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産業技術メールマガジン/技術のおもて側、生活のうら側 第132号

◆技術のおもて側、生活のうら側 2020年5月7日 第132号
 
 こんにちは。いつもご愛読いただき、ありがとうございます。
 このメルマガでは、身近な生活シーンから、社会生活に密着した産業技術を生活者の目線で紹介していきます。私たちの暮らしを支える産業技術を身近に感じていただければ幸いです。

海況データの提供や海洋数値モデルによる高精度の海況予測サービスで、漁業の世界に挑戦

 新型コロナウイルス感染症の世界的な流行の下、私たちの生活や活動の在り方も大きく変わってきています。企業でのテレワークの推進、大学での遠隔授業の実施など、デジタル技術を活用したサービスの社会的需要が一気に高まりました(ないしは、社会的受容が否応なく進んだとも言えるかもしれません。)。この流れは不可逆とも言われています。これまでデジタルとは縁遠いと思われていた分野であっても、リモート・サービスの普及が加速化し、データや情報が極めて大きな価値を持ってくるのではないでしょうか。
 
 今回は、海況データの提供や海洋数値モデルによる高精度の海況予測サービスで、漁業の世界に挑戦する株式会社オーシャンアイズ(以下「オーシャンアイズ」)についてご紹介します。
 
 オーシャンアイズは、京都大学発ベンチャーで、京都大学の飯山将晃准教授が発起人となり、同大学の笠原秀一特定講師が取締役を務めます。
 オーシャンアイズは、最新の画像AI技術を活用することで、海水温度、潮流等の将来予測を含む海況情報やここから得られる漁場の情報を提供するサービスの開発を通じて、水産事業者の操業コストを低減し、漁期の選択により適正な漁価での販売が可能になることを目指しています。また、これにより限りある海洋資源が適切に利用され、持続可能となる社会の実現を目指しています。
 
 2019年4月1日に設立したばかりのベンチャー企業ですが、既に「漁場ナビ」と「SEAoME(しおめ)」の2つのサービス提供を開始しています。
 そして、2019年11月には京都大学イノベーションキャピタル株式会社(以下「京都iCAP」)から3,000万円の投資を受けるなど、商品開発の加速と販売体制の強化を図っています。
 
【オーシャンアイズのサービス事業】
 まず、「漁場ナビ」は、漁場を決める際に重要な要素となる表面海水温度情報と潮流情報を提供するサービスです。
 表面海水温度情報は、気象衛星「ひまわり」で観測した表面海水温度データを基に提供されます。しかし、実際に「ひまわり」で観測した映像の6割は雲で覆われているそうです。そこで、「漁場ナビ」では独自の画像AI技術によって表面海水温情報を推定します。
 また、海水温度と潮流については、海洋数値モデルと国立研究開発邦人海洋開発研究機構(以下「JAMSTEC」)のスーパーコンピューター「地球シミュレーター」を使って、現況と予測情報を提供しています。
 また、2kmメッシュの高解像度のデータとなっているのも特徴です。世界的に使われているデータは10kmメッシュが標準ですが、特に比較的漁場範囲の狭い沿岸漁業においては2kmメッシュときめ細かな海面データでなければ使いものになりません。
 さらに、漁業者が操業データを提供することで、魚種ごとの漁場予測も可能であり、現在、静岡県の遠洋かつお漁船の協力を得て、海況予測を利用した漁業を行っています。今後、三重県などでも採用される予定です。
 このように、「漁場ナビ」を利用すれば、漁場探索の手間が省け、燃料代を削減することができます。
 
 また、「SEAoME(しおめ)」は、海洋数値モデルを使った沿岸から外洋までのシームレスな海洋環境情報を顧客の要望に応じて提供する受託開発型サービスであり、海面養殖業者や沿岸漁業者、更には海洋エンジニアリング・海洋建築の分野での利用を想定しています。
 JAMSTECの地球シミュレーターを使った計算により、湾内などの特定海域での水温、塩分、流速、海面高度の変化について2週間先まで予測することができるため、急潮や赤潮による養殖設備や定置網の被害防止に役立てることができます。
 
