第4節 中国経済の動向
1.経済回復の動向
中国は、2020年に新型コロナウイルスの影響からいち早く回復し、主要国で唯一プラスの経済成長を達成した。続く2021年の中国経済の特色は、前年の反動もあって、年初に高い成長率を実現したが、年央から洪水、感染再拡大、電力不足、半導体不足、不動産規制、資源高等の様々な要因から3四半期連続で減速が続いた点にある。2022年も、ゼロコロナ政策に伴う感染再拡大や不動産規制に伴う不動産市場の低迷が継続しているほか、上海等の大都市の厳しい防疫措置の長期化や、2月のロシアによるウクライナ侵略の影響により資源価格の高騰やサプライチェーンの混乱が一段と高まったことが要因となって、今後の中国経済の先行きは減速が続いていく可能性が高い。ここでは、これまでの経過を主要な統計で追いながら見ていく。
(1)GDP
2021年の実質GDP成長率は8.1%と、政府目標の「6%以上」を達成し、コロナショックで落ち込んだ前年の反動もあって、新型コロナウイルスの感染拡大前の2019年よりも加速し(第Ⅰ-2-4-1図)、2019年からの2年間の年平均成長率は5.1%となった。もっとも、四半期別成長率の推移を見ると、年初は昨年の反動から高成長となったが、年央から洪水、感染再拡大、電力不足、半導体不足、不動産規制、資源高等の様々な要因があり、3四半期連続で減速が続いた。2022年第1四半期は、小幅ながら4四半期ぶりに伸び率が加速した。
第Ⅰ-2-4-1図 中国の実質GDP 成長率の推移
産業別で見ると、各産業とも年初の成長率が高く、年末になるほど減速している(第Ⅰ-2-4-2表)。特に建設業、不動産業は、年後半にマイナスに転じている。背景としては、後で見るように不動産投機を警戒する政府の規制で不動産開発が減速したことや地方政府の財政難からインフラ投資が低調であったことなどが影響していると考えられる。また、製造業の減速も顕著で、不動産の減速が建設資材など関連する業種に影響しているほか、環境・エネルギー制約からセメント、鉄鋼などのエネルギー多消費産業の鈍化、半導体不足、洪水、資源高など様々な要因がかみ合った結果と考えられる。それに対して、情報通信・情報技術サービスは、新型コロナウイルスによって加速されたデジタル化や在宅需要に後押しされて、一貫して2桁台の高い伸びを維持した。
2022年第1四半期は、3月から国内で感染症が拡大して、感染症の影響を受けやすい運輸業、卸小売業、宿泊・飲食業などが減速する一方で、金融緩和やインフラ投資など政府の景気支援策を受けて、製造業が加速し、建設業はプラスに転じた。
第Ⅰ-2-4-2表 中国の実質GDP 成長率(業種別)の推移
需要項目別寄与度の推移を見ると、建設、不動産、製造業の減速を反映して、2021年の第4四半期は総資本形成の寄与度がマイナスに転じ、最終消費も寄与が縮小する一方で、相対的に堅調な純輸出が成長を支えた(第Ⅰ-2-4-3表)。2022年の第1四半期は、最終消費の寄与はほぼ横ばいだったが、総資本形成の寄与度がプラスに転じたことが全体を引き上げた。
第Ⅰ-2-4-3表 中国の実質GDP 成長率(需要項目別)の推移
中国の実質GDP水準を試算すると、新型コロナが発見された2020年第1四半期に大きく落ち込んだものの、その後、ほぼGDP水準が回復して推移している(第Ⅰ-2-4-4図)。
第Ⅰ-2-4-4図 中国の実質GDP 水準の推移
(2)工業生産
ここからは主要な月次統計を参照しながら経過を確認する。まず、2021年の主要指標の動向を横断的に俯瞰してみる。各指標に共通していえることとして、2020年の落ち込みの反動から、年初に高い伸び率が記録され、反動増の剥落もあって次第に伸びが鈍化していく傾向が見られる(第Ⅰ-2-4-5図)。反動増の影響を除外するため、コロナショック前の2019年同月からの2年間の平均成長率の推移を見てみると、比較的安定した動きをしているが、工業生産、固定資産投資が年後半に鈍化している傾向は、ほぼ同じように観察される。小売売上高は感染症再拡大の影響を受けて伸び率が不規則に上下している。一方、輸出入はおおむね後半にかけて加速している。工業生産、固定資産投資、小売売上高は相対的に低い伸びにとどまっているのに対して、輸出入は相対的に高い伸びで推移している。2022年に入ってからは、政府の景気支援策の結果、1-2月の工業生産、固定資産投資、小売売上高は加速の動きが見られるが、3月から国内における感染症拡大に伴う規制のため減速に向かっている。特に感染症の影響を受けやすい小売売上高は3月にマイナスに転じている。これら指標の詳細を見ていく。
第Ⅰ-2-4-5図 中国の主要月次統計指標の推移
まず、工業生産は、2021年暦年合計で9.6%と2桁近い伸びを記録し、反動増の影響を除外するため2019年からの年平均伸び率で見ても6.1%と2019年実績の5.7%を上回ったが、月次の推移を見ると次第に減速してきている様子がうかがえる(第Ⅰ-2-4-6図)。特に全国的に電力不足が問題となった9月は落ち込んでおり、その後は電力不足が解消されつつあるも緩やかな回復にとどまっている。2019年からの年平均伸び率で見ても同じ傾向が見てとれる。2022年に入ると、政府の景気支援策を受けて1-2月は加速するが、3月半ばから、感染症の拡大のため、長春、深圳、上海等が次々に事実上の都市封鎖となり、物流が混乱したほか、労働者が出勤できず工場の稼働率低下などが見られた。
第Ⅰ-2-4-6図 中国の工業生産の推移
業種別には、コロナ禍で需要が高まっている医薬品、電子・通信機器が年間を通じて高い伸びを示す一方、暦年合計では反動増から高い伸びとなったものの、月次では減速が目立つ業種も多い(第Ⅰ-2-4-7表)。例えば、環境・エネルギー制約から、電力消費の多いセメントなど窯業土石、鉄鋼、非鉄金属は減速しており、半導体不足から自動車は年後半にマイナスに転じた。
第Ⅰ-2-4-7表 中国の工業生産(業種内訳)
(3)固定資産投資
