第3節 先進国の金融政策正常化に伴う新興国経済への影響
1.新興国の経済財政の健全性と資金フロー・通貨価値への影響
新型コロナウイルスの感染拡大の影響により、2020年前半に、多くの国において、株価の急落、個人消費の減少、失業率の上昇等、経済・金融面での大きな落ち込みが見られた。米国では、経済を下支えするために、連邦準備制度理事会(FRB)により二度の緊急利下げや米国債及び住宅ローン担保証券を買い入れる量的緩和策が実施された。大規模な財政出動やワクチン接種の普及等の効果もあり、米国経済の回復が進んだことを受けて、2021年11月からは、米国金融政策の正常化に向けた取組が開始された。英国やカナダなど他の先進国においても、金融政策の正常化に向けた動きが見られる。新興国と先進国との金利差が縮小すると、相対的に金利が上昇した先進国への資金移動が促され、新興国から資金が流出することで通貨安となる。こうして引き起こされた新興国の通貨安は、新興国発行の外貨建て債務の返済負担増や、輸入価格の上昇を通じてインフレの加速につながり、新興国経済に悪影響を及ぼすことが懸念される。さらに、本年2月からのロシアによるウクライナへの侵略の影響で、資源価格の高騰が更に加速しており、インフレの悪化とそれに伴うコロナショックからの経済回復の停滞が危惧されている。本節では、米国を始めとする先進国の金融政策正常化が資金フローの変化を通じて新興国経済に与える影響を考察する。
(1)米国の金融政策正常化
新型コロナウイルスの感染拡大による経済の落ち込みを受けて、FRBは、2020年3月の連邦公開市場委員会(FOMC)において、政策金利であるフェデラルファンド(FF)金利誘導目標の二度にわたる引下げを行い、実質的なゼロ金利政策を導入するとともに、米国債や住宅ローン担保証券の買入れによりFRBの保有資産を増大させることで市場への供給資金を拡大する量的緩和策の実施を決定した(第Ⅰ-1-3-1図)。
第Ⅰ-1-3-1図 米国の政策金利の推移とFRBの保有資産の推移
その後、大規模な財政出動やワクチン接種の普及等により徐々に経済活動の回復が進み、2021年4月のFOMC43で、景気の急激な回復が続くのであれば、将来の会合において資産購入の調整の検討を開始することが適切かもしれないと議論されたこともあり、金融政策正常化の動きに関心が集まった。金融政策正常化に向けた量的緩和の縮小(テーパリング)の開始の条件となる最大雇用と物価安定に関して、物価上昇率は同年夏ごろから長期目標である2%を上回る高水準となった一方、感染力の強いデルタ株のまん延により雇用回復が遅れていた。雇用統計については市場予想を下回ったものの引き続き数値が改善したことから、2022年後半には雇用の最大化を達成できる見込みであるとして、同年11月にFRBは、テーパリングの開始を決定した(第Ⅰ-1-3-2表)。具体的には、毎月1,200億ドル(米国債800億ドル、住宅ローン担保証券(MBS)400億ドル)の買入れペースを、150億ドルずつ(米国債100億ドル、住宅ローン担保証券(MBS)50億ドル)減額し、2022年半ば(6月頃)に資産買入を終了することが決定された44。同年12月のFOMCでは、長期間にわたる高水準のインフレと労働市場の急速な回復を踏まえ、2022年1月から買入れペースの減額幅をさらに拡大し、毎月300億ドルずつ(米国債200億ドル、住宅ローン担保証券(MBS)100億ドル)とテーパリングの加速が決定されたことから、当初の予定より3か月早まり、2022年3月に量的緩和策が終了した。
第Ⅰ-1-3-2表 金融政策正常化に係るFOMCの決定事項概要
2022年3月のFOMCでは、パンデミックに関連した需給の不均衡やエネルギー価格の高騰を背景に長期間にわたり広範囲で高インフレ状態が続いている状況と力強い経済回復を踏まえ、それまで実質ゼロとしていたFF金利の誘導目標を0.25~0.50%へ引き上げることが決定された45。続く同年5月のFOMCでは、FF金利の誘導目標を0.75~1.00%へと2会合連続で引き上げ、保有資産である米国債と住宅ローン担保証券の削減を6月1日から開始することが決定された。
前回(2022年3月)のFOMCでは0.25%の利上げであったが、今回(同年5月)は0.5%と2000年5月以来の大幅利上げとなった。パウエルFRB議長は、今後数回の会合で0.5%ずつの利上げを検討すべきだと会見で発言しており、利上げを急ぐ姿勢が鮮明となった。政策金利の今後の動向について、3月の会合では、2022年末までに1.875%、2023年末までに2.750%の見通し(FOMC参加者が適切と考えるFF金利誘導目標の中央値)としていたが、今回5月の会合と同様の姿勢が継続する場合、次回6月の会合で示される予定の見通しは、上方シフトする可能性が指摘されている。
43 Minutes of the Federal Open Market Committee(2021年4月)
44 Federal Reserve issues FOMC statement(2021年11月)
45 Federal Reserve issues FOMC statement(2022年3月、5月)