【ベンチャーと大学・国研の連携】
 オーシャンアイズの活動の特徴として、京都大学とJAMSTECとの連携が挙げられます。
 
 オーシャンアイズプロジェクトは、2016年の科学技術推進機構の戦略的創造研究推進事業(以下「CREST」)人工知能領域に「サステイナブル漁業に向けたデータ指向型リアルタイム解析基盤の開発」(研究者:飯山将晃京都大学准教授)が採択されたことからスタートしましたが、2019年に更にCREST人工知能領域の加速フェーズに採択され、現在も京都大学において技術開発を継続しています。
 
 オーシャンアイズは、京都大学と知財利用契約を結ぶことで、オーシャンアイズプロジェクトの社会実装(「漁場ナビ」と「SEAoME(しおめ)」のサービス提供)を行っています。
 また、オーシャンアイズはJAMSTECより「JAMSTECベンチャー」としての認定を受けています。JAMSTECベンチャーとして認定を受けると、JAMSTECから知財権の利用における優遇措置、地球シミュレーターやオフィスなどの研究施設等の利用における優遇措置等を受けることができます。
 このように、オーシャンアイズプロジェクトにおいては、京都大学とJAMSTECが研究機関、オーシャンアイズが社会実装機関(サービス提供機関)の役割を果たしており、研究と社会実装を並行して進めている点が特徴です。
 
【海のIT化の難しさ】
 最後に、海ならではの悩みについて紹介します。
 
 笠原先生は、「海のIT化は農業のIT化よりも難しい」と指摘します。
 その理由の一つは、「漁場ナビ」ではインターネットを経由して水産事業者の方々へ海水温度や潮流等の情報を提供していますが、ここで問題となるのが陸地から遠く離れた海の上での通信環境というインフラの問題です。もう一つの理由は、海洋データがそもそも少ないことです。現状、漁船に搭載したセンサーで取得している海況データは、海水面温度くらいしかありません。
 また、水産業に関するデータも圧倒的に少ないといいます。漁場予測をするためのAI学習データ(漁業者からのデータ)として、魚が獲れた場所のデータが少ない上に、獲れなかった場所のデータがそもそもないとのこと。さらに、漁業者のデータは紙への手入力が多く、判読が難しい場合があったり、同じ魚種でも地域の方言や成長度合い(出世魚)で呼び名が違ったりするため、データの同一性を確保することが難しいなど、水産の現場ならではの課題も多いそうです。
 
■取材後記
 笠原先生と飯山先生のお話の中で、気象衛星「ひまわり」の観測データは日本の強みだとの話がありました。それは、静止軌道上から同じ場所を10分間隔で撮影する衛星は世界的にも少ないからだそうです。このデータの優位性を生かしてひまわり圏内の海外でのビジネス展開も考えられます。にもかかわらず、ひまわりのデータは研究者なら使えるが、漁業者など一般の人が使うには使い勝手が悪く、水産事業者の方々が扱いやすくなるように、要領よく取り扱ったり、地図として見やすく表示するなどのノウハウが必要であるとのことでした。
 
 これらのノウハウの中には、彼らが日本全国の「現場」である漁場に足を運び、漁師さんから直接話を聞く中で、気がつくものも多くあるそうです。
 
 画像AI技術という最先端の技術を扱うサービスではありますが、サービスの質を向上させるためには、やはり「現場」の声は欠かせないのだなと感じました。
 
 
 
<取材協力>(敬称略)
株式会社オーシャンアイズ 発起人 飯山将晃 京都大学准教授 
             取締役 笠原秀一 京都大学特定講師
 
株式会社オーシャンアイズホームページ:https://oceaneyes.co.jp/

技術のおもて側、生活のうら側

発行:経済産業省産業技術環境局総務課 執筆/担当 新川元康、松本智佐子
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