第Ⅲ部 第2章 各国戦略

第6節 中南米

1.総論

中南米地域は、6.5億人超の人口を擁し295、巨大な消費市場や中間所得層も多く、日本の高付加価値製品の輸出先として魅力的であるとともに、労働生産人口も比較的若く、安価な労働力を活用した生産拠点としての役割も担う。また、中南米地域は気候変動対策やデジタル関連産業の基盤を支えるリチウム、銅等の重要鉱物の主要供給源であるとともに、大豆、とうもろこし、鶏肉を始めとする食料資源の供給源として、エネルギー、食料等安全保障の観点からも我が国にとって重要な地域であるとともに、日本企業の潜在的な参入先、進出先としても有望な地域でもある。

世界銀行によれば、2023年の中南米における経済成長率は2.2%であった296。世界的なインフレやブラジルの金融引締め政策、貿易相手国の米国の成長率低下などの影響を受け、2021年の7.2%297、2022年の3.9%298から連続で軟化した。国・地域ごとでは、メキシコ・ブラジル等の主要国では、難しい経済・財政政策のかじ取りが必要となるが、2024年の成長率は改善される見込みであり、一部の中米・カリブ諸国はパンデミックによる景気後退からの回復が長期化し、成長が拡大すると予想される。

中南米地域における政治面では、コロナ禍の経済悪化や大衆迎合主義の台頭を受け、直近は左傾化の潮流(ピンクタイド)の傾向が顕著との論調もあるが、2023年8月、グアテマラ大統領選挙ではジャマテイ氏(右派)が当選、同年12月、アルゼンチン大統領選挙ではミレイ氏(右派)が当選するなど従来の保護主義的な動向ではなく、権威主義的な体制を批判し、市場にも配慮した経済政策を模索するポピュリズム(大衆迎合主義)色が強まる傾向も見受けられる。現在のような世界情勢が厳しい中で、中南米諸国は、民主主義、法の支配、基本的人権の尊重など基本的価値を共有できるパートナーの役割を担える国も多く、日本と中南米における経済関係を更に強化していく必要がある。

米国・中国との関係では、ブラジル、チリ、ペルー等にとって中国は最大の貿易相手国となり、米国の裏庭とも言われる中南米において積極的なインフラ投資を展開するなど、中国の存在感は増している。他方、米国については、同国への移民流入問題の解決を始め、中南米地域におけるデジタル連結性、気候変動対策などに地政学の観点から積極的に関与することが期待される。

2022年6月、米国ロサンゼルスで米州サミットが開催され、バイデン大統領によって「経済繁栄のための米州パートナーシップ(APEP)」が発足したが、米国による民主主義に懸念のある国家の非招待に反発したメキシコなどがサミットを欠席し、米国離れが浮き彫りとなった。中国は、2023年1月に開催されたラテンアメリカ・カリブ諸国共同体(CELAC)で習近平国家主席によるビデオメッセージが寄せられ、また、台湾承認国であるホンジュラスでは、カストロ大統領からレイナ外務大臣に中国との国交開設を指示し、2023年3月に台湾と断交するなど、同地域における中国のプレゼンスが高まっている。

295 世界銀行「World Development Indicators」、2022年。

296 世界銀行「Global Economic Prospects」(2024年1月)。

297 同上。

298 同上。

2.日・中南米における経済分野の協力について

中南米地域では、従来の太平洋同盟やメルコスール等の地域統合を目指す関税同盟を中心とした内向きの市場経済から、第三国・地域とのFTA締結の推進など、より対外的な経済拡大を目指す動きが見受けられ、同地域における新たなビジネス機会は、これまで以上に拡大余地がある状況下にある。加えて、世界情勢の不安定化による資源・食料安全保障やサプライチェーンの強靱化の重要性の認識を背景に、中長期的な視点に立ち、重要鉱物、水素・アンモニア・バイオ燃料及び合成燃料(e-fuel)など資源・エネルギー分野における新たな投資行動や企業活動が見受けられる。

第一に、新型コロナウイルス感染症拡大の影響や米中摩擦を背景としたサプライチェーンの強靱化の動きである。2020年7月、USMCAの発効や、2022年8月の米国インフレ削減法(IRA)を受けて、北米の生産・調達ネットワークの結びつきが強化され、米国市場を見据えてメキシコや中米へのニアショアリングによるサプライチェーンの再構築に関する投資が見られる。昨今の米国テスラ社やフォード社等によるメキシコへの電気自動車(EV)関連投資や、同部品(電磁鋼板、EV用電池)の投資など、同国が電気自動車の一大生産拠点となり得る可能性を示す形となっている。

