第4節 世界における政府・民間債務の急増
1.緩和的な金融環境下で増大する世界の債務
(1)世界債務の概況
世界の債務状況は、ビジネスサイクルや金融危機等のテールリスクといった大きな経済変動要因と密接に連動してきた。2008年の世界金融危機後は、世界の債務残高は増加傾向にあり、特に2020年以降、新型コロナウイルスの感染が拡大する中で急増している。世界の非金融部門の債務残高の合計は、金融危機前の2008年6月末から2021年9月末までの期間に、約1.3倍58に増加し、先進国59では約1.2倍、新興国60では約1.9倍61と前例のない水準にある。先進国では、金融危機後に債務の削減が進み、その後も顕著には増加しなかったものの、同時期に、非金融部門の債務残高の合計はGDP比で242.8%から291.8%と約1.2倍増加し、そのうち、政府債務は約1.6倍、企業債務は約1.1倍、家計債務は約0.9倍に変化した。新興国では、金融危機後も債務の増加が進んだこともあり、同時期に、非金融部門の債務残高の合計はGDP比で122.5%から226.9%と約1.9倍に増加し、先進国に迫る水準に達している。そのうち、政府債務は約1.8倍、企業債務は約1.8倍、家計債務は約2倍と大幅な増加となっており、特に民間債務のレバレッジが顕著に増加している。
新型コロナウイルスの感染拡大によって、2020年以降、世界の債務残高は、前例のない水準を超えて更に急増しており、世界の非金融部門の債務残高の合計は、感染拡大前の2019年末から2021年9月末までの期間に、約1.1倍に増加した。先進国では、非金融部門の債務残高の合計はGDP比273.4%から291.8%と約1.1倍増加し、そのうち政府債務は約1.1倍、企業債務は約1.04倍、家計債務は約1.03倍に増加した。新興国では、非金融部門の債務残高の合計はGDP比202.8%から226.9%と約1.1倍増加し、政府債務は1.2倍、企業債務、家計債務のいずれも約1.1倍に増加した。
第Ⅰ-1-4-1図 先進国・新興国・世界の非金融部門債務残高の推移
第Ⅰ-1-4-2図 世界の政府・企業・家計債務残高の推移
第Ⅰ-1-4-3図 先進国及び新興国の政府・企業・家計債務残高の推移
日本でも、債務残高が増加しているが、中でも政府債務の増加が顕著である。額面ベースの政府債務残高のGDPに対する比率は、2000年3月時点で既にGDP比143.2%という高水準にあったが、低金利環境が続いたことでその後増加を続けたことに加え、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う増加は著しく、感染拡大前の2019年末の203%から2021年9月時点には224.1%へと約1.1倍に増加した。また、企業債務や家計債務は、2000年以降ほぼ横ばいで推移していたものの、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて増加しており、企業債務は2019年末の101.2%から2021年9月時点には115.7%へと約1.14倍、家計債務も2019年末の62.7%から66.9%へと約1.07倍に増加した。
第Ⅰ-1-4-4図 日本の政府・企業・家計債務残高の推移
58 出典元のBISの報告対象国を世界全体と便宜的に定義している。注釈2の先進国と注釈3の新興国に含まれる全ての国を構成国としている。
59 出典元のBISの区分では、先進国には、オーストラリア、カナダ、デンマーク、ユーロ圏、日本、ニュージーランド、ノルウェー、スウェーデン、スイス、英国、米国が含まれる。
60 出典元のBISの区分では、新興国には、アルゼンチン、ブラジル、チリ、中国、コロンビア、チェコ、香港特別行政区、ハンガリー、インド、インドネシア、イスラエル、韓国、マレーシア、メキシコ、インドネシア、イスラエル、韓国、マレーシア、メキシコ、ポーランド、ロシア、サウジアラビア、シンガポール、南アフリカ、タイ、トルコが含まれる。
