第1節 テクノロジーと貿易
情報通信技術の発展は、地理的距離を超えた即時のコミュニケーションや国内外におけるECサービスの提供を可能にするなど、経済や生活に大きな影響を与えている。また、近年のデジタル化・自動化の発展により、タスクの細分化が可能となったほか、フリーランスプラットフォームの台頭、機械翻訳の飛躍的発展によって言語の壁を越えたタスクのアウトソーシングも可能となったことから、国境を越えたサービスのアウトソーシングが更に進展しつつある。特に、コロナ禍では、行動が大きく制約されたことにより、旅行やビジネスにおける移動機会が減少したものの、その反面、テクノロジーを活用したEC需要は高まったほか、リモートワークやWeb会議システムを活用することで働き方の多様化が進んだ。
デジタル技術は、個々のプロセスの効率化や円滑化のみならず、グローバル化やリショアリングを促すことにより貿易構造を変化させる可能性や、新興技術の浸透に伴って新たな市場や職業を創出し、雇用を生み出すポテンシャルを有する。デジタル技術の進歩や浸透の速度は目覚ましく、これにより新たに創出される財やサービスを利用することで恩恵を受けられる一方で、労働市場の分極化を招き、スキルによる賃金格差が拡大するといった労働市場への負の影響についても関心が高まっている。また、デジタル化を支えるデジタルプラットフォームにはネットワーク効果が働きやすく、市場の独占や寡占を招いていることから、将来に向けた投資やイノベーションの創出を阻害する競争環境の不健全性の是正に向けた議論が行われている。
本節では、こうしたデジタル経済の動向を把握するため、デジタル貿易の枠組みを整理した上で、新興技術が貿易や労働市場に与える影響について示す。また、新興技術による格差・不平等への影響についても分析し、影響の緩和に向けた方向性を提示する。
1.デジタル貿易の動向
(1)デジタル貿易の概念
経済活動の中で、様々な財・サービスのデジタル化は急速に進展しており、こうした経済活動の実態を把握することの重要性が増している。一方で、経済活動の中でテクノロジーが担う領域が広い上、状況変化が大きいことから、全体像を明らかにすることは難しい。こうした状況を踏まえて、デジタル化が進む国際的な財・サービス、さらにはデータをも含む取引の実態を捕捉するべく、デジタル貿易の枠組みに関する議論が国際的に進みつつある。2018年の通商白書では、OECDによるデジタル貿易の事例を示していたものの、デジタル貿易について国際的な定義は明確化されていなかった103。その後、OECD、WTO及びIMFにおいてデジタル貿易の定義や概念が整理され報告書としてとりまとめられた104。同報告書では、デジタル貿易を「デジタルで注文される、かつ・またはデジタルで配送される財やサービスの貿易」と定義している。ここで、「デジタルで注文される取引」は、「商品やサービスの国際的な売買を、コンピュータネットワークを介して、注文を受けたり発注したりすることを目的として特別に設計された方法で行うこと105」、「デジタルで配送される取引」は、「当該目的のために特別に設計されたコンピュータネットワークを使用して、電子フォーマットで遠隔地に配信される国際取引」とそれぞれ定義されている。
上記の定義を踏まえると、デジタル貿易の概念図は、以下のように示すことができる(第Ⅱ-2-1-1図)106。
第Ⅱ-2-1-1図 デジタル貿易の概念図
上図の上半分が貿易統計に含まれている範囲である。一方、同図の下半分は、情報やデータなどを含む非貨幣性デジタルフローであり既存の貿易統計に含まれていない領域であるものの、活動の実態を捉える上では重要な位置づけとなっている。また、デジタルプラットフォームによる経済活動は、これらの両領域にまたがっている。上図の上半分は①「デジタル注文・非デジタル配送」の財、②「デジタル注文・非デジタル配送」のサービス、③「デジタル注文・デジタル配送」のサービス、④「非デジタル注文・デジタル配送」のサービスの4つから構成される。これらは、既存の貿易統計の枠組みと電子商取引の利用状況等から概ね捕捉することができる。
その一方で、非貨幣性デジタルフローについては上記のような財やサービスの売買が直接的に生じないため、捕捉することが難しい。また、デジタルプラットフォームの活動の計測方法についても課題が残されている。例えば、デジタルプラットフォームが利用者同士の財・サービス取引の場を提供した場合、利用者が支払うプラットフォームの利用料については、既存の企業統計を通じて捕捉可能であるものの、利用者同士で行われる財・サービス取引の対価を直接捕捉することはできない。さらに、デジタルプラットフォームを通じて越境取引が行われる場合には、新たな課題が生じる。例えば、財・サービスの提供者がA国に居住し、デジタルプラットフォームも同様にA国に拠点を持ち、購入者がB国に居住する場合を考える。この場合、財・サービスの取引は、A国とB国との越境取引となるが、統計上捕捉されているのは、A国に拠点を構えるプラットフォームの手数料に関する売上げのみであり、越境取引の活動実態は捕捉されないため、貿易規模の過小評価につながってしまう。
このようにデジタル関連の経済活動について概念整理が進められつつあるものの、直接的な売買の対象とならない情報やデータの扱いやその越境取引規模の推計は今後の課題となっている。そのため、こうした非貨幣性デジタルフローに関する推計手法の新たな開発や、民間データの活用、税務情報等の行政データの活用を含めた幅広いアプローチが必要であり、国際的な議論が行われている。
103 経済産業省(2018)『通商白書2018』。
104 OECD, WTO and IMF (2020), “Handbook on Measuring Digital Trade”, (https://www.oecd.org/sdd/its/Handbook-on-Measuring-Digital-Trade.htm).