固定資産投資は、2021年に4.9%の伸びで、反動増から2020年よりも加速した(第Ⅰ-2-4-8図)。一方、月次の推移を見ると、年初から次第に伸びの鈍化が続いており、反動増の剥落のほか、不動産規制、洪水、感染再拡大、電力不足、半導体不足等の影響が指摘されている。2019年からの2年間平均伸び率を見ると、年前半は加速していたが、後半から減速に転じた。業種別には、2021年は、電子・通信機器のほか、医薬品、衛生・社会サービスなど医療関係が高い伸びとなる一方で、半導体不足のため自動車はマイナスとなったほか、地方政府の財政難からインフラも低い伸びにとどまった(第Ⅰ-2-4-9表)。特に恒大問題に代表されるように、政府の不動産規制から年後半から不動産開発が減速に転じたが、この点については構造問題のところで詳しく述べる。2022年に入ると、1-2月は政府の景気支援策を受けたインフラ投資を中心に大きく加速したが、3月は感染症拡大の影響で減速した。
第Ⅰ-2-4-8図 中国の固定資産投資(年初来累計・前年同期比)の推移
第Ⅰ-2-4-9表 中国の固定資産投資(業種内訳)
(4)小売売上高
小売売上高は、2021年に12.5%と高い伸びとなったが、これは、2020年の落ち込みの反動が大きいと考えられる。このため2019年からの年平均伸び率は3.9%と低い伸びにとどまっている(第Ⅰ-2-4-10図)。中国国内においてしばしば感染の再拡大があり、飲食業を始めとする小売売上高は不安定な推移をしている。品目別には、通信機器が2桁台の伸びを維持したほか、燃料など石油製品が価格上昇から金額ベースで高い伸びとなった(第Ⅰ-2-4-11表)。一方、自動車は半導体不足で年後半はマイナスが続いた。飲食の提供は反動のため年計で高い伸びとなったが、年後半は感染再拡大のため、低い伸びにとどまったのに対し、ネット販売は2桁台の堅調な伸びを維持した。2021年に入ってから、1-2月は伸びが加速したが、3月に感染症拡大の影響で伸びがマイナスに転じた。
第Ⅰ-2-4-10図 中国の小売売上高の推移
第Ⅰ-2-4-11表 中国の小売売上高(業種内訳)
(5)貿易
貿易は、2021年に、輸出が+29.9%、輸入が+30.0%と大幅に拡大した。金額ベースでは輸出、輸入、貿易黒字とも過去最高を記録し、貿易総額(輸出+輸入)は初めて6兆ドルを超えた(第Ⅰ-2-4-12図)。輸出については、コロナ後、主要国の景気刺激策に伴う海外需要の拡大、輸入については、資源・エネルギーの価格上昇の影響等が指摘されている。月次の推移を見ると前年からの反動増によって年初の伸びが高かったものの、次第に鈍化している。もっとも、反動増剥落の要因を調整するため、2019年からの年平均伸び率を見ると、輸出は年後半にむしろ加速しており、輸入も伸びが高止まりして推移している。2022年に入ってからは、輸出入とも鈍化しているが、特に3月の輸入はマイナスに転じた。国内の感染症に伴う規制を背景に通関手続きや港湾関係の物流の混乱が影響している。
第Ⅰ-2-4-12図 中国の貿易の推移
主要国・地域別に見ると、2021年は、主要相手国・地域とは輸出、輸入とも軒並み2桁台の高い伸びを記録した(第Ⅰ-2-4-13表)。貿易摩擦を抱える米国とは、輸出入とも約3割増となったが、輸入の伸びの方が上回ったものの、もともとの金額に大きな開きがあったことから、貿易黒字は前年よりも拡大した。主要品目別には、輸出でマスクを含む繊維製品(▲5.6%)が需要一巡のためマイナスとなったほかは、輸出入ともほとんどの主要品目が2桁台の高い伸びとなった(第Ⅰ-2-4-14表)。特に輸入において、供給制約から、原油、天然ガス等の資源関係が金額ベースで大きく伸びた。
第Ⅰ-2-4-13表 中国の相手国・地域別の貿易伸び率(前年同期比)の推移
第Ⅰ-2-4-14表 中国の主要品目別の貿易伸び率の推移
(6)物価
中国の物価は、2021年は、消費者物価と生産者物価の動向に大きな乖離が見られた(第Ⅰ-2-4-15図)。消費者物価については、雇用や所得の回復が緩やかであったことから、2021年は+0.9%と、2009年(▲0.7%)以来12年ぶりの低い伸びにとどまり、政府目標の「3%前後」を大きく下回った。一方、生産者物価は国際資源価格の高騰を受けて、+8.1%と1995年(+14.9%)以来、26年ぶりの高水準となった。主要業種別の生産者物価は、石炭、石油、天然ガス、鉄鋼、非鉄金属など上流の原材料関係が高止まりし、消費者に近い下流の食品、衣類などは、価格が下落したか、上昇しても低い伸びにとどまっている(第Ⅰ-2-4-16表)。このため、原材料高にさらされながら、価格転嫁できない体力の弱い企業の採算悪化が見られた。2022年に入ってからも、ウクライナ情勢等を受けた国際資源価格の高騰のため、生産者物価の高止まりが続いている。
第Ⅰ-2-4-15図 中国の消費者物価・生産者物価の推移
第Ⅰ-2-4-16表 中国の生産者物価(主要業種)
(7)雇用及び所得水準
都市部調査失業率は、2021年に、年平均5.1%と、2020年(5.6%)より低く、政府目標(5.5%前後)を達成した。もっとも、年間の推移を見ると、例年であれば失業率が低下する秋頃から年末にかけてむしろ上昇しており、年後半は厳しい雇用環境にあった可能性がある(第Ⅰ-2-4-17図)。また、都市部新規就業者数も2021年は1,269万人と、政府目標(1,100万人)は達成したが、2019年の水準(1,352万人)には及ばなかった(第Ⅰ-2-4-18図)。さらに各月単月の前年同月比を試算してみると、年後半から急速に悪化しており、12月は前年同月の3割減となった。このように雇用は回復しつつあるも、コロナショック前の水準を取り戻せていないうちに、年後半から悪化の兆しがうかがえる。2022年に入ると、感染症拡大による都市封鎖が広がった3月に失業率や都市部新規就業者数の悪化が見られる。
第Ⅰ-2-4-17図 中国の都市部調査失業率の推移
第Ⅰ-2-4-18図 中国の都市部新規就業者数(年初来累計・前年同期比)の推移
一人当たり可処分所得の伸びも、名目、実質とも2021年は、2020年を上回ったが、2019年からの平均伸び率は2019年から比べれば鈍化している(第Ⅰ-2-4-19図)。