61 市場価格、USドルベースのGDP比率。
(2)金利・インフレの動向と今後の見通し
2000年以降、長期金利は、世界的に持続的な低下傾向にあり、政府、企業、家計にとって、資金借入れが容易な状況が世界的に継続し、各主体が債務を増加させてきた。特に、政府債務の発行コストに関わる長期国債の利回りは、2000年以降低下傾向にあったが、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う金融緩和策もあり、2020年以降は2010年代以前と比べてより低い水準で推移している。
2020年に新型コロナウイルスの感染が拡大すると、経済への悪影響を最小限にとどめるために、各国において政策金利の引下げや量的緩和策といった金融緩和が実施されてきた。例えば、米国は1.50-1.75%であった政策金利を2020年3月に2度にわたって引き下げ、0-0.25%としたほか、英国、カナダ、オーストラリア、韓国、メキシコ、ロシア、インド等、先進国と新興国を問わず、多くの国で2020年上半期に、政策金利を引き下げた。
第Ⅰ-1-4-5図 G20加盟先進国及び新興国の長期国債利回り
第Ⅰ-1-4-6図 G20加盟先進国及び新興国の実質金利
第Ⅰ-1-4-7図 G20加盟先進国及び新興国の政策金利
もっとも、足下の状況をみると、インフレの高騰を踏まえて、各国の中央銀行は金融政策の正常化にかじを進めている。米国では、2021年前半から、経済活動正常化による需要の急増と供給制約から、インフレ傾向が加速しており、2022年3月に、連邦準備制度(FRB)は、パンデミックに関連した需給の不均衡、エネルギー価格の高騰、広範に及ぶ物価上昇圧力を反映した物価の高止まり等を理由として、政策金利を0.25%ポイント引き上げた。FRBのパウエル議長は、インフレ抑制を優先し、金融引締めを急ぐ姿勢を示している。また、イングランド銀行(BOE)は、2021年12月に利上げを開始し、インフレの加速や労働需給の逼迫を背景に62、2022年3月には3会合連続の利上げを決定した。新興国でも、インフレ加速を見越し、ブラジル、メキシコ、ロシア等の新興国が政策金利を順次引き上げている。
ウクライナ情勢の影響もあいまってインフレの高進が進む中で、金融政策の引締めペースが加速すれば、新興国において、資本の流出と通貨価値の下落を招くおそれがあるほか63、景気悪化による債務増大の可能性も懸念される。
インフレ動向は、エネルギーを始めとする商品価格の高騰がけん引している。2021年夏頃からのエネルギー価格上昇に加えて、足下のウクライナ情勢の影響を受けた天然ガスや石油の供給減少により、世界的にエネルギー価格が更に上振れしており、ロシアへの燃料依存度が高くない国でも影響が出ている64。また、世界の主要な穀物供給国であるウクライナからの供給の減少により、世界の穀物価格が高騰している。米国や欧州を中心とした先進国や新興国・途上国でインフレが進んでおり、2022年4月のIMF経済見通しでは、商品価格の高騰が進み、2022年のインフレ率は、先進国で5.7%、新興国・途上国で8.7%と極めて高い水準の予測がされている。2023年には、先進国では2.5%に低下する一方、新興国・途上国では6.5%とインフレ基調が持続すると見込まれている。65
高いインフレ率が継続すると、各国で政策金利の更なる引上げや引上げ時期の前倒しの可能性が高まり、債務の返済負担が増大するリスクが上昇するため、各国における債務の持続可能性を維持する上では、今後のインフレ・金利の動向が重要となる。
第Ⅰ-1-4-8図 原油・天然ガスの先物価格
第Ⅰ-1-4-9図 G20加盟先進国及び新興国の消費者物価指数
62 IMF「2022年1月10日 見解書・論評」。
63 IMF「2022年1月10日 見解書・論評」。
64 BEIS「2022年2月25日 ファクトシート」。
65 IMF WEO, April 2022
2.政府債務の動向
(1)政府債務の概況