105 OECDにおける電子商取引の定義。
106 デジタルプラットフォームや非貨幣性情報・データに関する概念や計測方法については引き続き議論が進められている。
(2)データフローの動向
前述したデジタル貿易の枠組みや課題を踏まえて、世界におけるデータフローの動向について見ていく。データフローには、電子商取引やコンテンツ配信といった財・サービス取引に関する情報が含まれるほか、無償化されている情報検索サービスやコミュニケーションツールの活動規模についても把握することができることから、データフローの動向は、デジタル化された経済活動の実態を把握する観点から重要と言える。
まず、データの流通網であるインターネットの個人の利用状況を見ると、世界全体での利用人口は年々増加しており、2021年(推計値)では6割を越えている(第Ⅱ-2-1-2図)。
第Ⅱ-2-1-2図 インターネットを利用する個人の人口及び人口に占める割合
インターネット利用人口の増加に伴い、世界におけるデータフローも増加傾向にある。エリクソンによると、モバイルデータのトラフィックは、通信技術の高度化もあいまって年々増加しており、2027年の総量は1か月当たり約300EB(エクサバイト)と2021年比で約4.5倍になると予測されている。地域別のシェアをみると、2011年時点では、北米、西ヨーロッパが全体の68%を占めていたが、2021年時点では、北米、西ヨーロッパが全体の17%まで低下した一方、インド・ネパール・ブータンと北東アジアの2地域で55%まで拡大している。今後は、東南アジアや中東・アフリカのシェアが、人口増加や経済成長に伴い増加する見込みとなっている(第Ⅱ-2-1-3図)。
第Ⅱ-2-1-3図 世界のモバイルデータのトラフィック(地域別)と構成割合の推移
次にコンテンツ別シェアを見ると、動画が占める割合が2011年に29%、2021年に69%であったが、2027年にはさらに増加し全体の79%を占めると予測されている(第Ⅱ-2-1-4図)。
第Ⅱ-2-1-4図 世界のモバイルデータのトラフィック(コンテンツ別)と構成割合の推移
今後、より高速な通信インフラの整備が進められることで、利用されるデータ容量も増加していくほか、IoTの産業応用やメタバースといった新たなマーケットが創出されていくことを踏まえると、データフローの規模は更に拡大していくと考えられる。
次に、越境データフローの動向を見ていく。越境データの流通量の推移は以下の通りとなっている(第Ⅱ-2-1-5図)。
第Ⅱ-2-1-5図 越境データ流通量の推移(地域別)
上図をみると、2021年時点で、アジア大洋州が全体の半数弱を占めており、アジア大洋州、米州、欧州が、越境データフローの約9割を占めていることが確認できる。
また、越境データフローは上記のような流通量に加えて、取引されている情報の価値を併せて捉えていくことが重要である。Tomiura E., Ito, B., and Kang, B. (2019)は、企業が国内や海外においてデータ収集を行っている状況と生産性の関係について分析し、国内かつ海外においてデータ収集を行っている企業の生産性が最も高く、次いで国内のみでデータ収集をしている企業の生産性が高く、データ収集を行っていない企業の生産性は最も低いことを示している(第Ⅱ-2-1-6図)。
第Ⅱ-2-1-6図 企業におけるデータ収集と生産性の関係
また、Tomiura E., Ito, B., and Kang, B. (2019)は、海外でデータを取得している企業ほど欧州における一般データ保護規則(GDPR)や中国のサイバーセキュリティ法等のデータ関連規制の影響を受けていることを示している。こうしたデジタル関連規制の導入件数を見ると、世界全体で増加傾向にある(第Ⅱ-2-1-7図)。
第Ⅱ-2-1-7図 デジタル関連規制の導入件数
導入されている規制の内訳を見ると、特に、データガバナンスや知財等に関する導入数が多く、これらの越境取引が持つ価値に対する認識が世界的に高まっていることを示唆している。今後、こうしたデジタル関連規制の増加傾向が続くと、企業内外の越境データ取引に与える影響が大きくなるおそれがあることから、今後のデジタル関連規制の動向に注視が必要である。
107 ITU, “Economy classifications” ,(https://www.itu.int/en/ITU-D/Statistics/Pages/definitions/regions.aspx).
2.新興技術の貿易への影響
(1)トレードテックの概要
前項では、新興技術がデジタル化を推し進めた国際的な財・サービス取引の実態を把握するための枠組みとして、デジタル貿易の概要について示してきたが、こうしたデジタル化を支える新興技術は貿易の構造や仕組みをも大きく変えつつある。WEF(世界経済フォーラム)では「貿易をより効率的、包括的、公平にするための一連の技術やイノベーション」を「トレードテック」と位置づけ、報告書にまとめている108。報告書の作成にあたり国際貿易業務に従事している企業の管理職や役員等を対象として行われた調査によると、最も革新的なトレードテックとして回答が多かった技術として、「サプライチェーンにおけるIoT」、「デジタル決済」、「ECプラットフォーム」、「クラウドコンピューティング」、「5G」などが挙げられている(第Ⅱ-2-1-8図)。
第Ⅱ-2-1-8図 最も革新的なトレードテック
回答割合が多いトレードテックとしては、既に実用化に至っている要素技術が多い一方で、上記の技術・サービスに続く「AI/機械学習」、「デジタル書類/署名/証明書」、「スマート国境システム」、「ブロックチェーン/分散型台帳技術」、「ロボティクスと自動化」、「VR/AR/MR」、「3Dプリンタ/付加製造」といった技術については、長期的にはトレードテックとしての活用が期待されながらも、技術的障壁が高かったり、社会実装までに時間を要したりする要素技術となっている。
このようなトレードテックが貿易に与える主な影響としては、「コスト削減と高速化」、「新たな財・サービスの創出」、「環境へのポジティブな効果」、「小規模な主体の包摂」、「取引コストの削減による財貿易の拡大」等が挙げられている(第Ⅱ-2-1-9図)。
第Ⅱ-2-1-9図 トレードテックが貿易に与える主な影響
例えば、動画や音楽コンテンツは、これまでは記録媒体を店舗販売することによって消費者へと届けられてきたが、通信技術やクラウドストレージ技術の発達によって、店舗販売から電子商取引へ、記録媒体からデータ配信へと変容していくことは、「新たな財・サービスの創出」であり、「財のデジタル化による貿易規模の縮小」の例と言えよう。また、「ロボティクスと自動化」や「3Dプリンタ/付加製造」の技術が発達することによって、これまで海外へアウトソースしていた中間財製造を国内回帰させるリショアリングが促進され、製造プロセス全体を通じた「コスト削減と高速化」が進む可能性がある。
一方で、こうしたトレードテックの導入にあたっては、「雇用効果」や「大企業の強化」といった負の効果への懸念も指摘されている。これらの影響についても、それぞれテクノロジーをめぐる重要課題として研究がなされているが、詳細は、後述する「3. 新興技術の貿易投資を通じた雇用への影響」、「4. 格差・不平等への影響」をそれぞれ参照されたい。
トレードテックは導入することによって、様々な観点で効率化や最適化が進められる一方で、以下のような課題も指摘されている(第Ⅱ-2-1-10図)。
第Ⅱ-2-1-10図 トレードテックに関する課題
トレードテックに関する課題として最も回答が多いのは、「技術によって異なる複数の規制への対応」である。この点は、個人情報を含むデータの越境移転、データ保存先のサーバーを経済活動が行われる国内に設置するデータローカライゼーションなど、デジタル保護姿勢や規制が地域や国によって異なることが大きく影響している。また、次に回答が多いのは、「デジタルリテラシーの不足」、「技術の複雑化に伴う資本要件の増加」である。これらに共通する点としては、技術の高度化・複雑化が考えられる。技術そのものが高度化することにより、投資やリテラシー獲得に必要な水準が高まっているほか109、複数の要素技術を統合するにあたっては個々の技術活用以上に高度な技術水準が求められる。
トレードテックの導入にあたっては、個々のトレードテックが持つ可能性や貿易や労働市場に与える影響を捉えることが必要となるが、さらにこれらの技術が急速に進展していくことを踏まえると、早い段階で各要素技術の導入を進めながら、継続利用していく価値や越境利用するにあたっての方策を見極めていくことが重要と言えよう。
108 World Economic Forum, (2020), “Mapping TradeTech: Trade in the Fourth Industrial Revolution”, (https://www.weforum.org/communities/tradetech).
