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日本企業の海外AD対応について

日本企業がアンチダンピング調査の調査対象となった場合の対応方法を調査の段階に沿ってご紹介しています。こちらの記事は、メールマガジン・AD NEWS LETTERにて「ADの調査対象となった場合の対応」シリーズとして、配信中です。
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I       第Ⅰ回 総論vol.1「ADを打たれる」とは?

I.1   (改めておさらい)ADとは
I.2     日本企業へのAD調査と、その対応の必要性
I.3     AD税賦課の要件
I.3.1  ①ダンピングの有無
I.3.2  ②損害の有無
I.3.3  ③因果関係
I.3.4  調査手続
I.4     日本企業へのAD調査と、日本政府との関わり
I.5     まとめ

II      第Ⅱ回 総論vol.2「最近の対日ADの傾向と実際の事例」

II.1     対日AD措置の傾向
II.2     AD調査やWTO紛争解決手続での日本政府のサポート
II.2.1  日本政府のサポートの一般的な流れ
II.2.2  AD調査中に解決した例(日本産立形マシニングセンタ)
II.2.3  WTO紛争解決手続を経て解決した例(日本製ステンレス継目無鋼管(DS454))
II.2.4  その他の案件

III     第Ⅲ回 調査の一連の流れと政府のサポート 

III.1    はじめに
III.2    AD調査の一連の流れ
III.3    日本政府のサポート
III.4    むすび

IV       第Ⅳ回 調査開始前について

IV.1     AD調査の開始
IV.2     調査内容を知ることのできるタイミング
IV.2.1  報道や産業界での情報
IV.2.2  調査開始国による申請書受領の通知(AD協定5.5条)
IV.2.3  調査開始の公告・通知(AD協定5.1条、12.1条)
IV.3     調査開始前の対応

V         第Ⅴ回 調査開始後の対応

V.1      調査開始決定
V.1.1   申請書
V.1.2   調査開始公告
V.2      上記を踏まえた検討
V.2.1   調査対象産品の明確化
V.2.2   製品除外の追求
V.2.3   その他分析すべき情報
V.2.3.1 価格情報(特に自国での販売価格
V.2.3.2 損害・因果関係に関する情報
V.2.4    AD調査への対応方針の決定・体制構築

Ⅵ  第Ⅵ回 質問状現地調査への対応など

Ⅵ.1      質問状について
Ⅵ.1.1   質問状の形式
Ⅵ.1.2   質問状の内容
Ⅵ.1.3   質問状への回答期限とその帰結(ファクツ・アベイラブル)
Ⅵ.1.4   追加質問状
Ⅵ.1.5   質問状にどう対応するか
Ⅵ.2      現地調査について(内容や日数、確認される情報等)
Ⅵ.3    結び

第Ⅶ回 公聴会への対応

Ⅶ.1   公聴会とは
Ⅶ.1.1   公聴会の要請
Ⅶ.1.2   公聴会の通知
Ⅶ.1.3 公聴会当日の対応
Ⅶ.1.4   秘密情報の扱い
Ⅶ.2 政府の支援(政府意見書、公聴会への大使館職員の出席)
Ⅶ.2.1 ダンピング・マージンの計算
Ⅶ.2.2 損害・因果関係
Ⅶ.2.3 調査手続
Ⅶ.3 ユーザー企業の参加とその重要性

第Ⅷ回 仮決定・重要事実開示等への対応

Ⅷ.1 仮決定
Ⅷ.1.1 仮決定とは
Ⅷ.1.2 仮決定への対応
Ⅷ.2 暫定措置
Ⅷ.3 価格約束
Ⅷ.4 重要事実開示(最後の反論の機会)

第Ⅸ回 最終決定後の対応

Ⅸ.1 最終決定について
Ⅸ.1.1 最終決定とは
Ⅸ.1.2 最終決定から発動まで
Ⅸ.2 最終決定後にとりうる手段
Ⅸ.2.1 国内裁判
Ⅸ.2.2 ADの見直し手続
Ⅸ.3 政府の関与(WTO関連委員会での懸念表明、二国間での働きかけ、WTO紛争解決手続)
Ⅸ.3.1 WTO紛争解決手続の検討について
Ⅸ.3.2 WTO紛争解決手続の流れと留意点
 

第Ⅹ回 各種レビューについて

Ⅹ.1 行政レビュー(administrative review)
Ⅹ.2 期中レビュー(事情変更レビュー)
Ⅹ.2.1 一般的規律
Ⅹ.2.2 事情の変更(changed circumstances)
Ⅹ.3 サンセット・レビュー
Ⅹ.3.1 サンセット・レビューとは
Ⅹ.3.2 調査開始と措置の自動的な延長
Ⅹ.3.3 調査手続の流れ
Ⅹ.3.4 延長の実体的要件と考慮要素
Ⅹ.4 結び