2000年代以降、各国政府は、GDPに占める政府債務比率を増加させてきており、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、各国政府が積極的な財政支出を行った結果、債務水準は更に増加している。金融緩和策によって国債の利回りが低水準となり、国債発行コストが低下したことが、財政支出を後押しした。
先進国では、借入れコストが歴史的な低水準にあり、経済成長率を下回る水準となっていたことに後押しされ、政府債務はGDP比で、感染拡大前の2019年末の100.2%から2021年9月の112.7%へと12.5ポイント増加し、新興国の債務も、同期間に、53.6%から63.3%へと9.7%ポイント増加しており、先進国、新興国共に政府債務の増加が著しい。新型コロナウイルスの感染拡大時期における、先進国の政府債務残高の増加幅を国別にみると、2019年末から2021年9月までの政府債務GDP比の増加幅が最も大きいのは、カナダで、80.6%から103.7%へと23.1%ポイント増加し、次に日本で、203%から224.1%へと21.1%ポイント増加している。また、イタリアも、134.3%から155.2%へと20.9%ポイント増加し、フランスも、97.4%から116.0%へと18.6%ポイント増加し、英国も、83.8%から102.5%へと18.7%ポイント増加し、米国も、99.9%から116.7%へと16.8%ポイント増加しており、日本、米国、欧州などの先進国では、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、打撃を受けた企業や家庭への手当の給付への支出が主因となっている。
新興国では、購買力平価GDP比で見た経済対策支出は先進国と比べて低いものの、ワクチン普及率の低さから、経済活動の制限もあり、景気後退による歳入減少が生じた結果、BRICS諸国の債務残高GDP比は、2019年末から2021年9月末の期間に、インドでは、71.9%から85.0%へと13.1%ポイント増加し、南アフリカでは、57.8%から70.4%へと12.6%ポイント増加し、中国でも、57.4%から67.6%へと10.2%ポイント増加している。
新型コロナウイルスの感染拡大を受け、各国政府は、大規模な財政出動や景気刺激策を打ち出してきた。2021年10月までに、新型コロナウイルス関連の財政支出として、G20全体で16兆2,930億ドルに上る規模の財政支出が実施された66。2021年10月時点で、新型コロナウイルス対策(信用保証や出資としての政策規模を含む)として、購買力平価GDP比で、米国で27.9%、日本で45.1%、イタリアで46.2%、ドイツで43.1%に上る歳出が計上されている。
第Ⅰ-1-4-10図 G20加盟先進国及び新興国の政府債務残高のGDP比率の推移
各国政府は、国債を発行して財源を捻出し、新型コロナウイルスにより影響を受けた家計・個人向けに、失業手当や給付金等の経済対策を実施したほか、企業向けに、航空会社や鉄道会社等の基幹産業への資本注入、中小企業に対する融資促進のための公的金融機関を通じた無担保・無利子貸付や政府による金融機関への返済を担保する信用保証、資本性劣後ローンの供与などを実施した。信用保証については、感染拡大により影響を受けやすい飲食店等の対面サービス業種の中小企業も含まれている。今後は、こうした業種を中心に、信用保証の貸倒れに伴う偶発債務が顕現化する可能性もあるため、貸倒れがどの程度の規模で発生するかについて注視する必要がある。特に、イタリアでは、GDP比で35.8%、日本とドイツでも、25%を超える規模の出資や貸出し、信用保証が実施されており67、企業債務が満期に達した際に、こうした偶発債務について対象企業の貸倒れが発生した場合、政府債務が更に増加するリスクが内在している。
第Ⅰ-1-4-11図 G20加盟国のコロナ関連経済対策に伴う財政支出(購買力平価GDP比)