第二に、世界的な気候変動対策の高まりを背景としたグリーン投資に関する動きである。2023年4月、経済産業省とチリ・エネルギー省間において、「エネルギー・トランジションに関する協力覚書」を締結し、再生可能エネルギー、省エネルギー、エネルギー貯蔵の利用を含めたエネルギー管理、水素及びアンモニアや合成燃料(e-fuel)などのその派生物等に関する情報交換等を行い、両国のエネルギー・トランジションの促進に向けて協力することに合意した。2023年9月、東京で開催された「水素閣僚会議」にはアルゼンチン、チリ、コロンビア、コスタリカ、ペルーが参加し、水素エネルギーの開発に向けた協力について議論した。また、2023年6月19日から6月23日にかけて、チリ、アルゼンチンに専門家を派遣し、現地政府機関等を対象に水素・アンモニアに関する研修を実施した。これら政府間ベースでの協力のみならず、2023年度、チリにおいて日本企業がグリーン水素・アンモニア関連事業に係るF/S調査、プロモーション・ロビイング事業を実施するなど、中南米における水素・アンモニア分野のサプライチェーン構築に向けたポテンシャルの高さがうかがわれる形となった。

第三に、中南米におけるデジタル経済の発展の礎となるスタートアップにおける現地での社会実装及びそれを支援する動きである。2022年度以降、JETROは、ブラジル・スタートアップ育成政府機関APEX-Brazilが実施する「Scale up in Brazil」において、日本のスタートアップ企業のブラジル市場でのビジネス展開支援を実施した。デジタル分野で技術優位を有する日本のスタートアップが、同技術を活用して現地の社会課題解決を目指す動きなど新たなビジネス機会の促進が図られており、日伯貿易投資促進・産業協力合同委員会においても、ブラジル経済省との間で同分野を進展させることで見解の一致をみた。

このように、これまで顕在化されていなかったビジネス機会の拡大は、日・中南米間の経済分野の協力強化の新たな可能性を示すものであり、経済産業省としても、各国政府との政府間対話を活用したビジネス環境整備を図るとともに、中南米地域を対象とした①サプライチェーン強靱化に資する補助金(インド太平洋・中南米地域サプライチェーン参画支援事業費)や、②スタートアップの海外展開を支援する補助金(インド太平洋地域ビジネス共創促進事事業費)、③グローバル・サウス未来志向型共創等事業の創設・実施など本邦企業のビジネス機会の拡大及び現地進出を支援するべくビジネス環境の整備等を図っていく。

3.進捗状況

(1)中米・カリブ地域

メキシコについては、2023年6月、第13回日墨EPAビジネス環境整備委員会を実施した。日本の関心事項であるエネルギー分野などの懸念や法的安定性の重要性を訴えるとともに、メキシコの関心事項である税関・SPS措置及び原産地証明書のPDF化の早期妥結・解決に向けて検討を進めることについて意見交換した。同年9月、保坂経済産業審議官とプリーア駐日大使が会談を行い、二国間経済関係やニアショアリングにおける自動車サプライチェーンの重要性などについて意見交換した。

また、USMCAにおける労働分野の紛争早期解決メカニズム(RRLM)については、2023年度末時点で計20件の要請が行われた。2022年まではその全てはメキシコ内の自動車関連部品工場における労働権侵害の疑いに基づくものであったが、2023年以降はアパレル、鉱山開発、航空貨物、食品分野など対象分野が拡大しており、日系企業もその内数に入る。そのほとんどは、メキシコ政府による積極的な協力によって、短期間での解決に至っているが、これらUSMCAを巡る動きについては、今後も注視が必要である。

ドミニカ共和国については、令和5年度質の高いインフラの海外展開に向けた事業実施可能性調査事業委託費(我が国企業によるインフラ海外展開促進調査)においてドミニカ共和国・DX・GX技術活用を指向したサントドミンゴメトロ3号線整備調査事業を実施し、2024年2月、ドミニカ共和国外務省と経済産業省はインフラに関する覚書(MOC)を締結した。

コスタリカについては、2023年10月、トレホス貿易副大臣が訪日し、吉田経済産業大臣政務官(当時)と会談した。また、2024年2月、MC13においてトバル貿易大臣と上月経済産業副大臣が会談した。各会談では、日本とコスタリカは、自由、民主主義、法の支配等の基本的価値を共有する重要パートナーであることを確認し、両国間の貿易・投資の連携・強化やアジア・太平洋地域の自由貿易の推進に取り組むことで一致した。

キューバについては、2024年1月、同月に就任したガルシア駐日大使と保坂経済産業審議官が会談を行い、二国間経済関係について意見交換を行った。

(2)南米地域

コロンビアについては、2023年7月、里見経済産業大臣政務官(当時)がコロンビアを訪問し、商工観光省と「二国間貿易投資・産業協力合同委員会」設立の覚書(MOC)を締結するとともに、キンテロ商工観光副大臣(通商担当)及びカロ同副大臣(産業担当)と「デザイン政策」に関する協力等の議論を行った。また、オラヤ科学技術イノベーション大臣とも会談を実施し、スタートアップ分野での二国間協力の可能性や二国間クレジット制度の構築検討等についても意見交換を行った。二国間経済協力に関しては、コロンビアにグッドデザイン賞を導入するデザイン制度導入事業を展開した。2023年8月と10月には同国産学関係者等を訪日招聘し、デザイン政策に係る意見交換、日本のグッドデザイン賞の視察などを実施し、コロンビアのグッドデザイン賞の設計・運営に係る知見を移転した。また、2024年2月、コロンビアの医療機器・認証制度の平準化促進事業において専門家団を派遣するとともに、政府関係者を訪日招聘し、医療機器政策に係る意見交換、我が国の最先端技術を有する企業訪問等を通じ、医療機器審査プロセスの平準化に向けた働きかけを行った。

