第Ⅲ部 第2章 各国戦略

第6節 中南米

1.今後の方針

中南米地域は、6億人超の人口を擁し、巨大な消費市場や中間所得層も多く、日本の高付加価値製品の輸出先として魅力的であるとともに、労働生産人口も比較的若く、また安価な労働力を活用した生産拠点としての役割も担う。また、中南米地域は気候変動対策やデジタル関連産業の基盤を支えるリチウム、銅等の重要鉱物の主要供給源であるとともに、大豆、とうもろこし、鶏肉を始めとする食料資源の供給源として、エネルギー、食料等安全保障の観点からも我が国にとって重要な地域であるとともに、日本企業の潜在的な参入先、進出先としても有望な地域でもある。

世界銀行によれば、2022年の中南米における経済成長率は3.6%。世界的なインフレやブラジルの金融引締め政策、貿易相手国の米国の成長率低下などの影響を受け、2021年の6.8%から軟化した。国・地域ごとでは、メキシコ・ブラジル等の主要国では、難しい経済・財政政策のかじ取りが必要となり、2023年の成長率は軟化すると予想される。他方、一部の中米・カリブ諸国はパンデミックによる景気後退からの回復が長期化し、成長率が拡大すると予想される。

中南米地域における政治面では、コロナ禍の経済悪化や大衆迎合主義の台頭を受け、2022年8月にコロンビアでペトロ大統領、2023年1月にブラジルでルラ大統領が誕生など、左傾化の潮流(ピンクタイド)の傾向が顕著との論調もあるが、従来の保護主義的な動向ではなく、権威主義的な体制を批判し、市場にも配慮した穏健な経済政策を模索するポピュリズム(大衆迎合主義)色が強まる傾向も見受けられる。現在のような世界情勢が厳しい中で、中南米諸国は、民主主義、法の支配、基本的人権の尊重など基本的価値を共有できるパートナーの役割を担える国も多く、価値観外交として日本と中南米における経済関係をさらに強化していく必要がある。

米国・中国の動向に関して、ブラジル、チリ、ペルー等にとって中国は最大の貿易相手国となり、米国の裏庭とも言われる中南米において積極的なインフラ投資を展開するなど、中国の存在感は増している。他方米国については、同国への移民流入問題の解決をはじめ、中南米地域におけるデジタル連結性、気候変動対策などに地政学の観点から積極的に関与することが期待される。

2022年6月には米国ロス・アンゼルスで米州サミットが開催され、バイデン大統領によって「経済繁栄のための米州パートナーシップ(APEP)」が発足したが、米国による民主主義の懸念のある国家の非招待に反発したメキシコなどがサミットを欠席し、米国離れが浮き彫りとなった。中国は、2023年1月に開催されたラテンアメリカ・カリブ諸国共同体(CELAC)で習近平国家主席によるビデオメッセージが寄せられ、また、台湾承認国であるホンジュラスでは、カストロ大統領からレイナ外務大臣に中国との国交開設を指示し、2023年3月26日に台湾と断交するといった中国のプレゼンスが高まっている。

2.日・中南米における経済分野の協力について

中南米地域では、従来の太平洋同盟やメルコスール等の地域統合を目指す関税同盟を中心とした内向きの市場経済から、第三国・地域とのFTA締結の推進など、より対外的な経済拡大を目指す動きが見受けられ、同地域における新たなビジネス機会は、これまで以上に拡大余地がある状況下にある。加えて、世界情勢の不安定化による資源・食料安全保障やサプライチェーンの強靱化の重要性の再認識を背景に、中長期的な視点に立ち、重要鉱物、水素・アンモニアなど資源・エネルギー分野における新たな投資行動や企業活動が見受けられる。

第一に、コロナ禍の影響や米中摩擦を背景としたサプライチェーンの強靱化の動きである。2020年7月、USMCAが発効や、2022年8月、米国インフラ抑制法(IRA)を受けて、北米の生産・調達ネットワークの結びつきが強化され、米国市場を見据えてメキシコや中米へのニアショアリングによるサプライチェーンの再構築に関する投資も散見される。昨今の米国テスラ社によるメキシコの新規工場建設は、同国が電気自動車の一大生産拠点となり得る可能性を示す形となっている。