(2)過去のテーパリング時に発生した金融市場の混乱
2008年の世界金融危機時にも、経済を下支えするために金融緩和策が講じられていた。2013年5月にバーナンキFRB議長(当時)が議会証言での質疑応答の際に、金融緩和策を正常化するため、テーパリングに言及したことを発端に、金融市場はかんしゃくを起こしたように混乱を示した(テーパータントラム)。
バーナンキ議長発言があった2013年5月22日は2.0%であった米国10年国債利回りは、その後、市場がテーパリングを織り込んでいく形で急上昇し、9月上旬には3%近くまで上昇した(第Ⅰ-1-3-3図)。
第Ⅰ-1-3-3図 米国10年国債利回りの推移
テーパリングに続き、利上げ時期も早まると金融市場が見込んだことから、米国と新興国の金利差が縮小した。これによって、新興国から資金が流出し、急激な新興国通貨安が引き起こされた。下の図は、テーパリングが言及された2013年5月22日を100として新興国通貨為替レート指数の推移を示している(第Ⅰ-1-3-4図)。ベトナムは完全な変動相場制とは異なる46ため一律に比較できないものの、主要新興国は通貨安傾向となっており、特にインドネシアルピア、アルゼンチンペソ、トルコリラ、ブラジルレアルの下落の大きさが目立つ。
第Ⅰ-1-3-4図 新興国通貨の為替レートの推移(2013年テーパータントラム)
46 ベトナムの為替制度は、管理フロート制が採用され、為替変動幅が大きくならないようにベトナム中央銀行により管理される。
(3)米国以外の主要先進国の金融政策正常化の動き
米国だけではなく、他の先進国でも金融政策正常化の動きが広がっている。
欧州では、欧州中央銀行(ECB)が2022年4月の会合で、景気刺激の観点から2014年6月以降0.00%としている政策金利(主要リファイナンス・オペ金利)を据え置く一方で、3 月の会合にて決定した量的緩和政策の縮小を続けることを決定した。資産購入プログラム(APP)による債券買入の終了時期は明言せず、6 月の会合で協議することを再確認し、量的緩和策を終了した後、徐々に政策金利を引き上げる方針が示された。
英国では、中央銀行であるイングランド銀行(BOE)が、新型コロナウイルス感染拡大に伴い、2020年3月に政策金利を0.1%まで引き下げていたが、その後の加速するインフレへの対策として、2021年12月、2022年2月、同年3月、同年5月と4会合連続で政策金利を引き上げて1.00%とした。同年2月の会合では、量的引締めの着手についても全会一致で決定している。先進国主要中央銀行の中で、政策金利引上げに踏み切ったのはBOEが最も早かった。
カナダでは、カナダ銀行が2020年3月に政策金利を0.25%まで引き下げていたが、コロナ禍からの回復に加え、インフレ圧力が一段と高まっていたことから、2022年3月、同年4月と2会合連続で政策金利を引き上げ1.0%とし、同時に量的引締めの開始も決定した。
他方、日本では、景気回復を目的として2016年1月からのマイナス金利となっているが、物価上昇率目標の2%実現に向け、引き続き現在の金融緩和方針を維持する姿勢を示している。
長期金利の指標となる10年国債利回りの推移を見ると、金融正常化の動きや物価上昇率の高まりを受けて大きく上昇しており、米国、カナダでは3%に到達する勢いとなっている。ユーロ圏の長期金利指標となるドイツ10年国債では、マイナスとなっていた利回りが、2年ぶりにプラスとなり、2022年2月には日本を上回った。日本では、10年国債利回りの上昇幅は小さいものの、欧米の利回り上昇に押される形で上昇しており、2016年以来の高水準となっている(第Ⅰ-1-3-5図)。
第Ⅰ-1-3-5図 先進国の政策金利と国債利回りの推移
(4)新興国の金融政策と資金流出入の動き
新興国では、資源や食料等が物価を押し上げてインフレが加速していたこともあり、コロナによる経済的打撃からの回復前に政策金利を引き上げる動きが見られた(第Ⅰ-1-3-6図、7図)。
第Ⅰ-1-3-6図 新興国の消費者物価インフレ率の推移
第Ⅰ-1-3-7図 新興国の政策金利と債務残高の推移
アルゼンチンでは、前年比の消費者物価上昇率が2020年は42.0%、2021年は48.4%と非常に高い状況にある。こうした高インフレに歯止めをかけるため、2020年11月、2022年1月、2月、3月と政策金利が引き上げられており、44.5%と主要新興国の中では最も高い水準にある。
トルコでは、2020年は12.3%、2021年は19.6%と2桁台のインフレ率が続いている。トルコ中銀は、2020年9月から2021年3月までの間に、政策金利の引上げを繰り返して19.0%まで引き上げたものの、投資環境改善を優先するエルドアン大統領の要求により、2021年9月から12月の間には政策金利を引き下げた。それでも、依然14.0%と他国より高い政策金利水準となっている。
ブラジルでは、2020年は3.2%、2021年は8.3%と加速するインフレを抑制するため、10会合連続で政策金利を引き上げ、12.75%となっている。
