第2節 海外活力の取り込みに向けたグローバルサウス・同志国との共創と輸出促進
2040年に向けて、我が国は国内投資を200兆円規模とする目標を掲げている。この目標を達成するためには、国内投資に伴い付加価値が高まる財・サービスの輸出先として、海外需要を獲得することが不可欠である。また、我が国企業が世界で競争力を維持し、成長を続けるためには、対外直接投資や海外人材の確保も重要な要素となる。特に、経済成長が期待されるグローバルサウス諸国や価値観を共有する同志国との共創が鍵となる。
1. ルール・環境整備
我が国企業が海外需要を獲得していくためには、予見可能性が高く公正なルールや事業環境の整備が重要である。特に、グローバルサウス諸国や同志国との経済連携を強化するためには、以下のような取組が求められる。
(1) 輸出先・投資先確保に向けた経済外交の推進
第1節で述べたとおり、国際経済秩序の揺らぎに対応するため、関税交渉や同志国間での自由貿易制度の堅持を含め、同志国との多層的な経済外交の推進は重要である。その中で、アジア各国が脱炭素化を進める理念を共有し、エネルギー移行を進めるために協力することを目的とするAZECや、グローバルサウス諸国や同志国とのEPAの拡大、CPTPPの見直し・拡大といった国際枠組みを通じて、ルール・環境を整備していくことは、我が国企業が海外需要を獲得していくためにも重要である。
(2) 戦略的なルール形成・標準化
2023年6月、従来の品質確保を中心とした「基盤的活動」に加えて、市場創出のために経営戦略と一体的に展開する「戦略的活動」の重要性を提示した「日本型標準加速化モデル」が取りまとめられた。本モデルに基づく取組の効果が見え始めており、引き続き検証しつつ取組を継続していく。他方、世界で市場獲得競争が激化・複雑化する中、国際的な議論に後れを取り、我が国にとって不利益なルール形成がなされるおそれがあり、政府がこれまで以上に前面に出て議論をリードし、協調領域の合意形成を加速化していく必要がある。そのため、産業政策と一体的に国がリードすべき分野を3類型に区分した上で、まずパイロット5分野での標準化戦略策定等の取組を開始している(第III-1-2-1図)。
第Ⅲ-1-2-1図 戦略的なルール形成・標準化
(3) 貿易手続のデジタル化
貿易手続のデジタル化の遅れは、書類作成、提出、審査に多くの工数や時間が生じる、同じ情報の転記作業や、転記ミス、書類到着の遅れ・紛失等に伴う対応が発生するといった点で金銭・時間的コストが大きいだけでなく、輸送貨物の最新状況の把握のため関係各所に個別照会が必要である、代替の輸送ルート確保が必要な際、リサーチ手法が人海戦術となる、船の運航スケジュールや港湾での貨物滞留の予測が困難であるといった有事におけるサプライチェーン耐性といった観点からも課題がある。
こうした課題に対応するため、貿易手続のコスト削減、有事におけるサプライチェーン耐性の強化に向けて、我が国企業による貿易プラットフォーム353の導入や貿易プラットフォーム間連携促進を図るとともに、船荷証券の電子化に向けた法令改正を含めたデジタル化未対応の貿易文書・手続のデジタル化に必要な取組を進める(第III-1-2-2図)。
また、国際標準に基づく貿易データ連携を促進するべく、我が国企業の国際標準実装に向けたガイドラインを策定する。加えて、ERIAと連携し、日ASEAN間での連携を促進する。
第Ⅲ-1-2-2図 貿易手続のデジタル化
353 第2章第3節第3項参照。
(4) 研修事業等を通じた制度・事業環境整備
我が国企業が海外市場で成功するためには、現地の制度や事業環境を整備することが重要である。我が国企業がグローバルサウス諸国等においてビジネスを行う際に障壁となる規制や制度・基準の未整備を解決するため、相手国の政府・経済界の有力者に対する研修を通じ、制度改正やルール形成を進め、我が国の対外輸出に有利な環境整備を行う。
具体的な取組として、規制緩和によるマレーシアにおける我が国メーカー製のボイラー導入促進が挙げられる。我が国メーカーの小型貫流ボイラーは、高い省エネ性・高い安全性という優位性を持っていたが、マレーシア国内への普及に際しては現地の大型ボイラー導入を前提とした既存の現地法令等の規制緩和が必要であった。そこで、小型貫流ボイラー導入のメリットや我が国における規制に関しての啓発活動等を通じた同製品の普及を目指し、マレーシアにおけるGXへの貢献と安全性向上に寄与するとともに、国内メーカーの国際競争力強化を図っている。こうした取組を通じ、我が国企業が海外市場で活躍するための適正な事業環境整備を行う。
