第Ⅲ部 第2章 各国戦略

第1節 米国

1.日米経済関係 最近の動き

2年目を迎えたバイデン政権は、2022年8月に、気候変動対策への投資を目的とする「インフレ削減法」と、半導体製造等を支援するための「CHIPSおよび科学法」を成立させ、国内投資促進やサプライチェーン強靱化へ重点を置く政策を展開した。同時に、政権は同年10月に国家安全保障戦略を公表し、インド太平洋地域を始めとする民主的な同盟国やパートナーとの間で、技術、貿易、安全保障に関する連携を拡大することを強調した。

緊密な日米関係を反映し、日米首脳は相互に訪問を行い、2022年5月は東京で、2023年1月はワシントンDCで日米首脳会談を行わった。2022年は、日米経済政策協議委員会(経済版「2+2」)やインド太平洋経済枠組み(IPEF)の立ち上げ・進展が見られ、日米経済関係が戦略的な段階に押し上げられた。

経済産業大臣は2022年5月、7月、9月、及び2023年1月に米国を訪問し、米国関係閣僚との面談に加え経済版「2+2」等の会議に出席した。それぞれの米国訪問の要旨は以下のとおりである。

2022年5月 「半導体協力基本原則」を公表、半導体研究施設の視察を実施

萩生田経済産業大臣は、5月2日から5月6日にかけて、米国(アルバニー、ワシントンDC、ニューヨーク)を訪問した。アルバニーでは、半導体研究施設の視察や関係企業との意見交換を行い、ワシントンDCでは関係閣僚(レモンド商務長官、タイ通商代表、ディーズ国家経済会議委員長)との会談を実施し、ニューヨークでは現地企業家等との意見交換を実施した。レモンド商務長官との会談では、第1回日米商務・産業パートナーシップ(JUCIP)閣僚級会合を開催し、「半導体協力基本原則」を公表した。

2022年7月 日米経済政策協議委員会(経済版「2+2」)の発足と共同声明・行動計画の発出

7月29日、日米経済政策協議委員会(経済版「2+2」)がワシントンD.C.で開催され、日本側は萩生田経済産業大臣及び林外務大臣が、米側はレモンド商務長官及びブリンケン国務長官が出席した。会議終了後に、共同声明・行動計画が発出された。訪米に際し、関係閣僚(レモンド商務長官、タイ通商代表)と個別の会談も行った。

2022年9月 インド太平洋経済枠組み(IPEF)交渉開始

西村経済産業大臣は、9月7日から9月11日にかけて、米国(ロサンゼルス、サンフランシスコ)を訪問。ロサンゼルスでは、インド太平洋経済枠組み(IPEF)閣僚会合に出席した。同会合では、閣僚声明が採択され、正式にIPEFの交渉開始が宣言された。また、レモンド商務長官、タイ通商代表と個別に意見交換を行った。サンフランシスコでは、現地のスタートアップ関係者と意見交換を行ったほか、トヨタ・リサーチ・インスティテュート(TRI)の先端技術開発を視察した。

2023年1月 米シンクタンクで「幻想を乗り越えた先の新しい世界秩序」をテーマに講演

西村経済産業大臣は、1月5日から1月9日にかけ、米国(ワシントンDC、ラスベガス)を訪問した。ワシントンDCでは、関係閣僚(レモンド商務長官、マヨルカス国土安全保障長官、タイ通商代表、グランホルムエネルギー長官)との面談に加え、米国シンクタンクの戦略国際問題研究所(CSIS)における講演、連邦議員や経済団体との面会等を行った。また、ラスベガスでは世界最大級のエレクトロニクス見本市であるCESを視察し、スタートアップ関係者等との意見交換を行った。