これらの国では、インフレ抑止を目的に度重なる政策金利の引上げを実施しており、景気回復の停滞や労働市場の落ち込みといった波及効果が懸念される。
アジアの新興国では、新型コロナウイルス感染拡大に伴い政策金利の引下げを実施して以降、低い金利水準を維持しており、2022年4月時点での政策金利はインドネシアで3.5%、フィリピンで2.0%、マレーシアで1.75%、タイで0.5%となっている。
米国の利上げにより、新興国と米国との政策金利の差が縮小すると、米国と新興国の債券の金利差も縮小することから、投資の魅力が減少した新興国から米国へと資金が回帰しやすくなり、新興国では資金流出により通貨安につながる。そのようにして引き起こされた新興国の通貨安は、コロナ禍で増加した新興国の債務のうち外貨建て債務の返済負担を増加させる上、返済に関する投資家の懸念も増大させることで、更なる資金流出を引き起こす。さらに、通貨安に伴う輸入価格の上昇を通じて新興国のインフレを加速させる悪循環にもつながる。その一方で、通貨防衛とインフレ対策のために新興国が自国の政策金利を引き上げれば、それが景気悪化につながるというジレンマの構図となっている。
新興国における資金流出リスクについて、IMFは、2022年4月に公表した国際金融安定性報告書(Global Financial Stability Report、GFSR)の中で、ロシアによるウクライナ侵略等の地政学的な不確実性に加え、主要国の金融政策正常化の動き等により、リスクが高まっている一方で、エネルギー資源や農産品等の一次産品輸出国においては、先進国への輸出増加が見込まれること等から資本の流出リスクが小さくなっていることを指摘している。
(5)新興国経済の健全性とリスク47
先進国の金融政策正常化による新興国経済への影響は、各国の経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)により異なる。ここでは、ファンダメンタルズを示す経済指標についてテーパータントラムが生じた2013年と2020年、2021年を比較し、主要新興国の健全性とリスクを考察する。
IMFが分類する発展途上国のうち48、名目GDP水準が高い12か国の主要新興国(アルゼンチン、インド、インドネシア、タイ、トルコ、フィリピン、ブラジル、ベトナム、マレーシア、南アフリカ、メキシコ、ロシア)を対象として分析を行う。経済指標として、実質GDP成長率、消費者物価インフレ率、経常収支の名目GDP比、財政収支の名目GDP比、外貨準備高の名目GDP比、政府総債務残高の名目GDP比、対外債務の名目GDP比、短期対外債務の名目GDP比の8指標を用いて、2013年と2020年、2021年を比較し、各指標について、12か国の中で最も高い値を濃い青に、最も低い値を濃い赤、中間値は白となるように示している(消費者物価インフレ率や政府総債務残高、対外債務の色付けは最も高い値が赤、最も低い値が青、中間値は白としている)。なお、灰色はデータが未公表であることを示している(第Ⅰ-1-3-8表)。
第Ⅰ-1-3-8表 主要新興国の経済指標の比較(2013年と2020年、2021年)
① 実質GDP成長率
実質GDP成長率は、2020年に新型コロナウイルスの感染拡大が世界経済全体に大打撃を与えたため、多くの国でマイナス又は2%程度の成長となり、全ての国で2013年より落ち込んだものの、2021年は回復に向かった。なお、トルコとベトナムは2020年もプラス成長を維持している。
② 消費者物価インフレ率
消費者物価インフレ率は、2013年時点ではアルゼンチンで10.6%、トルコで7.5%と既に高水準となっていたが、2020年にはそれぞれ42.0%、12.3%とそこから大幅に上昇しており、2021年はそれぞれ48.4%、19.6%とインフレがさらに加速している。その他の多くは、2013年から2020年にかけて消費者物価上昇率は低下し、1桁台で推移している。
③ 経常収支
経常収支の名目GDP比は、2013年は赤字となったアルゼンチン、インド、タイ、南アフリカ、メキシコで、2020年には黒字転換し、インドネシアでは、赤字幅が縮小するなど、多くの国で改善が見られる。他方、特にトルコとブラジルでは、赤字幅は縮小したものの、依然として比較的大きな水準の赤字が継続している。
④ 財政収支
財政収支の名目GDP比は、2020年に各国で感染拡大への対応として大規模な財政出動が実施されたことから、2013年と比べて2020年にベトナム以外の国で財政赤字の拡大が見られ、特にブラジル、インドで-10%を超える高い水準となっており、南アフリカ(-9.7%)やアルゼンチン(-8.6%)もこれに続く水準にある。
経常収支や財政収支の赤字幅が大きいことは、国内の過剰消費・過剰投資を示していることから、赤字幅の拡大によって投資家からリスクが高まったと判断された場合、新興国からの資金流出の可能性が高まる要因となりやすい。
⑤ 外貨準備高