(5) 模倣品対策
OECDの推計によると、2021年の世界の模倣品の流通額は、約4,670億ドルで、これはグローバルな輸入額の2.3%に相当する。また、特許庁の知的財産活動調査によると、模倣品の製造・販売国・地域は中国が最多となっている。そのため、特許庁において、国際知的財産保護フォーラムや税関等他省庁と連携し、侵害発生国の政府への働きかけや水際対策強化等の対策を実施する(第III-1-2-3図)。
第Ⅲ-1-2-3図 模倣品対策
2. グローバルサウス市場の獲得
グローバルサウス諸国は、人口増加や経済成長が期待される地域であり、今後の世界経済の成長エンジンとなる可能性がある。我が国は、これらの国々との経済関係を強化し、新たな市場を開拓することが重要である。具体的には、以下のような取組が求められる。
(1) プロジェクト組成に向けた支援
グローバルサウス諸国において、ルール形成に寄与するプロジェクト組成を支援することが重要である。このため、再生可能エネルギー、電力系統、GX、物流・交通、半導体・蓄電池等の重要セクター、資源循環などの重要分野において、委託事業によるマスタープラン策定を通じて、グローバルサウス諸国の制度の整備等を行う。これにより、ルール形成が期待されるような海外でのプロジェクトの組成支援を行う(第III-1-2-4図)。
第Ⅲ-1-2-4図 グローバルサウス諸国でのマスタープラン案件例
(2) 日本貿易保険(NEXI)の財務基盤強化
NEXIでは、本邦企業等が行う海外取引(輸出・投融資)に対する保険提供により、我が国企業の海外展開を支援している。
近年では、DX・デジタル領域、炭素中立、パートナーシップ強化、SDGs達成への貢献といった分野で「先導性要素」が認められる案件を積極的に支援するLEADイニシアティブ等の制度を創設した(第III-1-2-5図)。加えて、各国輸出信用機関との連携等を通じ、グローバルサウス諸国やAZECとの連携に資する取組を積極的に支援している。また、TICAD(アフリカ開発会議)等の枠組みを通じ、我が国企業のアフリカへの積極的な展開に対する支援を強化している。
第Ⅲ-1-2-5図 LEADイニシアティブ
グローバルサウス諸国との貿易で影響を受けやすい近年の地政学リスク等の高まりを受け、2023年度末の貿易保険責任残高は、約17.2兆円と過去最大となるなど、貿易保険の重要性・必要性が一層高まっている。
保険引受ニーズが拡大する中、持続可能な保険制度の実現に向け、適切なリスク管理と財務基盤強化を推進すると共に、適切な法人管理を実施している。2025年2月にその一環として、NEXIの余裕金の運用先拡大に係る省令改正を実施済みであり、こうした公的支援体制整備は重要性を増している。
(3) 産業人材育成・交流
グローバルサウス諸国との経済関係を強化するためには、産業人材の育成・交流が重要である。企業の現地での新規事業の実証や事業活動を、人材育成や人的ネットワーク形成において支援することで、我が国企業の市場拡大とサプライチェーンの強靱化、そしてグローバルサウス諸国の技術水準向上への貢献を同時に実現することを目指す。
具体的には、①現地事業を担う人材育成のための研修実施や大学における講座の開設、②イノベーション創出や輸出促進、企業組織活性化等に繋がることが期待される、高度外国人材の採用に向けた我が国企業でのインターンシップや海外大学における寄附講座の開設支援、③雇用・就労促進イベントやインターンシップ、企業ミッション団派遣やインド現地人材への技能向上研修等を通じた、インドにおける人材育成・活用推進、④若手ビジネスリーダー同士のイベント開催等を通じた、ASEAN若手人材との人材交流等の支援を行う(第III-1-2-6図)。
第Ⅲ-1-2-6図 産業人材育成・交流
3. サービス輸出・海外展開の政策支援
デジタル経済の進展に伴ってモノとサービスの融合が進む中、サービス付加価値の輸出や海外展開の重要性が高まっている。特に、先端サービスやハイテク分野においては、同志国との連携を強化し、ウィンウィンの関係を実現することが求められる。具体的には、以下のような取組を推進していく。
(1) 先端サービス・ハイテク分野の取組支援
ソフトウェア・データ産業は知識集約型であり、大きな市場を制したプレイヤーが限界費用ゼロで勝者総取りする性質があるため、市場規模が大きい海外市場への進出とデファクト・スタンダードの確保が重要である。