2.日米通商分野

<1962年米国通商拡大法232条を巡る動き>

2018年3月23日、米国政府は、1962年通商拡大法232条に基づき、輸入する鉄鋼製品に対して25%、アルミ製品に対して10%の追加関税賦課を開始した。

同措置について、我が国は同盟国であり、日本の鉄鋼・アルミの輸入は、米国の安全保障上の脅威となることはないとして、米国に対し、累次にわたり我が国の懸念を伝え、同措置の速やかな撤廃を求めてきた。また同時に、我が国産業への影響を極力回避するべく、米国内で十分に生産できない製品、安全保障上の考慮を要する製品について、米国内の個人・組織の申請に基づき商務省が同措置の適応対象からの除外(製品別除外)を判断するためのプロセスの迅速化、簡素化を図るよう、様々なレベルでの米国政府に対する働きかけを行ってきた。加えて、2018年5月、同措置は実質的なセーフガード措置に該当するとして、将来的に対米リバランス措置を発動する権利を留保する旨のWTO通報を行った。さらに、我が国はシステミックな関心を有するとして米国の232条措置、対米リバランス措置のパネル審理にそれぞれ第三国参加を行っている。

2021年11月、日本から輸入する鉄鋼、アルミ製品に対する同措置について協議が開始された。2022年2月、米国政府は、日本から輸入する鉄鋼製品に一定数量の関税割当を導入し、また派生製品に対する追加関税を撤廃した。一方で、アルミ製品への追加関税10%は維持され、鉄鋼製品の関税割当の二次税率等として25%が存在するなど、同措置のWTO協定との整合性に疑義がある。我が国は、引き続き同措置の完全撤廃に向け、米国政府への働きかけを続けている。

なお、2022年12月9日、同措置に関する紛争解決パネルは、米国の、GATT第21条(b)(iii)項で定められた「戦時その他の国際関係の緊急時に執る措置」に当たるとの主張を退け、同条項の範囲において取られた措置とは言えないと結論づけ、GATT上の義務に整合的な措置を取るよう提言した。2023年1月27日、米国通商代表部はこの判断に強く反発し、上級委員会への上訴を行う意向を表明した。

なお、鉄鋼・アルミ以外の製品に対しても、米国商務省は232条調査を実施している。2021年6月8日に公表した、サプライチェーン100日報告書において指摘していた、ネオジム磁石の防衛・民間双方における重要性に基づき、同年9月21日、同磁石に対する232条調査を新たに開始した。我が国のネオジム磁石は高い品質を誇り、米国のサプライチェーン強靱化に従来から貢献しており、同盟国である日本からのネオジム磁石の輸入が米国の国家安全保障上の脅威となることはないとして、様々なレベルでの米国政府に対する働きかけを行ってきた。2022年9月21日、米国商務省は同調査に基づく報告書を発表した、同磁石の現在の輸入量及び輸入状況は米国の国家安全保障を損なうおそれがあると結論付けた一方、こうした状況を改善するための提言には、輸入する同磁石に対する追加関税措置は含まれず、同盟国と連携した供給源の多様化や共同研究の促進、米国内での生産に対する税額控除などが挙げられた。

<日米通商協力枠組み(Japan-U.S. Partnership on Trade)の立ち上げ>

2021年11月17日、経済産業省、外務省、米国通商代表部は、通商分野における日米共通のグローバルアジェンダやインド太平洋地域における協力等を議論するための局長級会合として、「日米通商協力枠組み」の立ち上げを発表した。2022年3月に第1回会合、同年8月に第2回会合を実施し、第三国の貿易慣行、環境、労働、デジタル、貿易円滑化、マルチ協力等の幅広い分野について議論を行った。

この枠組みにおける議論を通じて、様々な取組が展開されている。例えば、労働分野においては、2023年1月、企業によるサプライチェーン上の人権尊重及び国際的に認められた労働者の権利の保護等の促進を目的として、「サプライチェーンにおける人権及び国際労働基準の促進に関する日米タスクフォース」の設置のための協力覚書に日米閣僚間で署名し、企業の予見可能性を高め、企業が積極的に人権尊重に取り組める環境の整備に向けて、国際協調を一層加速させていくこととしている。