109 技術の進展に伴って、今後必要となる職業やスキルについては後述する「新興技術の貿易投資を通じた雇用への影響」を参照されたい。
(2)トレードテックの要素技術
次にトレードテックに含まれる要素技術について活用方法や導入による影響や課題について見ていく。「AI」、「IoT」、「ロボット・自動化」、「5G」、「ブロックチェーン」、「3Dプリンタ」に関する活用事例や課題は以下のようにまとめられる(第Ⅱ-2-1-11表)。
第Ⅱ-2-1-11表 トレードテックの概要
① AI
AIは、新たな財・サービスの創出や品質向上、効率化に寄与しうる。また、AIは、業務プロセスの自動化、特に低付加価値の定型業務を代替する可能性があることから、これまで海外で行われていた労働集約型の製造プロセスやサービスのオフショアリングを加速させる可能性を有している。近年では、AIの導入に必要な技術的障壁が低くなっていることから、今後は、生産性向上や競争力強化の観点から積極的な導入が進む傾向が続いていくと考えられる。
② IoT
IoTは、多数のセンサによって物理的な情報を取得し、ネットワークを通じて共有することで、これまでは人手で確認していた情報や、確認が難しかった情報を取得することが可能となる。例えば、貿易における配送物品の位置情報についてリアルタイムに追跡したり、生鮮食品等の状態を監視したりすることを可能にする。
IoTデバイスの台数の推移をみると、全体として拡大傾向にある。また、産業別の推移を見ると、これまではスマートフォンや通信デバイス等の「通信」が多かったものの、台数の割合をみると、今後は、「産業用途」や「コンシューマー」のデバイスの割合が増加する予測となっている(第Ⅱ-2-1-12図)。
第Ⅱ-2-1-12図 産業別IoTデバイスの台数推移及び予測
さらに、台数の推移について前年比の推移をみると、「医療」や「産業用途」、「コンシューマー」、「自動車・宇宙航空」で増加が見込まれている。
このように、IoTは幅広い産業で活用可能性が期待される一方で、IoTデバイスに必要なネットワークについては、セキュリティのぜい弱性が課題となっている。また、IoTデバイスが今後増大した際には、これまでのサーバー/クライアント型のモデルによる一元管理には限界があることが技術的課題となっている。前述したように、データを国内外で収集している企業は、収集していない企業と比べて生産性が高いことを踏まえると、今後は、サイバーセキュリティに留意しながら積極的な導入を進め、業務プロセスの定量化、可視化、最適化へと活用していくことが重要と言える。
③ ロボット・自動化
ロボット・自動化は、物流や作業プロセスの最適化に寄与する。同報告書によると、現状ではコンテナターミナルのうち自動化されているものは3%にとどまり、技術の導入に大きな余地が残されている。ロボットや自動化技術をめぐっては、生産性向上や人手不足の解消といった効果だけでなく、急速な導入に伴う高スキル労働者の不足や、既存の労働者の代替といった労働市場における負の効果も懸念されている。例えば、ロボットをめぐる貿易構造の影響に関しては、Obashi & Kimura (2021)は、東アジアの新興国において、製造業で産業用ロボットの導入が進められることで、地域の生産ネットワーク内での部品や消費財の貿易が促進されたことを示している111。また、Faber(2020)は、米国の製造業において、産業用ロボットの導入によって、メキシコとの加工貿易が縮小し、メキシコの労働市場において雇用への負の影響があったとして、ロボット・自動化技術がグローバルバリューチェーンを置き換える可能性を示唆している112。
④ 5G
5Gは、超高速通信、超低遅延通信、多数同時接続を同時に実現する通信技術113であり、主にサービス分野で、これまでも4G通信で利用されてきたECや電子決済、ビデオ会議やオンライン教育のさらなる高度化・高速化が期待される。また、5Gは、AIやロボット・自動化技術と組み合わせることによって、港湾におけるトラックの自動運転、最適な経路計画や輸送を無人で行うといった活用事例も存在する。5Gをめぐっては、米中を中心とした政治的緊張の高まりが懸案されており、5Gの導入のみならず、5Gに対応したサービスの競争優位性の構築にも影響する可能性が指摘されている。
⑤ ブロックチェーン
ブロックチェーンは、データを分散的に、安全に保管、伝送することを可能にする技術であり、トレードテックとしては、貿易関連手続きの一元化(シングルウィンドウ化)など、貿易に関連する様々なセクターを横断したデータの安全かつ効率的な管理としての活用が期待される。ブロックチェーン技術の活用によって、データ伝送の透明性が高まる一方で、個人情報や営業秘密を含む情報の適切な保護がサービス運用上の課題となっている。また、ブロックチェーン間での相互運用性については技術的な課題となっており、これが解決されることにより、さらにその利便性は向上することが期待される。
⑥ 3Dプリンタ
3Dプリンタは、これまでもオーダーメイドの装置や医療用器具、試験機器、非常時用の住居等の製造に用いられているが、貿易においては今後、長期的に財・サービス貿易の規模や構造に大きな影響を与える可能性がある。財貿易については、最終財の貿易から3Dプリンタの材料の貿易へのシフトが進む可能性や、中間財製造が減少する可能性などが指摘されており、一方で、3Dプリンタを用いた財製造に必要な設計データに関するサービス取引については増加することが考えられる。
3Dプリンタが財貿易にもたらす影響については、貿易量の減少と増加の両面の可能性が存在している。貿易量の減少については、3Dプリンタの普及によって製造業において生産されている財の半分が3Dプリンタに置き換わった場合、2060年には3Dプリンタがない場合と比べて財貿易の4分の1が減少するとの推計がある114。一方で、貿易量の増加については、Freund、C. et al. (2019) によると、補聴器の生産において3Dプリンタが多く用いられるようになったことで、貿易量が有意に増加した115。さらに、Freund、C. et al. (2019)は、財ごとの重量と物流コストが3Dプリンタによる製造にシフトするための要因になると指摘している。
このように、3Dプリンタが短期的には貿易量の増加に寄与する可能性が示唆されている一方で、長期的に貿易総量の減少に寄与する予測となっている。また、3Dプリンタの普及によって貿易構造が変化することにより、製造プロセスにおける型や在庫の位置づけが大きく変化することなどから、サプライチェーンマネジメントの再定義が必要となる可能性がうかがえる。
110 「通信」:固定通信インフラ・ネットワーク機器、2G・3G・4G各種バンドのセルラー通信及びWi-Fi・WiMAXなどの無線通信インフラ及び端末。「コンシューマー」:家電(白物・デジタル)、プリンタなどのパソコン周辺機器、ポータブルオーディオ、スマートトイ、スポーツ・フィットネス、その他。「コンピュータ」:ノートパソコン、デスクトップパソコン、サーバー、ワークステーション、メインフレーム・スパコンなどのコンピューティング機器。「産業用途」:オートメーション(IA/BA)、照明、エネルギー関連、セキュリティ、検査・計測機器などのオートメーション以外の工業・産業用途の機器。「医療」:画像診断装置ほか医療向け機器、コンシューマーヘルスケア機器。「自動車・宇宙航空」:自動車(乗用車、商用車)の制御系及び情報系においてインターネットに接続が可能な機器、軍事・宇宙・航空向け機器(例:軍用監視システム、航空機コックピット向け電装・計装機器、旅客システム用機器など)。
111 A. Obashi and F. Kimura, (2021), “Production Networks: Impact of Digital Technologies”, Asian Economic Journal, Vol. 35, Issue 2, pp. 115-141.
112 Faber, Marius (2020), “Robots and Reshoring: Evidence from Mexican Labor Markets”, Journal of International Economics, Vol. 127, November, 103384.
113 総務省(2021)『令和3年版情報通信白書』。
114 Leering, Rauol (2017), “3D printing: a threat to global trade”, ING.
115 Freund, Caroline; Mulabdic, Alen; Ruta, Michele, (2019) “Is 3D Printing a Threat to Global Trade? The Trade Effects You Didn't Hear About”, Policy Research Working Paper, No. 9024, World Bank, (https://openknowledge.worldbank.org/handle/10986/32453).
