や、中国等第三国産品の輸入が増加している点を考慮せず、日本産品に対する課税を継続しなければ損害が再発する可能性があると認定しており、AD協定に違反する可能性がある。

我が国は、2018年6月、韓国に対して協議要請し、同年9月、パネル設置を要請した。以後、パネルにおいて審理が行われた。

2020年11月に発出されたパネル報告書は、日本産輸入品が韓国産品より相当程度高価であることや中国等からの低価格輸入が大量に存在していることが適切に考慮されていないため、日本産輸入品に対するAD課税の撤廃により、韓国国内産業への損害が再発する可能性があるとする認定に瑕疵があり、AD協定第11.3条に違反すると判示した。

2021年1月、韓国は、WTO上級委員会に上訴した。

我が国としては、本件がWTOのルールにしたがって適切に解決されるよう、引き続き必要な手続を進めるとともに、日本企業への不当な課税が継続されないよう、韓国に対し、本報告書の勧告に従い、本件措置を誠実かつ速やかに是正することを求めていく。

(3)インドのIT製品に対する関税引上げ措置

2014年7月以降、インド政府は、自国のWTO協定譲許表において無税としている一部のIT製品(携帯電話、基地局、通信機器、電話機・通信機器部品等)について、予算法案(並びにその後の予算法)及び関連通達により10~20%の関税引上げ措置を導入した。直近では、2020年2月の予算法案及び関連通達でさらに電話機・通信機器部品の一部を引上げた。

インドは、同国のWTO協定譲許表において、当該IT製品の譲許税率を無税と定めているにもかかわらず、それを超える関税を賦課しており、譲許税率を超えない関税率の適用を義務づけるGATT第2条に違反する可能性がある。

我が国は、前出の品目について、2019年5月にWTO紛争解決手続に基づく協議要請を行い、インドと二国間協議を実施した。しかしその後も、インド側からは、状況の改善に向けた見通しが示されなかったため、2020年3月に、我が国はパネル設置を要請し、同年7月にパネルが設置された。現在パネル審理手続が係属中である。

9.新型コロナウイルス感染症の影響を受けた各国の貿易関連措置とWTOの取組

2020年3月頃からの新型コロナウイルス感染症の世界的な拡大により、世界経済が再び保護主義に傾く懸念が高まっている。先進国を含む少なくない国が、人工呼吸器・防護服・手術用マスクといった医療行為上重要な製品や医薬品等について、国内向け販売数量枠の設定や販売価格規制、国内での流通を確保するための輸出規制といった貿易制限的措置を行っている。自国の国民を守る目的で行われる緊急措置は、WTO協定上一定の例外・適用除外が規定されているため必ずしも直ちにWTO協定不整合とはならないものの、例外・適用除外が濫用されてはならず、自由で開かれた貿易・投資環境を維持するためには、不必要な貿易介入は抑制されるべきである。

新型コロナウイルス感染症に協調して対処するため、首脳・閣僚のレベルで政治的なコミットメントが行われている。特に、2020年3月30日に開催されたG20貿易・投資大臣臨時会合の閣僚声明では、「新型コロナウイルスに対処するための緊急的な措置は、必要と認められる場合において、的を絞り、目的に照らし相応かつ透明性があり、一時的なものでなければならず、貿易に対する不必要な障壁又はグローバル・サプライチェーンへの混乱を生じさせず、WTOのルールと整合的であるべき」ことに合意した。また、5月には、日本を含む42の加盟国で「新型コロナウイルスと多角的貿易体制に関する閣僚声明」を発出。G20貿易・投資大臣臨時会合で緊急時の貿易措置に関する指針に加え、上級委員会問題の永続的な解決を含むWTO改革に引き続き取り組むことを表明した。

さらに、透明性を確保する観点から、新型コロナウイルス感染症対応のため導入された貿易関連措置について情報提供するよう、アゼベド前事務局長から加盟国に対して要請がなされ、「貿易関連政策の進展に関するモニタリング報告書」の中で公表予定である。また、WTO事務局にて各国措置の情報を取りまとめ、ホームページ上で随時公表・更新している。

なお、新型コロナウイルス感染症対策のうちWTO協定に関連する動向としては他にも、医薬品等へのアクセス改善を目的とする、医療関連物資(医薬品・医療機器等)の関税引下げ・撤廃(NZや星が関税撤廃を一方的に約束、EUが関税自由化交渉の立ち上げに言及)や、治療薬等の特許に対する強制実施許諾(TRIPS協定31条)を極度の緊急事態の場合に迅速に認めるための国内措置・方針の設定(独・加等)がある。

自国優先・保護主義的措置の抑制を図るため、更なる透明性確保や緊急時対応の在り方を含むルール形成に向け、WTO含めた様々な場において議論を進めていくことが必要である。

そのため、同6月のオタワグループ閣僚級会合では、現在及び将来の危機に備え、医療関連製品の貿易円滑化に向けた検討を進めることに合意した。同11月のオタワグループ閣僚級会合で、必要不可欠な医療関連物資を確保するために各国が取るべき行動として、輸出規制の規律強化、コロナ関連の必需品の関税削減・撤廃への努力(関税撤廃・削減の範囲や実施方法は各国が自由に決定)、貿易円滑化に関する基準分野でのベストプラクティスの共有、コロナショックに対処するための貿易関連措置の透明性向上等を盛り込んだ「貿易と健康イニシアティブ」を取りまとめ、翌12月の一般理事会に提出、今後閣僚宣言案としての採択を目指している。

なお、新型コロナ感染症に関連するWTOにおける他の取組としては、2020年10月、インド及び南アフリカ3からTRIPS理事会に対し、新型コロナウイルス感染症の予防、封じ込め及び治療のために、同感染症対策関連の医療品(治療薬、ワクチン、診断キット、マスク、人工呼吸器等)へのタイムリーなアクセスを可能とすることを目的として、TRIPS協定上の一部の義務(著作権、意匠、特許、非開示情報の保護と、それらの権利行使に関する義務)を当面免除することを一般理事会において決定すべき旨の提案がなされている。同年10月の通常会合以降、累次の公式及び非公式のTRIPS理事会が開催され、依然として議論は継続中である。共同提案国、尼、スリランカ等の賛成国に対し、我が国、米国、EU、英国、加、豪、伯、智、エクアドル等は、知的財産保護の重要性を主張し、懸念を表明している。これらの加盟国・地域からは、例えば①知的財産はワクチン・治療薬等へのアクセスの障害とはなっていない、②ワクチン等の生産には開発企業による営業秘密・ノウハウの技術移転が不可欠なところ、仮に知的財産の保護義務を免除したとしても、各国での自主的な生産は困難であり、むしろ企業間の円滑な技術移転に逆効果、③将来のパンデミックに備えるためにも研究開発を促す知的財産の保護は重要、等の主張がなされている。また、少なくない数の国が立場を保留しており、合意の見通しは立っていない(2021年3月時点)。

3 2021年3月時点で、インド、南アフリカに加え、ケニア、エスワティニ、パキスタン、モザンビーク、ボリビア、ベネズエラ、モンゴル、ジンバブエ、エジプト、LDCグループ、アフリカグループ及びモルディブが共同提案国入りしている。

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