第Ⅲ部 第1章 ルールベースの国際通商システム

第5節 投資関連協定

1.世界の投資協定を巡る状況

1980年代以降、世界の海外直接投資は急速に拡大しており、世界経済の成長を牽引する大きな役割を果たしている。

海外直接投資の拡大を踏まえ、世界各国は、投資受入国における差別的扱いや収用(国有化も含む)などのリスクから自国の投資家とその投資財産を保護するため、投資協定を締結してきた。投資ルールは、貿易におけるWTO協定のような多国間協定がなく、二国間若しくは地域協定が中心となっている。

世界の投資関連協定数は1999年以降2022年末時点で約2,800件となっている(第Ⅲ-1-5-1図)。

第Ⅲ-1-5-1図 世界の投資関連協定数の推移
世界の投資関連協定数の推移の図

2.投資協定の主な規定内容

従来の投資協定は、投資受入国における投資財産の収用や法律の恣意的な運用等のカントリー・リスクから投資家を守り、保護することを主目的として締結されてきた。こうした内容の協定は「保護型」の投資協定と呼ばれ、投資財産設立後の内国民待遇や最恵国待遇、収用の原則禁止及び合法とされる収用の要件と補償額の算定方法、自由な送金、締約国間の紛争処理手続、投資受入国と投資家との間の紛争処理等を主要な内容とする。1990年代に入ると、そのような投資財産保護に加えて、投資設立段階の内国民待遇や最恵国待遇、パフォーマンス要求277の禁止、外資規制強化の禁止や漸進的な自由化の努力義務、透明性確保(法令の公表、相手国からの照会への回答義務等)等を盛り込んだ「自由化型」の投資協定が出てきた(第Ⅲ-1-5-2表)278

第Ⅲ-1-5-2表 投資協定の主な内容
投資協定の主な内容の表

277 例えば、投資受入国が一定の現地部材(ローカルコンテンツ)比率を満たすことや、製造したものの総量のうち一定の比率を輸出すること等を投資活動に関する条件として要求すること。

278 代表的なものとして我が国の場合、二国間EPAの投資章や、日韓、日・ベトナム、日・カンボジア、日・ラオス、日・ウズベキスタン、日・ミャンマー投資協定等がこのタイプにあたる。

3.エネルギー憲章条約の主な規定内容

投資協定と同じように、投資に関して国際仲裁への付託を可能とするマルチの条約としてエネルギー憲章条約がある。1998年に発効したエネルギー憲章条約は、エネルギー分野における投資の保護及び自由化に関し、一般的な二国間の投資協定と類似の内容(締約国が外国投資家の投資財産に対して内国民待遇又は最恵国待遇のうち有利なものを付与すること、一定の要件を満たさない収用の禁止、送金の自由、紛争解決手続等)について規定している。発効から20年以上経過している本条約については、改正等が必要な条項を検討する条約の近代化の議論が2017年から開始、2020年から本格的な交渉が行われた。結果、2022年6月に実施された臨時エネルギー憲章会議において、近代化交渉の実質合意がなされ、改正ECTでは、水素やアンモニア等の新たなエネルギー原料が投資保護ルールの対象に加えられるとともに、EU及び英国における化石燃料関連投資が投資保護の対象から外れることとなったほか、投資保護に係る締約国の義務の明確化、投資家対国家の紛争解決手続の詳細の明文化、持続可能な開発と企業の社会的責任の新設、通過の自由を更に促進させるためのルール等が含まれることが合意された。

2022年11月22日、エネルギー憲章会議第33回会合が開催されたが、近代化されたECTの採択を延期して議題として取り上げないこととなったため採択は行われず、2024年3月末においても採択されていない。

なお、EU及びその一部の加盟国内では、改正内容について、EUが目指す気候変動対策に照らして不十分などの考えからドイツ、フランス、ポーランドがECTから脱退するともに、ほかの一部の加盟国やEU自体も脱退する動きをみせている。

4.我が国の投資関連協定を巡る最近の状況

我が国から海外への投資が進んでいると同時に、新興国を中心に世界の市場も急速な勢いで拡大を続けており279、日本企業や日系企業は、熾烈な海外市場の獲得競争にさらされている。我が国の経済成長をより強固で安定的なものにしていくためには、貿易投資立国としての発展を目指し、世界のビジネス環境をより一層整備していく必要がある。かかる観点から、投資家やその投資財産の保護、規制の透明性向上、機会の拡大等について規定する投資協定及び投資章を含む経済連携協定(EPA)/自由貿易協定(FTA)(以下、投資関連協定)は、投資支援のツールとしての重要性を一層増しており、日本政府は、ほかの経済政策と並び、既存協定の改正を含む投資関連協定の締結を一層加速し、投資環境の整備を進めている。