同志国との経済連携強化と同時に、同志国市場に向けた挑戦を後押しするため、スタートアップを含む我が国企業の海外展開を支援する。
(2) コンテンツ産業の海外展開支援
我が国が強みを持つコンテンツ産業(アニメ、漫画、ゲーム、音楽など)の海外展開を支援することも重要である。
コンテンツ産業の海外展開促進に向けて、2033年に海外売上高を20兆円とする政府目標を設定している。この目標の達成に向けては、現状の課題となっている「8つの不足(①海外で「魅せる」機会、②国内で「魅せる」「作る」拠点、③クリエイターの働く環境の改善、スキル向上と収入増の好循環、④「収入ギャップ」の解消、⑤新規技術・コンテンツの取り込み、⑥海外勢との戦略的提携、⑦海賊版対策・正規版転換、⑧総合的な支援体制)」へ対応することが必要である。この不足を埋めるため、ゲーム、アニメ、漫画・書籍、書店、音楽、映画・映像、デザイン、アート、ファッション、「みる」スポーツの10分野において「10分野100のアクション」を実行することが不可欠である(第III-1-2-7図)。
第Ⅲ-1-2-7図 コンテンツ産業の海外展開促進
4. 中堅・中小企業の輸出・海外展開支援
我が国経済成長を支えるためには、中堅・中小企業の輸出や海外展開を支援することが重要である。また、中堅・中小企業の海外展開は、地域企業の内発的成長を実現する上で重要である。政府として、JETRO、中小機構、地域の関係機関(商工会・商工会議所、金融機関等)と連携して、潜在力を有する企業を発掘し、海外展開を支援している。
(1) 新規輸出1万者支援プログラムの推進
中堅・中小企業の海外展開推進に当たっては、①地域の事情に合わせたきめ細かな海外展開支援、②輸出先の多角化・新規販路開拓の促進、③民間の輸出支援ビジネスの自走化の促進が必要である。
経済産業省、中小企業庁、JETRO及び中小機構が一体となり、全国の商工会・商工会議所等とも協力しながら、①新たに輸出に挑戦する事業者の掘り起こし、②専門家による事前の輸出相談、③輸出用の商品開発や売り込みにかかる費用への補助、④輸出商社とのマッチングやECサイト出展への支援、などを一気通貫で実施することを骨子とする「新規輸出1万者支援プログラム」などを通じ、海外展開を支援していく(第III-1-2-8図)。
第Ⅲ-1-2-8図 今後の海外展開支援の方向性
(2) 輸出支援者の育成と連携強化
株式会社東京商工リサーチの「令和5年度我が国企業の海外展開の実態及び課題に係るアンケート調査」によると、我が国では間接輸出を通じた販路拡大を志向する企業が多い。間接輸出を促進するため、中堅・中小企業の輸出拡大を支援する事業者(地域商社等)同士の連携を通じ、各事業者の強みを活かし弱みを補完するような輸出支援体制の構築を推進する(第III-1-2-9図)。
第Ⅲ-1-2-9図 間接輸出企業の今後の事業展開の考え方と当省の取組
前述のアンケート調査によると、直接輸出を行っていない企業の多くは、人材不足・社内体制未整備、情報・ノウハウ不足、交渉能力不足などが理由と回答している。
JETRO、地方自治体、大学、商工会議所等の域内関係者をメンバーとするコンソーシアムを創設し、①留学生のインターンシップ、②就職説明会、③企業向けセミナー等を開催することを通じ、高度外国人材と地元企業とのマッチングを促進して高度外国人材の採用に繋げ、海外輸出等に必要な人材確保・体制整備を進めることで、ローカル企業のグローバル化や国際競争力の強化を推進するとともに、地方経済の活性化にも貢献する(第III-1-2-10図)。
第Ⅲ-1-2-10図 高度外国人材採用支援
(3) 知的財産を活用した海外市場への高付加価値商材の輸出支援
中小企業の海外における特許出願は大企業と比較すると低調であるが、その課題として、費用負担と手続の複雑さが挙げられる。そこで、特許庁において、外国出願費用等の助成の他、相談窓口の全都道府県への整備を実施する。また、企業ニーズに対応するため、制度のレビューを実施し、改善を検討する。さらに、日本政府として知的財産制度・運用の国際ルール整備に向けて協力しており、直近では20年以上の交渉を経て、意匠出願の手続を調和・簡素化するリヤド意匠法条約が採択された(第III-1-2-11図)。
第Ⅲ-1-2-11図 知的財産を活用した海外市場への高付加価値商材の輸出支援