第Ⅰ-2-4-19図 中国の一人当たり可処分所得(年初来累計・前年同期比)の推移
(8)新型コロナウイルス感染状況
中国は、度々感染の再拡大に見舞われている。中国は「ゼロ・コロナ」を方針に掲げ、感染者数の水準は比較的小規模に押さえているものの、都市封鎖(ロックダウン)の影響で、生産や消費の停滞につながっている(第Ⅰ-2-4-20図)。また、2022年3月から新規感染者数が急速に拡大して、上海市、広東省の深圳市、吉林省省都の長春市などで事実上のロックダウンが見られた。
第Ⅰ-2-4-20図 中国における新規感染者数の推移
2.経済回復の特徴と課題
既に見たように、2021年の特徴は、2020年の反動で年初は高い成長率を記録したものの、次第に減速していることである。反動増が剥落しただけでなく、年央から洪水、感染再拡大、電力不足、半導体不足、不動産規制、資源高、地方政府の財政難等の多様な要因が入り組んで作用している。この結果、GDPの内需に当たる総資本形成が年後半はマイナスとなったほか、最終消費の寄与度も縮小した。一方、主要国の経済回復や景気支援のための財政支出は、中国の輸出を促進する効果をもたらし、堅調な輸出が景気を下支えした。
ここで、今後の中長期的な中国の経済成長について触れたい。2000年代に、中国のGDP規模は主要国を次々と追い抜き、2010年に日本も抜いて世界第2位の経済大国となった(第Ⅰ-2-4-21図)。IMFの「世界経済見通し」では6年先までのGDP見通しを公表しており、これに基づくと、仮に2021~2027年の両国の年間平均成長率で、GDPを機械的に伸ばした場合、2030年頃に米中が逆転することになる127。
第Ⅰ-2-4-21図 主要国のGDPの見通し
また、日本経済研究センターもアジア諸国の経済成長率予測を公表している。その中では、GDPは生産性、労働投入、資本投入の3要素の生産関数で決定され、例えば生産性はデジタル潜在力、都市化率、貿易開放度を用いて予測し、生産性に対して3要素がどのように影響するかは60か国の過去のデータから推計している。その結果、標準シナリオでは、2033年に中国のGDPは米国を上回るとしている128。しかし、その後、米国が相対的に高い成長率を維持する一方で、中国は人口減少と生産性の伸びの鈍化により成長率が減速し、2056年に米国のGDPが再び中国を上回ると予測している。
これに対して異なるアプローチから中国の成長率予測を行っているものもある。例えば、日本銀行のワーキングペーパーである佐々木他(2021)129では、中国の労働生産性が先進国にキャッチアップしていくという前提の下に、産業別の労働生産性と就業者の予測値から産業別経済規模を試算してGDPを予測している。そのベースラインシナリオでは2035年までにGDPを倍増させることは可能としている。もっとも、食料自給の観点から、就業者の農業から製造業・サービス業へのシフトに制約がかかること(農業改革の重要性)や拡大する製造業に十分な需要が見込めるか(国内需要の拡大ができるか)、少子高齢化による資本蓄積の低下(資本蓄積の減速を全要素生産性(TFP)成長率の加速で補えるか)等が課題としている。
127 あくまでも、両国の2021年~2027年までの6年間の名目GDPの年平均成長率を求め、2027年以降、この成長率にしたがって成長すると仮定した場合の試算。実際には各年の経済動向のほか、為替レートの変動などの要因も関係しており、ひとつの目安である。
128 高野哲彰、佐倉環(2021)『第2章 米中逆転は4年後退、2033年に-標準シナリオ、生産関数にDX要素』、「アジア経済中期予測」、公益社団法人日本経済研究センター。特別にデータ及び資料の提供を受けて利用。
129 佐々木貴俊他(2021)「中国の中長期的な成長力-キャッチアップの持続可能性に関する考察」(日本銀行ワーキングペーパーシリーズNo.21-J-9)。同ペーパーでは、中国は2035年までにGDPを倍増させることができるかという観点から分析を行っている。2020年11月の中国共産党第19期中央委員会第5回全体会議(五中全会)で習近平総書記は2035年までにGDPと一人当たりの収入を倍増させることは完全に可能と説明していた。
3.構造問題
既に見たように2021年の中国経済は減速してきているが、短期的な景気動向とは別に、中長期的に中国が成長を続けていくためには多くの課題が指摘されている。
(1)人口動態
① 出生率と生産年齢人口
中国においても少子高齢化が進んでいる。国連の人口推計(中位推計)によれば、生産年齢人口は既に2010年にピークを迎え、総人口も2030年以降は減少に転じると見込まれている(第Ⅰ-2-4-22図)。また、高齢人口・年少人口の生産年齢人口に対する比率(1人の働き手が養う人数)は急速に上昇していくと見られる(第Ⅰ-2-4-23図)。
第Ⅰ-2-4-22図 中国の人口構成の将来予測(国連推計)
第Ⅰ-2-4-23図 生産年齢人口に対する比率(一人の働き手が養う人数)
将来の人口動態は、一人の女性が一生の間に出産する子どもの推定値である合計特殊出生率に大きく影響され、国連の中位推計では合計特殊出生率を2020-25年は1.70と仮定して推計している(第Ⅰ-2-4-24表)。しかし、2021年5月に発表された2020年の第七次人口センサス(全数調査)では1.30という低い数値が公表され注目を集めた。人口を一定水準に保つために必要とされる2.1はもとより、国連の中位推計どころか、低位推計の前提条件も下回る水準であり、人口問題はより切実なものであることを示唆している。
第Ⅰ-2-4-24表 合計特殊出生率の比較
より単純に、その年の出生者数の人口に対する比率を見ても、一人っ子政策が緩和・廃止された翌年は、出生率が一時的に上昇するものの、それ以降は再び低下が続き、2021年は過去最低の出生率を記録したほか、死亡率を差し引いた人口増加率も低下を続けている(第Ⅰ-2-4-25図)。
第Ⅰ-2-4-25図 人口に対する出生・死亡率の推移
