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産業技術メールマガジン/技術のおもて側、生活のうら側 第117号

◆技術のおもて側、生活のうら側 2018年4月26日 第117号

 

こんにちは。ご愛読いただき、心より感謝いたします。

このメルマガでは、身近な生活シーンから、社会生活に密着した産業技術を生活者の目線で紹介していきます。私たちの暮らしを支える産業技術を身近に感じていただければ幸いです。

「優しい呼吸」が小さな命を救う

  • 日本の新生児(生後4週未満)死亡率(出生千対)は2015年で0.9と、イギリス、フランス、ドイツの2.2~2.9(2014年)やアメリカの3.9(2014年)と比べても低く、「日本は世界で一番赤ちゃんが安全に生まれる国」と言える。1960年の17.0、1970年の8.7と比べると、医療体制や制度の充実などにより劇的に減少してきたことがわかる。さらに最近の統計を比べても、2000年の1.8から、2015年には約半分の0.9へと、直近の15年間においても着実に減少し続けている。
 
  • 関係者の不断の努力により、より多くの小さな命が救われるようになってきたが、この背景の一つとして新生児用人工呼吸器の開発、普及があげられる。今回は、新生児用人工呼吸器の開発、製造を行う埼玉県川口市にある社員約40名の「株式会社メトラン」を紹介する。
 
  • 創業者で会長のトラン・ゴック・フック氏はベトナム出身(現在は日本国籍を取得して「新田一福」の日本名)。サイゴンの裕福な家庭に生まれ、1968年に私費留学生として来日し大学の工学部に進学した。卒業後は祖国に戻る予定であったが、日本の医療機器メーカーで研修中にベトナム戦争の激化により帰国が困難となったため、研修先に勤務することになった。そこではじめて人工呼吸器の開発に従事することとなったが、このときにHFO(High Frequency Oscillatory:高頻度振動換気)という技術について文献で知った。その後、より自由に研究開発を続けるため独立を決意。1984年に株式会社メラトンを創業した。
 
  • HFO方式(ピストン式)の人工呼吸器は従来方式よりも優位性があり、実現すればより多くの未熟児を救うことができるものの、技術的な難しさからその製品化は困難と考えられてきた。しかし、HFOの原理を研究していた研究者との出会いや試行錯誤の繰り返しにより、1984年に我が国最初のピストン式HFO方式(High Frequency Oscillatory:高頻度振動換気)の人工呼吸器の開発に成功。試作機の製造にまでこぎ着けることができた。
1984年にはアメリカの国立衛生研究所(NIH)主催の高頻度人工呼吸器のコンペティションが開催され、これに参加しアメリカやカナダから参加した企業を退けて、見事最優秀賞を受賞。この快挙により、株式会社メラトンが開発したHFO人工呼吸器の名が知られるようになった。
 
  • ここで従来方式の人工呼吸器とHFO方式の人工呼吸器の違いについて説明する。
従来方式の人工呼吸器(CMV:Continuous Mandatory Ventilation 持続強制換気)は、自然な呼吸(12~20回/分)と同様の呼吸数と換気量で空気を肺に送る方法である。吸気ガスに圧力をかけて肺を膨らませ、ガス圧を抜くことで呼気を排出させる。マウス・トゥ・マウスで人工呼吸するのと同様の方法を機械化したイメージであるが、通常の自然の呼吸では、筋肉で肺を膨らまし、胸腔内を“陰圧”にすることで息を吸うのに対して、人工呼吸では吸気に圧力を掛けることで肺胞内に空気を送る。このため肺胞内は“陽圧”となる。人工呼吸器が送る圧力が高すぎたり、換気量が多すぎることなどによって肺障害(人工呼吸器惹起性肺障害)を起こす懸念がある。特に未熟児は、肺の形成が不十分な状態で生まれるため、従来方式の人工呼吸器では酸素を肺胞まで届けるために高い圧力をかけるか、酸素濃度を上げる必要がある。しかしながらこのような方法では、気管支の変形や失明の危険性が高まってしまうという。
 
  • 一方、HFO方式(High Frequency Oscillatory:高頻度振動換気)は、肺への影響がほとんどない程度に吸気ガスに一定の圧力をかけ、さらに1分間に900回という高頻度でガスを振動させることで、換気を行う方法である。肺を膨らませたり縮小させたりする動きが少なく、「肺に優しい換気方法」である。
 
  • 同社のHFO人工呼吸器は、製品開発が非常に困難とされてきたピストンによる振動発生を世界で唯一実現している。未熟児は肺が未発達で小さいため、発生させる振動にも微細な制御が要求される。このため、1分間に900回もの振動を繰り返すピストンを、同社が独自に開発したソフトウェアによって髪の毛の太さの1/5程度の動きで制御している。これにより、症例に応じた繊細な制御を可能とした。これらの点が評価され、現在では、国内の総合周産期母子医療センター(新生児集中治療室等を備えた医療機関)の9割以上で使用され、海外へも16カ国以上に輸出されている。
 
  • 医療機器が臨床現場で使用されるには、医療機器単体としての優秀さも求められるが、同時にメンテナンス体制やサポート体制も非常に重要な要素となってくる。同社では、独自にメンテナンス体制を構築するのは困難と考え大手企業と連携することで対応している。また、年々医療機器に対する国内外での規制の強化・高度化が進んできているため、公的試験センター等の活用や国などの支援、大学・学会との連携も欠かせない。また、さらなる国際展開に向けて、HFO人工呼吸器の国際標準化(ISO規格策定)にも積極的に取り組んでいる。役員を検討委員へ派遣するなど、製品仕様を左右する規格に同社の意向を反映させる努力も怠らない。40名の社員のうちグローバル人材の占める割合は約2割と、海外市場を見据えた体制も構築している。
 
  • 国内では少子高齢化や出生率の低下により、生まれてくる新生児の数は減少傾向にある。しかしながら、2500グラム未満のいわゆる未熟児の出生比率は、1970年代の5%前半から2010年以降は9%後半へと増加している。未熟児の中には自力での呼吸が困難な赤ちゃんもいる。小さく産まれた赤ちゃんを救うため、入院日数も長期化する傾向にあるそうだ。このため、未熟児の命を救うことが可能な設備や医療体制の強化がまだまだ望まれている。
 
  • 株式会社メトランの理念は、「小さい命を救う」ことと「患者など機器を使う人の快適さ(QOL)」を実現することだそうだ。同社の開発したHFO方式(高頻度振動換気)の人工呼吸器は多くの赤ちゃんの命を救うだけでなく、吸入ガスの圧力や湿度、温度等を正確にコントロールし、より体にやさしい機器へと進化を続けている。他方、世界に目を向けると新生児医療体制が十分でない途上国もまだまだ多く、新生児の死亡率も日本に比べて遙かに高い国も多くある。同社の人工呼吸器がさらに普及し、世界中のどこであっても、未熟児の赤ちゃんが救える環境づくりが今後も進むことを期待したい。
 
<<取材協力>>
株式会社メトラン(Metran Co.,Ltd.)
   社長補佐 野崎 茂男
株式会社メトラン ホームページhttp://www.metran.co.jp/外部リンク
 

技術のおもて側、生活のうら側

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