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ADnewsletter 2024年6月号(諸外国の貿易救済措置発動状況/各国の貿易政策)

CONTENTS


1.「ADの調査対象となった場合の対応」シリーズ
 第Ⅺ回 AD以外の貿易救済措置(補助金相殺関税措置・セーフガード措置)について
 第Ⅻ回 まとめ
2.相談窓口
3.FAQ
 
 

1.「ADの調査対象となった場合の対応」シリーズ 

 

  ~Ⅺ回 AD以外の貿易救済措置(補助金相殺関税措置・セーフガード措置)
  について~

 前回まで10回にわたり、貿易救済措置の中で発動件数が最も多く、日本企業も対象になる可能性の高いAD調査を中心に対応方法をお伝えしてきました。
 しかし、貿易救済措置(日本法上の名称は「特殊関税」1 )には、ADのほか、補助金相殺関税(CVD)、セーフガード(SG)もあります(名称及び根拠法令は下表の通り。)。

 一般に、ADほど頻繁ではありませんが、CVD・SGについても日本企業が対応を迫られる場面もあります。そして、前回までで述べたAD調査対応に関する基礎知識を前提とすれば、これら二つの貿易救済措置への対応もある程度効率的に理解可能かと思います。今回はその発動要件や調査方法、企業の対応方法をお伝えします。


※1.正確には、他国のWTO協定違反に対する対抗措置等としての報復関税(関税定率法6条)も含めた総称(関税暫定措置法8条の5参照)

Ⅺ.1 補助金相殺関税(CVD)

Ⅺ.1.1 補助金相殺関税(CVD)とは

 補助金相殺関税とは、Countervailing Duties(※英語での略称は「CVD」)の日本における通称です。輸出国政府の補助金がもたらす利益により、輸出産品の価格が不当に引き下げられ、輸入国の国内産業に損害を与えている場合に、輸入国が対象国・企業を調査し、当該産品の輸入に対して補助金による利益相当額を相殺する追加関税を課すことをいいます(イメージは下図)。


  なお、関税定率法では単に「相殺関税」(同7条)と呼称しており、その方が英語のCountervailing Dutiesの意味にも近いのですが、「制裁関税」(外交上の報復としての関税引き上げ)と語感が似ており、そちらと混同されやすいため注意が必要です。あくまで、調査当局の調査に基づく貿易救済措置の一種です。
 

Ⅺ.1.2 補助金相殺関税の要件

 補助金協定(Agreement on Subsidies and Countervailing Measures。英語名の略語に由来して「SCM協定」とも呼ぶ。)によれば、補助金相殺関税を課税する要件は、(1)補助金(subsidy)が存在すること、(2)補助金が特定性を有すること、(3)当該補助金により利益を受けた産品の輸出により輸入国の国内産業に損害を与えていること、です。以下、簡単に説明します。
 

Ⅺ.1.2.1 補助金(subsidy)の存在

 SCM協定上、補助金(subsidy)とは、①「加盟国の領域における政府又は公的機関」(SCM協定1.1条(a)⑴柱書)からの、②「資金的貢献」(1.1条(a)⑴)であって、③受け手企業に「利益」(1.1条(b))が生じるものをいいます。したがって、日本語の「補助金」の語感から連想される助成金の支給に限られず、政府系金融機関からの融資、官製ファンドによる出資、税制優遇、政府による高値での物資の購入等、様々な形態による民間への財政・金融支援が含まれます。
 

Ⅺ.1.2.2 補助金の特定性(specificity)

 補助金相殺関税の対象となるのは、上記の多様な補助金のうち、特定性(specificity)を有するものに限られます(SCM協定1.2条・2.1条)。規定はやや複雑であり、争いになることも多い論点ですが、要するに、補助金の受給資格が特定の企業や産業に限られていることを指します。全国民・企業に受給資格があるような公的年金・給付金の類は補助金相殺関税の対象にはならないということです。
 

Ⅺ.1.2.3 損害・因果関係

 この点については、SCM協定15条・16条に規定されており、その内容はAD協定3条・4条とほぼ同様です。要件の認定方法や考慮要素については第Ⅰ回・第Ⅴ回の記載をご参照ください。
 