第Ⅺ回 AD以外の貿易救済措置(補助金相殺関税措置・セーフガード措置)について

Ⅺ.1 補助金相殺関税(CVD)
Ⅺ.1.1 補助金相殺関税(CVD)とは
Ⅺ.1.2 補助金相殺関税の要件
Ⅺ.1.2.1 補助金(subsidy)の存在
Ⅺ.1.2.2 補助金の特定性(specificity)
Ⅺ.1.2.3 損害・因果関係
Ⅺ.1.3 補助金相殺関税調査の対応
Ⅺ.2 セーフガード(SG)
Ⅺ.2.1 セーフガード(SG)とは
Ⅺ.2.2 セーフガード措置の要件とその特徴
Ⅺ.2.3 セーフガード調査の対応

第Ⅻ回(最終回) まとめ

Ⅻ.1 現行協定上のAD調査の問題点
Ⅻ.1.1 ダンピングの概念とマージン計算の負担
Ⅻ.11.2 損害認定における問題(累積認定)
Ⅻ.1.3 サンセット・レビューの規律
Ⅻ.2 貿易救済の新しい展開
Ⅻ.2.1 迂回防止(anti-circumvention)措置
Ⅻ.2.1.1 迂回(circumvention)とは
Ⅻ.2.1.2 迂回への対応
Ⅻ.2.2 越境補助金へのCVD課税

 

 

Ⅰ 第Ⅰ回 総論vol.1「ADを打たれる」とは?

I.1 (改めておさらい)ADとは 

 今回から「ADの調査対象となった場合の対応」シリーズとして、全10回にわたり、AD措置を打たれる場合の対応に関する情報をご紹介していきます。第Ⅰ回目である今回のテーマは、「『ADを打たれる』とは?」です。
 

I.1 (改めておさらい)ADとは

 日本から輸出している産品について、日本国内で販売している価格より安い価格で輸出していると、輸出先の国から「不当に安値で輸出している」として、追加的な関税を課される場合があります。「(国内販売価格より低い)不当な安値での輸出」はダンピング(不当廉売)と呼ばれますが、これに対応する関税措置であるため、アンチダンピング関税、または不当廉売関税と呼ばれます。その略称として、AD税、AD措置などとも呼ばれています。AD税・措置は調査当局による調査を経て賦課が決定されますが、調査・課税対象になった企業にとって、AD税を賦課されることを「ADを打たれる」と呼ぶこともあります。AD措置は、不当に安値で輸出された外国産品に対し追加関税を課すことで、公正な競争関係を取り戻すことを目的としたもので、一般に、ダンピングの存否やその影響等について各国調査当局が調査を行い、それに基づいて課税される仕組みです。基本的に各国の国内法に基づいて行われる手続・措置ですが、WTO加盟国は、アンチダンピング協定(1994年の関税及び貿易に関する一般協定第六条の実施に関する協定。以下「AD協定」と言います。)の定める義務・手続を遵守してAD調査を行う義務を負っており、その意味で各国の制度には、一定の共通性があります。

I.2 日本企業へのAD調査と、その対応の必要性 

 日本企業に対するAD措置の現状ですが、課税中の案件はWTOの統計によると、2022年12月時点で米国が最も多く21件、続いて中国20件、インド、カナダ、韓国、メキシコはそれぞれ3件と続きます。
 国によっては、しばしばそのAD調査の方法や、AD調査における事実認定に、AD協定に整合しない点が見受けられることがあります。しかも、ADの課税期間は原則5年とされていますが(AD協定第11.3条)、一度課税が開始すると長期化する傾向にあります。よって、調査内容に疑義がある場合は、初期調査の段階(詳しくは第3回以降にご紹介します。)で対応することが大切です。
 ところが、AD調査対象となった企業が対応すべき作業は相当複雑かつ量も多く、時間的な余裕がないことがほとんどです。短い調査期間内で、効率よく調査に対応するためには、AD措置の要件や、手続の流れ、その際に日本政府に支援を要請できる点などを事前に確認しておくことがとても重要です。

I.3 AD税賦課の要件 

 AD税を課すための実体的要件は、一般に次の3つに整理されます。
①ダンピングが生じているか(AD協定第2条)
②輸入国の国内産業に損害が生じているか(AD協定第3.1、3.2、3.4条)
③①及び②の間に因果関係があるか(AD協定第3.5条)
 輸入国の調査当局は、上記①②③を適正な調査手続により認定する(AD協定第6条等)必要があります。以下、これらの要件に沿って、AD調査に対応する際の留意点を概観していきましょう。
 