こうした経済対策によって、景気が下支えされたものの、度重なる新型コロナウイルスの変異株のまん延もあり、その度に財政出動した結果として、各国において政府債務が積み上がっている。
ここで、ドーマーの定理として提唱されている各国の財政の持続可能性を示す指標を見てみる。ドーマーの定理とは、「利子率」と「経済成長率」を比較し、前者が後者よりも大きければ、国債残高は拡大を続け、財政が不安定化するという財政の持続可能性に関する見方である。下のグラフは、10年国債利回りと名目GDP成長率の差分を示したものであり、国債利回りと名目GDP成長率が等しいことを示す「0」を下回ると、財政の持続可能性が改善していることになる。
第Ⅰ-1-4-12図 G20加盟先進国及び新興国の財政状況(ドーマー条件)
先進国、新興国問わず、新型コロナウイルスの感染拡大を背景として、財政の持続性は悪化しており、10年国債利回りと名目GDP成長率の差分は、2019年から2020年にかけて、インドで0.2から9.3へと9.1ポイントの上昇、インドネシアで0.8から9.5へと8.7ポイントの上昇、南アフリカで3.8から10.8へと7.0ポイントの上昇、メキシコで3.7から10.7と7.0ポイントの上昇を示した。欧州においても、同期間に、フランスで-3から5.4へと8.4ポイントの上昇、イタリアで0.6から8.7へと8.1ポイントの上昇、英国で-2.8から4.7へと7.6ポイントの上昇を示した。日本でも、-0.5から3.6へと4.1ポイント上昇し、米国でも-2から3.1へと5.1ポイント上昇している。G20加盟国で、2020年時点で0を下回ったのは、トルコのみであり、新型コロナウイルスの感染拡大に伴って、多くのG20加盟国68において、財務の持続可能性が悪化した。
先進国に関しては、金融危機後の2009年に経済対策として財政出動を実施したことによって、財政の持続性に対する懸念はピークに達した。その後、2010年には一度はゼロ近辺もしくはマイナスに戻っており、景気回復に伴う経済成長によってピークから1年程度で財政の持続性に対する懸念は後退していた。今回のコロナショックにおいても同様のペースで財政の持続性に対する懸念が後退するかについては、景気回復の状況等の要素に依存する。また、インフレの高騰もあり、新興国でも政策金利の引上げに踏み切る国が出ているが、金利上昇は、債務の返済負担を増大させるため、特に、対外債務の水準が高い国への影響を注視する必要がある。69
66 IMF「October 2021 Country Fiscal Measures Publication」
67 IMF「October 2021 Country Fiscal Measures Publication」
68 サウジアラビアとアルゼンチンに関しては、長期国債利回りに関するデータがなく、検証対象に含めていない。
69 盛暁毅(2022)「膨張が続く新興国債務のリスク」「三井住友信託銀行調査月報2022年2月号」。
(2)今後の政府債務の見通し
2022年4月のIMFの予測70によると、2022年以降の世界の政府債務残高の購買力平価GDP比は、ロシアによるウクライナ侵略に伴う波及効果が及ぼす影響の全体像は不透明であり、世界的に財政赤字は減少するものの、新型コロナウイルス感染拡大前よりも高い水準が持続し、2027年時点でも95.5%と高い水準を維持する見込みである。先進国では、経済対策による景気回復もあり、2027年時点に112.7%まで減少するものの、依然として感染拡大前より高い水準を維持し、新興国では、増加基調が持続し、2027年時点には77.2%に達する見込みとなっている。低所得発展途上国では、2019年時点の43.6%から2021年の49.8%まで増加した後、徐々に減少し、2027年時点には45.9%となり、産油国71では2019年時点の45.0%から2021年時点の55.6%まで増加したが、足下進行するインフレによって2027年には48.2%まで減少すると予測されている。