Ⅺ.1.3 補助金相殺関税調査の対応

 補助金相殺関税調査の大まかな流れは下図の通りですが、AD調査とよく似ていることがおわかりになると思います(第Ⅲ回参照)。



  なお、日本企業が補助金相殺関税の対象となった例はWTO発足(1995年)以降1件もありません(2024年6月時点)ので、CVD調査対応の確立した実務は存在しません。ただ、最近では、一部輸出国による各種産業補助金が過度の輸出攻勢を招いているという問題意識から、米国・EUなどの先進国が補助金相殺関税調査を積極化している印象もあります(2023年10月には、EUが中国製バッテリー式電気自動車
の輸入に対して補助金相殺関税調査を開始し、翌2024年6月には、最大税率38.1%の暫定課税措置に関して事前開示を行いました(7月4日までに暫定課税措置の公告予定)2 。)。さらに、いわゆる「一帯一路」構想のもとで途上国への戦略援助を活発化させる中国の活動を背景に、国境を越える資金的援助をも補助金相殺関税の対象にする事例も出てきています(いわゆる「越境補助金」。詳しくは第Ⅻ回でご紹介します)。したがって、日本企業の海外生産拠点がCVD調査の対象になる可能性も今後は想定しておく必要はあるでしょう。
 CVD調査の場合も、AD調査と同様、国内産業の申請(SCM協定11.1条)により開始される場合と、調査当局による職権(SCM協定11.6条)で開始される場合とがあります。調査開始前後の対応については第Ⅳ・Ⅴ回をご覧ください。
 調査開始後すぐに質問状等に対応しなければならない点もAD調査と同様です(第Ⅵ回参照。)が、補助金相殺関税調査の場合、質問状は、「利害関係を有する加盟国」にも送付されます(SCM協定12.1.1条)。質問状には、実施された補助金プログラムの名称、形態(贈与、貸し付け、出資等)、交付された金額等に関する質問がよく含まれますが、実際には「補助金」の存否・金額について、調査当局と対象企業の見解が最後まで対立することが多いようです。その背景には、本来補助金はすべて通報・開示されるべき(SCM協定25条)であるところ、交付国がその義務を適切に履行しているとは限らず、調査当局はしばしば補助金の存在・規模について正確な情報を持たないという問題があります。また、上記の通り、「補助金」と認定されうる措置の外延が広く、果たして対象企業に利益を与える「補助金」といえるのか、しばしば争いの余地があるという事情もあります。
 WTO紛争解決手続における先例を見ますと、中国企業などは、多くの場合、調査対象となっても補助金の受給自体を認めず、補助金に関する質問には答えていないようです。それに対し、調査当局(多くは米国・EU)は、ファクツ・アベイラブルを用いて補助金を認定し、課税を決定することもありますが、WTOパネル・上級委によってその判断が覆されることも多く、やはり補助金の認定は困難が伴うようです。
 日本企業が万一調査対象となる場合、日本国内の補助金はある程度透明性が高いため、補助金の存否・金額の回答はしやすいのではないかと思われます。したがって、その補助金が本当に輸入国の産業に損害を発生させているのか、という損害・因果関係が実際の争点になると推測されます。これは、日本企業のAD調査対応の一典型(マージンを争点化させず、損害論・因果関係論で勝負する)とパラレルに理解することができます。他方、海外生産拠点が補助金を受けているとして調査対象となった場合、限られた期間内に収集できる情報も限られますし、本当にそれが補助金といえるのか、利益を受けていると認めるのか、という「補助金」の認定の可否から争う場面も出てくるかもしれません。
 なお、AD調査と異なり、調査開始前に調査対象国へ協議を招請しなければならない(SCM協定13条)ので、日本の補助金が問題となる場合は日本政府にも協議の機会があります。

※2. https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/ip_24_3231

Ⅺ.2 セーフガード(SG)