I.3.1 ①ダンピングの有無 

 まず①の要件について、正常価額(通常は輸出国の国内販売価格)より安い価格で輸出を行っている場合にダンピングと認定されます。AD調査は、通常申請者が提出した情報を調査当局が検証し、調査開始を正当とする十分な情報があると判断した場合に調査開始が決定されます。その後、調査当局から輸出企業に対してダンピングに関する質問状が送付され、国内販売価格や輸出価格についての回答が求められます。ダンピングを行っていない場合には、質問状に対して正確な回答を提出することでダンピングを行っていないことを自ら立証する必要があります。ダンピングが存在する場合、調査当局は企業ごとにダンピング・マージン(正常価額と輸出価格の差)を算出しますが、仮決定後の反論等で調査当局の算出方法に対して意見を述べることも可能なため、調査当局の算出方法に問題がないか、反論のタイミングがいつかをよく確認をすることが必要です。また、ダンピング・マージンは企業による調査対応の有無によって、結果が変わってくることに留意が必要です。対応しない場合、ファクツ・アベイラブル(通常、申請者が提出した情報)を用いた認定がされ、輸出企業にとって非常に不利な結果となる可能性があります。
 

I.3.2 ②損害の有無 

 次に②の要件について、損害の認定に当たって、ダンピング輸入の量の著しい増加(数量効果)及びダンピング輸入による輸入国の産品価格に対する影響(価格効果)を考慮する必要があります(AD協定第3.2条)。また、国内産業に対する影響について、調査当局は関係のあるすべての経済的指標(販売、利潤、生産高、市場シェア、生産性、投資収益の低下、資金流出入、在庫、雇用、賃金、成長、資本調達能力又は投資に及ぼす悪影響、国内価格への影響、ダンピング・マージンの大きさを含む)を総合的に評価する必要があります(AD協定第3.4条)。これらの指標についても、日本産品の輸入量に著しい増加が見られない、日本産品の価格が輸入国における国内産品よりも高い価格帯である、輸入国の国内産業の経済指標が悪化しておらずむしろ改善している傾向がある等、実は損害を認定するには証拠が不十分である場合もあり、企業側において確認し必要に応じて指摘することが重要です。
 

I.3.3 ③因果関係

 ③の要件については、調査当局は、ダンピング輸入が輸入国の国内産業に損害を及ぼしていることを認定する必要がありますが、例えば輸入国内での過剰生産や生産能力の低下、国内事業者間の競争激化、関連規制の強化等、ダンピング輸入以外の事象が国内産業の損害の真の原因であると指摘できる場合もあり、輸入国の国内産業の事業実態を把握することも重要になります。
 

I.3.4 調査手続 

 AD調査の手続的な面においても留意すべき事項があります。AD協定上、調査当局は、調査対象企業をはじめとする利害関係者から、質問状や現地調査などを通じて必要な情報(当該企業に関する一般的情報、輸出取引及び国内販売取引に関する情報等)を収集するとともに、利害関係者には、自らの利益を擁護するため証拠の提出及び意見の表明をする機会が与えられます。具体的には、調査当局から送付される質問状への回答だけでなく、意見陳述書の提出、公聴会への参加、各決定書へのコメントの機会等において、調査当局に対し自らの利益を防御するために積極的に主張・立証を行うことができます。
調査対象企業が提出する情報は、調査当局がAD調査で依拠する情報の代表的なものです。もっとも、調査対象企業にとっては、AD調査に対応して各種情報を提出するのは金銭的・時間的・人的な面で大きな負担です。これらを考慮すると、調査対応を行わず、情報も提供しない、という対応も考慮する余地があります。ただし、その場合には、上述のとおり、ファクツ・アベイラブルを用いた認定がされる、また、措置が長期化してしまう等の不利益を受ける可能性があります。よって、調査対象企業としては、このような不利益の可能性と、調査対応の諸負担とを比較検討して、AD調査に応じるか、また応じるとしてもどの程度まで対応するかを決めることになるでしょう。

I.4 日本企業へのAD調査と、日本政府との関わり 

 AD調査は輸入国の国内法に基づく手続であるため、調査過程で主張・立証を行っていく際、輸入国の国内法においてAD協定より詳細な手続を定めている場合は、当該国内法に従う必要があります。その意味で、輸入国の国内法の知識が必要な場合もあり、現地の弁護士に代理や助言を依頼することもあります。しかし同時に、1.1で上述したとおり、WTO加盟国はAD協定の定めに従って調査を行う義務を負っていることから、調査当局の手続や決定内容が、国内法のみならず、AD協定に違反するとの主張も有効なことがあります。また、特に、この協定整合性の観点については、日本政府から調査当局に対し政府意見書を提出したり、WTOの委員会や二国間協議で働きかけを行ったりすることで、企業の主張・立証を政府がサポートすることが可能です。調査手続過程で、そのような観点からの主張が可能かどうかもご検討ください。特に、後に WTO の紛争解決手続を利用する可能性があるならば、協定整合性に関する問題点の立証を容易にするという観点からも、調査段階から政府と連携し、一貫した主張ができるよう工夫することも考えられます。