第Ⅰ-1-4-13図 IMFによる政府債務残高の購買力GDP比率の予測
このように、世界的に、政府債務が感染拡大前よりも増加し、インフレが歴史的な水準まで高騰している中で、ロシアによるウクライナ侵略が、各国のインフレや経済成長に与える影響次第で、政府債務のGDP比は変動することが見込まれる。
70 IMF「Fiscal Monitor, April 2022」。
71 産油国には、アルジェリア、アンゴラ、アゼルバイジャン、バーレーン、ブルネイ・ダルサラーム国、チャド、カナダ、コンゴ共和国、エクアドル、赤道ギニア、ガボン、イラン、イラク、カザフスタン、クウェート、リビア、ナイジェリア、ノルウェー、オマーン、カタール、ロシア、サウジアラビア、東ティモール、トリニダード・トバゴ、アラブ首長国連邦、ベネズエラ、イエメンが含まれる。
3.民間債務の動向
(1)民間債務の概況
企業債務や家計債務を合わせた民間債務は、世界金融危機後に健全化が進んだものの、新型コロナウイルス感染拡大後の大規模な政策支援によって、大きく水準が上がっている。国際決済銀行(BIS)は、過去の金融危機の分析の経験から、GDPの成長率を上回る早いペースで民間債務が増加した場合には、金融危機に陥るリスクが高いとしている。特に、民間債務GDP比の長期トレンドからの乖離(債務・GDPギャップ)が9%ポイント以上の場合、3年以内に3分の1の確率で金融危機や大幅な景気後退が起こると予測している72。2020年以後、日本、フランス、カナダ、韓国といった一部の国では警戒すべき水準にあることから、経済が正常化に向かう過程における債務の動向には注意が必要である。
第Ⅰ-1-4-14図 G20加盟先進国及び新興国の債務・GDPギャップの推移
72 経済産業省「通商白書2020」。
(2)企業債務の動向
① 企業債務の概況
新型コロナウイルスの感染が拡大する前の2019年末から2021年9月末の期間における企業債務残高のGDP比は、先進国では90.9%から94.9%へと4%ポイント増加し、新興国では103.3%から112.5%へと9.2%ポイント増加した。企業債務は、低金利環境に加え、コロナショックによる経済活動の制限に伴う資金繰り対応等が背景となり、先進国、新興国を問わず、大きく増加している。G7加盟国を見ると、日本で101.2%から115.7%へと14.5%ポイント増加したほか、フランスで149.7%から164%へと14.3%ポイント増加し、カナダでは116.3%ポイントから124.3%へと8.2%ポイント増加した。BISの区分では新興国に含まれる韓国では、101.3%から113.7%へと12.4%ポイントと大幅に増加し、債務増加をけん引している。これらの国の企業債務は、感染が常態化した2021年9月時点においても、高止まりしている、若しくは減少したものの、減少幅が小さく、依然として高い水準を維持しており、今後の動向に注意が必要である。なお、米国では76.1%から81.1%へと5%ポイントの増加と政府による経済対策もあり、他の先進国と比べて、小幅な増加にとどまっている。
第Ⅰ-1-4-15図 G20加盟先進国及び新興国の企業債務残高のGDP比率の推移
新型コロナウイルスの感染拡大に伴う資金繰り悪化によって、資金調達手段として社債が活用され、一部のG7加盟国と中国において、社債発行額は増加している。特に、米国では、2019年から2021年に、1.2億ドルから1.5億ドルへと1.3倍に増加した。その他のG7加盟国では、日本で2214億ドルから2754億ドルまで1.2倍増加し、カナダでは1405億ドルから1942.8億ドルと1.4倍に増加した。欧州では2020年には発行額が増加したものの、2021年には減少しており、新型コロナウイルス感染拡大前とおおむね同水準に戻った。また、中国でも、同期間に1.2兆ドルから1.6兆ドルへと1.4倍に増加した。