外貨準備高の名目GDP比は、2013年に低い値を示したインドネシア、ベトナム、南アフリカでは2020年に改善した。特にベトナムでは大幅に増加しており、通貨危機等に備えて、外貨準備を積み増してきていることが分かる。アルゼンチンでは、2013年から2020年にわずかな改善が見られるものの、依然7.0%と極めて低い水準となっている。トルコでは、2013年に比べて2020年に低下し、2021年にわずかに改善したものの、12.9%と比較的低い水準となっている。
⑥ 政府総債務残高
政府総債務残高の名目GDP比は、2020年に各国ともにコロナ対策として大規模な財政出動を行ったことから、2013年から2020年にかけて全ての国で大幅に上昇した。2020年に大きい値を示している国としては、アルゼンチン(102.8%)、ブラジル(98.7%)、インド(90.1%)が際だっている。IMFの見通しでは、コロナ前と比較して、先進国よりも新興国の方が将来の経済成長が弱まることから、今後の政府の歳入増加に大きな期待はできない。それに加えて、政策金利の引上げに伴って将来の債務返済負担が増加することも見込まれるため、これらの国の今後の債務動向や債務返済能力については注視する必要がある。
⑦ 対外債務
対外債務の名目GDP比は、2013年に比べ2020年に多くの国で上昇しており、2020年に大きい値を示している国は、アルゼンチン(70.7%)、マレーシア(67.6%)、トルコ(60.4%)、南アフリカ(50.8%)となっている。対外債務が大きいと、通貨安に伴って自国通貨に換算したときの外貨建ての債務返済負担が増加することが懸念される。これらの国のうち、マレーシアは、短期債務の割合も大きいため留意が必要であるものの、対外債務返済への備えとなる外貨準備残高が他の主要新興国に比べて高い水準にある。その一方で、アルゼンチン、トルコ、南アフリカは、外貨準備の水準が低く、アルゼンチンとトルコは短期債務の割合も比較的高いことから、対外債務の返済へのリスクが高いといえる。実際、アルゼンチンでは、外貨準備高の減少により、2021年6月に10回目のデフォルト(債務不履行)の可能性が発生し、2022年3月にIMFと440億ドルの債務再編で合意し、デフォルトを回避した。また、これらの国については、経常収支面から見ても、トルコでは赤字、アルゼンチン、南アフリカでも低い水準となっていることから、モノやサービスの貿易や直接投資を通して外貨を獲得することは難しく、対外債務返済のリスクが高いといえる。
①~⑦より、対外債務の返済リスクが高い国はトルコ、南アフリカ、政府債務の返済リスクの高い国はブラジル、両方のリスクが高い国はアルゼンチンであり、それぞれの国の状況を以下で概説する。
トルコは、経常収支、財政収支ともに赤字で、外貨準備高が少なく、対外債務が大きいことから、対外債務の返済リスクが高い。トルコでは、非常に高い水準のインフレが継続しているにも関わらず、政策金利引下げを実施し、通貨安を招いていることから、外貨建て債務の返済負担の増加も懸念される。
ブラジルは、経常収支が赤字で、政府債務が非常に大きいにも関わらず、財政収支が大幅な赤字となっており、政府債務返済リスクが高い。2021年にインフレが加速しており、今後の景気回復が遅れるおそれもある。2022年10月には、大統領選が予定されており、左派政権に交代した場合、財政規律の緩みも懸念される。
南アフリカは、経常収支は改善しているものの、財政収支の赤字幅が大きく、対外債務規模も大きい。厳しい財政状況となっており、対外債務の返済リスクが懸念される。
アルゼンチンは、経常収支は改善しているものの、政府債務と対外債務ともに名目GDP比の水準が分析対象の新興国の中で最大の規模にある中、外貨準備高は最も少なく、財政収支も赤字で、インフレも非常に高水準と、ファンダメンタルズがぜい弱である。デフォルトの可能性に直面するなど、政府債務と対外債務の返済リスクは極めて大きく、今後の動向に注視が必要である。
なお、ロシアは、堅調なファンダメンタルズを維持してきたものの、第Ⅰ部第1章第1節で説明したとおり、2022年2月24日のロシアのウクライナ侵略開始以降、経済制裁の効果等もあり、足下のインフレ率が急激に上昇するなど、ファンダメンタルズが急速に悪化している。
また、今回の米国の金融政策正常化の局面では、徐々にテーパリングの可能性について言及し、開始時期をあらかじめ市場に織り込ませるとともに、テーパリングを決定した後の記者会見において利上げは時期尚早との考えを示すなど、慎重に進められたこともあり、2013年のテーパータントラムのような大規模な資金流出圧力は抑制され、影響は限定的なものにとどまっている。下の図では、新興国通貨為替レートを、テーパリングが開始された2021年11月を100として指数で推移を示した(第Ⅰ-1-3-9図)。
第Ⅰ-1-3-9図 新興国の為替レートの推移(2021年)
トルコでは、前述したとおり、高インフレ状態が長期間継続しているにも関わらず、投資環境改善を優先とするエルドアン大統領が政策金利引下げを求めたことにより、トルコリラは大幅な通貨安となっている。加えて、トルコは対外債務対名目GDP比も大きいことから、今後の債務動向に注視が必要である。