Ⅺ.2.1 セーフガード(SG)とは

   セーフガード(Safeguard Measures、略称は「SG」。)とは、国内産業に重大な損害等を与え又は与えるおそれがあるような輸入の急増に対して、数量制限や関税引き上げ等を行うことにより緊急で輸入を制限する措置のことです。GATT19条で「緊急措置Emergency Action」と呼ばれた措置ですが、1994年に制定されたセーフガード協定(Agreement on Safeguards、「SG協定」とも。)において「セーフガード措置(safeguard measures)」という呼称が一般化しました(日本法では「緊急関税」。)。
 セーフガード措置を規定する国際協定は複数ありますが、いずれも、協定が規定する産品の輸入が予想外に急増した場合に、緊急での輸入制限を認める点は共通しています。AD・CVDと異なり、補助金やダンピングといった不公正貿易の認定を必要とせず、したがって対象企業も特定されないという特徴があります。
 ここでは、最も発動頻度の高いSG協定上のセーフガードを中心に説明します。
 

Ⅺ.2.2  セーフガード措置の要件とその特徴

   SG協定上、セーフガードは、下記の要件を満たす際に発動することができます。
① 事情の予見されなかった発展(GATT19条1項(a))により
② 対象製品の輸入が急増(SG協定2.1条)し
③ それにより国内産業の損害が発生又はその恐れがあること(SG協定4.2(a)(b)条)
措置の内容としては、輸入国が「その義務の全部若しくは一部を撤回し、またはその譲許を撤回し、若しくは修正することができる」(GATT19条1項(a))と規定されており、具体的には、対象品目への関税引き上げ(GATT上の譲許義務の撤回)や数量制限(GATT11条上の義務の撤回)などが用いられます。その性質上、特定の不公正貿易ではなく、輸入増加全般に対処するものですので、「輸入源のいかんを問わず」(セーフガード協定2.2条)全WTO加盟国に対して発動しなければならないと定められています(下図は、日本が発動する場合のイメージ図)(※発展途上国に対する適用除外はありますが、日本企業にはほぼ関係しません。)。


 

Ⅺ.2.3 セーフガード調査の対応

 SG協定上のセーフガードの件数は、WTO発足(1995年~)以来2023年までの間で、調査開始が424件、措置発動が213件あります。AD(調査開始6768件、発動4553件)に比べればはるかに少ないことがわかりますが、セーフガードは、上述のとおり全WTO加盟国の産品に対し一律に発動されるため、一度発動されると必然的に日本産品も対象となる、という特徴があります。
 セーフガードは途上国向きの制度といわれ、実際に、歴史的には新興国(インド、インドネシア、トルコ等)が多く活用してきました。これは、国内産業が未成熟な場合は輸入急増・損害が発生しやすいという背景もありますし、またセーフガードはダンピング・マージンや補助金の認定が不要で、AD・CVDよりも調査当局の作業負担が軽いという事情もあるでしょう。ただ、近年では、米国が太陽光パネル(2018年~発動中)・大型家庭用洗濯機(2018年~2023年)に対して立て続けにセーフガードを発動したほか、EUや英国も鉄鋼製品に対してセーフガードを発動中であり、途上国だけの措置とは言いがたい状況です。
 セーフガード調査では、AD・CVD調査と同様、公聴会その他の意見提出の機会は保証されなければならない(SG協定3.1条)とされるほか、手続の詳細は調査当局の裁量に委ねられています。典型的な例を下図に示します。



   AD・CVD調査との大きな違いは、個々の輸出者の不公正貿易を認定する必要がないという措置の性質から来るもので、輸出者への質問状送付は通常行われない、ということです。調査が開始されても個々の輸出者には連絡がないため、調査の進展に全く気づかないまま措置が発動されてしまい、輸出ができなくなってしまった、などという例も過去にはあります。
 他方、調査開始(SG協定12.1条(a))、損害の認定(同12.1条(b))、発動決定(同12.1条(c))はその都度発動国がWTOに通報しなければならないことになっています。また、実際の発動前に輸出国に対し「貿易上の補償」についての協議(「補償協議」)の機会を与えなければならず(SG協定8.1条・12.3条)、協議不調の場合、輸出国は一定の条件のもと対抗措置を講じることもできる(SG協定8.2条・8.3条)など、AD・CVDよりも政府の関与度合いが強いと言えるかもしれません。日本政府(経産省)としてもセーフガードに関するWTO通報は定期的にチェックして該当産品の業界と連絡を取り、影響が大きいと判断される場合には上記補償協議の開催を要求する等の対応をしています。
 もちろん、WTO通報は一般に公開されています3 ので、個々の企業が情報収集することも可能です。セーフガード調査開始の報に接し、それがビジネスに影響があると判断される場合は、早期に利害関係登録を行い、意見書提出・公聴会出席等の手段を講じましょう。セーフガードは対象製品全般の輸入を制限する措置ですので、発動国国内ユーザー・消費者への影響も大きいことが多く、彼らとの連携はAD以上に重要です。第Ⅶ回の「Ⅶ.3ユーザー企業の参加とその重要性」もご参照ください。

