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  7. 第Ⅰ部 第2章 第3節 地政学リスクと経済安全保障認識

第Ⅰ部 第2章 増幅する不確実性

第3節 地政学リスクと経済安全保障認識

近年、地政学的な緊張が高まっている。これを示すひとつの指標が、米国FRBのエコノミストによって開発された地政学リスク指数(Geopolitical Risk Index: 以下、GPR指数)である10。これは、主要新聞において戦争・テロの脅威や行為に係る記事の数を集計し、全体の記事数に占める割合を指数化したものである。英米系の新聞がベースとなっているため、主に米国や欧州の視点となっていることに留意は必要だが、実際に発生した戦争・テロ関連行為を捉えた指数(地政学行為指数)だけでなく、その脅威が高まっていることを捉えた指数(地政学脅威指数)も公表されている。

近年のGPRの「行為」指数、「脅威」指数を見ると、2022年2月のロシアのウクライナ侵略や2023年10月の中東におけるイスラエルとハマスの衝突開始時に大きく上昇したことが分かる(第I-2-3-1図)。その後は大幅な上昇は見られないものの、2022年以前と比べれば水準は上方にシフトしているが、これは欧州や中東以外でも地政学リスクが意識されやすくなっていることが背景にあると見られる(コラム1参照)。

第Ⅰ-2-3-1図 地政学リスク(GPR)指数の推移
地政学リスク(GPR)指数の推移の図

直近では、地政学的な対立が武力紛争として顕在化しているロシアによるウクライナ侵略やイスラエル・パレスチナ情勢は、2024年を通じて継続し、人的・物的被害は拡大の一途を辿った。戦況がエスカレートした局面でも商品市況が比較的落ち着いていたことは世界経済にとって安心材料であったが(第I-2-3-2図)、中東の紛争に関しては、イエメンのホーシー派武装組織による船舶への攻撃が激化したことで、国際的なシーレーンの通航に大きな影響が生じた。

第Ⅰ-2-3-2図 国際商品市況
国際商品市況の図

国際的なコンテナ運賃は、2024年初に一時大幅に上昇した後、迂回路への切り替えや、中東情勢とは別に米国の港湾ストが終結に向かったこと等に伴って落ち着きを取り戻し、物流網が世界的に混乱したコロナ禍の時期の再来とはならなかった(第I-2-3-3図)。しかし、衛星データを基にした船舶の通航量を見ると、スエズ運河経由からアフリカ南端の喜望峰経由への迂回は続いており、各国の企業が費用・輸送時間の両面で追加的なコストを負担している状況は変わっていない。中東情勢のみならず、地政学的な緊張は国際物流に係る様々なリスクを高めており、潜在的な影響は大きいと考えられ、注視が必要である。

また、近年の地政学的な緊張の高まりは、安全保障の裾野の経済分野への拡大をもたらしている。一部の急速かつ不透明な軍事力強化の動き、経済的な依存関係の「武器化」の試み、重要・新興技術の安全保障への影響拡大といった変化は経済安全保障への認識を高めた。ただ、経済安全保障の外縁や、自由な経済活動との均衡については、なお共通理解が形成されているとはいえず、国境を超えるビジネスの委縮が生じ得る不確実性を生んでいる。各国が、経済安全保障を理由とする措置の具体的な目的、範囲、実施手段等について、可能な限り透明性と明確性を高めていくことは、ビジネスにとっての予見可能性の向上につながる。

第Ⅰ-2-3-3図 シーレーンの状況
シーレーンの状況の図

10 Wells, Lilliana, Yang, Will, Nate, Sam, and Iacoviello, Matteo ‘Geopolitical Risk (GPR) Index’,
https://www.matteoiacoviello.com/gpr.htm外部リンク (Accessed 24 April 2025).

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