ロシアでは、ウクライナへの侵略をきっかけに一時的にルーブルが急落したものの、通貨防衛のための政策金利引上げや資本流出規制によりルーブル安は回復を見せている。
アルゼンチンでは、今年に入り4回にわたり政策金利が引き上げられ、47.0%となっているものの、物価上昇にも通貨安にも歯止めがかからない状況が続いている。
ブラジルは、資源が豊富で鉄鉱石や大豆等の一次産品輸出国であり、インフレ抑制のため12.75%と高い政策金利を設定しているため、対象の新興国の中で最も通貨高傾向となっている。
その他の新興国通貨は、通貨高となる国もあるものの、おおむね小幅な通貨安に留まっている。
47 神田慶司、田村統久、岸川和馬、和田恵(2020)、佐藤光、橋本政彦、永井寛之(2021)、末吉孝行、瀬戸佑基(2021)、みずほリサーチ&テクノロジーズ(2020)(2021)、三井住友信託銀行(2020)(2022)
48 IMFの分類では、152か国を発展途上国として掲載している。
(6)政治の不安定性49
新興国経済のリスクを低減するためには、財政収支及び経常収支の改善や早期の経済回復等が求められるものの、失業率やインフレ率の上昇、不十分なコロナ支援策、活動規制等に伴う国民の政治に対する不信感もあり、政策の不透明感が高まっている(第Ⅰ-1-3-10図)。
第Ⅰ-1-3-10図 新興国の失業率の推移
政治の不安定性は経済成長に悪影響を及ぼし得ることが指摘されている。森川(2021)50によると、政治への不信感の高まりは、政権交代へとつながる可能性がある。また、頻繁な政権交代は、企業の生産性の低下や物的・人的資本の蓄積低下をもたらすとともに、国政選挙の接戦度が高い場合には、投資は減少傾向となり、業種別では、医薬品、エネルギー、運輸、通信産業等が政策変更による影響を受けやすいと分析されている。
ここでは、新興国において不安定な政治により経済に悪影響が及ぶ様子について、最近の具体的事例を見ていく。
足下の世界的な物価上昇は、パンデミックからの需要回復や供給制約による需給不均衡によって押し上げられているだけではなく、2022年2月のロシアのウクライナ侵略に伴う資源・穀物等の商品市況高騰によって増幅している。こうした価格高騰は新興国の国民生活に影響を及ぼすものであり、エジプト、レバノン、スリランカでは、食品価格等の高騰が経済社会の不安定化につながることが懸念される。
エジプトは、小麦の輸入大国であるが、約8割を占めていたロシア、ウクライナからの小麦輸入が減少したことで、国内の食料価格が高騰した。2022年3月には、外貨準備高の減少が進んだことから、IMFに支援を要請するとともに、ドルに対して14%のエジプトポンドの切り下げを実施した。
レバノンでは、通貨下落やインフレに対する反政府デモが長期化する中、外貨準備高の減少により償還期限を迎える対外債務の返済ができなくなり2020年3月に初のデフォルトとなった。同年8月には、ベイルート港で約200人が死亡する大爆発が発生し、小麦の貯蔵庫も崩壊した上、レバノンの小麦輸入の約8割を占めるウクライナ、ロシアからの輸入が困難となり、国連に支援を要求した。GDP成長率は2020年-21.5%(2021年は2022年4月時点で未公表)と大きく経済が落ち込んでいる。
スリランカでは、慢性的な貿易赤字に加え、新型コロナウイルスの感染拡大により、観光と海外労働者からの送金による外貨獲得ができなかったことから、コロナ前の2020年1月には75億ドル保有していた外貨準備高が、2022年3月には19億ドルと約4分の1まで減少した。これにより、スリランカは対外債務の返済が困難となったため、2022年4月にIMFに緊急融資を要請した。資源や食品等を輸入できず、計画停電の実施や生活必需品の物価上昇により国民の不満が高まったことから激しい抗議活動が行われたことを受けて、同年4月、5月と2度緊急事態宣言が発出された。
パキスタンでは、2021年11月から前年同月比10%台の高いインフレ率の継続に加えて、通貨安や外貨準備高の減少等を背景に、2022年4月に野党が提出した不信任案決議が可決され首相が失職した。
南アフリカでは、2021年7月、前大統領に法廷侮辱罪の有罪判決が下され、収監されたことに反発し、支持者らによる大規模な暴動が発生した。一部が暴徒化し、派遣された国軍により事態は鎮静化したが、2021年第3四半期の実質GDP成長率(前期比、季節調整値)は、-1.7 %と5四半期ぶりのマイナス成長となった。その後は回復し、2021年第4四半期+1.2%とプラスに転じている。
メキシコでは、左派のロペス・オブラドール大統領が、前政権主導で進んでいた新空港建設を中断、別の場所に新空港を開業させたり、電力市場やリチウム開発の国有化に関する内容を盛り込んだ改正憲法案を提出したりするなど、国家への権力集中を強めている。同大統領の政策決定には、大きな政策変更が含まれており、不確実性が高まっていることから、対内投資の減少が懸念されている。
中南米では、近年、メキシコ、アルゼンチン、ペルー及びチリに左派政権が誕生し、2022年には、ブラジルとコロンビアで大統領選が予定されている。これらの中南米主要国では、コロナ禍での社会的不満に加えて債務水準が高まっている中、左傾化が進んでいることから、資源を国有化する資源ナショナリズムの動き51や財政規律の緩みが懸念されており、通貨安にもつながり得るリスクが存在している。