第二に、世界的な気候変動対策の高まりを背景としたグリーン投資に関する動きである。2022年9月、東京で開催された「水素閣僚会議」において、従来のチリに加えて、新たにパラグアイ、ウルグアイ、コロンビアが参加し、中南米諸国と日本との同分野における協力可能性を示した。2022年8月29日から9月2日にかけて、チリ、アルゼンチンの政府関係者等を対象とした「水素実務担当者の受入研修」を日本で開催し、水素の利活用に関するワークショップやサイトビジットを実施した。また、水素・アンモニア関連法制度に係る研修を実施し、理解醸成を図った。加えて、2022年7月、日本とブラジル環境省間において「気候変動を中心とする2国間環境協力強化のための覚書」を締結し、パリ協定6条に基づく市場メカニズムの実施に向けた両国の環境協力強化の礎を築いた。これら政府間ベースでの協力のみならず、2022年度、チリ共和国において日本企業がグリーン水素・アンモニア関連事業に係るF/S調査を複数実施するなど、中南米における水素・アンモニア分野のサプライチェーン構築に向けたポテンシャルの高さがうかがわれる形となった。

第三に、中南米におけるデジタル経済の発展の礎となるスタートアップにおける現地での社会実装及びそれを支援する動きである。2022年度より、JETROは、ブラジル・スタートアップ育成政府機関APEX-Brazilが実施する「Scale up in Brazil」において、日本のスタートアップ企業のブラジル市場でのビジネス展開支援を実施した。デジタル分野で技術優位を有する日本のスタートアップが、同技術を活用して現地の社会課題解決を目指す動きなど新たなビジネス機会の促進が図られている。本件は、日伯貿易投資促進・産業協力合同委員会においても、ブラジル経済省との間で同分野を進展させることで見解の一致をみた。

このように、これまで顕在化されてなかったビジネス機会の拡大は、新たな日・中南米間の経済分野の協力強化の可能性を示すものであり、経済産業省としても、各国政府との政府間対話を活用したビジネス環境整備を図るとともに、中南米地域を対象とした①サプライチェーン強靱化に資する補助金(インド太平洋・中南米地域サプライチェーン参画支援事業費)や、②スタートアップの海外展開を支援する補助金(インド太平洋地域ビジネス共創促進事事業費)の創設など本邦企業のビジネス機会の拡大及び現地進出を支援するべくビジネス環境の整備等を図っていく。

3.進捗状況

(1)中米・カリブ地域

メキシコについては、2022年5月と10月に平井経済産業審議官とデ・ラ・モラ経済省通商担当次官がオンラインで会談を行い、メキシコ電力政策に対する法的安定性確保の申入れや二国間経済関係について意見交換を行った。また、同年10月、経済省内の人事異動により、クルティエル経済大臣の後任にブエンロストロ国税庁長官が着任。同時に、デ・ラ・モラ通商担当次官の後任にエンシナス氏が着任し、同年12月、平井経済産業審議官とエンシナス通商担当次官がオンラインで会談を行った。また、日本政府は2022年6月に日メキシコEPAに基づく原産地小委員会を開催し、原産地証明書の電子発給について意見交換を行った。

また、2023年1月には、USMCAの自動車原産地規則を巡る紛争で米国がメキシコとカナダに敗訴し、自動車全体の域内原産割合(RVC)計算で、協定別添4-Bの付属書第3.8~3.9条が定めるエンジンなどコアシステムの計算方法とロールアップ適用が確定した。これにより、米国政府解釈より有利な方向でRVC計算が行えるため、今後、USMCAの利用率が上昇すると期待されている。一方で、USMCAを巡る紛争解決協議では、メキシコのエネルギー政策がUSMCAに違反しているとし、米国とカナダから協議が要請されている。また、労働分野の紛争早期解決メカニズム(RRLM)については、2022年度時点で計7件の要請が行われた。その全てはメキシコ内の自動車関連部品工場における労働権侵害の疑いに基づくものであり、日系企業もその内数に入る。そのほとんどは、メキシコ政府による積極的な協力によって、短期間での解決に至っているが、これらUSMCAを巡る動きについては、今後も注視が必要である。

