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産業技術メールマガジン/技術のおもて側、生活のうら側 第98号
◆技術のおもて側、生活のうら側 2016年7月28日 第98号
こんにちは。ご愛読いただき、心より感謝いたします。
このメルマガでは、身近な生活シーンから、社会生活に密着した産業技術を生活者の目線で紹介していきます。私たちの暮らしを支える産業技術を身近に感じていただければ幸いです。
そのセールデザインが世界を征す
また、オリンピックの夏がやってくる。現地リオデジャネイロは冬なのだが、第31回夏季オリンピックである。期間は8月5日~21日、続いて、パラリンピックが9月7日~18日に開催される。
オリンピック競技では、様々な日本製品が使われる見込みだ。
日本の先進技術の活用と、丁寧な手仕事で、世界のオリンピアンに圧倒的な支持を受けている製品がある。株式会社ノースセール・ジャパン(横浜市金沢区)が製造している、ヨット競技用のセール(帆)である。
1976年のモントリオール夏季大会以来、連続して実施されているヨット競技の種目、470級において、ロンドンオリンピックでは、出場選手の85%が同社のセールを使用したという。
また、アトランタ大会から現在までの過去5回のオリンピックにおいて、470級の男女計30個のメダルのうち、23個は同社のセールを使用した選手が獲得している。メダルの占有率、なんと76%。うち2個は日本人が獲得している。
470級は、全長4.7m、マスト高6.76m、重量120kgの競技用小型ヨット(ディンギー)で行われるレースである。海上にゴールタイムがおよそ50分程度になるコースを設定し、海上の4つのブイを決められた順番で周り、順位を競う。参加全船(男子26艇、女子20艇)が風上に向かって一斉にスタートする。
波静かな内湾、荒い湾外と場所を変え、計11レースで争われる。操船能力だけでなく、波や風を読む力が問われる。また、風上に位置すると、風下のヨットへの風を遮ることができるので、優位に立てる。頭脳戦でもある。
セールは、出場選手が自由に選ぶことができる。セールの大きさ(面積)、生地の種類(ポリエステルの糸を平織りした布)や単位面積当たりの最低重量が決まっており、そのレギュレーションを守っていれば、どのメーカーが製造したものでも構わない。
レースの間に使えるセールは一セット(マストに取り付け、基本的に常に張っているメインセール、向かい風や横風の時に張るジブセール、追い風の時に張るスピネーカーの3種類)のみであり、どのような気象条件下でも信頼できるものが選ばれる。
470級のヨットは、セールの空力(くうりき)特性により、風上に向かって斜め45度くらいまでは前進出来る。船首の向きを、右に左に切替え(タッキング)ながら、風上に向かってギザギザに進んでいく。強風の時も微風の時も、風を捉え、前を目指す。わずかな性能の差が、レース結果に影響しかねない。
では、何が性能を分けるのか。セールが風を受けた時に生まれるすり鉢状の曲面形状(膨らみ)である。セールの膨らみに沿って流れる風により、力(揚力)が生まれ、ヨットは進む。
セールの生地は平なので、そのままセールの形を切り出しても、このような膨らみは生まれない。このため、理想とする曲面の形状を、生地を切り抜いて作ったパーツを縫い合わせて生み出していく。パーツの数が増えると膨らみは滑らかになるが、重くなる。メインセールとジブセールは、それぞれ十数枚のパーツを縫い合わせているそうだ。
このセールデザインのシミュレーションやデータ解析などを行うプログラムを、ノースセールは独自に開発している。同社やその社員は、20年ほど前に世界最高峰のヨットレースと言われるアメリカズカップに深く関わっており、その経験が、他社の追随を許さないプログラムに結びついているようだ。
これらのプログラムを使って、ここ約10年の間に、数百点のセールを設計し、百枚くらいは実際に試作し、江ノ島周辺のテスト海域に持ち込み、一流の競技者にテストしてもらう。
風、波や潮流の影響に比べて、セールのデザインの違いによるスピードの差はごくわずかである。2種類のセールを張ったヨットを同時に走らせ、GPSなどの計測機器を使ってデータをとり、風によるセールやマストの変形を撮影し、解析プログラムでデザインのどの部分がスピードに影響しているのか解析する。
こうした地道な積み上げが、他社の追随を許さない性能を生み出す。
また、その製造も、極めて丁寧に行われている。多くのパーツを設計どおりに組み合わせて膨らみを生み出すため、少しでも裁断や縫製がずれると、求める性能が得られない。0.1mm単位のずれも許さないよう、製造工程が組まれている。
生地は、株式会社島精機製作所(和歌山市)に特注した超音波カッターを備えた裁断機で切り出す。一般的にセールの裁断にはレーザーカッターが用いられるそうだが、ポリエステル生地が熱で縮むため、ずれの原因になる。超音波カッターだと熱がかからないので生地が縮まない。
切り出したパーツは、全て人の手でつなぎ、ミシンで縫い合わせていく。自然な膨らみを持たせるため、それぞれのパーツの外縁は、直線ではなくごくわずかな曲線を描いており、寸分のずれなく仕上げるには、人の手が必要とのこと。
デザインから製造まで、全てノースセールの社内で行われている。さらに、セールの生地に使われているポリエステルの繊維は、株式会社帝人(大阪市)製の糸でできている。まさに、メードインジャパン。
社長の菊池氏に、すでに圧倒的なシェアを握っており、また、飛躍的な進歩は難しい分野で、なぜここまでこだわって性能向上に取り組むのか聞いたところ、実にシンプルな答えが返ってきた。「好きだから」と。ノースセールの社員のほとんどは、ヨット乗りだそうだ。
470級は、2名の乗員が操縦する。2名の合計体重は、130kg前後がベストとされており、日本人に向いている。国内で最も盛んな種目で、オリンピックメダルも期待できるそうだ。頑張れニッポン。
同社は、次世代の育成にも力を注いでおり、ヨットセミナーなども開催している。
次のオリンピックパラリンピックの開催地は東京。ヨットレースにおいて、地の利は大きい。日本のヨットパーソンが増え、ノースセールのセールがさらに進化し、日本人選手が東京の空に日の丸を高々と掲げる日が来ることを期待したい。
<取材協力>
株式会社ノースセール・ジャパン
代表取締役社長 菊池 誠
PRデザイン 山下 雄三
技術のおもて側、生活のうら側について
発行:経済産業省産業技術環境局産業技術政策課 担当/執筆:藤河、大和田、天野
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