中国の少子高齢化の背景には1979年から導入された一人っ子政策の影響が指摘されている。これまで同政策は2013年に夫婦のどちらかが一人っ子ならば2人目を認めると緩和され、2015年にはすべての夫婦に2人目を認めることで廃止された(第Ⅰ-2-4-26表)。しかし、生活費、養育費の問題や生活パターンの変化等から、期待されたほど出生率の増加が見られず、第7次人口センサスの結果を受けて2021年に子供を3人まで認めることが決定された。同時に教育費の上昇を抑える目的で、民営の塾は禁止され、教育産業は公営企業が行うこととされた。これらの政策が人口問題の解決につながるかは今後の動向を見ていく必要がある。
第Ⅰ-2-4-26表 人口政策の推移
② 労働力の地域的・産業別配置
生産年齢人口の総数だけでなく、労働力の地域的な再配置の問題もある。かつては農村部の余剰労働力が農民工として都市に流入していたが、現在の都市部の労働者の需給バランスを見ると、都市部求人倍率は1.0を越えて人手不足で推移している(第Ⅰ-2-4-27図)。その背景として、生産年齢人口の減少とともに、都市に流入する農民工の伸びの鈍化も考えられ、農村部の余剰労働力が枯渇している可能性を示唆している(第Ⅰ-2-4-28図)130。また、農民工自身の高齢化も進行していることを踏まえると、今後、都市部において中長期的に労働力不足が生じていくことが考えられる(第Ⅰ-2-4-29図)131。
第Ⅰ-2-4-27図 中国の都市部求人倍率の推移
第Ⅰ-2-4-28図 農民工人数の推移
第Ⅰ-2-4-29図 農民工の年齢構成の推移
一方、人口の都市部への移住も進行しており、農村部の居住人口が減少する一方で、都市部の居住人口は増加している(第Ⅰ-2-4-30図)。それに伴って、就業構造は、第一次産業から、相対的に付加価値の高い都市型の第二次、第三次産業へシフトし、社会全体の生産性を嵩上げすることも期待できる。また、都市人口の増大は住宅や都市インフラなど需要拡大を呼び起こす効果も考えられる。
第Ⅰ-2-4-30図 中国の都市化率の推移
130 ただし、2020年の場合、急にマイナスに転じたのは、新型コロナウイルスによる移動制限の影響が考えられる。
131 一方、労働のミスマッチの問題も指摘されている。中国では、大学・大学院などの高等教育の卒業生が急増している。将来の成長を支える重要な人材ではあるが、工場労働者などの比較的労働集約的な職種への求人は多いのに対して、高等教育に合う職場は限られており、雇用問題が懸念されている。
(2)国有企業
① 国有企業の効率性と国有企業政策
中国では、国有企業改革は重要なテーマで、長い間に渡って議論が行われてきた。例えば、1997年の第15回共産党大会では、国有企業を公共財などを提供する一部の業種に限って維持し、非国有企業と競合する分野から退出させる方針が表明され、実際に1990年代後半から中小国有企業を中心に民営化が行なわれた(第Ⅰ-2-4-31表)。このような国有企業改革の背景には、総じて国有企業は民営企業に比べて効率性が低いという事情がある(第Ⅰ-2-4-32図)。それにも関わらず、大きな資源が投入され、社会的な非効率が生まれているとの指摘がある。国有企業改革の中で、中小国有企業を中心に民営化が行なわれたが、大型国有企業の改革は遅れている。習近平総書記の時代になってから行われた経済の基本方針を決める2013年の中国共産党中央委員会第三回全体会議(三中全会)において、「資源配分における市場の決定的役割」が強調され、2015年に公表された指導意見の中では、国有企業を商業類・公益類に区別することや混合所有制が提唱され、むしろ、国有企業を「より大きく、より卓越して、より強く」する方針が表明されている。
第Ⅰ-2-4-31表 中国の国有企業政策の推移
第Ⅰ-2-4-32図 国有企業・民営企業別の総資産利益率(工業分野)
国有企業が大きなシェアを占めるのは、資源、エネルギー等の分野で、一方、民営企業は木材、紡績、衣類、家具等の軽工業、民生品の分野で大きなシェアを有している(第Ⅰ-2-4-33図)。2021年の資源高による物価上昇では、川上の原材料製造を占める大手国有企業が価格を上昇させる一方で、消費者に近い民政分野を占める民営企業は、雇用・所得の回復が遅れる消費者との板挟みとなって、価格を思うように上げられず、経営が悪化した。なお、外資企業は電子通信機器、医薬品でのシェアが高い。
第Ⅰ-2-4-33図 総資産額における業種別国有企業シェア(工業分野)
② 政府補助金
また、国有企業については、政府からの支援が行われているのではないかとの指摘がある。ここで、政府支援の代表的な例として政府補助金の動向を見ていく。分析に当たっては、上場企業は財務諸表を公表していることから、そこに記載されている政府補助金のデータを利用する。第Ⅰ-2-4-34図は上海・深圳証券取引所の上場企業について政府補助金の受取額を集計したものである。これを見ると、政府補助金は、国有企業だけでなく、民営企業に対しても幅広く交付されている。むしろ、2010年代半ば以降は、補助金総額としては、民営企業が中央政府や地方政府所管の国有企業を上回っている。1社あたりの補助金額は大型企業の多い中央政府所管の国有企業が大きいが、売上げ当たりの補助金額は民営企業が国有を上回って推移している。中国政府は産業の高度化に当たって、必ずしも国有企業にこだわらず、民営企業を含め幅広い企業に対して柔軟な支援を行っている様子がうかがえる。
第Ⅰ-2-4-34図 中国の企業タイプ別補助金の推移132
次にどのような業種に補助金が支給されているかを見てみる。特に中国政府が2015年に公表した「中国製造2025」との関係を見ていく。「中国製造2025」は、中国を世界の製造強国に導くための産業政策で、重点となる10分野が指定されている(第Ⅰ-2-4-35表)。その関連業種への交付額をプロットしたのが第Ⅰ-2-4-36図である133。2015年の「中国製造2025」の公表後、全体に占める関連分野向け補助金のシェアが上昇している134。中国企業の活動自体(売上高)が同分野へシフトしている影響もあるが、売上高に対する補助金の比率を見ても、「中国製造2025」関連業種は上昇していることから、売上高の変化以上に同分野への補助金が手厚くなっている様子がうかがえる(第Ⅰ-2-4-37図)。