企業の倒産件数は、新型コロナウイルスの感染拡大後も、日本、米国、欧州のいずれにおいても低水準で推移しており、信用保証などの企業金融支援措置が功を奏しているといえる。今後は、こうした支援措置により拡大した企業債務の返済期限が順次到来することもあり、債務の返済動向には注意が必要である。
第Ⅰ-1-4-16図 G7及び中国の社債発行額推移
第Ⅰ-1-4-17図 各国における企業の倒産件数指数の推移
②米国を中心に進むレバレッジ経営が増大させる金融リスク
企業債務増加のもう一つの背景として、金融危機後に米国企業を中心に活用されてきた、信用力の低い企業向け融資のレバレッジドローンとその証券化商品のCLO(ローン担保証券)の発行額が増加していることが指摘できる。レバレッジドローンは、変動金利であるため、市場金利の上昇とともに債務負担が増大するリスクが存在するほか、借換えが難しくなった場合には、企業の資金繰りに影響し得る。
また、自己の資産価値ではなく、買収対象企業の資産価値や将来の収益性を担保にして資金調達して高いレバレッジでM&Aを行う、レバレッジド・バイアウトの占める割合が上昇していることも、企業債務が増加している要因の一つである。新型コロナウイルスの感染拡大が生じた2020年は、一般的に高レバレッジとされる6倍を超えるレバレッジド・バイアウトの比率が、2021年には、リーマンショック後で最も高い58.8%に達する見込みであり、感染拡大で企業活動の見通しが立ちづらい状況においても、高レバレッジの企業買収が行われており、高リスクな買収の比率が高まっていることが見てとれる。また、金額ベースで見ても、レバレッジドローンを活用したM&Aやレバレッジド・バイアウトは、2018年以降は減少傾向にあったが、2021年に再度増加する見込みである。
CLOは、特に米国での発行額が多く、2020年に発行額が一時的に減少したものの、2021年に米国で発行されたCLOは、1,500億ドルに達する見込みであり、感染拡大で景気の見通しが立ちづらい状況においても、発行額が増加している。加えて、CLOの裏付けとなっている企業には、ホテルや娯楽のような、新型コロナウイルスの感染防止のために企業活動が制限されている業種の比率が高い73。仮に感染拡大の影響を受けて、企業の格付が低下した場合、こうした業種の企業が裏付けとなっている証券価格の下落を招くおそれもある。企業の信用リスクが高まると、企業債務の格下げが進み、関連する金融商品の価格低下等を通じて金融市場の安定性を損なうとともに、企業の資金調達環境を悪化させるリスクがあり、注意が必要である。
第Ⅰ-1-4-18図 世界のレバレッジローン活用状況
第Ⅰ-1-4-19図 米国及びEUにおけるCLO発行額
③不動産を担保とした借入れと資産価格下落に伴うリスク
また、企業債務が増加している一因として、不動産を担保とした借入れの活用も指摘できる。金融危機の影響が一巡してからは、金融緩和による金利低下により不動産需要が刺激されたことで商業用不動産価格が上昇しており、不動産等の保有資産を担保とした企業の借入能力が向上してきた。商業用不動産価格は、米国では、2010年比で2019年末時点の181.4から2021年末時点に212.2へと30.7ポイント増加しており、これは、日本やユーロ圏と比較しても大きな増加幅である。米国では、新型コロナウイルスの感染拡大下において、企業債務GDP比の増加幅は比較的小さいものの、資産価格の急落が生じた場合に潜在的なリスクを抱えているといえる。今後は、金融政策の正常化が進むにつれて、債務の返済に伴う不安が高まることで信用が収縮し、不動産需要も減退することから資産価格が下落するというリスクもつきまとう。2022年4月のIMF金融安定化報告書では、ロシアによるウクライナ侵略と経済制裁による影響は、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い蓄積されたぜい弱性を顕在化させ、資産価格の急落につながるおそれがあると指摘されており74、今後の動向に注意が必要である。
第Ⅰ-1-4-20図 日本・米国・ユーロ圏における商業用不動産価格の推移
