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産業技術メールマガジン/技術のおもて側、生活のうら側 第131号

◆技術のおもて側、生活のうら側 2020年2月27日 第131号
 
 こんにちは。いつもご愛読いただき、ありがとうございます。
 このメルマガでは、身近な生活シーンから、社会生活に密着した産業技術を生活者の目線で紹介していきます。私たちの暮らしを支える産業技術を身近に感じていただければ幸いです。

素材開発とクラウドコンピューティング

 リチウムイオン電池、液晶ディスプレイ、半導体。
 世界中で作られ、利用されているこれらの製品ですが、その部材となる機能性材料の多くは日系メーカーが高い世界シェアを確保しています。
  しかしながら、製品サイクルの短期化、新興国メーカーの参入と積極的な投資などを背景に、日本の優位性の低下が懸念されています。
  このような中、近年、新たな素材開発手法として「マテリアルズ・インフォマティクス」が注目されています。材料の組み合わせや熱分析などをスーパーコンピュータでシミュレーションすることにより理想の新素材を見つける手法です。
 今回、クラウド型の材料設計プラットフォーム『Exabyte.io』(エクサバイト・アイ・オー)を提供している伊藤忠テクノソリューションズ株式会社を訪問し、科学システム本部CAEソリューション営業部の添田朋宏課長と森一樹博士に同社のマテリアルズ・インフォマティクス支援サービスについてお話を伺いました。
 
【マテリアルズ・インフォマティクスで材料開発を支援~伊藤忠テクノソリューションズ】
 ○ 伊藤忠テクノソリューションズ株式会社(以下「CTC」といいます。)が、サービス展開している『Exabyte.io』とはどのようなサービスでしょうか?
(CTC) 『Exabyte.io』は、アメリカのExabyte社が、2015年にサービスを開始したクラウド型の物性解析サービスです。
 モデリングした材料をクラウド上の計算機でシミュレーションし、物性値予測や現象解析など行うことができます。
 実際に大量・多数の試作品を作ったり、解析実験をしたりすることなく、Exabyteのプラットフォーム(システム)上で同時に大量のクラウドノードを使用することによって計算に掛かる時間を大幅に削減できます。つまり、材料開発プロセスを加速させることができます。
  CTCでは2014年頃からマテリアルズ・インフォマティクスに関するサービスを探していましたが、当時は『Exabyte.io』が実用化している技術の走りだったと思います。Exabyte社と代理店契約を締結し、2018年からサービス提供を開始しました。
 
 ○ 『Exabyte.io』の特徴は何でしょうか?
(CTC) 『Exabyte.io』の特徴としては、
 (1) まず、クラウド型なので、保有するコンピュータにシステムを取り込む必要がないことが特徴です。特別な機器や環境を整備する必要はなく、アカウントを作れば誰でも自分のパソコンからWEBブラウザーを使ってクラウド上で解析(シミュレーション)できます。
 (2) また、年間約30万円の最小利用プランから、サービスの利用が可能です。このサービスは、使用したコア数と時間に応じて利用料金を支払うだけなので、コストを抑えることができます。つまり、使いたいときに、使いたい量(料金)だけ利用することができます。
 (3)  GUIの利便性
  利用者にとって誰にでも使いやすいというのも重要なポイントで、GUIの操作は無料で提供されています。さらに解析のワークフローが多数用意されており、作りたい物性・物質に応じて用意された計算式のワークフローを選択するだけで誰でも物性解析(シミュレーション)が可能です。もちろん、利用者が自分でカスタマイズする(ワークフローを作成する)ことも可能です。
  また、アメリカのMaterials Project (マテリアルズ・プロジェクト)と連携しているため、膨大な基礎データを利用し半導体モデル、触媒モデル、および電池材料モデル等作成することができます。
 
 ○ シミュレーション計算にかかる時間も大幅に削減できるそうですね。
(CTC) 従来の素材(材料)開発の実験では、大量・多数の試作品を作ったり、実際に物性実験を行ったり計測する必要があったので時間がかかっていましたが、クラウド上で計算し実際に試作する材料候補をスクリーニングし検証することで大幅に研究プロセスを短縮することができます。
 製品開発のサイクルが短くなっている中、実際に樹脂のサンプルを一つ作り測定するのにも、2週間かかってしまいますので、事業化・製品化サイドからしても、素材(材料)開発にそこまで時間をかけられないという事情も出てきています。
 また、システムの導入コストがかからないというところも利点です。
 同様のシステムを自社で揃えようとすると、GPUを搭載したサーバー機器を購入するだけで、少なくとも200~300万円はかかってしまうのではないでしょうか。
 
 ○ 具体的に、時間や利用料はどの程度になるでしょうか?
(CTC) 例えば、炭素繊維強化樹脂材の引っ張り試験を1条件(水準)シミュレーションしようとする場合、4万原子程度のモデル規模で約8百円で済みます。
 加えて、クラウド上で処理するので、社内サーバーに負担をかけず、一度に大量・多数の解析を行うことが可能であるというメリットもあります。実際に、自分(注:森氏)自身も『Exabyte.io』を使って研究の取り組み論文執筆を行っていますが、このサービスを利用する前は年に一本の論文を書くのが限度でしたが、このサービスを利用することにより多数の計算結果(検討結果)を短い期間で取得でき、昨年度は6本の研究成果を投稿できています。
 