第Ⅰ-2-4-35表 中国製造2025
第Ⅰ-2-4-36図 中国製造2025の重点10分野向け補助金の推移
第Ⅰ-2-4-37図 補助金の売上高に対する比率の推移
重点10分野の中で、特に補助金の大きな分野について、企業タイプごとに集計したのが第Ⅰ-2-4-38図である。次世代情報技術産業、バイオ医薬・高性能医療機器においては、国有企業よりも民営企業の補助金が大きく拡大している。既に見たように、もともと国有企業のシェアが高い分野、例えば、材料関係や自動車においては、国有企業向け補助金が民営企業と同水準、又は上回っているが、次世代情報技術産業やバイオ医薬・高性能医療機器のように民生に近い新分野においては民営企業が先導するという特徴が見受けられる。また、詳細分類におりて、太陽光発電装置について同様に集計すると、民営企業への補助金が拡大していることが分かる。半導体については民営企業も伸びているが、公衆企業がそれ以上に大きく伸びている。
第Ⅰ-2-4-38図 主要分野における企業タイプ別補助金総額の推移
このような補助金は企業にどのような影響を与えるのだろうか。一つの方法として、補助金の手厚さ、具体的には補助金の売上高に対する比率の上位グループと下位グループで、財務状況等に違いがあるかどうかを調べてみた(第Ⅰ-2-4-39図)135。これを見ると、赤字企業の割合は、民営企業の場合、上位グループでも下位グループでも余り相違はないのに対して、国有企業の場合はむしろ補助金をより受けているグループの方が赤字企業の割合が高い136。業種特性など考慮すべき点があるので、ここから直ちに結論付けることはできないが、事実上、補助金が赤字補填を果たしている可能性が示唆される137。研究開発費や設備投資の代理変数として見た減価償却費の比率は、補助金をより受けているグループの方が高い。これは補助金が研究開発や設備投資を促進していることを示唆している。
第Ⅰ-2-4-39図 補助金の上位グループと下位グループの比較(平均)
132 公衆企業とは、中国のネットソースによれば、株主数が200名を超える株式会社で、株主が多いこともあり、国有企業、民営企業に簡単に分けることが難しいため、別の項目として集計した。(https://baike.baidu.com/item/%E5%85%AC%E4%BC%97%E5%85%AC%E5%8F%B8/3699776)
133 製造2025関連業種への補助金の集計は、各社公開情報から「中国製造2025」に該当すると思われる企業の政府補助金を集計するという方法をとった。ただし、この方法はデータの制約から次の点に注意が必要。該当する可能性がある企業業種を広めに選定しており、企業単位で補助金を集計するため、必ずしも「中国製造2025」と直接の関係がない補助金も集計される可能性がある。企業の主要な活動で業種を判断しているため、複数の業種にわたって活動をしている場合、集計対象から外れる可能性もある。これらを考え合わせると、総じて補助金額は大きめに集計されている可能性があり、確定的なものではなく、一つの目安として見る必要がある。なお、張(2021)は個別の補助金を掲載したデータベースから「中国製造2025」の分析を行っているが、補助金内容の記載が曖昧なこともあり、件数ベースで全体の3~4%程度とかなり少ない数値となっている。実際の数値は、両者の間にあることが推測される。その他の注意点として、企業の業種は2020年時点のものを過去に遡及したこと、集計には2011~2020の途中年から参入した企業も含まれていることなどが挙げられる。
134 2020年に「中国製造2025」のシェアが低下しているが、同年は新型コロナの影響で、感染症対策や生活必需品生産企業への支援など想定外の補助金が支給されている可能性がある。
135 補助金の売上高に対する比率を民営企業は1%、国有企業は0.5%で分けて、上位企業・下位企業で差異があるか平均を比べた。なお、この閾値を使えば企業数ベースでほぼ半分に分割される。
136 念のため、統計的に見て平均値に差があるといえるのか、それとも偶然の要素が強いのか、有意性の検定も行った。有意性5%で検定したところ、赤字企業割合について、国有企業(中央)、国有(地方)とも有意な差が認められたが、民営企業については有意な差があるとは言えなかった。
137 通商白書(2018)では、第Ⅱ部第2章第2節「世界的な過剰生産能力への対応」において、中国の鉄鋼業を対象に分析をしている。補助金は、事実上、地方政府所管の国有企業の赤字を補填している可能性を指摘している。
(3)債務問題・金融リスク
① 国際的に見た中国の債務水準
中国では、世界金融危機後、非金融企業の債務残高が日本のバブル期を上回る水準まで急速に拡大した(第Ⅰ-2-4-40図)138。その後、一旦は金融リスクに対処するため圧縮されたものの、コロナショックに際して再び企業債務が拡大しており、直近でGDP比155.5%と極めて高い水準となっている。中国の家計債務も、非金融企業に比べれば水準は低いものの、住宅ローンを中心に急速に拡大してきている。なお、政府債務については日本に比べれば水準は低いが、徐々に拡大してきている。
第Ⅰ-2-4-40図 日本・中国の債務残高(GDP比)の推移
一方で、国際的に比較すると、中国は、非金融企業債務が大きいものの、政府債務は相対的に小さく、企業、家計及び政府の債務を合算した全体で見ると、米国、ユーロ圏の水準と大きな相違はないともいえる(第Ⅰ-2-4-41図)。
第Ⅰ-2-4-41図 主要国・地域の債務残高(対GDP 比 / 2021Q3)
② 社会融資総量と銀行融資