※3. WTOウェブサイト(https://docs.wto.org/dol2fe/Pages/FE_Search/FE_S_S005.aspx)にて検索可能。
 

【今回のポイント】

○ 補助金相殺関税(CVD)は、ADとよく似ているが、ダンピングではなく補助金による利益を問題とするもの。CVD調査に日本企業
  が巻き込まれた例はまだないが、一部の先進国が活用する動きがあり、留意が必要。

○ セーフガード(SG)は、全加盟国からの輸入を制限する緊急措置。質問状送付がなく、輸出国政府による情報収集・関与の余地が
  大きい。


 ~第Ⅻ回 まとめ~

 今回まで、「日本企業の海外AD対応について」全12回、類似の貿易救済措置の対応も含め、ご説明してきました。最終回は、前回までの議論を踏まえた現行協定の問題点や、若干の先端的問題にも言及しつつ締めくくりたいと思います。
 

Ⅻ.1 現行協定上のAD調査の問題点


Ⅻ.1.1 ダンピングの概念とマージン計算の負担

 ダンピングは、一般に「正常の価額より低い価額で」(GATT6条1項)輸出することとされています。そのため、正常価格と輸出価格との差額、すなわちダンピング・マージンの認定はAD調査において必須であり、第Ⅴ回や第Ⅵ回で紹介したとおり、その認定の過程で膨大な情報がやり取りされます。企業がこれに対応する場合、価格情報の収集・回答の作業負担は大きいものになります。
しかし、企業は、利益を上げるために輸出をしているはずであり、日本企業がAD調査の質問状を受領する際も、「ダンピングなどしていない」という反応がほとんどではないでしょうか。にもかかわらず、一方的なダンピングの疑いをかけられ、それを機に膨大な価格情報を短期間に収集・整理・提出しなければならず、これに応じなければファクツ・アヴェイラブルにより実態に沿わないダンピング・マージンが認定されてしまうというのは、釈然としないところもあります。しかも、対象企業がどんなに努力しても、制度上、当局の裁定でダンピング・マージンが肯定される余地があることは否めません。諸経費の算定においては意外に当局の裁量の余地も大きい(AD協定2.2条~2.4条等参照)ためです。
 各国の調査当局の実務運用をすべて国際法で規律することは不可能であり、個々の調査対応で不当な認定を許容しない実務を積み重ねていくことが大切ですが、長期の課題として、AD課税の基礎となる「正常価格」とは何であり、ADとは何を目的とした制度なのかという点を有志国で探求する余地はありそうです。
 

Ⅻ.1.2 損害認定における問題(累積認定)