世界の経済や政策の不確実性を数量的に把握するための指数として、「世界不確実性指数(World Uncertainty Index、以下WUI)」がある。WUIは、エコノミック・インテリジェンス・ユニット(EIU)52の国別報告書の中で、「不確実」あるいはそれに類似する用語が登場する頻度を算出して指数化されたもので、数値が高いほど不確実性が高いことを示している。世界全体の不確実性指数を見ると、新型コロナウイルスの感染拡大により上昇し、2020年第1四半期(Q1)をピークに低下したものの、1990年代に比べ引き続き高い水準で推移している。2021年Q1を底に世界、先進国及び新興国ともに再び上昇基調となっており、コロナ前には先進国の方が高かったWUIは、2021年Q2以降は新興国が先進国を上回っている(第Ⅰ-1-3-11図)。
第Ⅰ-1-3-11図 世界不確実性指数(WUI)の推移
主要新興国の国ごとのWUIの動きを見ると、国により異なるものの、新型コロナウイルスの感染拡大で多くの国が2020年をピークに低下した後、2021年頃から再び上昇基調となっており、2022年Q1からはウクライナ情勢も加わって、足下で新興国の各国の不確実性が高まっていることが示されている(第Ⅰ-1-3-12図)。
第Ⅰ-1-3-12図 主要新興国の世界不確実性指数(WUI)の推移
政情不安は、ビジネス環境や金融市場をも不安定にし、国家の経済成長を大きく左右することから、新興国には、政治の安定性と政策の予測可能性を高めることが求められる。
49 西濱徹(2021)
50 森川正之(2011)
51 みずほリサーチ&テクノロジーズ(2021年12月)
52 英国の定期刊行物「エコノミスト」の調査部門。
(7)商品市況の影響
新興国の一部は、特定の農産品、鉱物資源等のコモディティの主要生産・産出国となっている。例えば、南アフリカは、金、プラチナ、ブラジルは、鉄鉱石、石油、大豆、チリやペルーは、銅、インドネシアは、石油、天然ガス等の鉱物資源や農産品を多く輸出している。経済発展に伴う工業化により、かつてに比べ特定の産品への経済依存度は低下しているものの、コモディティは、国の経済成長を支える重要な役割を果たしている。
足下、コロナショックからの需要回復や供給制約による需給不均衡、緩和的な金融政策が継続したことによる資金の流入、ロシアによるウクライナ侵略等により、エネルギー資源や貴金属、穀物といった商品市況が高騰していることから、新興国の主要な輸出産品について、国際指標の推移を見ていく(第Ⅰ-1-3-13図)。
第Ⅰ-1-3-13図 商品価格の推移
原油価格は、代表的な指標であるニューヨーク・マーカンタイル取引所(NYMEX)のウエスト・テキサス・インターミディエイト(WTI)原油先物価格は、新型コロナウイルス感染拡大による世界経済の停滞により、2020年4月に史上初のマイナスの1バレル-37.63ドルとなった後、持ち直して2022年3月には1バレル123.7ドル(終値)と2008年夏以来の高値を記録している。
天然ガス価格は、欧州の天然ガス価格指標であるTTF天然ガス先物価格が、欧州の低気温による需要増や、ロシアによるウクライナ侵略に伴う供給不安により、2022年3月には215.5ユーロ/メガワット時(終値)にまで上昇し、初の200ドル台を記録した。
鉄鉱石価格は、プラッツの国際価格指数である鉄鉱石先物価格(鉄62%、中国向け)が、産出国であるブラジルにおける豪雨や中国の経済回復による需要増を背景に、2021年7月に1トン219.8ドル(終値)と高値を記録した。足下では、150ドル前後で推移している。
金の価格は、ニューヨーク商品取引所(COMEX)の金先物価格が、2022年3月に一時史上最高価格を更新し、1トロイオンス=2,072ドル(直近限月)に達した。世界情勢が不安定な時に、安定資産として金への需要が高まる傾向がある。
銅の価格は、ニューヨーク商品取引所(COMEX)の銅先物価格が、電気自動車の普及や中国需要拡大を背景に、2022年3月に史上最高値1ポンド4.9ドル(終値)を更新した後、4.5ドル台前後の高値圏で推移している。
穀物価格は、国際指標であるシカゴ商品取引所の大豆先物価格がコロナ禍からの需要回復を背景に2021年後半から急激に上昇しており、2012年の1ブッシェル17.95ドル(日中)の史上最高値に迫る勢いで上昇している。小麦先物価格は、ロシアのウクライナ侵略による供給量の減少が懸念されることから、2022年3月には、2008年以来14年ぶりに1ブッシェル13.4ドルと最高値を更新した。その後は、11ドル台で推移している。
商品市況が高騰することにより、資源を保有する新興国にとっては獲得できる外貨が増加し、外貨準備高を積み増すことでファンダメンタルズの改善につながる上、投資資金が流入して通貨の上昇圧力が強まる。他方、資源国ではない一部新興国では、2021年春以降から発生しているインフレ対策として、政策金利引上げによる金融引締め策を講じていることから、商品市況の更なる高騰が輸入価格上昇を通じて自国での物価上昇の常態化につながる懸念もある。