3.日米貿易投資関係の更なる発展に向けた取組

過去半世紀にわたり、日米両国の製造業は国境を超えるサプライチェーンの深化を通じて競争力を涵養してきた。我が国財務省の「直接投資・証券投資等残高(地域別)」によると、日本からの対米直接投資残高は年々増加し、2021年末では日本の対外直接投資残高全体の33%に相当する76.1兆円に達した。米国商務省によると、2021年末時点で日本は国別で米国にとって最大の投資元(前年比408億ドル増、7210億ドル)であり、2019年以降、3年連続で米国にとって最大の投資元となった。また、在米日系企業による米国内の雇用者数は93.2万人(世界2位)であり、このうち製造業の雇用者数は53.4万人(世界1位)である(2020年)。

日系企業は、西海岸のみならず、全米各地で研究開発分野への投資を活発に行い、イノベーションの源泉としてきた。同じく米国商務省によると、日系企業による米国内での研究開発費は年100億ドルを超えており、これは、世界第2位である(2020年)。

こうした日系企業の活動を後押しするため、経済産業省としては、JETROを通じて、①「ロードショウ」(各州政府・経済開発公社、ビジネスリーダーを対象にしたラウンドテーブルや日本企業訪問を通じて日本企業の各地域経済への貢献状況とともに経営課題を共有)開催、②州知事等への個別アプローチ、③対米投資促進のためのセミナー開催、④両国企業の現地でのマッチングイベント開催などに取り組んでいる。

2022年は、日米財界人会議、日本・米国中西部会、日本・米国南東部会といった日米間の民間レベルでの協力枠組みも、新型コロナウイルス感染症の流行後中断していた対面での会合を再開した。

また、米国商務省が主催する投資イベントであるセレクトUSA投資サミットは2022年6月に3年ぶりに対面でワシントンDC近郊のメリーランド州において開催され、日本企業を含む外国企業に対し米国への投資を積極的にPRした。また、それに連動する形でJETROは、EVや半導体、バイオなど情報ニーズの高い分野をテーマに8本のビジネス環境視察ミッション(9州)を実施し、130社以上の日本企業が投資環境やインセンティブを学ぶ機会を創出した。

こうしたなかで、米国では2022年8月、気候変動対策や医療保険制度改革、税収強化等に主眼を置いた、歳出規模4,370億ドルのインフレ削減法(IRA)が成立した。このうち気候変動分野においては、電気自動車や再エネ等への税額控除・補助金を通じた国内投資促進を図っている。同年11月、日本政府は、IRAにおけるEV税制優遇は、北米地域やFTA締結国といった、特定地域内での調達・加工・組立要件を課しており、有志国との連携の下で強靱なサプライチェーンを目指す全体戦略と整合的ではないとのコメントを米国政府に提出した。

2023年3月、日米は日米重要鉱物サプライチェーン強化協定の署名を行った。この協定は電気自動車のバッテリーの生産に不可欠な重要鉱物について、持続可能で衡平なサプライチェーンの確保に向けた協力の強化を通じ、米国インフレ削減法の目的達成に資するとともに、日米、さらには同志国との連携による強靱なサプライチェーンの構築を目指すものである。これを受け、同月米国財務省が公表したインフレ削減法の規則改正案では、日本はIRA法上のFTA締結国と位置づけられた。

4.地域・国際社会の繁栄に資する日米経済協力

国際経済秩序が様々なリスクや脅威に晒される中、経済安全保障の確保に向けて、バイデン政権は同志国との経済分野での協力を強化してきた。基本的価値観を共有する同盟国である日本との間では、2021年11月に経済産業省と商務省との間で設立され、両省間の具体的な協力を推進する「日米商務・産業パートナーシップ(JUCIP)」と、2022年1月に岸田総理とバイデン大統領との間で設立され、経済産業省・商務省に加えて外務省・国務省も含め、経済課題への対応について戦略的・地政学的観点も踏まえ大局的に議論する「日米経済政策協議委員会(経済版「2+2」)」の二つの枠組みを中心に、経済分野での協力が進められた。

JUCIPについては、2022年5月に萩生田経済産業大臣とレモンド商務長官の間で第一回の閣僚会議が開催され、世界経済秩序に対する脅威に対応するためには、商務・産業分野でのより深い協力が不可欠であることを再確認した、半導体、輸出管理、デジタル経済、貿易・投資の4分野における両省間の協力を歓迎し、4分野における両省間の協力に関するファクトシートを発出した。