(3)今後のトレードテック
これまでに示してきたような新興技術に加えて、昨今、IT事業者のみならず、小売事業者や幅広い業界で投資が進められている「メタバース」や「テレプレゼンス」のトレードテックとしての位置づけや活用可能性について見ていく。
メタバース(Metaverse)は「Meta(超越)」+「Universe(世界)」を組み合わせた造語であり、オンライン上の仮想空間を意味している。メタバースの概念については国際的に明確に定義されていないものの、2020年度に経済産業省が実施した調査においては、「一つの仮想空間内において、様々な領域のサービスやコンテンツが生産者から消費者へ提供される仮想空間」として扱っている116。メタバースという概念はこれまで主にSNS事業を展開してきたフェイスブック(現メタ・プラットフォームズ)が、今後の中心的事業をメタバースにすると発表し、その後、2021年10月28日に新たな社名をメタ・プラットフォームズに変更117したことで大きく注目を浴びている(第Ⅱ-2-1-13図)。
第Ⅱ-2-1-13図 「メタバース」の検索数の推移
メタバースは、特定の機能を特定のプロセスに用いるための要素技術というよりも、様々な活動のあり方を変え得る仮想空間上のプラットフォームとしての役割が大きいと考えられる。トレードテックとしての活用方法としては、例えば、現実世界を模したメタバース上の店舗において商品を販売する越境ECのプラットフォームとしての活用や、店舗従業員がメタバース上のアバターとして接客をするなど新たな越境サービス提供の機会を創出することにより、既存のECでは難しかった顧客体験を提供することが可能となる。また、メタバースでは、現実世界の地理情報を有するプラットフォーム118や、港湾や倉庫といった情報とリンクさせたデジタルツインとして位置付けることにより、仮想空間であるメタバース上で物流プロセスの最適化のためのシミュレーションを行った上で、現実世界に活かし、その結果を再度メタバースの設計にフィードバックするような相互に発展するシステムを構築することも可能となる。このような幅広い活用事例や既存技術との関係を踏まえると、メタバースは、これまでに全く存在していなかった概念ではなく、複数の既存の概念を一段と抽象化した上位概念として捉えることができる。
次に、テレプレゼンスについて、その概念をメタバースと対照させながら見ていく。テレプレゼンスは、遠隔地にいながらあたかも直接現場にいるかのような臨場感を得られるプラットフォームである。テレプレゼンスの活用方法はWeb会議システムや移動型ロボットを用いたコミュニケーションツール、アーム型ロボットやそれを操作するインタフェースを有する遠隔操作システムなど、その要素技術や応用先は幅広い。例えば、上述したようなコミュニケーションに関しては、映像や音声を通じてすでに実用化されているが、今後は、スキルが必要な手作業による製造プロセス、工場・倉庫内の保守・点検、触診や外科手術といった医療や介護サービスの提供などについても、直接的な移動を伴わず国内外へ提供することが可能となる。テレプレゼンスを活用することで、移動の制約を取り払われ、財生産の効率化やサービスの質向上に資することは想像に難くない。
メタバースとテレプレゼンスを比較すると、メタバースが仮想空間を主眼とした概念である一方、テレプレゼンスは現実空間を主眼とした概念として対照できる。ただし、前述したようにメタバースを現実空間と連動させた都市連動型メタバースのような応用方法も可能であることから、これら2つの概念を明確に分けることは難しく、むしろ、実現したい世界観や機能を念頭に置いた上で、これらの両概念や要素技術を組み合わせながら目的の達成に活用していくことが重要と言えるだろう。メタバースやテレプレゼンスは様々な要素技術を統合することで形成しうるプラットフォームであることから、その市場規模を想定することは容易ではないが、2025年にはメタバースの市場が1兆ドル、また、バーチャルゲームの収益は2025年には4,000億ドルに上るとの試算もある119。
メタバースやテレプレゼンス等によって新たな市場が創出、拡大していくことは新たなビジネスの機会となる。一方で、メタバースやテレプレゼンスによって、時間や空間を制約が取り払われ、仮想空間において価値が生み出され、移動をせずとも目的を達成できるようになることは、現実空間や移動の価値について再定義が迫られているとも言える。こうした点は既存のビジネスにおいては存在しなかった要素であり、メタバースやテレプレゼンスを利用しない企業にとっても、それらの特性を捉えながら企業活動へと反映していく必要性が今後強まっていくだろう。
116 経済産業省(2020)「令和2年度コンテンツ海外展開促進事業(仮想空間の今後の可能性と諸課題に関する調査分析事業)」、(https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/contents/downloadfiles/report/kasou-houkoku.pdf)。
117 米国証券取引所における社名はMeta Platformsとして登録している。
118 国土交通省「Project PLATEAU」、(https://www.mlit.go.jp/plateau/)。
119 Grayscale (2021), “The Metaverse -Web 3.0 Virtual Cloud Economies”, (https://grayscale.com/wp-content/uploads/2021/11/Grayscale_Metaverse_Report_Nov2021.pdf).