 第Ⅰ回、第Ⅴ回、第Ⅵ回でご説明したとおり、損害認定(ダンピング輸入が輸入国の国内産業に損害)は、輸入国の国内産品と価格帯や品質の異なる製品を扱っていることが多い日本企業が争うことの多い論点です。
 しかし、実は日本企業の産品が輸入国に損害を与えていなくても、損害が肯定され、日本企業も課税対象となってしまう可能性は現行ルール上存在します。損害への寄与は輸出国ごと個別に評価することが原則ですが、WTO協定には「累積」という規定があり(AD協定3.3条、SCM協定15.3条)、複数の輸出国からの輸入産品について、(a)ダンピング・マージン及び輸入量に関する一定の閾値を超えており、かつ(b)「競争の状態」が「適当」であるとの調査当局の決定があれば、複数の国からの産品の輸入全体の影響を累積的に(一括して)評価できるとされています。この累積規定に基づく損害認定では、日本製品だけでなく、他の輸出国の産品も含め、対象輸入全体として輸出先の損害に寄与しているかどうかの争いになりますので、日本企業が自社製品による損害はないといくら主張しても、それは調査当局には考慮されないことになります。
 最近のAD調査において日本製品だけが対象となることは少なく、むしろ他の競合輸出国の製品(世界中で輸出圧力を増している中国製品など)も同時に調査対象となることがほとんどです。そして、日本製品は、多くの場合、その品質・性能・価格帯において差別化することで他国製品との直接の競合を避け、輸出市場での生き残りを図っていることが多いのですが、そのような詳細な事情を「競争の状態」の「適当」性(AD協定3.3条、SCM協定15.3条)の認定において考慮してくれる調査当局は多くありません。結果として、しばしば日本製品は他国の輸入品と累積(一括)評価され、他国からの輸入品(例えば中国製品)との「巻き添え」によってAD税が課される事態が生じてしまうのです。
 経済産業省としても問題意識を持っており、その取り組みについては『2024年版不公正貿易報告書』第Ⅱ部第6章「アンチダンピング措置」末尾コラム(316-318頁2024_02_06.pdf (meti.go.jp))もご覧ください4

※4. 政府としての公式な見解ではありませんが、累積の問題を扱った論考としてNishimura, Shohei. ‘Giving Meaning to Limitations’. Journal of World Trade 58, no. 2 (2024): 1–24もあります。
 

Ⅻ.1.3 サンセット・レビューの規律

 ADは5年以内に撤廃しなければならない(AD協定11.3条第1文)のが原則でありながら、しばしばサンセット・レビューによって延長され(AD協定11.3条第2文)、中には数十年にもわたるAD税の継続に至るなど、濫用的なAD延長が散見される点はすでに第Ⅰ回、第Ⅹ回でもご紹介しました。「ダンピング及び損害の存続又は再発をもたらす可能性(the expiry of the duty would be likely to lead to continuation or recurrence of dumping and injury)」(AD協定11.3条第2文)という規定の解釈・適用の問題ですが、同規定の解釈に一定の規律をもたらすことを一つの目的として日本が提起したのが韓国-ステンレス棒鋼(DS553)というWTO紛争解決手続です。同事件のパネル判断は、韓国の空(から)上訴により、未採択に終わっていますが、その概要と意義については、『2021年版不公正貿易報告書』第Ⅱ部第6章「アンチダンピング措置」末尾コラム(291-294頁2021_02_06.pdf (meti.go.jp))をご覧ください。
 
(下図は3種の貿易救済とWTO協定上の関連規定。黄色ハイライト部は、よく争いになる論点。)
  

Ⅻ.2 貿易救済の新しい展開

 最後に、近年散見される、関連協定からは説明しにくい貿易救済の活用・展開について触れておきたいと思います。
 

Ⅻ.2.1 迂回防止(anti-circumvention)措置


Ⅻ.2.1.1 迂回(circumvention)とは

 貿易救済の迂回(circumvention)とは、国際協定で明確に定義されているわけではありませんが、一般に、貿易救済措置の対象となった産品について、その課税を免れるために、賦課命令が示す課税範囲から形式的に外れるように商流を微妙に変更するものの、実質的には賦課命令前と同等の商業活動を維持するような企業行動を指します(『2024年版不公正貿易報告書』第Ⅱ部第6章「アンチダンピング措置」(300頁)2024_02_06.pdf (meti.go.jp))。迂回の類型としては例えば、下記のようなものがあると考えられています。
① 輸入国迂回:課税対象産品を輸出する代わりに、対象産品の部品・原材料を措置発動国へ輸出し、措置発動国内に移転させた生産設備
      において組み立てて販売すること。
② 第三国迂回:対象産品の部品・原材料を第三国に輸出し、当該第三国で組み立てた後に措置発動国へ輸出すること。
③ 微小変更・後発品迂回:課税対象産品をそのまま輸出するのではなく、微小な加工・修正を加え、別の品目や後発品として輸出するこ
     と。
 上記の定義・類型につき、詳細は、『2018年版不公正貿易報告書』第Ⅱ部第6章「アンチダンピング措置」末尾コラム(214-216頁)(2018_02_06.pdf (meti.go.jp))等もご参照ください。
 

