2022年10月25日(火)、福島県いわき市にあるいわきワシントンホテルにて、経済産業省主催による「第1回 ALPS処理水モニタリングシンポジウム~水産物の安全・安心の伝え方~」が開催されました。2部制で実施された当シンポジウムでは、海洋放出が決定したALPS処理水に含まれるトリチウムの基礎知識およびその安全性、放出前後に実施される海水や水産物のモニタリングなどの取り組みについて、政府や東京電力、さらに有識者が登壇し、説明を行いました。ここでは、その様子をリポートします。
2011年3月の事故発生時から原子炉の中に残る、溶けて固まった燃料(燃料デブリ)を冷却するために用いられている水は、放射性物質にふれることで「汚染水」となります。これまでこの水は敷地内のタンクに保管されてきましたが、増加の一途をたどるこの水を安全に処分していくことは、福島の復興の大前提となる廃炉を進めるために欠かすことのできない条件となっています。
そこで政府は、この水を安全に処分するため、6年にわたり様々な方法を検討。2021年4月、ALPS(多核種除去設備)などを用いることで、トリチウム以外の放射性物質を規制基準以下まで取り除いた安全な水、いわゆる「ALPS処理水」の海洋放出を選択し、政府方針を決定してから2年程度後を目途に海洋放出が開始されることとなっています。以上のことを踏まえて今回のシンポジウムは、全国の消費者の皆さまが被災地産品を安心して楽しんでいただくことを目的に開催されました。
開始に先立って、原子力規制庁からALPS処理水の放出に関する規制について説明が行われると、250名を超える参加者を前にいよいよセッションがスタート。セッション1では、茨城大学 理工学研究科 教授 鳥養祐二氏によるトリチウムの基礎知識や安全性の解説、水産庁 研究指導課 課長 長谷川裕康氏による福島第一原発事故後の水産物検査の現状報告、経済産業省 資源エネルギー庁 原子力事故災害対処審議官 湯本啓市氏による海域モニタリング内容とその公表方法についての発表が行われました。
続くセッション2では、東京電力株式会社 ALPS処理水対策責任者 松本純一氏によるALPS処理水を用いた海洋生物の飼育試験の解説、再び茨城大学 理工学研究科 教授 鳥養祐二氏からは魚に含まれるトリチウム測定のより迅速な手法の紹介、資源エネルギー庁 原子力発電所事故収束対応室 室長 福田光紀氏による水産物の安心・安全を目で見ることができる企画の紹介が行われ、最後に参加者との質疑応答・意見交換という順番でプログラムは進んでいきました。
世界的に見ても数少ないトリチウムの専門家のひとりである、茨城大学 理工学研究科 教授 鳥養祐二氏が解説してくれたのは、トリチウムとは何かということ。「トリチウムとは水素の仲間。水素には、軽水と重水素と三重水素の3種類あって、このうち三重水素が通称『トリチウム』になります」と鳥養氏。核実験や原子力施設からの放出、宇宙線からの生成を原因として、すでに地球上にはたくさんのトリチウムが存在しており、日本の水道水にも0.5Bq(ベクレル)/L程度が含まれているそうです。
続いてトリチウムの人体への影響については、原発事故で問題になったセシウム137と比較した場合、その危険性は1,000分の1以下。トリチウムを含む水を飲んだ場合の内部被ばくの可能性については、水道水では影響がなく、1,500Bq/L未満に設定されたALPS処理水と同濃度の水を1年間飲み続けた場合でも0.022mSvと、公衆の年間被ばく線量限度(1mSv)の45分の1にしかならないため、こちらもその可能性は非常に小さいことを解説してくれました。
そのうえで鳥養氏が強調したのは「トリチウムの年間の海洋放出量は3.11以前と比較しても多くなっていないため、安全性は変わらない」ということ。実際、ALPS処理水は海水により希釈されてから放出されるため、環境中に含まれるトリチウムと区別ができなくなります。また、福島第1原子力発電所の放出管理目標値は事故前と同じ22兆Bq未満に設定されていますが、世界に目を向けるとフランスのラ・アーグ再処理施設の年間放出量はその600倍、イギリスのセラフィールド再処理施設では67倍ものトリチウムが放出されている事実があることも紹介してくれました。
最後に鳥養氏は「トリチウム処理水は、他の放射線物質を取り除いた後に希釈して海洋に放出処分する方法が最も安全・確実です。トリチウムの専門家として、計画通りに海洋放出処分が行われる限り問題はないと判断していることから、今後は計画通りに処分されることをしっかりと監視・見守ることが大事です」と語ってくれました。