コスタリカについては、2022年11月、トバル貿易大臣とアンドレ外務大臣が訪日し、西村経済産業大臣と会談を行った。会談では、日本とコスタリカは、自由、民主主義、法の支配等の基本的価値を共有する重要パートナーであることを確認し、両国間の貿易・投資の連携・強化やアジア・太平洋地域の自由貿易の推進に取り組むことで一致した。

キューバについては、2022年9月、安倍元総理国葬に際し、マレーロ首相が訪日した。首相訪日レセプションを開催し、平井経済産業審議官が出席した。同年10月には、ラミレス在京キューバ大使が平井経済産業審議官と対面で会談を行い、二国間経済関係について意見交換を行った。

(2)南米地域

コロンビアについては、2022年10月、平井経済産業審議官がアンヘラ在京コロンビア臨時大使の表敬を受け、二国間貿易投資の連携強化について意見交換を行った。二国間経済協力に関しては、コロンビアにグッドデザイン賞を導入するデザイン制度導入事業を展開し、2023年2月同国に専門家団を派遣し、グッドデザイン賞セミナーを開催した他、同国産学官関係者と意見交換を行うなど導入に係る素地形成を図った。加えて、コロンビア商工観光省、両国大使館等と連携し、貿易投資合同委員会の設置検討に係る意見交換を実施した。

チリについては、2022年11月、フレイ元大統領が訪日し、中谷経済産業副大臣と会談を行った。会談では、日本とチリは、自由、人権、民主主義、法の支配等の基本的価値を共有する重要パートナーであることを確認し、二国間貿易投資の連携強化(特に資源の安定供給の重要性)、アジア・太平洋地域における自由貿易推進について意見交換を行った。

エクアドルについては、2023年1月、西村経済産業大臣がスイスへ出張中、プラド生産貿易投資漁業大臣と会談を行った。会談では、日・エクアドル間の貿易投資促進や資源供給源の多角化の観点から、両国の経済関係強化に向けた連携の重要性について意見交換を行った。

ブラジルについては、ブラジル鉱山エネルギー省等の政府関係者に対して、日本の建物及び空調機器の省エネ制度についての研修の実施を通じて、ブラジル省エネ制度の見直しに向けた支援を実施した。また、2022年9月に平井経済産業審議官、アレシャンドレ・イワタ伯経済省次官を議長とした第14回日伯貿易投資促進・産業協力合同委員会を東京で開催。COVID19、米中対立、ウクライナ侵略など地球規模で取り組むべき共通のテーマに軸足が移るとともに、さらには工業先進国(産業構造展開・経済改革)を目指すブラジルと、新たな経済関係強化に向けた在り方を議論した。具体的な分野としては、エネルギーや環境政策、半導体、スタートアップ支援、知的財産等に関する意見交換を実施した。

アルゼンチンについては、2022年9月、G20貿易・投資・産業大臣会合の場で太田経済産業副大臣とトデスカ外務副大臣が対面で会談を行い、二国間経済協力関係の強化、2023年のG7貿易大臣会合(日本主催)、2025年の大阪・関西万博等について意見交換を行った。

ウルグアイについては、2022年10月、パガニーニ産業・エネルギー・鉱業大臣が訪日し、里見経済産業大臣政務官と会談を行った。会談では、水素をはじめとするエネルギー分野等について意見交換を行った。

太平洋同盟については、2022年11月、メキシコにて、第17回太平洋同盟首脳会談を開催する予定であったが、ペルーの国情(カスティージョ大統領(当時)の外国訪問不許可)を踏まえ、延期となった。日本としては、太平洋同盟諸国を民主主義、法の支配等の基本的価値を共有する重要なパートナーと捉えており、ともに成長し、相互の利益になる形で、DXやGX等の官民双方が関心を有する分野での協力を拡大している。引き続き、太平洋同盟諸国と共に、共通の課題に取組、具体的な協力を推進していく方針である。

メルコスールについては、2022年11月、日伯戦略的経済パートナーシップ賢人会議から岸田総理大臣に対して、日本・メルコスール経済関係の強化やカーボンニュートラルに向けた取組の推進等についての要望がなされた。また、2022年12月、日本経済団体連合会から林外務大臣に対して日本・メルコスールEPAの早期締結に関する要望がなされた。加えて、2023年年初の林外相中南米外遊においても、在伯・在亜日系企業から日本・メルコスールEPA交渉開始について改めて要請があった。

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