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産業技術メールマガジン/技術のおもて側、生活のうら側 第104号

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◆技術のおもて側、生活のうら側 2017年2月23日 第104号

こんにちは。ご愛読いただき、心より感謝いたします。
このメルマガでは、身近な生活シーンから、社会生活に密着した産業技術を生活者の目線で紹介していきます。私たちの暮らしを支える産業技術を身近に感じていただければ幸いです。

山のふもとの干物屋さんが作る、骨も頭もまるごと食べられる干物

 愛媛県松山市の東側に隣接する東温市(とうおんし)。海から離れた、山からのきれいな水が流れる小川の前に、干物を製造・販売する株式会社キシモトがある。

以前は松山市内に会社があったが、都市化の進展による臭気問題を懸念し、平成4年にこの地に移転。干物製造には多くの水が必要となるが、西日本最高峰の石鎚山(1,982メートル)の良質な伏流水が地下40メートルからわき出たことから現在の場所への移転を決定したという。

同社は、干物を製造して約40年になるが、それ以前は海苔や椎茸などの乾物問屋であった。その後、干物製造をはじめることになるが、当時、松山市内には多くの干物製造店があったことから、味で勝負ができるよう一から勉強を始めることを決心。最初は、現在の専務が干物製造現場で1週間ほぼ徹夜の修行を実施。

当時は塩サバの干物が人気で千葉県の銚子で多く製造されていたが、四国では製造されていなかった。そこでノルウェー産のサバで干物の製造を試みるも、納得のいくものがなかなか製造できなかった。ノルウェー産のサバは国産に比べて脂肪分がかなり多かったことや脂肪分が多いために酸化して黄色に変色しやすいなどの課題があった。
そこで松山市内にある県の産業技術研究所に相談。研究所の担当者が、干物の長期保存試験や脂肪分、加工温度などの製造条件による品質などの違いについて試験を実施。この時、毎日のように研究所に通い、担当者とともに研究や議論を重ねたという。このような努力の甲斐あって、順調に干物の製造・販売を続けることができた。

しかしながら徐々に日本人の魚離れが進み、干物の消費も減退。これに危機感を覚え、少しでも食べ易くし消費を喚起しようと骨を取り除いた干物の製造を開始。魚を開き、中の背骨を除去する高価な機械を積極的に導入した。ところが、背骨の部分を取り除くことで魚の厚みが失われてしまい、薄く貧弱な干物となり見栄えが良くなかったため、期待したほど売り上げが伸びないでいた。

そんな状況が続いていた中、かねてよりつきあいのあった県の産業技術研究所から、魚の骨を軟化する技術を開発したから、この技術を利用して骨まで食べられる干物の商品開発をしてみないか、という依頼が平成22年に寄せられた。これまで何千万円と投資して魚の骨を取り除くことを続けてきたが、骨ごと食べられるのであれば、栄養価も高く、高齢者や小さい子供にももっと広く食べてもらえると直感し、製品開発することを即決。骨まで食べられる干物「まるとっと」の商品化に向け、早速動き出すこととなった。

開発の元々のきっかけは、松山市内にある大学の介護福祉学部の方が、「お年寄りからお頭の付いた魚の干物が食べたい」との要望をよく聞くので、なんとか食べさせてあげたいとの思いからだった。干物の骨がお年寄りののどに刺さると危険なため、老人ホームなどでは干物を通常食べさせることはしない。この状況を何とか解決し、お年寄りにも安心して食べてもらえるようにと、産官学民で共同研究開発をすることとなった。

商品化までには様々なクリアすべき課題があり、1年余りを要した。実験に使った魚は実に1万匹にのぼったという。県の産業技術研究所にも、1年間で約200日通い続けた。
商品化にあたっては、魚の種類や魚齢による骨の硬さの違い、大きさ、脂肪分等の成分、乾燥した際の水分量等に応じて、乾燥させた干物を加工処理する「高温高圧釜」の温度、圧力、時間が最適となるよう、消去法で何度も繰り返し実験を行う必要があった。骨の軟化と身の部分の食感、味などが最適化できる条件は、かなり限られたものだという。
また、長期保存を可能とするため真空パックにすることを試みたが、骨の出っ張りなどが原因となりピンホールが多く発生し、すぐにはうまくいかなかった。このため、包装素材の検討のほか、背骨を真ん中から開いたり、どうしても堅さが残るエラや歯、目玉、耳石を取り除くなど試行錯誤を重ねた。
さらに、大学と連携し、高齢者施設・障害者施設で試食を繰り返しながら、「食べやすさ」「おいしさ」「調理のしさすや」の検討も加えた。
こうして、「おいしく、安心して魚を食べたい」という声を製品化に結びつけることに成功した。

この骨まで食べられる干物「まるとっと」は、カルシウムの摂取量が従来商品の約40倍、塩分控えめ、また既に加圧・加熱処理されているので、レンジで1分30秒温めるだけで頭からしっぽまで余すところなくおいしく食べられる。さらに、真空パックにより、賞味期限は常温で40日、冷蔵保存で120日間となっている。

この「まるとっと」、海外からも注目されている。アメリカのハワイ、シアトル、ロサンジェルス、オーストラリアの4都市、マレーシア、シンガポール、台湾にも既に輸出を始めており、評判は上々とのこと。輸出に取り組むにあたっては、国や県の支援も受けながら行ったそうだ。
また、国内でも、老人ホームや病院で利用されているだけでなく、最近は学校給食として利用できないかという関係者からの要望もあり、検討をはじめている。
このような要望にしっかり応えていくため、HACCPの認証取得による衛生管理の向上や生産・営業体制の強化も検討している。

今後の夢は、「まるとっとを宇宙に持って行くこと」だという。
実はこの夢、かないつつある。地元の高校生が放送コンクールの取材対象に同社を取り上げた際、最後のインタビューでこの夢を語ったことがきっかけとなった。高校生がその可能性について、JAXA(宇宙航空研究開発機構)に電話したことが契機となり、現在、宇宙食を目指して研究を進め始めている最中だという。ぜひ、夢が現実になることを期待したい。

このように、産((株)キシモト)、官(県産業技術研究センター)、学(地元大学)、民(高齢者施設)の協力により、骨まで食べられる干物「まるとっと」が開発された。「調理が面倒」「骨が心配」「ゴミが出て臭う」などといったイメージを払拭し、もっと手軽に、安心して、余すところなく栄養たっぷりに、魚を食べられることが可能となった。
これらの成果が、国内漁業の振興、世界の食糧問題や環境保全など、様々な社会貢献にもつながることを期待しているという。ぜひ、同社の発展はもとより、今後も多くの人に喜びを与え続けてくれることを願う。
<取材協力>

 株式会社キシモト 専務取締役・海外事業部長 岸本 賢治
          常務取締役        岸本 智臣
  株式会社キシモトウェブサイト http://www.kishimoto-web.com/

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