中国の債務の動向を社会融資総量139の残高統計を利用して考察する。2020年は新型コロナウイルス感染拡大による経済の落ち込み後、景気浮揚のための金融緩和が進み、社会融資総量の伸びが加速した。翌2021年は、感染が抑えられ経済も回復してきたので、社会融資総量の伸びも次第に抑制されてきたが、年末は景気減速を受けて再び加速に転じた(第Ⅰ-2-4-42図)。その寄与度の内訳を見ると、人民元建て融資が堅調に推移しており、インフラ投資のための地方政府特別債は年央に一旦縮小したが、景気減速の中で年末にかけて再び寄与を拡大している。一方で、当局の監視の目の届きにくく問題の多いシャドーバンキング(信託貸出、委託貸出等140)は寄与の縮小が続いている。
第Ⅰ-2-4-42図 中国の社会融資総量の残高の伸び率の推移
ここでは、社会融資総量の伸びで大きな寄与をしている銀行融資、地方政府債務を取り上げて詳しく見ていく。
まず、中国の銀行融資について不良債権の動きを見る。不良債権は金額ベースで2020年半ば以降はほぼ横ばいで推移している(第Ⅰ-2-4-43図)。不良債権比率(不良債権 / 融資残高)も2020年半ばまで上昇した後は、融資総額拡大の中で低下に向かっている。なお、不良債権とは別に、現段階では借り手に返済能力があるが、将来の返済に懸念要素のある「要注意先」(中国では「関注」と表記)と呼ばれる不良債権予備軍が、不良債権額以上に存在している点には注意が必要である。
第Ⅰ-2-4-43図 中国の商業銀行の融資における不良債権の推移
③ 地方政府債務
地方政府の財務構造にはぜい弱な側面が見られる。まず、地方政府は、教育、社会保障・雇用関係を始め、住民生活に密着したサービスの提供を行うために恒常的に大幅な支出超過となっている(第Ⅰ-2-4-44図)。このため地方政府自身の税収等は5割程度で、中央政府からの移転に大きく依存する構造となっている(第Ⅰ-2-4-45図)。かつて地方政府は借入が禁止されていたため、地方政府融資平台を通じた資金調達を行い、その実態が不明確なため隠れ債務との批判を招いた。現在では、地方債の発行が認められるかわりに、中央政府による上限が設定され、債務実態を明確化して管理する方針へ転換された。その地方債の債務残高は年々増大しており、2014年から2021年までに総額で約2倍、特に景気支援のため公共事業等に充てられる専項債は2.8倍に拡大している(第Ⅰ-2-4-46図)。
第Ⅰ-2-4-44図 中国の中央政府・地方政府の税収と支出
第Ⅰ-2-4-45図 中国の地方政府の歳入構造(2020年)
第Ⅰ-2-4-46図 中国の地方債務残高の推移
地方債の残高を地域別に見ると、江蘇省が最大で、山東省、広東省と続くが、地方ごとの経済規模を考慮して、対GDP比で見ると青海省が最も債務が重く、貴州省、内蒙古自治区と、総じて経済発展の遅れている地域の債務が大きい(第Ⅰ-2-4-47図)。また、東北地方の債務も大きく、地域別の負担には大きな相違がある。
第Ⅰ-2-4-47図 中国の31省・直轄市・自治区の債務残高(2020年末)
④ 不動産と地方財政
さらに地方政府の財政が、土地使用権譲渡収入に大きく依存していることも問題として指摘されている。中央政府からの移転を含めた、地方政府の財政収入は、一般会計が約7割、政府性基金(特別会計に相当)が約3割であるが、その政府性基金収入に占める土地使用権譲渡収入の割合は8割を越えている。近年、土地使用権譲渡収入の増加に伴って、地方政府収入に占めるシェアも上昇した結果、政府収入の約3割が不動産価格に左右される不安定な構造となっている(第Ⅰ-2-4-48図)。このような状況下では不動産価格が低下に転じた場合は歳入減に直結する懸念がある141。
第Ⅰ-2-4-48図 地方政府収入における土地使用権譲渡のシェア
⑤ 不動産リスク
その不動産価格についてはバブルの危険性がたびたび指摘されてきた。中国では資金の投資先が限られているため、金融緩和の際に住宅市場に資金流入することが多い。中国の住宅価格の推移を見ると、長期的に上昇してきており、特に一線都市といわれる沿海部の北京、上海、広州、深圳は好景気の時期に住宅価格が大きく上昇し、加熱しすぎれば規制が導入されてきた(第Ⅰ-2-4-49図)。また、中国では土地の所有権は国家にあり、不動産からの収入に依存の大きい地方政府が宅地の供給量を調節できることが価格の高止まりを招いているとの指摘もある。
第Ⅰ-2-4-49図 中国の主要都市の新築商品住宅販売価格の推移
最近の住宅価格を見ると、コロナショック後、景気支援のための金融緩和を受けて住宅価格は上昇基調となった。例えば、第Ⅰ-2-4-49図で新型コロナウイルス患者が初めて発見された武漢では2020年前半、住宅価格はほぼ横ばいで推移したが、2020年後半は再び上昇に転じている。特に、北京、上海などの大都市の住宅価格にバブルの懸念が指摘されている142。2020年半ば、住宅バブルを懸念した中国政府は不動産会社に3つのレッドラインと呼ばれる規制をかけるとともに、2021年初め、金融機関に対して不動産融資に関する総量規制を導入した。その結果、2021年後半、借入れ等に依存した経営をしていた恒大などの大手不動産会社の資金繰りが悪化した(第Ⅰ-2-4-50図)。資金調達の伸びは、2021年後半に減速しており、特に銀行融資がマイナスに転じているほか、前払い収入も大きく落ち込んでいる143。このような不動産会社の資金難を背景に、不動産開発投資は減速を余儀なくされた(第Ⅰ-2-4-51図)。2021年始めは2020年の落ち込みの反動から高い伸び(前年同期比)を示していたが、次第に減速した。反動の影響を調整するためにコロナショック前の2019年からの年平均伸び率を見ても、年初はむしろ伸びが加速していたが、反対に年央から減速に転じている。本節冒頭でみたように不動産業、建設業は7-9月期、10-12月期のGDPがマイナスに転じ、中国経済の成長の引下げ要因となっている(第Ⅰ-2-4-1図)。
第Ⅰ-2-4-50図 不動産会社の資金調達の伸び率と内訳144
第Ⅰ-2-4-51図 中国の不動産開発投資(年初来累計・前年同期比)の推移
住宅価格も、2021年後半からは低下の動きが見られる。北京、上海などは上昇が続いているものの、全国平均は低下に向かっており、地方都市を中心に住宅価格が低下していると見られる。しかし、既に見たように、地方政府収入は不動産に依存する割合が大きく、地方政府財政への懸念も指摘されている。景気の減速や財政収入減少の中で、地方政府の中には住宅購入規制を緩和する動きも現れている。