 ○ 素材開発がより効率的に行えるということですね。
(CTC) さらに、『Exabyte.io』は機械学習とも連携しており、これまでの実験データなどを基に、よりよい物性を自動で探索することも可能です。自動解析で理想的な素材構造を予測し、より一層、素材開発のスピードを上げ、コストを下げることが可能になります。
  具体的な方法としては、シミュレーションと実験結果との相関を確認した後、シミュレーションにより様々な結晶構造や分子構造の計算を、自動的に行いデータ蓄積を行います。次に、そのシミュレーションデータを基に、機械学習により分類、構造予測を行い、再度シミュレーションを繰り返すことで、より高い精度の予測が可能になります。実際に、高分子の分子構造から強度予測、および強度予測から分子構造の逆解析を試みています。
 なお、シミュレーションで探索した素材は、試作品を作って実際に性能試験することになりますが、実際の材料実験では高速での強度測定が困難です。しかし、現実的には、例えば車の部材の強度であれば衝突時の強度が重要で、高速での検証が必要です。航空機も同じ。高速での強度測定実験の設備を整えるのは、総合自動車メーカーなら可能かもしれませんが、多くの中小サプライヤーにとってはハードルが高いのではないでしょうか。そういった実際の実験では簡単に測れない強度等をリーズナブルにシミュレーションし、実際の実験を補完する使い方も可能だと考えています。
 
【セキュリティ・ポリシーの壁】
 ○ クラウド上での解析となるので、秘匿したいデータなどが外に出てしまわないかといった懸念はないのでしょうか?
(CTC) もちろん、全ての解析データがオープンになるわけではなく、利用者は事前にオープンにするかクローズにするかの選択が可能です。クローズにした場合のセキュリティ対策もとられています。
 
 ○ 企業や大学側にはクラウドに対する抵抗感のようなものはありませんでしたか?
(CTC) 実は、3年前に『Exabyte.io』のサービス取扱いを始めた頃は、社内のセキュリティ・ポリシーの関係でそもそもクラウドサービスを利用できない、接続できないという組織が多かったです。特に大企業(大手メーカ)ほど多かった。
 今でこそ、だいぶそのような風潮は和らいでいて、クラウドサービスの利用が浸透してきているなと感じます。
 
【マテリアルズ・インフォマティクスを広げるために】
 ○ 実際にどのような方々が利用されているのでしょうか?
(CTC) 現在、『Exabyte.io』は20社ほどに利用していただいています。特に大学の研究室での利用が多いですが、大手企業からの引き合いも出てきています。
 
 ○ より多くの方に利用してもらうためにどのようなことをされていますか?
(CTC) マテリアルズ・インフォマティクスに関してクラウド型解析サービスという手法があるということを根付かせて行くことが重要と考えています。
  2年ほど前から複合材でのシミュレーションの成果を複合材学会で発表していますが、それによって素材開発における「シミュレーションと実験」という組み合わせの認知度が一気に向上したと感じています。
 また、先月東京ビッグサイトで開催されたnano tech 2020展にも出展しましたが、そういった展示会への出展を機に精密機器メーカーや化学メーカーなどからの問い合わせも増えています。
 このような解析手法及びサービス利用があるということをより一層浸透させるため、大学などの教育現場での使用を広め、早い段階から授業として取り入れていくことも必要ではないかと考えています。
 
【今後の展開~プロセスインフォマティクス】
 ○ 素材開発の支援について、今後の展開を教えてもらえますでしょうか?
(CTC) 素材開発は、理想的な素材を見つけて終わり、ではないと思います。見つけた素材をコマーシャルベースで製造・生産できるようにしなければ、事業化にはつながりません。現在、こういった製造・生産プロセスのデータ(プロセスインフォマティクス)とマテリアルズ・インフォマティクスを連携するプラットフォームを探しているところです。今後は、CTCのデータベースとも連携して、素材開発を総合的に支援していきたいと考えています。
 
■取材後記
 「天才とは、1%のひらめきと99%の努力である。」と言ったのは、トーマス・エジソンです。また、ある研究者の方からは「素材開発で重要なのは『多産多死』」という話を聞いたこともあります。トライ・アンド・エラーの積み重ねで進歩するR&Dの世界はまさにこの99%の努力だと感じます。
  近年のR&Dにおけるオープンイノベーションの流れは、多くの頭脳で1%のひらめきの可能性をより高めようとしています。
 99%の努力も、AI化、デジタル化、データ活用などによって、より効率的に、より高速に行えるように進んでいます。
 技術の進化は、ひらめきや努力の形すら変えるのかもしれません。ただ、フィジカル空間であれ、サイバー空間であれ、より多くの仮説を試した人が、より高い確率で新しい素材を開発できることは変わらないと思います。新しいツールで研究者の努力を支援するCTCのような取組が広がることで、日本の素材開発力は更に強くなるのではないでしょうか。
 
 
<取材協力>(敬称略)
伊藤忠テクノソリューションズ株式会社
 科学システム本部CAEソリューション営業部東日本CAE営業課
 課長 添田朋宏
    森 一樹(博士(工学))
 
伊藤忠テクノソリューションズ株式会社ホームページ:https://www.ctc-g.co.jp/
『Exabyte.io』の紹介ページ:http://www.engineering-eye.com/EXABYTE/

技術のおもて側、生活のうら側

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