73 代田純(2021)「銀行の有価証券保有とCLO」、証券経済研究、第113号。
74 IMF「Financial Stability Report April. 2022」
(3)家計債務の動向
① 家計債務の概況
新型コロナウイルスの感染が拡大した時期には、経済活動が制限され、観光業などの対面サービス業を中心に、労働者が失業や給与減額といった状況に直面したことに加え、感染拡大を防ぐため、住居を移転する動きがあり、住宅ローン債務が増加した。感染拡大前の2019年末から2021年9月末の期間に、家計債務残高GDP比は、先進国では73.7%から75.7%へと2%ポイント増加し、新興国では45.7%から51%へと5.3%ポイント増加した。国別で見ると、同期間に、フランスでは62.1%から67.3%へと5.2%ポイントの増加、カナダでは103.6%から108.8%へと5.2%ポイントの増加、ドイツでは53.3%から57.6%へと4.3%ポイントの増加、日本では62.7%から66.9%へと4.2%ポイントの増加を示しており、先進国では軒並み増加した。また、同期間に、韓国では95%から106.7%へと11.7%ポイントの増加、中国では55.5%から61.6%へと6.1%ポイントの増加、ブラジルでは33%から36.6%へと3.6%ポイントの増加を示している一方、インドでは34.5%から34.7%へと0.2%ポイント増加の僅かな増加、南アフリカでは35.3%から34.8%へと0.5%ポイントの減少となっており、感染拡大に伴う影響が出たのは、BISの新興国区分に含まれる一部の国に限定されたといえる。
今後、新型コロナウイルスの感染収束に伴い、住宅ローンの返済猶予などの支援策が縮小されることが想定される。その場合、長期的に家計債務残高が増加傾向にあることに加え、感染拡大下の家計債務残高の増加があいまって、家計の債務負担増加や不動産市場への潜在的な影響が懸念される。
第Ⅰ-1-4-21図 G20加盟先進国及び新興国の家計債務残高のGDP比率の推移
② 新型コロナウイルス感染拡大で高騰する住宅価格
新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、都市部の人々がテレワークをするようになり、郊外に住居を移転させる動きも進んでいる。こうした住宅需要の高まりは、住宅価格の上昇を後押ししている。例えば、米国では、大都市から人口が流出し、地方都市へ人口が流入することによって、郊外の住宅価格が上昇している。カリフォルニア州やニューヨーク州において人口流出が進んだ一方、テレワークによって職場への出勤の必要性が低下し、フロリダ州のような別荘地への人口流入が増加した。建設資材価格の高騰や建設労働者の不足75もあり、郊外のみならず、都市部の住宅価格も上昇している。今後、金融政策正常化の進展に伴い、住宅ローン利率が上昇すれば、住宅価格が下落し、家計債務に影響を及ぼす可能性もあり得るため、注意が必要である。
住宅価格を見ると、金融危機や欧州債務危機の後、低金利環境下での住宅需要の増加を背景に、米国、欧州、カナダ、中国等、多くの国・地域で住宅価格が長期的に上昇傾向にある。新型コロナウイルスの感染拡大後は、失業率の高まり等、所得環境が悪化したものの、金融緩和の影響もあり、住宅ローンの借入が促進され、世界各国で住宅価格が高騰した。米国では、2000年1月を100とした既存住宅価格指数は、感染拡大前の2019年末から2021年末の期間に、214.5%から276.4%へと61.9%ポイントもの高騰を記録している。カナダでは、郊外の住宅価格指数が、2005年比で同期間に、232.6%から283.2%へと50.6%ポイントの大幅な上昇を見せた。欧州においても、ドイツでは2010年比で同期間に、155.5%から184.2%へと28.7%ポイント上昇し、英国では2015年比で、121.8%から142.4%へと20.6%ポイント上昇した。中国では、2020年を100とした既存住宅価格指数は、同期間に、96.9%から111.4%へと14.7%ポイントの上昇を見せている。