IMFの中国に関する4条協議報告書によれば、恒大1社に対する融資額はシステミックリスクを起こすものではないが、体力の弱い他の不動産会社にも波及しており、不動産業界への融資は融資総額の7%、住宅ローンは融資総額の21%を占めること、その他の銀行融資のかなりの部分が不動産を担保としていること、銀行は不動産融資を多く持つノンバンクに対する融資も大きいことなどから、より幅広い信用収縮につながる可能性が指摘されている145。
また、不動産は、バブルや景気という経済的側面とともに、貧富の格差という社会的側面も併せ持っている。中国政府は「住宅は住むものであって投機をするものではない」と繰り返し表明しており、その解決のため不動産税の試験的導入も予定されていたが、その導入には影響も大きく、不動産市場が冷え込む中で、2022年の導入は見送られる方針と報道されている。
138 国有企業は、「政府」ではなく、「企業」に分類されている。
139 社会融資総量は中国独自の統計。中国語の「融資」は資金調達の意味で、社会における銀行融資、理財商品、社債、株式等を含めた資金調達の総額を示す。なお、必ずしもすべてが債務という訳ではない(株式は返済義務がなく、債務とはならない)。
140 委託融資は企業間の直接の融資。信託融資は理財商品などの金融商品。いずれもシャドーバンキングに当たる。第2章第Ⅰ部
141 報道によれば、2021年の土地使用権譲渡収入は2020年までの2桁増から3.5%増に減速。
142 住宅価格の年収に対する倍率が高いことが指摘されているが、具体的な数値は調査によって幅がある。2021年9月27日付け日本経済新聞の報道によれば、如是金融研究院のデータで北京55.8倍、上海45.55倍と、バブルといわれた1990年の東京の18.36倍を上回っていると指摘している。また、2022年2月3日付けの経済産業研究所Webサイトの関志雄コンサルティングフェローのコラムの中で、上海易居房地産研究院資料を基に世帯の可処分所得比で、北京23.8倍、上海26.2倍としている。さらに、2021年10月1日付の日本総研Webサイトの関辰一主任研究員の記事では、国家統計局データを基に同じく世帯の可処分所得比で、北京16.9倍、上海15.6倍と計算している。なお、同氏は大都市の中心部では価格高騰が続いているが、それ以外の地域では落ち着いた動きであるとの見方も示している。
143 不動産売買の慣行として購入者は工事が完了する前に前払いをしている。購入者にとって、無事、物件の引渡しが行われるか不安が高まっ たこと、不動産会社が資金捻出に値引き販売を始め、将来の値上がり期待が薄れたことなどから不動産市場が混乱した。
144 コロナによる落ち込みと反動増の影響を調整するため、コロナ前である前々年(それぞれ2018年、2019年)と比較した伸び率(2年間の年平均伸び率)。IMFの4条協議報告書(2022年1月)のグラフとあわせた。なお、調達資金は前年からの繰越しは含めず、当該年にお ける調達額のみ計算した。
145 IMF「People’s Republic of China – Staff Report for the 2021 Article IV Consultation」(2022年1月)の中の「Box 4. Downside Risks from Property Developer Stress」。
(4)環境規制と電力不足
中国は第14次五か年計画で、5年間の間に、GDP1単位当たりのエネルギー使用量を13.5%、GDP1単位当たりの二酸化炭素排出量を18%、それぞれ削減するという目標を掲げている。さらに2021年の国連総会において、習近平主席は、2030年までに二酸化炭素排出量のピークアウト、2060年までのカーボンニュートラルを目指すことを宣言した。
一方、代表的なエネルギーである電力消費を見ると、2021年は上半期(1-6月)で16.2%増と大きく伸びている(第Ⅰ-2-4-52表)。電力消費は製造業が全体の半分を占めるが、特に化学、窯業土石、鉄鋼、非鉄金属でさらにその半分を占めるなど素材産業の電力消費は大きい。2021年9月、中国各地で政府当局や送配電会社が企業に対して電力使用制限措置を行った。その結果、電力を大量に消費するガラス、セメントなどの素材産業を中心に生産の減少・混乱が生じて、その影響はサプライチェーンを通じて海外へも及んだ。その背景として、電力会社が石炭価格の上昇から採算の合わない石炭火力発電所を停止したことや、中央政府からの電力消費削減指示に対する地方政府の過剰反応等が指摘されている。石炭については供給増加や電力価格の見直し等が行われたが、電力消費については下半期に大幅な削減が図られ、2021暦年では10.3%増まで鈍化した。
第Ⅰ-2-4-52表 中国の電力消費(2021年)
2021年12月には電力不足はほぼ落ち着いたものの、このような電力不足の経験を踏まえ、2022年3月の全人代ではエネルギー消費量の目標は単年度ごとの厳しい管理でなく柔軟性をもったものとすることが示唆されている。
(5)所得格差
中国では、地域間(省別)、都市・農村間、個人間の所得格差が大きいことが指摘されている。ある程度の格差縮小は見られたものの、依然として大きな格差が残っている。地域間で比較すると約4.6倍、都市・農村間で約2.6倍、個人間のジニ係数は0.4を上回って推移している(第Ⅰ-2-4-53図、第Ⅰ-2-4-54図、第Ⅰ-2-4-55図)。所得格差は社会不安の一因となりかねないため改善が求められている。また、もし消費性向が高いと考えられる低所得者への所得再分配が実現できれば消費促進を通じて経済成長にもつなげることもできる。
第Ⅰ-2-4-53図 中国の地域別一人当たりGDP(2020年)
第Ⅰ-2-4-54図 中国の一人当たり可処分所得(都市・農村別)の推移
第Ⅰ-2-4-55図 中国のジニ係数の推移