水産庁 研究指導課 課長 長谷川裕康氏からは、福島第一原発事故をきっかけに放射性物質、セシウム137が海洋に拡散されたことで汚染された水産物が、現在、どのように変化しているのか、モニタリングなどの取り組みの現状について発表が行われました。
はじめに本格操業に向けた取り組みとして、出荷が制限されていない魚類の操業・販売を行う、いわゆる試験操業が平成24年6月から順次開始されており、令和3年4月からは本格操業へ向けた移行期間と位置づけ、水揚げの拡大を図っていることを解説。福島産魚介類の放射性セシウムの検査体制については、出荷制限魚種も含め定期的に実施する福島県の公的検査と、水揚げ日毎に出荷予定の全魚種を対象に実施する漁協の自主検査の2種類あるが、近年では検査対象のほとんどが基準値を下まわる良好な検査結果が得られていることを紹介してくれました。
また今回、長谷川氏が強調したのは、「原発事故を受けた食品中の放射性物質に関する年間1ミリシーベルトという基準については、決して安全と危険の境目ではない」ということです。あくまでこの数値は、国際放射線防護委員会(ICRP)が自然からの被ばく量の地域差の範囲内で、誰でも受け入れ可能な目安として示しているもので、日本の基準値は、ヨーロッパ各国の自然放射線からの年間被ばく量の平均値3ミリシーベルトよりも低く設定されていること。さらにその目標達成の手段として、食品の放射性セシウムの基準値が100Bq/kgに設定されているという説明が行われました。
これらをふまえて、検査目標の達成については、厚生労働省、コープふくしま、福島県の調査結果をもとに、「十分に達成されています」と長谷川氏。放射性物質検査の結果については水産庁のHPで公表されていることを紹介したうえで、「福島の魚はたいへんおいしいので、ぜひみなさんも福島産の魚介類を楽しんでいただければと思います」という言葉で発表をしめくくりました。
ALPS処理水の処分にあたっては風評影響を抑制するため、さまざまな科学的情報が公表されていますが、経済産業省 資源エネルギー庁 原子力事故災害対処審議官 湯本啓市氏が解説したのは、モニタリングデータを見る際のポイントです。
最初に紹介されたのはALPS処理水の分析結果に関する読み解き方ですが、ここで湯本氏が最も強調したのは、「タンクに貯蔵されている水がそのまま海洋放出されるわけではない」ということです。放出されるのは、トリチウム以外の核種を規制基準値以下に確実に浄化した水であり、放出前の分析については東京電力による分析だけでは完全な信頼性を得られないという声を受け、国やIAEA(国際原子力機関)などの第三者機関も分析に参加。独立した分析が実施されることで、データの客観性を徹底的に確保していくことが解説されました。
次に紹介されたのが、海域でのモニタリングの強化内容です。従来の総合モニタリング計画から強化されたポイントとしては、「放出口から10kmの範囲内を多めに測定」「30km、50km程度離れた、宮城県沖南部、茨城県沖北部での測定」「北海道から千葉県に至る東日本の太平洋側で年間200検体の水産物のトリチウム測定」「新たな側点で年4回を基本に測定」「放出開始直後は速報値を含め測定の頻度を高める」などの具体例に加え、政府・東京電力による海域のモニタリング強化策が挙げられました。
また、トリチウムのモニタリング結果のとらえ方として挙げられたのが「放出前の測定値の範囲と比較して、放出後の測定値が大きく逸脱していない」「全国のトリチウム濃度の変動幅の範囲内にある」「海水の測定値が飲料水の基準である1万Bq/Lを確実に下まわっている」というポイント。魚類のトリチウム濃度に関しては、トリチウムの生態濃縮が確認されていないことから、海水中のトリチウム濃度でも一定の評価ができることが紹介されました。
以上をふまえたうえで、測定値は従来よりもアクセスが容易でわかりやすい形で公表し、過去の変動幅や日本全国での変動幅と比較するなど、理解しやすい公表スタイルに改善する努力を続けていくことが語られました。
セッション2の最初に登壇した東京電力株式会社 ALPS処理水対策責任者 松本純一氏からは、ALPS処理水の処分にあたって不安の解消や安心につながる取り組みとして東京電力が行っている海洋生物の飼育状況について報告がありました。