第Ⅰ-1-4-22図 米国主要都市(ロサンゼルス・シカゴ・ニューヨーク)と郊外都市(ポートランド・クリーブランド・タンパ)の住宅価格の推移
第Ⅰ-1-4-23図 コロナ前後の米国主要都市(ロサンゼルス・シカゴ・ニューヨーク)と郊外都市(ポートランド・クリーブランド・タンパ)の人口増減
なお、FRBが金融機関を対象に実施している"Senior Loan Officer Opinion Survey on Bank Lending Practices"76によると、2015年以降の資金需要が増加した時期において、政府や政府系住宅金融機関が提供する住宅ローンの審査は、おおむね緩和化の方向を維持してきた一方、新型コロナウイルスの感染拡大が深刻化して以降の貸出態度の急激な厳格化は、世界金融危機の教訓を踏まえて、米国において金融機関によるリスク管理が徹底されていることを示唆しており、本来の返済能力を超える貸出は、住宅ローンについては多くはないと考えられる。
第Ⅰ-1-4-24図 G7及び中国の住宅価格指数の推移
第Ⅰ-1-4-25図 米国の住宅ローン需要DI
第Ⅰ-1-4-26図 米国の住宅ローン審査DI
③ 住宅ローン以外の家計債務の概況
家計債務の内訳を見ると、多くの国で住宅ローンが主要な構成項目となっており、米国と日本ではそれぞれ、家計債務の7割と6割強を占めている77 78。住宅ローン以外では、主として、クレジットカードローン、学生ローン、自動車ローンがあり、特に、高等教育機関の学費が比較的高額である米国では、学生ローンも家計債務を増大させる要因のとなっている。
米国の学生ローン、自動車ローン、カードローンについては、新型コロナウイルスの感染拡大が原因と見られるような債務残高の際立った増加は見られていないが、長年にわたる低金利状態の継続により債務残高が増加してきており、特に学生ローン残高の増加が著しく、サブプライムローン問題が表面化する前の2007年3月時点と2021年3月時点を比較すると約3倍に増加している。クレジットカードローンと自動車ローンも2000年代後半から増加傾向にある。日本におけるカードローンも、感染拡大による際立った増加は見られないが、2010年代中盤にかけてクレジットカードローン残高が増加しており、その後減少したものの、依然として2010年代初頭の水準を超えている。英国のカードローンは、2019年末に197万ポンドで、感染拡大に伴う景気後退もあり、2021年11月には200万ポンドを超える高水準の残高となっている。感染拡大によってカードローン残高が急増した英国のみならず、日本や米国についても、住宅ローン以外の家計債務が顕著に増加しており、金利上昇が及ぼす影響には一定の注意が必要である。
第Ⅰ-1-4-27図 日本及び米国の家計債務における項目別割合
第Ⅰ-1-4-28図 米国の学生ローン・自動車ローン・カードローン残高の推移
第Ⅰ-1-4-29図 日本及び英国のクレジットカードローン残高の推移
75 内閣府(2021)「世界経済の潮流」。
76 調査対象が需要DIと融資DIに分かれており、融資担当者が前回調査時からの変化動向を回答する。需要DIの場合は、プラス幅が大きいほどに借入需要が強いことを示し、マイナス幅が大きいほどに借入需要が弱いことを示す。融資DIの場合は、プラス幅が大きいほどに審査が厳格化していることを示し、マイナスが大きいほどに審査が緩和化したことを示している。
Senior Loan Officer Opinion Survey on Bank Lending Practices
https://www.federalreserve.gov/data/sloos.htm
77 ニューヨーク連銀「QUARTERLY REPORT ON HOUSEHOLD DEBT AND CREDIT」(2022年2月)
78 日本銀行「資金循環統計」(2021年9月)。