3.新興技術の貿易投資を通じた雇用への影響
(1)雇用の規模への影響
前項では、貿易プロセスの効率化や、新たな財・サービスを生み出し得るトレードテックに着目していたが、ここでは、トレードテックを導入することによる効果として懸念されている雇用に与える影響について考えていく。
まず、一般的な技術関連投資が雇用に与える影響について見ていく。ここでは、海外事業活動基本調査のデータを用いて、地域別、産業別の海外現地法人における設備投資や研究開発費が、現地法人の将来の雇用に与える影響について分析を行った。
まず、地域別の分析結果を見ると以下のとおりとなっている(第Ⅱ-2-1-14図)。
第Ⅱ-2-1-14図 現地法人における設備投資や研究開発投資が1%増加した場合の現地法人における4年後の雇用の増加率(地域別)
上記の結果を見ると、欧州では設備投資と研究開発投資のいずれの投資に対しても将来の雇用に対して負の効果を示す結果となっており、省人化を目的としたロボット等の自動化技術等への投資がなされている可能性がうかがえる。一方で、オセアニアにおける設備投資については正の効果を示す結果となっており、労働補完的な設備投資がなされていることがうかがえる。また、統計的有意性が低い点に留意が必要だが、全体として研究開発投資に比べて設備投資の方が負の効果を示す結果が多く、なっており、設備投資が労働代替的な効果を持つ傾向が確認できる。
次に、産業別の結果を見ると、以下の通りとなっている(第Ⅱ-2-1-15図)。
第Ⅱ-2-1-15図 現地法人における設備投資や研究開発投資が1%増加した場合の現地法人における4年後の雇用の増加率(産業別)
上記の結果を見ると、全産業における設備投資や研究開発投資が雇用に与える影響は、いずれも負の効果を示す結果となっており、設備投資の方がより負の効果が大きい結果となっている。産業別に見ると、化学や鉄鋼、情報通信がいずれの投資についても雇用に負の効果を示す結果となっており、これらの産業は、技術投資に対する労働代替性が高いことが示唆される。一方で、食料品や農林漁業に関しては、設備投資に対して有意に雇用が増加する結果となっており、他産業に比べて設備投資においてベルトコンベヤー等の労働補完的な投資対象が多い可能性がうかがえる。これらの結果から、技術関連投資が雇用に与える影響は、地域・産業によって労働代替や労働補完といった目的、また、その効果の程度についても異なる様子がうかがえる。
これまでも、技術が労働市場に与える影響については、労働のコンピュータ化の文脈で、2000年代前半より議論されてきた121。これまでの議論では、技術の導入によって定型業務を行う労働需要が減った一方で、非定型業務(解析的・経営的・サービス的作業)を行う労働需要が増加したことが報告されている。近年では、労働と資本が担うタスクやそれに要するスキルの観点から、産業用ロボットの導入による影響に関する実証研究が進められている(第Ⅱ-2-1-16表)。
第Ⅱ-2-1-16表 ロボットが雇用に与える影響に関する先行研究
上述した先行研究によると、産業用ロボットの導入による雇用への影響は正の効果、負の効果の両面が示されている。例えば、労働者1000人あたり1台のロボットが増加することで、雇用人口比率が0.2ポイント減少し、賃金が0.42%減少する結果がある一方で、我が国における実証研究においては、ロボットの価格が1%低下することによって、ロボットの導入台数は1.54%増加し、さらに雇用も0.44%増加したことが示されており、ロボット導入によって事業が拡大する、または生産性が向上したことで雇用の増加につながったことが示唆されている。これらの結果を踏まえると、産業用ロボットの導入による雇用に与える効果を一意に結論付けることは難しい。
こうしたロボットが雇用に与える影響に関する実証分析にあたっては、地域によって異なる人手不足感や産業構造、各産業で行われるタスクの困難さや労働集約度、現状の労働生産性といった様々な要素を踏まえて分析していくことが重要だが、さらに、近年の技術動向も踏まえながら労働市場への影響を捉えていくことが重要と言える。これまで、ロボットの導入とは多くの場合、製造業の直接製造プロセスに対する産業用ロボットの導入を意味してきた。言い換えれば、自動化が可能な工程を抽出して、産業用ロボットで労働を代替することを意味してきた。しかし、この数年で世界的に開発・導入が急速に進められているサービスロボットや、製造業において間接製造プロセスやサービス産業、農業や林業などにおいても導入が進められている協働ロボットは、人とロボットが安全柵を隔てずに共存することが可能であるという特徴を有している。そのため、協働ロボットはこれまでのような労働代替的な用途はもちろんのこと、労働補完的な用途も拡大している点は注目に値する。
さらに、製造業のみならずサービス業へロボット導入が進められることによって、これまでは異なる要素技術として議論されることが多かったAIを含むソフトウェアによる自動化(RPA:Robotic Process Automation)などのサービスの議論と繋がっていく。RPAを用いると、これまで高度なプログラミングスキルを要していた自動化について、基本的なプロセスであればローコードやノーコードにより導入可能となっている。これにより技術の導入に必要なスキルの壁が下がり、需要が高まることで自動化が加速されている。これは、かつてPCにおいてCUI(コマンドユーザインタフェース)が主流だった中、GUI(グラフィックユーザインタフェース)が大衆化したこととのアナロジーとして捉えられ得る。先述した協働ロボットについても産業用ロボットに同様の変化をもたらしており、基本的な動作についてはローコードやノーコード、直接教示(ダイレクトティーチング)によって実装することが可能となっており、導入障壁が下がっている。
ロボットはこれまで数十年にわたり産業応用されてきているが、IoTやAIなどの新興技術の進展に伴い、これらと統合することによって応用先やユーザーの裾野が広がっている。今後は、こうした新興技術が雇用に与える影響を捉えるにあたっては、ロボットやAI等の技術の労働代替的な活用方法のみならず、労働補完的な活用可能性や、複数の要素技術との統合の可能性についても横断的に把握していくことが重要と言える。
120 海外事業活動基本調査を用いて設備投資や研究開発投資が現地法人の雇用に与えた影響について右記のモデルに基づいて分析している。ΔYht=ah+at+b×Iht+c×Xht+eht
ただし、hは現地法人、tは年、ΔYhtはアウトカム指標である現地法人の雇用(対数値)の時間差分、ahは現地法人の観察されない特性をコントロールする固定効果、atはタイムトレンドをコントロールする固定効果、Ihtは設備投資や研究開発投資といった技術への投資に関する変数、Xhtはコントロール変数、ehtは誤差項とする。2007年から2019年までの統計データを基に分析している。
121 Autor, Levy, and Murnane (2003)、Brynjolfsson and Hitt (2003)等。
(2)雇用のマッチングへの影響
前目においては、ロボットやAIといった技術に関する貿易投資が雇用の規模に与える影響について見てきた。ここでは、まず、新興技術がデジタル経済にもたらした新たなデジタル関連労働やその雇用のマッチングを担うデジタルプラットフォームの動向について見ていく。その上で、そうした雇用形態の変容や新興技術の発展を通じて、今後労働市場で求められうる職業やスキルセットについて確認していく。
まず、近年拡大している労働市場におけるデジタルプラットフォームについて見ていく。ILO(2021)は、デジタル関連労働について、サービスを提供する場所の観点から「オンラインウェブベースプラットフォーム」と「ロケーションベースプラットフォーム」の大きく2つに分類している122。オンラインウェブベースプラットフォームは、プラットフォーム上で求められているタスクを選択し、または、与えられ、書類やプログラムの作成や、コンサルティングを通じて労働を提供するプラットフォームである。オンラインウェブベースプラットフォームは、さらに、フリーランス、コンテスト、マイクロタスク、競技プログラミングの4つに分類されている。労働の提供場所がオンラインであることから、居住場所によらず雇用マッチングが可能であることが特徴となっている。特に、近年の機械翻訳の飛躍的な発展によって、言語の壁をも超えたタスクのアウトソーシングも可能となっており、これまで国内の労働者でまかなわれてきたタスクについても、国外に居住する労働者が担うことが可能になりつつある。
もう一方のロケーションベースプラットフォームは、タクシー、配達といったローカルサービスのためのマッチングプラットフォームであり、対面サービスを提供するため労働を行う場所とサービスを提供する場所が一致している。