​Ⅻ.2.1.2 迂回への対応

 迂回行為が横行すれば貿易救済の実効性が失われるとして、ウルグアイ・ラウンド交渉でも迂回防止措置(anti-circumvention measures。迂回行為を調査・認定し、迂回対象産品にもAD・CVD税を課税する制度。)の明文化について議論されましたが、「この分野の統一的なルールの適用が望ましい」とする閣僚合意5 が採択されたのみで、現在まで国際ルール化には至っていません。一方で、米国やEUは1980年代から迂回防止制度を導入しており、マレーシア(1993)、トルコ(2006)、ブラジル(2008)、インド(2011)、豪州(2013)、パキスタン(2015)、カメルーン(2017)、エクアドル(2018)、カナダ(2018)、ベトナム(2018)、英国(2018)、タイ (2019)、ボリビア(2019)、コスタリカ(2019)、コロンビア(2020)、ペルー(2020)等も続々と迂回防止制度を導入しています。
 真正な商業活動と不当な迂回との線引きは難しく、また国際ルールが存在しないだけに、各国それぞれ少しずつ要件や効果にばらつきのある迂回防止制度を創設し、それらがばらばらに乱立している状況です。例えば、②第三国迂回、③微小変更・後発品迂回の類型の認定には、原調査における対象産品との産品の類似性の認定が必要になりますが、追加的な加工作業で付加される価値をパーセンテージで認定し、一定の閾値を定める国もあれば、様々な考慮要素による定性的な評価にとどめる国もあります。
 日本企業がAD税を課された場合、AD税の負担を免れるための工夫をすることはビジネス上自然な行動ですが、商流を変更する場合には、AD発動国の国内法をよく検討し、国内法における迂回の類型に該当しないか(該当すれば、迂回調査の対象となり、AD税がさらに拡大して賦課されるリスクも生じます。)確認する必要があります。
 なお、日本は現時点では迂回防止制度はありませんが、企業活動のグローバル化に伴い、日本でも、迂回による潜脱のリスクに対処し、貿易救済の実効性を確保するため迂回制度の法制化を求める声もあります。