チリについては、2023年4月、中谷経済産業副大臣(当時)が、パルドウ・エネルギー大臣とエネルギー分野における更なる協力の進展に向け、エネルギー・トランジションに関する協力覚書に署名した。また、同年7月、里見経済産業大臣政務官(当時)がチリを訪問し、パルドウ・エネルギー大臣と会談を行った。会談では、日本企業がチリの水素やアンモニアに高い関心を有しており、二国間の協力が可能であることを確認した。また、サンウエサ外務次官(国際経済担当)との会談では里見経済産業大臣政務官(当時)から民間交流の取組を後押ししていくことの重要性を指摘したほか、投資環境の安定性確保を要請したところ、チリ側からは、投資環境のルール及び制度の透明性を図っていく旨の発言があった。また、エルナンド鉱業大臣(当時)との会談では里見経済産業大臣政務官(当時)から投資環境の安定性確保を要請し、チリ側からは、投資環境のルール及び制度の透明性を図っていく旨発言があった。同年10月、グラウ経済・振興・観光大臣が訪日し、酒井経済産業副大臣(当時)と会談を行った。会談では、日本とチリは、基本的な価値観を共有し、強固な信頼関係で結ばれていることや、日本の技術とチリの資源ポテンシャルを掛け合わせることで更なる貿易・投資の促進が図れることを確認した。

ペルーについては、2023年5月、APEC貿易大臣会合の場で、西村経済産業大臣(当時)とマティウス通商観光大臣(当時)が会談を行った。会談では、日本とペルー共和国は、自由、人権、民主主義、法の支配等の基本的価値を共有する重要パートナーであることを確認し、二国間経済関係の強化について意見交換を行った。また、2023年8月、ヘルバシ外務大臣(当時)が訪日し、西村経済産業大臣(当時)と会談を行った。会談では、両国経済界の後押しや両国間の貿易・投資の連携・強化に向けて取り組んでいくことを確認した。

ブラジルについては、2023年7月、G20エネルギー移行大臣会合の場で西村経済産業大臣(当時)とシルヴェイラ鉱山エネルギー大臣が対面で会談を行い、鉱物資源、SAF(Sustainable Aviation Fuel:持続可能な航空燃料)、省エネルギー等の様々な分野における二国間の協力の深化について意見交換を行った。また2023年度事業としてブラジル鉱山エネルギー省等の政府関係者に対して、業務用エアコンと照明器具を対象に、省エネ基準・ラベリング制度の策定及び強化に関する支援を継続的に実施した。加えて2024年2月、関連してトップランナー制度による業務・家庭部門の省エネの取組や業務用エアコン及びLED照明に関するエネルギー効率規則についてオンラインセミナーも実施した。このほかバイオエタノールに関する協力も行っており、世界的に需要の増加が見込まれるSAF分野での連携を進めるため、2023年11月、在京ブラジル大使館とブラジルサトウキビ産業協会と共催でSAFに関するワークショップを開催した。

アルゼンチンについては、2023年8月、カフィエロ外務・国際通商・宗務大臣(当時)が訪日し、西村経済産業大臣(当時)と会談を行った。会談では、アルゼンチン進出日系企業によるアルゼンチン経済への貢献や、鉱物・エネルギー分野について意見交換を行った。

ウルグアイについては、2023年10月、第1回日・ウルグアイ合同委員会がウルグアイ東方共和国のモンテビデオで開催され、貿易・投資、DX・5G、GX・脱炭素、官民連携の取組等の分野横断的な協力について協議を行った。

太平洋同盟については、2023年4月、メキシコはペルーへの議長国の引き継ぎをペルーの国情(カスティージョ大統領(当時)の罷免)を理由に拒否した。これを受け、同年6月、チリがメキシコより議長国を引き継ぎ、1か月間議長国を務めた後、ペルーに改めて議長国が引き継がれた。

メルコスールについては、2023年9月、日本経済団体連合会から上川外務大臣に対して、同年10月には同団体から西村経済産業大臣(当時)に対して、日本とブラジルを始めとするメルコスールの経済関係の発展に向けた提言を手交され、日本とメルコスールとの経済連携協定(EPA)の早期締結に関する要望がなされた。また、同年11月、同団体が主催した日・メルコスールEPAの早期実現を目指すシンポジウムが開催された。これを受け、2024年1月、同団体から岸田総理に対して、日・メルコスールEPAの早期実現を求める要望がなされた。

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