上述のようなプラットフォームの下で、マッチングプラットフォームを通じて労働機会を獲得する多くの「ギグワーカー」を生み出している。ギグワーカーは仕事の種類や企業との関係の観点から以下の4類型に分類される(第Ⅱ-2-1-17図)。
第Ⅱ-2-1-17図 ギグワーカーの分類
上図に示すように、ギグワーカーには、企業のワークフローに結びついており、仕事はプラットフォームを通じて割り当てられる者から、個人で交渉して仕事を獲得するといったよりハイスキルな者まで多様な者が存在している。ギグワーカーの年齢別従事者の割合を見ると、約6割が18歳から35歳と、労働市場全体の割合よりも若年層の比率が高いことが確認できる(第Ⅱ-2-1-18図)。
第Ⅱ-2-1-18図 ギグワーカーの年齢別従事者の割合
また、ギグワーカーの学歴別従事者の割合を見ると、労働市場における大学進学者は約3割である一方で、ギグワーカーに占める大学進学者の割合は4割を越えている(第Ⅱ-2-1-19図)。
第Ⅱ-2-1-19図 ギグワーカーの学歴別従事者の割合
ギグワークは仕事の種類によって求められるスキルについても幅が広く、労働者の多様な働き方のニーズに応え得る労働市場となっているほか、企業側にとってもその時々に応じて必要なスキルを持つ人材を確保することが可能であることから、これまで必要となっていた人材トレーニングの負担も減少するというメリットが存在する。その一方で、労働者にとっては安定した労働機会が得られる保証がないことから収入が安定しないことや、スキル保有が前提となることからトレーニングによりスキルを向上する機会が得られないといったデメリットが存在する。また、企業にとっても、情報漏洩のリスクや、従業員がギグワーカーへ転向するリスクといったデメリットが存在する(第Ⅱ-2-1-20表)。
第Ⅱ-2-1-20表 ギグワークの企業側/労働者にとっての主なメリット・デメリット
上述したようなギグワーカーの議論を含め、労働者の類型にあたってスキルが用いられるが、こうした労働者のスキルをめぐる議論においては、OECDにおける以下のスキル層の定義が用いられることが多い(第Ⅱ-2-1-21表)。
第Ⅱ-2-1-21表 OECDにおけるスキル層の定義及び業務イメージ
上記の定義によると、ハイスキルやミドルスキル、ロースキルは大学・大学院や中等教育といった学歴を主な軸として分類されている。一方で、前目で示したようなロボットやAIといった新興技術が与える影響の議論においては、スキルの考え方に留意が必要である点に触れておきたい。ロボット工学や人工知能の領域においては、ロボットが知能テストやボードゲームでは大人を含む人間を凌駕する性能を発揮させることは比較的容易な一方で、知覚や移動に関しては1歳児のスキルをロボットやAIに与えることは難しいもしくは不可能であるとした定説が、モラベックのパラドックス123として知られている。この点を上記のスキル層の定義に照らすと、特定の分類に該当はしないことが確認できる。もっとも、こうした人間の知覚や移動の能力は成長の過程で身に着けてきた能力であり、いずれの層に分類されるどの人々も多く備えていると言える。
ロボットやAIに代替される産業やタスク、スキルの議論に当たっては、これまでの分類に加えて、人間が多く備えた知覚や移動スキルの要否を勘案した議論を進めていくことが必要であろう。近年の機械学習分野の発達によって、画像認識については人間の精度を上回る事例が増えてきた。これにより、製造工程における製品の傷や凹み、変色などの検査プロセスにおいては自動化に必要な技術的な障壁は越えつつあると言えよう。その一方で、人間の知覚が必要不可欠な加工や組立て、接触を伴う検査については前述の画像認識技術に加えて、人間が手作業で行っている感覚を代替・補完するセンシング技術や制御技術が必要となる。
例えば、第Ⅰ部第1章第2節第5項において自動車部品として例示したワイヤハーネスは、自動車の血管や神経ともいわれ、その製造工程は、複雑な作業であり、上述したような人間が得意とする知覚や作業能力を要する。そのため、ワイヤハーネスは海外において労働集約的に生産されることが多い。この作業工程は、柔軟物であるワイヤーの動きや曲げ具合を知覚しながら手指を巧みに操る作業であり、AIやロボットによって代替という観点からも技術的障壁が高い。一方で、こうした技術的に困難とされてきた工程についても、作業の代替や補完に向けて国家プロジェクト124やスタートアップ125において研究開発が進められている。仮にこうした技術的障壁が高いタスクについても新たな自動化技術が実用化されると、前項で示したように、これまで海外で生産していた中間財製造のプロセスをリショアリングさせるといった貿易構造に変化をもたらしうるほか、労働者に求められるスキルセットにも大きな影響が及び得る。ワイヤハーネスの製造工程はこうした影響の一例に過ぎない。今後、製造業のみならずサービス業においても、こうした新興技術の研究開発動向を注視しつつ、貿易構造や労働者に求められるスキルセットを捉えながら、教育課程や技能教育へと適応的に反映していくことが重要だと考えられる。
上述してきたように、新興技術は、貿易や、貿易投資を通じた雇用に影響を及ぼし、労働者の雇用機会や働き方の選択肢を多様化してきた。こうした変化に関連して、米国労働省は今後10年で増加する・減少する職業について以下のとおり報告している(第Ⅱ-2-1-22表)。
第Ⅱ-2-1-22表 今後10年で増加・減少する職業
第Ⅱ-2-1-22表のうち、雇用者の増加率が大きいと予測される職種として、風力発電サービス技術者、看護師、太陽光発電設置者、統計学者や理学療法士補助者などが挙げられる。世界的な脱炭素に向けたエネルギーシフトの動きを受けた雇用の増加や、技術的に代替が難しい対面サービスを必要とする職種における雇用の増加、デジタル技術の進展を背景とした高スキル人材の需要の増加といった傾向がみられる。一方で、今後雇用者数が減少し「衰退する職種」として、タイピスト、駐車違反取締員、原子力発電所オペレータ、手加工作業、電話交換手といった仕事が挙げられている。これらは、作業や確認といったプロセスについて自動化技術による労働代替性が高いことが主因と考えられる。
こうした社会で求められる職業の変化によって、それらに必要となるスキルセットも変わっていく(第Ⅱ-2-1-23表)。
第Ⅱ-2-1-23表 2030年に必要となるスキル、不必要となるスキル
第Ⅱ-2-1-23表を見ると、今後必要となるスキルには「戦略的学習力」、「心理学」、「指導力」などが挙げられており、時代に合わせて求められるスキルセットが変化する中で、新たな領域の学習や、リスキリングを含めた学びの重要性が高まっていることを示唆している。一方では、「心理学」や「指導力」といった対人スキルの重要性もまた高まっている。今後不必要となるスキルには、「操作の正確さ」、「手作業のすばやさ」、「レート制御」といったロボットやAI等の技術が得意とする領域に関するスキルが挙げられていることが確認できる。
このようにデジタル技術の発展や世界全体の潮流、国内市場の動向を受けて、社会で求められるスキルが変化し、職種や産業の労働需要を大きく増減させる可能性が高まっている。さらに、テクノロジーを活用することで空間や時間のみならず身体や脳等の制約がなくなっていく中、労働市場においては、これまでの雇用システムを見直し、多様な働き手が自律性を高めていくことが望まれる。
122 ILO (2021), “World Employment and Social Outlook”, (https://www.ilo.org/global/research/global-reports/weso/2021/WCMS_771749/lang--en/index.htm).
123 Hans P. Moravec (1988), “Mind Children”, Harvard University Press.
124 EU “European SMEs Robotics Applications”, (https://cordis.europa.eu/project/id/780265), Wire cobots, (https://www.wirecobots.com/en/
).
125 TechCrunch (2022), “Q5D is using robots to automate electronic wiring during manufacturing”, (https://techcrunch.com/2022/02/05/q5d-is-using-robots-to-automate-electronic-wiring-during-manufacturing/).