2.新興国の金融不安による先進国への影響
(1)日本の金融機関の対外エクスポージャー
本節で既に述べたとおり、先進国では、新型コロナウイルスの感染拡大等を受けた実質ゼロ金利政策が続く中で、高い利回りを求めて資金が新興国へ流入した。
こうした資金流入に関して、まずは日本が保有する与信残高がどの程度リスクに晒されているかを見るため、主要新興国に対する日本の金融機関のエクスポージャーについて考察する。
BIS国際与信統計(最終リスクベース)によると、日本の国内金融機関が保有する新興国向け53の与信残高(2021年9月末時点)は、5,845億ドルで、世界全体に占める割合は12%と低い割合にとどまっている。推移を見ると新興国向けの与信残高は増加しており、全体に占める新興国向けの割合も徐々に大きくなっているものの、2010年台後半以降は12%前後で推移している(第Ⅰ-1-3-14図)。
第Ⅰ-1-3-14図 日本が保有する国際与信残高
日本が保有する国際与信残高の割合を債務国別に見ると(第Ⅰ-1-3-15表)、新興国の中ではタイ(新興国全体に占める割合18%)、中国(同17%)、韓国(同9%)と地理的に近いアジアの国が上位を占めている。アジア以外の国では、ブラジル(同4%)、サウジアラビア(同3%)、メキシコ(同3%)と中南米の大国と石油産出国が続いている。
第Ⅰ-1-3-15表 日本の国内金融機関の国際与信残高の推移(対新興国)
主要新興国の国際与信の債権国を国別で見ると(第Ⅰ-1-3-16図)、タイ、インドネシア、フィリピンなどの地理的に近いアジア各国で、日本のエクスポージャーが高水準となっている。メキシコ、ブラジル、アルゼンチン等の中南米やトルコについては、日本の割合は少ないものの、スペインの与信の大きさが約3割と際立っている。
第Ⅰ-1-3-16図 主要新興国に対する国別の国際与信残高
本節の新興国経済の健全性とリスクにおいて見たとおり、対外債務の返済リスクが高いトルコ、南アフリカや、政府債務の返済リスクの高いブラジル、両方のリスクが高いアルゼンチンは、日本の与信割合が比較的少なく、仮にこれらの国がデフォルトした場合であっても、日本の金融機関が被る影響は限定的であると考えられる。他方、日本の与信割合が比較的多いアジアは、相対的にファンダメンタルズが健全であり、デフォルトに陥る懸念は当面は極めて小さい。ただし、インドについては、日本が約417億ドルと米国、英国に次ぐ第3位の与信規模を有している上、前述したとおり、既に財政赤字幅が大きい中、政府総債務が増大し、2020年のGDP比で90%に達していることから、今後財政状況の悪化が更に進行した場合、インドに対してエクスポージャーを有する金融機関の財務健全性にも影響が及ぶ懸念もあり得るため、今後のインドの財政動向には注意が必要である。
53 統計上の表記は「発展途上国」としている。
(2)日本以外の先進国による主要新興国への証券投資
続いて、日本以外の主要先進国の対新興国証券投資残高の推移を概観し、先進国に及ぼし得るリスクを考察する54。
米国の対外証券投資残高のうち主要新興国の上位3か国は、インド(合計残高の2%)、ブラジル(同1%)、メキシコ(同1%)でいずれも低い水準となっている。3か国の残高とも2020年6月に減少した後、上昇基調となっており、特にインドの増加幅が大きい(第Ⅰ-1-3-17図)。
第Ⅰ-1-3-17図 米国の対外証券投資残高
英国の対外証券投資残高のうち主要新興国の上位3か国は、ブラジル(合計残高の1%)、インド(同1%)、メキシコ(同0.4%)と低い水準で、ブラジルの残高は、大きく上下して新規証券投資と引揚げを繰り返している一方、メキシコの残高は徐々に減少している(第Ⅰ-1-3-18図)。
第Ⅰ-1-3-18図 英国の対外証券投資残高
フランスの対外証券投資残高のうち主要新興国の上位3か国は、インド(合計残高の0.5%)、メキシコ(同0.3%)、ブラジル(同0.2%)といずれも1%未満で規模は小さい。3か国とも2020年6月に一時的に減少したものの、2020年12月に増加した。特にインドの残高の増加幅は非常に大きい(第Ⅰ-1-3-19図)。
第Ⅰ-1-3-19図 フランスの対外証券投資残高
ドイツの対外証券投資残高のうち主要新興国の上位3か国は、メキシコ(合計残高の0.4%)、インドネシア(同0.2%)、インド(同0.2%)と割合も0.5%以下と小さいが、世界全体への対外証券投資残高の増加に合わせて、対新興国証券投資残高も上昇基調となっている。メキシコの残高は、他の主要新興国に比べ高い水準を維持している(第Ⅰ-1-3-20図)。
第Ⅰ-1-3-20図 ドイツの対外証券投資残高
イタリアの対外証券投資残高のうち主要新興国の上位3か国は、メキシコ(合計残高の0.3%)、インドネシア(同0.1%)、トルコ(同0.1%)で割合は0.5%以下で、金額も他の先進国と比べると低い。メキシコの残高は急激に増加している一方、インドネシアについては、低い水準であるが上昇基調で推移ししている(第Ⅰ-1-3-21図)。