この取り組みについて松本氏は「ALPS処理水の海洋放出が海洋生物に悪影響を与えないことを、目に見える形で提示するために検討されました」と説明。飼育対象となったのは福島県沖近海に生息するヒラメ、アワビ、海藻類で、「発電所周辺の通常の海水」と「海水で希釈したALPS処理水」を用いて、飼育状況の比較が行われています。さらにALPS処理水に関しては「放出上限にあたるトリチウム濃度1500Bq/L程度のALPS処理水」「発電所から約1km沖合の深さ約12mの海底にある、放水口付近の年間平均トリチウムを最高濃度とする30Bq/L程度のALPS処理水」に加え、「海洋放出後、実際に環境中に放出された年間平均100~300Bq/L程度のALPS処理水」を用いて、飼育試験が行われていることが説明されました
また、飼育試験に関しては2022年9月30日から開始され、10月3日からはALPS処理水を添加した環境下でヒラメの飼育が始動。「他の飼育試験に関しては準備が整い次第、公表する予定になっており、飼育試験の状況については、東京電力ホームページの処理水ポータルサイトに加え、YouTubeやTwitterなどでも発信しています」と松本氏。そのうえで改めて、「ALPS処理水の海洋放出設備設計や運用管理において、しっかり安全を確保するとともに、海洋生物の飼育を通じて放出した水の安全性を“目に見える形”でお示ししていきます」と言葉を締めくくりました。
再び登壇された茨城大学 理工学研究科 教授 鳥養祐二氏からは、水産物に含まれるトリチウムをより迅速に測定する、魚のスクリーニング法の開発について発表が行われました。
まず、鳥養氏が語ったのは「環境中のトリチウム濃度の測定には非常に時間がかかり、特に魚のトリチウム濃度の測定には自由水の測定だけで1か月程度、有機結合型の測定には1か月以上かかります。さらに分析操作に熟知した人が測定しないと高い値が出やすく、風評被害の原因になりかねない」という問題点でした。
そこで検討されたのが、過去に行われた電子レンジを用いた自由水回収の手法を参考にした新しい測定法の開発です。「JOC事故の際に茨城大学の一政教授が、植物の葉から自由水の回収に電子レンジを使用した例。(公財)環境科学技術研究所において、重水環境で育てた魚の分析に電子レンジを使用していた例。これらを改良することで開発されたのがマイクロ波加熱法です。その一番の特長は手順が簡単で、回収した水に魚の血液などが混入しにくいことから、不純物の少ない水を回収できる点」と鳥養氏。「自由水の回収時間は15分程度で、使い捨て可能な容器を用いて検査が可能なことから、検査機器のトリチウム汚染を心配する必要もありません」と解説してくれました。測定精度という点においても、他の回収法と比較して精度が高く、開発に用いたヒラメと同じく、アワビやアオサの自由水も回収・測定できることが判明しているそうです。
以上の結果を踏まえ、鳥養氏は「採取した魚をさばく前処理、LSC測定の時間を合わせても、マイクロ波加熱法では2時間弱ですべての測定が可能」と紹介。トリチウムの測定下限を、EU圏内の飲料水中のトリチウム濃度限界にあたる100Bq/Lに設定することで、測定時間は1時間以内に短縮することも可能であることがわかっており、魚のトリチウム濃度の新しいスクリーニング法として十分に利用できることが発表されました。
はじめに経済産業省 資源エネルギー庁 原子力発電所事故収束対応室 室長 福田光紀氏からは、「水産物の安心・安全を消費者へお届けする流通関係事業者の方々に、水産物の安全安心を目で見ることができるような企画を新しく立ち上げたいと思っております」と、今後の取り組みの方針が語られました。
現在、公開が予定されているのは、放出前工程では「放出前の水を分析している場面」「分析結果を確定するデータ処理の場面」、放出後の安全確認として「放水トンネルに向かう前の水を採取する場面」「モニタリングのため採取した水や魚を港で確認する場面」、さらに魚類飼育試験での「魚を飼育している様子」「トリチウム分析を行う場面」といった、実際の現場でどういったことが行われているのかがひと目でわかる企画です。
詳細に関しては、今後、業界団体を通じて改めて案内していくということで、福田氏からの発表は終了しました。
登壇者による発表が終了後、シンポジウム参加者のみなさんからは下記のような意見・要望が寄せられました。
各セッションで登壇した各省庁や東京電力の担当者、有識者によるお話は、ALPS処理水の海洋放水の安全性やトリチウムに対する理解、水産物の検査方法やモニタリングデータを読み解いていくにあたって、いずれも参考になるものばかりでした。
そして、福島の水産物をはじめとした食品の安心・安全をお伝えしていくシンポジウムは、今後も継続的に開催されていくことが予定されています。次回のシンポジウム開催に際しては、福島のより良い未来を考えていくために、さらに多くのみなさんが参加されることを期待しています。