経済版「2+2」については、2022年5月に4省による次官級会合が開催されたことに続いて、同年7月には萩生田経済産業大臣(当時)、林外務大臣、レモンド商務長官、ブリンケン国務長官による第一回の閣僚会合が開催され、ルールに基づく経済秩序を通じた平和と繁栄の実現、経済的威圧と不公正で不透明な貸付慣行への対抗、重要・新興技術と重要インフラの促進と保護、サプライチェーンの強靭性の強化という四つの分野について議論が交わされた。また、会合後に4閣僚による共同記者会見が開催され、4閣僚がルールに基づく国際経済秩序の利益を強調する前向きな経済ビジョンを提示する共通の決意を確認し、日米の経済をより競争力と強靱性あるものにする必要性を強調し、4分野における日米間の行動計画を示した共同声明「経済安全保障とルールに基づく秩序の強化」を発出した。

また、商務省や国務省のほか、エネルギー省や国土安全保障省、国防省といった関係省庁との間でも、日米連携や経済分野での協力について様々な議論が行われた。

5.日加経済関係

カナダでは、2021年9月の下院総選挙の結果、トルドー首相率いる自由党は少数政権ながらも比較第一党の地位を維持し、第三次トルドー内閣が成立した。第二次内閣から引き続き、国連、G7、G20、WTO等の多国間の枠組みを活用した多国間外交を展開しつつ、貿易関係の多様化、気候変動に配慮したエネルギー開発等の課題に取り組んでいる。

日本とカナダは基本的価値を共有するG7のメンバーであり、カナダ政府は近年インド太平洋地域への関与を強めている。2022年2月の日加首脳電話会談では、日加両国が共有するビジョンである「自由で開かれたインド太平洋」の実現に向けた両国の六つの優先協力分野に関して、今後両国が力強い協力・連携をさらに進め戦略的パートナーシップを強化していくことで一致するとともに、エネルギー、資源、気候変動等の分野においても連携していくこと等を確認した。また2022年10月の日加外相会談では、同ビジョン実現に向けた具体的取組を進めるための「自由で開かれたインド太平洋に資する日加アクションプラン」を発表した。2023年1月の日加首脳会談では、アクションプランの着実な実施を通じて連携を強化していくことを確認した。

さらにカナダ政府は2022年11月、カナダが今後10年間でインド太平洋地域への関与を深めていく上での包括的なロードマップとして、五つの戦略目標と国・地域別のアプローチを整理したカナダ初の「インド太平洋戦略」を発表した。同戦略では日本について、「共有された価値観や関心は、世界的課題やルールに基づく国際秩序の強化における日加二国間の広範な協力の基礎である」と記されている。

経済産業省とカナダ政府の連携も強化が図られている。カナダのイン国際貿易大臣は2022年に3度(5月・9月・12月)、シャンパーニュ革新・科学・産業大臣は2度(7月・9月)にわたり経済産業大臣と面会している(2022年7月までは萩生田経済産業大臣、同年9月以降は西村経済産業大臣)。ウィルキンソン天然資源大臣は2022年3月に萩生田経済産業大臣と面談し、2022年9月及び2023年1月には中谷経済産業副大臣と面談した。カナダ側のそれぞれの担当大臣とCPTPPやWTO改革における連携、AI・量子技術等の研究開発協力や自動車部門の脱炭素化、LNGや重要鉱物を含むエネルギー安全保障の強化等について幅広く意見交換を行い、共通の価値観を有する両国の連携を一層強化していくことが確認された。

また、近年は特にAIや量子技術といった先端技術を有する日加両国の企業活動が活発化している。経産省は、JETROを通じてこれら分野を含む企業の相互進出・連携を後押ししている。2022年度は、対日投資促進の枠組みを活用したカナダ企業5社の日本進出支援や、オープンイノベ―ション促進を目的としてカナダ・スタートアップ向けに日本企業がプレゼンを行うリバースピッチ・イベントの実施、また、22年6月にトロントで開催されたテック系スタートアップ展示会「Collision2022」における日系スタートアップの広報・マッチング支援等を行った。

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