2016年5月に策定された「投資関連協定の締結促進等投資環境整備に向けたアクションプラン」(アクションプラン)では、2020年までに、100の国・地域を対象に投資関連協定を署名・発効すること、投資市場への新規参入段階から無差別待遇を要求する「自由化型」の協定を念頭に、高いレベルの質を確保すること等を指針として掲げ、積極的かつ集中的に投資関連協定の締結に取り組んできた。

2021年3月には、「投資関連協定の締結促進等投資環境整備に向けたアクションプラン(成果の検証と今後の方針)」を策定し、アクションプラン以降の取組を検証した。二国間投資協定のみならず、CPTPP、AJCEP、RCEPなど、多国間の投資連携協定交渉にも積極的に取り組み、締結・発効に至っている。加えて、多くの投資関連協定において、自由化型、我が国産業界が重視する公正衡平待遇義務、投資家と国家の間の紛争解決(ISDS)等に係る規定が盛り込まれている。

さらに、今後の方針としては、アクションプランにおいて100の国・地域という目標値が設定されたことを踏まえつつ、今後の投資先としての潜在力の開拓や他国の投資家と比較して劣後しないビジネス環境の整備等に向け、引き続き戦略的観点及び質の確保の観点を考慮した取組を進めることとし、特に、中南米及びアフリカを中心的な検討先とすることを明記した。加えて、投資関連協定の実効性の観点から、経済関係団体等との連携、在外公館・JETRO等を通じた、積極的な情報発信に努めることとしている。

なお、2024年1月現在で56本の投資連携協定が署名され、うち53本が発効済みとなっている(第Ⅲ-1-5-3表)。また、交渉中の協定を含めれば94の国・地域をカバーすることとなった。今後も、産業界のニーズや相手国の事情に応じながら、新規協定の締結及び既存協定の改正に向けた交渉を一層積極的に進めていく必要がある。

第Ⅲ-1-5-3表 我が国の投資関連協定の発効又は署名の状況
我が国の投資関連協定の発効又は署名の状況の表

279 外務省「海外進出日系企業拠点数調査」(令和4(2022)年版)、財務省・日本銀行「国際収支統計」参照。

5.今後の課題

多くの投資関連協定では、「投資家対国家(投資受入国)」の紛争解決手続(ISDS)条項を設けている。これは、投資受入国が協定の規定に反する行為を行ったことにより投資家が損害を被った場合、投資家が投資受入国との紛争をICSID280条約やUNCITRAL281仲裁規則に基づく国際仲裁に付託することを認めるものである。

近年、このISDS条項を投資関連協定に含めることを好まない国が増加している。これらの国は、ISDSに投資家寄りの制度的なバイアスが存在すると主張し、国家主権や柔軟な政策幅を確保する必要があることを根拠として挙げている。例えば、ブラジルは、ISDSは憲法に反するとして、これまでISDS条項を含む投資関連協定を締結していないほか、南アフリカ共和国、ベネズエラは、ISDS条項を含む投資協定を破棄した。また、ISDS条項を投資協定に含めること自体は否定しないものの、インドやナイジェリア等は、ISDS条項に国内裁判所への提訴を要件とすることを自国の新たなモデル投資協定に規定する等、ISDSのリスク等を踏まえて協定の規定を見直す国もある。

このような状況の中、UNCITRALでは2017年からISDS改革について議論が行われる等多国間の枠組みでの検討も進められている。このような傾向はISDSが投資家救済の観点から一定の成果をあげたことの裏返しでもあるが、将来におけるISDS活用の余地が狭められることにつながる懸念もあることから、国際的な動向を注視しつつ、対応を検討していく必要がある。

280 International Centre for Settlement of Investment Disputes(投資紛争解決センター):世界銀行グループの1機関である常設の仲裁機関。所在地はワシントンD.C.。

281 United Nations Commission on International Trade Law(国連国際商取引法委員会):所在地はオーストリア(ウィーン)。

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