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産業技術メールマガジン/技術のおもて側、生活のうら側 第129号
◆技術のおもて側、生活のうら側 2019年11月28日 第129号
こんにちは。ご愛読いただき、心より感謝いたします。
このメルマガでは、身近な生活シーンから、社会生活に密着した産業技術を生活者の目線で紹介していきます。私たちの暮らしを支える産業技術を身近に感じていただければ幸いです。
収穫という重労働~inaho株式会社の収穫ロボ
ピーマン52%、きゅうり40%、なす39%。バラは46%。
何の数字か分かりますでしょうか?
これは施設野菜を育てる農業者の労働時間(人・10アール当たり)に、収穫作業の時間が占める割合です(平成30年3月30日農業の「働き方改革」検討会とりまとめ別冊参考資料(農林水産省HP)から算出)。
重労働のイメージが強い農業の世界ですが、その中でも収穫作業は特に大きな割合を占めています。しかも、野菜や果物は、次から次に結実する作物の中から、農業者が適切な大きさ、かたち、色合いとなったものを1つ1つ選別して収穫する手間もかかります。
こういった収穫作業をロボットで行い、農業者の負担を軽減しようとする会社があります。今回は、ロボティクスと新しいビジネスモデルで農業界に参入する企業をご紹介します。
【自動野菜収穫ロボットで世の中を変える~inaho株式会社】
野菜の自動収穫ロボットを開発しているのは、神奈川県鎌倉市にある「inaho株式会社」です。今回、同社代表取締役COOの大山宗哉氏にお話を伺いました。
inaho株式会社は、チームラボ株式会社から独立した大山宗哉氏と不動産投資コンサル会社から独立した菱木豊氏が共同で立ち上げたベンチャー企業です。これまでの専攻分野も経歴も農業とまったく無縁な2人が農業用収穫ロボットの開発に取り組んでいます。それは、菱木氏の地元の鎌倉で鎌倉野菜を作っている農家の友人と飲みに行く機会があったときに、自動で雑草を抜けるようにできないかという話を聞いたのが、農業に注目したきっかけだったそうです。
移動して、野菜と雑草を区別して、雑草を取る。技術的には可能であると考えたものの、開発に当たっては、ロボットアームの研究をしている大学の教授を調べてアポを入れ、会いに行く、そういった苦労を1年続けるなど簡単ではなかったとのこと。
【アスパラ収穫ロボット】
inaho株式会社がまずターゲットにしたのは、アスパラです。施設栽培のアスパラガスにはいわゆる旬の概念がなく、年間200日、ほぼ通年での収穫作業が必要です。しかも収穫適正サイズがおよそ25センチになのに対し、1日放っておくと10センチ伸びてしまい商品にならなくなるのだそうです。1日たりとも収穫作業を休めません。
inaho株式会社が開発したアスパラの収穫ロボットは、全長125センチ、幅39センチ、高さ55センチ。キャタピラで走るブルドーザーのようなかたちの本体に、折りたたみ式のアームが1本付いています。このアームでアスパラを収穫します。
収穫ロボット自体は、農業用ハウスの畝と畝の間に引かれた白い線を認識して自動走行し、光学カメラと赤外線センサーで収穫適期のアスパラを認識します。光学カメラとAIでアスパラの形・大きさを認識し、赤外線センサーでアスパラまでの距離を計測します。その認識を元に、アームが伸びてアスパラをつかみ、根元をカッターで切断して収穫します。収穫かごがいっぱいになると農業者にスマホで通知が届く仕組みとなっています。
【ビジネスモデルRaaS(ロボット・アズ・ア・サービス)】
技術的な面に加えて、inaho株式会社の特徴はそのビジネスモデルです。RaaS(ロボット・アズ・ア・サービス)という仕組みで、農業者に対して、収穫ロボットを販売するのではなく、無償でレンタルします。利用料は、ロボットが収穫した量に応じて支払う従量課金です。農業者は初期費用やメンテナンス費用がかからないだけでなく、収穫量(利用量)に応じて無駄なく費用を負担することが出来ます。現在、アスパラの場合は、市場価格の15%を利用料として設定しているとのこと。これは、収穫に要する人件費3人分と見合う価格を念頭に設定している価格だそうです。
さらに、カメラやアームを始めとするロボティクスやAIの世界は技術の進歩が非常に早く、5年で技術が時代遅れになる可能性もあります。このため、長期のローンを組んで購入するより、リースのかたちで常にアップデートされた技術を搭載した機械を使用する方が、農業者にとって大きなメリットとなります。
【今後の展開】
現在、inaho株式会社のアスパラ収穫ロボは、佐賀県で1台試験的に稼働しています。各地で説明会を開くと、聞いていた農業者の9割の方が利用したいと申し込みをしてくる状況で、来年2020年には数百台単位で稼働させていく予定で考えているとのことです。
今後は、収穫作業だけでなく、雑草の草取り防除作業なども自動化することを考えたいとのこと。さらに、もともと1次産業全般にロボットを導入することを考えており、野菜等の農業だけでなく、例えば、養殖牡蠣の収穫作業など、林業や水産業への参入など1次産業だけでも事業拡大の構想は大きく広がっています。
実際に、毎日、農業者からこれは収穫できないか、あれは収穫できないかといった問い合わせもあるとのことで、間違いなく農業の世界には収穫作業の軽減という需要が存在しています。
■取材後記
「農業者は僕らと同じクリエーターだと思っています。」
チームラボ株式会社でアート事業にも携わってきた大山氏が言った言葉が印象的でした。重労働で時間を取られていてはクリエイティブな活動はできません。農業用ロボットが導入されたら農家はやることがなくなるのではないか、そんな声もあったそうです。そうではなく、農業者はよりクリエイティブな作業に力を入れられるようにしてもらいたい。それが、inaho株式会社の目指すイノベーションの目標なのだと感じました。
「消費者のニーズに合った農作物を作りましょう」、「需要に応じた生産をしましょう」といった言葉が、農業者にはよく投げかけられます。もちろんビジネスとして正しい方向です。ただ、農業を魅力ある産業に変え、若い世代を呼び込んでいこうとしている中、「クリエイティブな作品を作ろう!」という言葉とどちらが、これからの農業を担っていく農業者に響くのか、少し考えさせられる取材でした。
<取材協力>(敬称略)
inaho株式会社 代表取締役COO 大山 宗哉
inaho株式会社ホームページ https://inaho.co/
技術のおもて側、生活のうら側
発行:経済産業省産業技術環境局総務課 執筆/担当 新川元康、松本智佐子
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