第Ⅰ-1-3-21図 イタリアの対外証券投資残高
スペインの対外証券投資残高のうち対象となる主要新興国の中で、最も大きいのはメキシコであるが、0.4%とごく僅かとなっている55(第Ⅰ-1-3-22図)。
第Ⅰ-1-3-22図 スペインの対外証券投資残高
主要新興国が発行する証券の保有国割合の高い国は、米国の金融政策正常化を受けた新興国経済の悪化によるデフォルトの影響を受けやすい56と考えられるものの、主要先進国による対外証券投資残高は、総じて他の主要先進国向けと税負担の軽い国・地域向けが大半を占めており、主要新興国向けの割合は全体の4%程度と限定的である。新興国投資は、コロナ禍により増加したものもあるが、全体としてその割合や金額は小さく、仮にデフォルトが発生した場合でも、その影響は限定的な範囲にとどまる可能性が高いと考えられる。
54 対象とする主要新興国は、本節1.(5)と同様、IMFが分類する発展途上国のうち、名目GDP水準が高い12か国(アルゼンチン、インド、インドネシア、タイ、トルコ、フィリピン、ブラジル、ベトナム、マレーシア、南アフリカ、メキシコ、ロシア)とする。
55 推移については、データの欠落が多いことから示すことができない。
56 大和総研(2020)
(3)先進国の新興国への直接投資57
短期的な投資目的もあり流動性の高い証券投資に対して、経済規模が大きく安定的な直接投資は、米国の金融政策正常化の動きにより即座に大規模に流出することは考えにくい。しかしながら、仮にデフォルト等の経済混乱に発展した場合には、多くの直接投資残高を保有する先進国に影響を及ぼす可能性もあることから、主要先進国における対新興国の直接投資の状況を概観していく。
日本の対外直接投資残高のうち対象の新興国の上位3か国は、タイ(残高合計の4%)、インドネシア(同2%)、インド(同2%)であり、最も多いタイでも残高合計の4%と全体に占める新興国の規模は小さい。推移を見ると、3か国とも増加基調である中、とりわけタイの増加幅が大きい。ブラジルの残高は2013年から緩やかに減少し続け、インドネシア、インドを下回った(第Ⅰ-1-3-23図)。
第Ⅰ-1-3-23図 日本の対外直接投資残高
米国の対外直接投資残高のうち対象の新興国の上位3か国は、地理的に近い中南米の大国であるメキシコ(残高合計の2%)とブラジル(同1%)、インド(同1%)となり、米国全体の残高に占める新興国の規模は小さい。米国の投資先は、2009年からの約10年間で大きな変動はなく、ほぼ同水準で推移している(第Ⅰ-1-3-24図)。
第Ⅰ-1-3-24図 米国の対外直接投資残高
英国の対外直接投資残高のうち対象の新興国の上位3か国は、インド(残高合計の1%)、メキシコ(同1%)、ロシア(同1%)と割合は低く、投資残高も日本より低い水準となっている。新興国の時系列データは欠損があるが、インド、メキシコは上昇基調となっている(第Ⅰ-1-3-25図)。
第Ⅰ-1-3-25図 英国の対外直接投資残高
フランスの対外直接投資残高のうち対象の新興国の上位3か国は、ブラジル(同2%)、ロシア(同2%)、インド(同1%)と割合は低い。2020年は、ブラジル、ロシアの残高が減少した一方、インドの残高は上昇した。ロシアの残高は、2009年から大きく増加している(第Ⅰ-1-3-26図)。
第Ⅰ-1-3-26図 フランスの対外直接投資残高
ドイツの対外直接投資残高のうち対象の新興国の上位3か国は、インド(残高合計の1%)、ロシア(同1%)、メキシコ(同1%)と割合は低い。新興国の中では、過去10年間でインドの残高が急増している。対ロシア向けの投資残高は、2016年以降大きく増加し、フランスと同規模の投資残高となっている(第Ⅰ-1-3-27図)。
第Ⅰ-1-3-27図 ドイツの対外直接投資残高
イタリアの対外直接投資残高のうち対象の新興国の上位3か国は、ロシア(残高合計の2%)、ブラジル(同2%)、インド(同2%)と割合は低い。新興国の中では、対ロシア向けが増加基調となっており、フランス、ドイツの投資残高よりは低いものの、ロシアによるウクライナ侵略の動向を注視する必要がある(第Ⅰ-1-3-28図)。
第Ⅰ-1-3-28図 イタリアの対外直接投資残高
スペインの対外直接投資残高のうち対象の新興国の上位3か国は、ブラジル(残高合計の8%)、メキシコ(同7%)、アルゼンチン(同3%)となっており、スペインは他の先進国に比べて新興国の割合が高い。世界全体を見ても、英国、米国に次いで、ブラジルは第3位、メキシコは第4位の規模を有している(第Ⅰ-1-3-29図)。
第Ⅰ-1-3-29図 スペインの対外直接投資残高
先進国による対外直接投資残高は、対外証券投資と同様に、総じて先進国向けが大半を占め、新興国向けの規模は全体の7%程度と非常に小さい。このことから、新興国での事業環境の悪化による資産価値の毀損が生じた場合でも、その影響は限定的な範囲にとどまる可能性が高いと考えられる。
57 増川智咲(2021)、末吉孝行、佐藤光、橋本政彦、鈴木雄大郎、瀬戸佑基(2021)