※5. https://www.wto.org/english/docs_e/legal_e/39-dadp1_e.htm
 

Ⅻ.2.2 越境補助金へのCVD課税

 第Ⅺ回で説明したCVD調査について、根拠規定である補助金協定の条文は1990年代にできたものであり、その時点では、輸出国政府が輸出国域内の企業に補助金を拠出することが当然の前提とされていたと思われます。補助金の定義における「加盟国の領域における政府又は公的機関からの(by a government or any public body within the territory of a Member)」(SCM協定1.1 条(a)(1)柱書)、特定性に関する「交付当局・・・の管轄の下」( 2.1 条柱書)等の表現からもそれは読み取れます。
 しかし、近年では、補助金の実質的な拠出国と、補助金の利益を受けた産品を輸出する国が異なっている事例も出てきています。ある国(A国)による途上国B国への 資本輸出・金融支援の結果、当該B国の輸出競争力が向上し、第三国(C国)の産業に損害を与えた、というような事例です。この場合、資金を拠出しているのはA国ですが、輸入国C国の産業に損害を与えるのは、資金受入国であるB国産品です。もし輸入国C国がこれをCVDで対処しようとするならば、A 国から B 国産業への資本の移動をB国政府による「補助金」ととらえ、同「補助金」を受給した B 国対象産品輸出による損害を認定してB国に対しCVDを課さなければなりません。
 近年中国がいわゆる「一帯一路」構想のもとで途上国への資本輸出や戦略援助を活発化させており、それを契機に急成長した対象国の輸出産業によって損害を受けたとして、EUがCVDを発動する姿勢を見せています。
○ 2019年5月及び6月に、EUは、エジプト産グラスファイバー生地(GFF)及びフィラメントグ ラスファイバー(GFR)に対する CVD
   調査をそれぞれ開始し、2020年6月に CVD を賦課。調査対象企業は中国企業の子会社であり、GFF、GFRをエジプトのスエズ経済貿易
   協力区で生産し、EUに輸出していたが、エジプト政府による電力、土地の安値提供や税の減免措置のほか、中国の国有銀行が対象企業
   に提供した優遇融資や、中国の親会社が同子会社に提供した関係会社間融資をもエジプト政府による「補助金」と認定したもの。
○ 2021年2月、EUはインドネシア産ステンレス冷延鋼板について CVD 調査を開始し、2022年3月にCVDを賦課。調査対象企業は中国ス
     テンレス企業の子会社であり、ステンレス冷延鋼板をインドネシアにあるモロワリ工業団地で生産し、EUに輸出。EU は、インドネシ
     ア政府によるニッケル鉱石の安値提供や土地の提供、税優遇のほか、中国の国有銀行が対象企業に提供した優遇融資をもインドネシア
     政府による「補助金」と認定。本件は、インドネシアによりWTOに提訴(DS616)され、現在パネル審理中。
 上記の通り、越境補助金に対するCVD発動に至ったのはEUだけですが、米国においても、2023年5月に越境補助金に対するCVDの発動を可能とする貿易救済措置関連の規則の改正が提案されており、今後の展開によっては、 実際に越境補助金へのCVD発動実務が広まる可能性もあります。ただ、国境をまたいだ資本の移動は以前から幅広く行われており、先進国から途上国への各種経済支援(日本政府による ODAもこの範疇に入る。)や、インフラ輸出などの各種国際プロジェクトへの投資活動(日本の商社・金融機関によるプロジェクト・ファイナンスへの参画など)など、その多くは健全なものです。ある種の越境補助金への対処の要請は否定されませんが、正当な対外投資・援助を阻害しないようなCVD規律の形成が必要と思われます。この論点に関しては、『2024年版不公正貿易報告書』第Ⅱ部第7章「補助金・相殺措置」末尾コラム(342-345頁)2024_02_07.pdf (meti.go.jp))も参照ください。
 
【今回のポイント】
 
  • ダンピング・マージンの認定、累積認定、サンセット・レビューの規律等、調査当局の濫用的・恣意的な運用が問題となりうる規律もあり、長期的な課題といえる。
  • 迂回防止制度、越境補助金へのCVD賦課等は、新しい動きとして留意する必要がある。
 

2.相談窓口

 経済産業省では、皆様からのアンチダンピング調査に関する個別相談を常時承っております。アンチダンピング措置は、海外からの不要な安値輸出を是正するためWTOルールにおいて認められた制度です。公平な国際競争環境が担保された中で、日本企業の皆様が事業活動を展開できるようにするためにも、アンチダンピングを事業戦略の一つとして捉えていただき、積極的に御活用いただきたいと考えております。
  申請に向けた検討をどのように進めればよいのか、複数の事業者による共同申請はどのようにすればよいのかなど、相談したい事項がございましたら、まずは気兼ねなく経済産業省特殊関税等調査室まで御連絡ください。
 また、2023年7月から「ADの調査対象となった場合の対応」の連載を開始しておりますが、「日本企業がアンチダンピング調査の調査対象となった場合」の御相談は、経済産業省 国際経済紛争対策室まで御連絡ください。
 
 
<相談窓口:日本企業がアンチダンピングの申請を検討している場合>
 経済産業省 貿易経済協力局 特殊関税等調査室 
TEL:03-3501-1511(内線3256)
E-mail:bzl-qqfcbk@meti.go.jp
 
 
<相談窓口:日本企業がアンチダンピング調査の調査対象となった場合、日弁連セミナー>
 経済産業省 通商政策局 通商機構部 国際経済紛争対策室 
TEL:03-3501-1511(内線 3056)
E-mail:bzl-wto-soudan@meti.go.jp
 

3.FAQ

 以下のURLから、アンチダンピング申請等について、皆様からよく寄せられるご質問及び回答情報をご参照いただけます。ご活用いただけますと幸いです。
  よくある質問

 

最終更新日:2024年6月28日