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産業技術メールマガジン/技術のおもて側、生活のうら側 第119号
◆技術のおもて側、生活のうら側 2018年6月28日 第119号
こんにちは。ご愛読いただき、心より感謝いたします。
このメルマガでは、身近な生活シーンから、社会生活に密着した産業技術を生活者の目線で紹介していきます。私たちの暮らしを支える産業技術を身近に感じていただければ幸いです。
モーター革新! 性能を飛躍的にアップさせるモーターコイルの開発
(はじめに)
- ある一般財団法人の調査によると、日本あるいは全世界における総消費電力の約半分は、モーターによる消費である。製造業における生産用・空調用の動力や家庭用のエアコン、冷蔵庫などに使われているモーターの消費電力が多い。このため、省エネで高効率なモーターの開発が継続的に行われているが、モーターの基本的な構造は長年大きく変わっていない。今後、自動車の電動化が急激に進むと予想される中、蓄電池の開発とともに高効率なモーターの開発が急がれている。
- このような状況下で、資金力の有する大企業ではなく、田園風景の広がる秋田県横手市にある中小企業の「株式会社アスター」(従業員約70名)が、発想の転換とアイデアにより、従来の性能を大幅に上回るモーターコイル「ASTコイル」の開発に成功し、各業界から高い関心を集めている。
(会社設立の経緯と概要)
- 創業のきっかけは、本郷社長がかつて働いていた福島県の会社がリーマンショックの影響により秋田工場を閉鎖したことであった。当時、秋田工場の工場長だった本郷社長が、工場で働く従業員の雇用を守りたいとの強い思いから、工場を買い取る形で「株式会社アスター」を2010年に設立した。工場閉鎖後の翌日に創業し、引き継いだ従業員の給与と仕事の確保を最優先した。創業当初は、カーオーディオやプリンターの組み立てなどの下請け作業が多く、資金繰りも非常に厳しい綱渡りの経営が続いた。この経験から、自社製品の開発の必要性と1日でも早いスピード開発が会社の存亡にかかわるとの信念の下、需要の裾野が広いオンリーワン技術の開発を目指すようになった。
- その後、独自の技術による融雪シート(屋根の融雪用など)やLED照明(野球場や体育館用など)などの開発、製造を行い、ヒット商品を生み出している。また、同社の技術力が評価され、車メーカーのレクサスから部品製造も受注。今でもレクサスの部品は一度も不良品を出すことなく納入しているという。技術の向上や製造工程の改善はもちろんであるが、本郷社長いわく「勤勉かつ優秀でまじめな従業員の力」のおかげだという。
- 同社は高い接合技術も有する。特殊な「カシメ」という接合技術で、これまでにない接合強度を実現している。カシメ接合とは、金属同士や異なる素材同士を重ね合わせ、それを特殊なくびれ形状をしたダイの上に置き、プレスすることで接合させる技術である。同社の特許技術でもある。
(高効率な革新的モーターコイルの開発)
- 同社が高効率なモーターコイルを開発するに至ったのは、ある研究所からの技術相談がきっかけとなった。開発当初はまだ、電気自動車がブームとなる前であったが、高効率なモーターコイルの開発は、いずれ大きな需要につながると予想し、技術開発に取り組むこととした。
- 通常のモーターコイルは、丸形あるいは角形の細長い銅線をモーターコアに何重にも巻き付けるが、細い銅線を巻き付けるために隙間が多く、またモーターコアの形状にマッチした自由な設計も難しい。このため丸線コイルの占積率(コイルスロット(モーターコアの溝)面積に占める導体の割合)は55%前後となっている。この占積率を高めることでモーターの性能がアップするが、一方で高密度にすると抵抗値の増加による発熱量の増加や絶縁皮膜の損傷といった様々な問題が生じやすくなり、かえって効率が悪くなることが多いという。
- 株式会社アスターは、従来とは異なる全く新しい方法を用いて、高効率なモーターコイルの開発に成功した。開発のポイントは、以下の通りである。
(1)まず、通常用いる細長い銅線の代わりに、板状に伸ばした銅板(厚さ1~3mm程度)からコの字型に銅板をいくつも切り出す。(2)そして、コの字型の銅板2枚を四角形になるように向か合わせ、1カ所だけ突き合わせて接合する。(3)この接合は、特殊な装置を用いてわずか1~2秒で圧接させて完成するが、これには同社が有するカシメ接合の技術とノウハウが活用されている。(4)次に接合されていないもう1カ所と、新たに取り出した別のコの字型の銅板を向かい合わせ、同様に接合する。(5)この工程を繰り返すことによってらせん状にコの字型の銅板がつながり、真ん中が空洞となった角柱型のバネのような形状のモーターコイル「ASTコイル」の原型が完成する。(6)つなぎ合わせるコの字型の銅板の形状を少しずつ変えることで、モーターコアにマッチする様々な形状を作り出すことも容易にできる画期的な手法である。(7)この角柱型のバネのようなモーターコイルに絶縁皮膜を塗布する。
- このようにして開発された同社の「ASTコイル」は、占積率が90%以上でありながら、抵抗値が30%低減し、放熱率も20%向上する革新的なモーターコイルとなった。実際にその性能のすごさを見せてもらったが、通常のモーターは約10アンペアで約9,000回転するのに対して、ASTコイルはその半分の5アンペアで9,000回転を優に超える。さらにASTコイルに代えたモーターは、通常のモーターに比べて、重量、大きさともに大幅に縮減されている。理論的には、例えば300km走る電気自動車のモーターをASTコイルに置き換えるだけで約600km走らせることができるそうだ。
- 銅線をどのように巻けばよいかということにとらわれがちであるが、本郷社長の発想の転換と努力で、大企業もなし得なかったモーターコイルの飛躍的な高効率化に成功した。同社では、絶縁皮膜の開発も自社で手がけ、モーターコイルの完全自社生産を可能としている。さらに、知財関係に詳しい弁護士に相談し、抜け目のない特許の確保と知財戦略にも努めている。
(今後の展開)
- さらなる技術開発と事業化のため、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の「戦略的省エネルギー技術革新プログラム」を活用(平成27年度に採択)し、その量産化技術も確立したところである。
- この成果をもとに、ちょうど1年後の来年6月には、数十億円をかけた広さ約2,000坪のASTコイル工場が本社近くに完成する。完成後は半年程度のテスト生産を経て、量産体制に入る予定だ。
- すでにパナソニック株式会社とは、次世代産業用モーターの共同開発を開始し、小型化と高効率化を実現する産業用モーターの実用化を目指している。この他にも、株式会社IHIなど世界中の名だたる企業からの問い合わせも絶えない。
- この革新的なモーターコイルを使ったモーターが量産化されるインパクトは非常に大きい。近い将来、電気自動車への活用はもちろん、より小型化、軽量化が求められる航空、宇宙産業分野への活用も期待される。
- 本郷社長が、地域の雇用と働く場をなんとか守るために創業した会社であるが、今や地域の雇用拡大に貢献するにとどまらず、世界の総電力消費の約半分を占めるモーターに革新をもたらそうとしている。本郷社長の「自分のためでなく、世の中のために少しでも役に立ち、喜んでもらいたい。」という、純粋で強い思いが大きく実を結びはじめている。
<<取材協力>>
株式会社アスター 代表取締役 本郷武延専務取締役 井澤真信
株式会社アスターホームページ https://ast-aster.com/

技術のおもて側、生活のうら側
発行:経済産業省産業技術環境局総務課 執筆/担当 松本賢英、松本智佐子
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