このような中、2020年に達成されたと総括された「小康社会」(ややゆとりのある社会)に続く目標として、貧富の格差の是正を目的とした「共同富裕」(ともに豊かになる)という方針が表明されている。その一環で、中国政府は市場を独占する民間企業などへの規制・取締りを強化し、企業の寄付行為も奨励している。また、今後の税制・社会保障改革も示唆されているが、大きな効果が期待される不動産税の実現には長い年月がかかると見られる146。
146 報道によれば、2021年10月の全人代常務委員会が認めた不動産税の試験導入は、不動産市場が冷え込む中で2022年内は見送る方針とのこと(2022年3月16日付け日本経済新聞)。
4.経済政策
このような課題が山積する中で、2022年3月、全国人民代表大会(全人代、我が国の国会に相当)が開催され、政策方針が表明された。
2022年の経済運営の方針としては経済の安定を最優先し、雇用の安定を図ることを明確にしている。2022年の経済成長率目標は5.5%前後と、2021年よりは引き下げたものの、直近の実績や国際機関等の予測に照らし合わせれば、意欲的な目標といえる(第Ⅰ-2-4-56表)147。2022年秋の共産党大会を意識したものと指摘されており、その実現のため「積極的な財政政策」と「穏健な金融政策」などを挙げている。
第Ⅰ-2-4-56表 2022年の主要数値目標
また、住民所得の伸びを経済成長率にあわせること、国際収支の均衡、昨年秋の電力不足を踏まえてエネルギーの過剰消費抑制の柔軟化などの方針も示された(第Ⅰ-2-4-57表)。
第Ⅰ-2-4-57表 その他の主要目標
これらを実現するための2022年の施策として、中央政府の財政赤字(GDP比2.8%前後 / 昨年は3.2%前後)や特別地方債(昨年と同じ3兆6500億元)の規模などが示されたほか、主要分野ごとの重点施策が公表された(第Ⅰ-2-4-58表)。
第Ⅰ-2-4-58表 2022年の重点施策
その中でサプライチェーンに関しては「製造業のコアコンピタンスを強化する」として、「原材料・重要部品」の安定供給強化が示されるとともに、「国有企業がサプライチェーンの基板力・牽引力を向上させる」として、国有企業の果たす役割の強化が示唆された。経済連携に関してはRCEPの活用やWTO改革への積極的関与が示された一方で、CPTPPについては加入申請を行った事実を含め直接的な言及はなかった(2021年の「政府活動報告」では「加入を前向きに検討する」旨の言及)。
(一帯一路)
2013年に初めて提唱された一帯一路構想は、沿線地域の道路、鉄道、港湾、通信等のインフラを整備することで、人、モノ、資金、情報等の流れを拡大することを目指し、中国からの旺盛な投資が行われてきた。中国の対外直接投資額は2016年をピークに縮小したが、一帯一路沿線国向けは堅調に増加しており、西側先進国が多いOECD諸国向けが、金額、シェアともに頭打ちとなる中で対照的な動きとなっている(第Ⅰ-2-4-59図)。特に2021年から開始された第14次五か年計画では、中国は、対外開放路線を継続して、中国と協力する意向のある国と連携(国際循環)するとともに、内需を拡大しながら(国内大循環)、巨大市場の魅力により諸外国の投資・技術を引きつける重力場を形成する方針を掲げている。
第Ⅰ-2-4-59図 中国の一帯一路沿線国への対外直接投資(非金融業)の推移
一帯一路の提唱当初は、インフラ整備とともに、当時生産過剰とされていた鉄鋼等の輸出先になっているとも指摘され、巨額のプロジェクトは途上国の債務問題も惹起し、債務の罠との批判もあった148。このような中で、中国は、質の高い発展や持続可能性等も強調するようになり、2017年からは電子決済やAI、量子、ビックデータ、クラウド、スマートシティ建設などで協力をするデジタルシルクロード、2021年からはインフラのグリーン・低炭素化の運用管理、気候変動への考慮や生物多様性に対処する「一帯一路」グリーン発展パートナーシップイニシアティブの提唱も始めている。
(人民元の国際化)
人民元の国際決済への利用が初めて認められたのは、2009年のことであった。国際金融危機後、米ドルの不足から国際決済に支障が生じかねなかったことや為替レートの大幅な変動から為替リスク対策の必要性があったことなどが背景として指摘されている。当初、限られた地域間での貿易取引に適用されたが、次第に経常取引全般、対外・対内直接投資、証券投資に拡大されていった。このような中で、人民元による受払額は財貿易取引を中心に拡大したが、2015年の人民元切下げを契機に中国経済への懸念が高まり、資本流出を抑えるために資本規制が強化されたため、2016年の人民元決済は縮小した(第Ⅰ-2-4-60図)。その後はむしろ、資本取引を中心に拡大している。
第Ⅰ-2-4-60図 人民元のクロスボーダー受払額の推移
中国は、世界第一位の輸出規模を持ち、その通貨である人民元は2016年にIMFのSDR構成通貨に認められたものの、国際決済に占める人民元のシェアは、中国の経済規模に比べて必ずしも大きくはない。国際銀行間金融通信協会(SWIFT)によれば、2022年3月の国際決済に占める人民元の割合は2.20%と、米ドル、ユーロ、ポンド、円に次いで五位となっている(第Ⅰ-2-4-61表)。その最大の要因として、中国は資本取引に規制が残り、交換可能性に不安があることが指摘されている。また、人民元の国際化は、為替リスク軽減など経済的観点から進められてきたが、米中摩擦の中で政治的・地政学的観点からも見直されてきているとの指摘もある。そのような中で、デジタル通貨による電子決済(デジタル人民元)に向けた取組も行われている。
第Ⅰ-2-4-61表 国際決済に利用される主要通貨のシェア(2022年3月)
147 2021年10-12月期は前年同期比4.0%まで低下している。また、IMFは「Word Economic Outlook update(2022年1月)」の中で、中国の2022年の経済成長率を4.8%と予測している。
148 例えば、2017年、債務の返済ができないため、スリランカのハンバントタ港が99年間にわたり租借されることになったことが典型的例として挙げられている。