4.格差・不平等への影響
前項では新興技術が雇用に与える影響について、自動化技術による雇用の規模への影響や、デジタルプラットフォームを通じた新たな雇用の機会という観点から見てきた。その中で、こうした技術による影響が産業や労働者のスキルによって異なることを示してきたが、その影響が一因となって一部の個人や企業に資産が集中し資産格差が拡大していること、また、新興技術を労働節約、労働代替を目的として急速に導入を進めたことにより、中程度スキルの職業需要の空洞化や賃金格差の拡大を招いていることなどが指摘されている。本項では、こうしたデジタル技術の発展や社会への浸透を背景とした格差や不平等の実情を確認した上で、今後必要となる是正策について検討していく。
(1)個人の格差・不平等
まず、世界における格差の実態を把握するため、2021年における所得格差と資産格差それぞれの階層別人口が所有する所得や資産を見ると、所得に比べて資産の方がより格差が大きいことが確認できる(第Ⅱ-2-1-24図)。
第Ⅱ-2-1-24図 世界の所得格差と資産格差(2021年)
世界全体の所得格差の傾向について、タイル指数126による国家間格差と国内格差に分けて捉えると、国家間格差は1980年以降に縮小傾向にある一方で、国内格差の存在が相対的に高まっていることが確認できる(第Ⅱ-2-1-25図)。
第Ⅱ-2-1-25図 国家間格差及び国内間格差の推移(1820年~2020年)
国内における所得の格差が相対的に高まっている状況について、国別の状況について見ていく。以下の図は、日本、米国の所得上位10%の人口及び下位50%の人口が所有する所得の割合を示している(第Ⅱ-2-1-26図)。
第Ⅱ-2-1-26図 所得上位10%および下位50%人口が所有する資産の割合(1900~2021年)
日本と米国のいずれにおいても、所得上位10%人口が占める所得の割合は増加し、所得下位50%人口が占める所得の割合が減少していることが確認できる。日本では1990年代から、米国では1980年代から、こうした傾向が続いている。
また、米国の所得階層別の税率の推移を長期時系列で確認すると、低所得層の税負担が増え、富裕層の税負担が減少しながら20~30%へと収束する動きとなっている(第Ⅱ-2-1-27図)。一方で、2000年以降の動向を確認すると、最も税率が大きいのは「上位0.1%」であり、最も税率が低いのは「上位400人」となっており、「上位0.001%」についても、全体よりも低い税率負担となっていることが確認できる(同図)。
第Ⅱ-2-1-27図 米国の所得階層別税率の推移
先述したように、米国においては所得の上位10%の人口が所有する所得は1980年以降増加傾向にある一方で、税負担については減少傾向にある。このことを踏まえると、米国ではより格差が拡大する構造にあると言える。こうした状況を踏まえて、米国では富裕層、特に資産1億ドル超の超富裕層への増税策が議論されている。過度な所得格差は公共政策が富裕層の利益に優遇する方向に傾く懸念があることから、格差是正という直接的な目的に加えて、公共政策をゆがめる懸念の解消という観点からも、個人の所得格差の是正が望まれている。
126 オランダの計量経済学者タイル(H. Theil 1924-2000)が考案した、格差を測る指標の1つであり、グループ全体を相互独立した要素(性別、所得階層別等)に分解することが可能な点を特徴とする。指数は0と1の間の値で表され、完全に平等な場合は最小値の0となり、不平等であるほど1 に近づく。ここでは、格差を国際間格差と国内間格差に分解し、全体に占めるそれぞれの割合を示している。
(2)企業活動をめぐる格差・不平等
企業活動においては、デジタルプラットフォームの経済活動による格差・不平等の是正を求める声が広がりつつある。デジタルプラットフォームは事業の構造上、ネットワーク効果が働きやすく、下図のとおり、検索サービス、SNS、デジタル広告市場は独占、寡占状態となっている(第Ⅱ-2-1-28図)。
第Ⅱ-2-1-28図 検索サービス、SNS、デジタル広告の市場シェア
上図に示すようなサービスは我々の生活において欠かせない存在となっている。インターネットの検索サービスにおいてはグーグルが91.6%と市場をほぼ独占しており、SNSについてはフェイスブック(現メタ・プラットフォームズ、ただしインスタグラムを含む)が79.6%を占めている。こうしたデジタルプラットフォームでは、ネットワーク効果を通じて、特定のサービスのシェアが増加することが利便性向上につながりうる。その一方で、独占市場や寡占市場といった不完全競争市場においては、こうしたマークアップによって価格が硬直しやすい上、新たな企業の市場参入意欲やイノベーションの停滞につながりうるとの指摘もある。IMF (2019)によると、マークアップが10%ポイント高まると労働分配率が0.3%ポイント減少するとの分析結果がある127。
さらに、こうしたデジタルプラットフォーマーが得た収益に対して適切に課税されていないとの指摘があり、国際課税ルールの見直しが国際的議論の対象となっている。上記で示したように特定サービスの市場を独占・寡占しているデジタルプラットフォーマーであるGAFA(Google、Apple、Facebook(当時)、Amazonの4社)に関する法人税負担率を見ると14.7%と、世界平均(23.6%)や世界の情報通信業(20.4%)、米国企業(18.0%)と比べても低い水準にある(第Ⅱ-2-1-29図)。
第Ⅱ-2-1-29図 法人税負担の比較
また、法人税については、外国企業が市場国に物理的拠点を有しない場合には、当該市場国は外国企業の事業所得には課税できないことから、これまでの国際課税ルールにおいては、多国籍企業は多くの国で事業を展開する場合であっても、物理的拠点を伴わない場合には市場国で適切に税負担をしないケースが多かった。そのため、企業間の競争条件の公正性の観点から是正を求める声が広がっていた。
こうした状況を踏まえて、OECDを中心に、経済のデジタル化に伴う国際課税ルールの見直しとして2つの柱からなる解決策に関する議論を進めてきている。第1の柱は、多国籍企業の経済活動に関して、市場国で生み出された価値を勘案し、物理的拠点の有無に関わらず、市場国に課税権の一部を配分する仕組みである。具体的には、世界全体の売上げが200億ユーロを超え、かつ、利益率が10%を超える多国籍企業を対象として、10%を超えた利益として定義される超過利益の25%に対する課税権を売上げに応じて市場国に配分することが想定されている。OECDによれば、これにより、毎年1,250億米ドル超の利益に対する課税権が市場国へ配分されることが見込まれる128。第2の柱は、15%の世界的な法人税の最低税率(ミニマムタックス)の導入である。OECDによれば、この新しい最低税率が年間総収入金額7億5,000万ユーロを超える多国籍企業に適用されることにより、世界全体で年間約1,500億米ドルの追加税収が発生すると推定されている129。2021年10月8日、これらの内容で合意に至り、2022年に制度化、2023年から実施を目指すこととなった。
127 IMF (2019) “World Economic Outlook”,(https://www.imf.org/en/Publications/WEO/Issues/2019/03/28/world-economic-outlook-april-2019).
128 OECD (2021) “OECD/G20 Inclusive Framework on Base Erosion and Profit Shifting (BEPS) Statement on the Two-Pillar Solution to Address the Tax Challenges Arising from the Digitalisation of the Economy, Frequently Asked Questions” (https://www.oecd.org/tax/beps/faqs-statement-on-a-two-pillar-solution-to-address-the-tax-challenges-arising-from-the-digitalisation-of-the-economy-october-2021.pdf).
129 同上。
(3)国内格差の要因分解と是正策
本項の冒頭において、世界における格差は国家間格差に比べて、国内格差の影響が相対的に強くなっていることを示したが、この国内格差については所得の均等分配と累積相対値の関係から算出されるジニ係数を用いて表すことができる。先進国と新興国の国々のジニ係数はそれぞれ以下の通りとなっている(第Ⅱ-2-1-30図)。
第Ⅱ-2-1-30図 先進国及び新興国の再分配後ジニ係数
上図より、先進国では米国やドイツで増加傾向が見られるが、日本を含めた他の国では概ね横ばいとなっている。また、先進国ではいずれの国も概ね近い水準にある一方で、新興国については国ごとに水準が大きく異なっている。南アフリカやブラジルのジニ係数は、先進国と比べて高い水準にあるが、南アフリカで格差が拡大傾向にある一方で、ブラジルでは2000年代以降の最低賃金の引上げや政府による支援プログラムによって貧困層が減少し、中間層化が進んだことで格差が縮小している。中国では2010年頃以降からジニ係数は減少しているものの、中国国内では特に都市部と農村部の格差が深刻化しており、2021年には共同富裕をスローガンに掲げ、格差の是正に取り組んでいる。
次に、国内格差を計測したジニ係数の要因分解に関する分析事例を見ていく。IMF (2015)によるジニ係数の要因分解分析によると、先進国においてはスキルプレミアム、労働市場の柔軟性、グローバル化が主な要因であり、新興国においては、労働市場の柔軟性が主な要因との結果になっている(第Ⅱ-2-1-31図)。
第Ⅱ-2-1-31図 ジニ係数の要因分解(IMF(2015))
IMF (2015)では、今後の政策の方向性について、具体的な政策課題として、教育政策や労働政策、イノベーション政策を挙げている。先進国では、スキル水準を向上させることによって所得のばらつきを抑え、将来世代の所得見通しを改善させることができる可能性が示されている。また、労働政策に関しては、適切な最低賃金の設定、職探しやスキルマッチングを支援するような能動的労働政策の重要性が指摘されている。労働市場における過度な規制は、雇用の創出と効率性を阻害する可能性がある一方で、規制が弱い場合においても、情報格差や労働条件をめぐる問題を招く懸念があることから、その両面を踏まえた制度設計の必要性が示されている。さらに、イノベーション政策に関しては、市場における適切な競争環境を確保し、技術普及を阻害する要因を減らし、多くの人々がイノベーションの恩恵を受けられるようにすることの重要性を示されている130。
第Ⅰ部第2章第2節において示したように、米国の労働市場においてはより良い給与や労働環境を求めて自主退職し、転職や起業が増加する傾向が見られるが、労働市場が柔軟であるからこそ、転職や起業といった選択肢を持つに至っているともいえよう。また、転職にあたってはより高スキルな人材が、スキルのミスマッチを減らすような労働機会の獲得を進めていることとなり、スキルプレミアムが先進国におけるジニ係数の要因となっている結果と整合する。また、グローバリゼーションの進展によって世界各国の高スキルな労働者がミスマッチ就労を減らすことによって、スキルプレミアムの拡大をさらに推し進めている可能性が考えられる。
スキル間の格差をめぐっては、スキルごとに分類された職業別の総労働時間の伸び率から、日本や米国において二極化が進んでいる(第Ⅱ-2-1-32図)。
第Ⅱ-2-1-32図 二極化する職業別総労働時間伸び率
このことを踏まえると、技術革新の進展によって、労働市場が二極化し、高スキル労働者は選択肢が増加し、さらに前述したようにスキルのミスマッチを減らし得ることから、スキルプレミアムの拡大につながっている可能性がある。
ここで、日本や米国における賃金格差の状況を確認すると、日本では、高スキル労働者の賃金は1990年代後半から大きく変化していない一方で、中スキル、低スキル労働者の賃金が減少することによって格差が拡大している(第Ⅱ-2-1-33図)。一方で、米国では、高スキル労働者の賃金が増加し、低スキル労働者の賃金が減少することによって格差が拡大していることが確認できる(同図)。
第Ⅱ-2-1-33図 スキル別の賃金格差
こうした賃金格差の状況について労働分配の観点から見ると、OECDによると、先進国の労働分配率は減少もしくは横ばいの傾向となっている(第Ⅱ-2-1-34図)。労働分配が減少している点とスキル別賃金格差が広がっている点を併せて考えると、より低スキルな人材に対する労働分配が減少している実態がうかがえる。
第Ⅱ-2-1-34図 労働分配率の国際比較
低スキル労働者は、労働市場が二極化することにより、中程度のスキルを身につけた場合であっても、中程度スキルの職業が労働市場全体から減少することにより、スキルに見合った職業に就くことは難しく、ミスマッチ就労が解消されないこととなる。労働代替技術による労働市場への影響については収益性や技術的困難性の両面からみて、中程度スキルの職業の従業者数を減らす影響力を持っており、今後もこの傾向は続いていく可能性が考えられることから、格差是正のための施策が必要と言える。
こうした実情に対する是正策について、労働や資本といったマクロの視点、労働者のスキルや研究開発領域といったミクロの視点の両面から検討する。前述したようにロボットやAIといった技術が労働代替を目的して急速に導入が進められたことにより、労働市場の二極化を招いたとの指摘がある。その背景には、人間による労働力が担うタスクとロボットやAIといった資本が担うタスクが競合する領域が広いことが考えられる。労働と資本が担うタスクが競合する領域においては、企業は生産性向上のために税負担や単価による直接的な比較によって分配率を決定する。
こうした状況を踏まえて、人的資本投資や研究開発投資の必要性が議論されている。人的資本投資は、前述の議論に照らすと、労働と資本が担う領域が重複しないように労働者が担うタスクをシフトすることに相当する。具体的には、事態の変化に合わせて義務教育や高等教育で新たに必要となる知識や経験を積むことや、生涯学び直しが可能となるようなリカレント教育の仕組みを構築すること、時代の変化や常識、背景情報の変化に適応するためのリスキリングやアンラーニングを促進することなどが考えられる。
もう一方の研究開発投資は、前述の議論に照らすと、労働と資本が担うタスクが重複する領域においても、資本の利用目的を直接的な労働代替とするのではなく、労働補完を目的とすることで、労働負担を軽減し、付加価値を向上させ、雇用機会を拡大するような投資を拡大することに相当する。Acemoglu, D. (2021) では、こうした技術を「Human-Friendly」技術と示しており、その例として、製造業における画像認識技術やAR技術の活用、Web会議システムによる遠隔地間のコミュニケーションの促進など、労働の「支え」となるような形での活用を推奨している131。他にも、言語の違いを補う機械翻訳技術、体力・筋力を補うパワーアシストスーツ、地理的な隔たりを補う遠隔操作技術、身体の障害を補う義肢や義手、義眼などが挙げられる。
テクノロジーは格差拡大の直接的要因としての側面が指摘されてきているが、上述のようにテクノロジーの進歩によって、格差を是正し得る選択肢は多く考えられる。そのため、我々には今後、社会におけるイノベーションを促進し、格差・不平等を是正しながら、働き方、暮らし方、生き方における多様な選択肢を持てるよう、テクノロジーを発展させ、活用していくことが求められている。
130 Era Dabla-Norris et al. (2015) “Causes and Consequences of Income Inequality: A Global Perspective”, IMF Staff Discussion Note, SDN/15/13, June 2015.
131 Acemoglu, D., (2021), “Remaking the post-COVID world”, Finance&Development, March 2021, (https://www.oecd.org/naec/events/remaking-the-post-covid-world.htm).