I.5 まとめ 

 「ADの調査対象となった場合の対応シリーズ」全10回の初回として、「ADを打たれる」とは何かを概説し、あわせて調査手続における全般的な注意点をご説明しました。
 次回は、対日AD措置の傾向、及び日本の製品が他国のAD調査の対象となり、そして実際にAD税が賦課され、結果的に二国間での働きかけや WTOの紛争解決手続の活用に至った例をご紹介し、AD調査の対応方法についてさらに考えていきたいと思います。

 

II 第Ⅱ回 総論vol.2「最近の対日ADの傾向と実際の事例」


 第Ⅱ回目である今回は、最近の対日AD措置の傾向と、日本の産品が対象となりWTOの紛争解決手続に提訴した事例等において日本政府がどのようなサポートをしたかについて、代表的な例をとりあげてご紹介します。

II.1 対日AD措置の傾向 

 日本企業が対象となり、調査を経てAD措置が発動されたケースは、1995年にWTOが設立されてから2022年末までの間に173件あります。2023年4月現在、62件が発動中(日本産品にAD税が課されている状態)です。
 AD措置の発動は、従来、先進国(米国、EU、カナダ、豪州)によるものが多かったですが、これには、AD制度を整備している国には先進国が多いという事情もあったと考えられます。しかし、近年、中国、インド、ブラジル、韓国等、新興国によるAD措置の発動が増加しており、これらの国から日本企業に対してAD措置が発動されるケースも増加しています。世界的にみても、新興国が、国内産業を保護するための政策の一環として、貿易救済措置を積極的に活用する傾向にあります。
  AD措置発動の分野別の傾向としては、全世界的に鉄鋼製品と化学・繊維製品が大半を占めており、対日AD措置では鉄鋼製品が非常に多く、次いで化学製品が対象となっています。この傾向に大きな変化はありませんが、近年では、中国やインドをはじめとした新興国による化学製品に対する対日AD調査・措置が、以前と比較して多くなっている傾向があります。
 一つの国がAD措置を発動すると、当該国から締め出された産品がその他の国に流入し、同種の産品の市場を持つ他の国も次々とAD措置を発動するという、いわゆる「ドミノ現象」が起こる傾向があります。このため、例えば、一つの国が日本産品に対するAD措置を発動した場合に、日本産品が多数の国の市場から締め出されるという事態につながることが危惧されます。企業がこのような事態に直面した場合、その産品の輸出を諦める、あるいは国外に生産拠点を移すといった対応をとらざるを得なくなり、日本国内の産業が空洞化する懸念があります。
  また、AD協定においては、AD措置は原則5年で終了すると規定されていますが、実際には延長調査(サンセット・レビューとも称されます)を経た延長が常態化しています。要因として、サンセット・レビューに関する規定がやや簡潔で、延長決定が容易にできることもあげられます。一度AD措置が発動されると、10年、15年と長期化する傾向があります。2023年4月現在、対日AD措置で課税中である62件のうち、5年を超えて継続するAD措置は47件にのぼり、中には40年以上も課税が継続しているものもあります。
              
 (現在課税中の対日AD措置)


(WTO発足から現在までの対日AD措置)


 

II.2 AD調査やWTO紛争解決手続での日本政府のサポート 

 日本企業がAD調査の対象になった場合、措置国に対して、日本政府が直接働きかけを行ったり、調査対象企業(以下「対象企業」という。)と連携して反論等を行うことにより、措置国の調査当局が対象企業の主張を考慮し、AD調査が終了したり、AD税を賦課しない最終決定が行われる等、対象企業にとって望ましい結果に繋がる場合があります。
 また、WTO協定整合性に疑義があるAD税が賦課されてしまった場合の最終的な対応として、日本政府が、措置国に当該AD措置の是正を求めてWTO紛争解決手続を開始(WTO提訴)することも考えられます。このようなケースは現在まで6件ありますが、いずれのケースでも、調査開始当初からAD調査手続を通して、日本政府は、対象企業と緊密に連携し、調査当局に対して、対象企業や業界の利益保護のため、AD調査手続・決定における問題点を継続して指摘するなどの働きかけを行ってきました。これらの指摘はWTO紛争解決手続を開始・遂行する際の主張の基礎となります。
 以下、まず、日本政府のサポートの一般的な流れをお示しします。加えて、過去の案件を題材として、日本政府がAD調査期間中に具体的にどのようなサポートをしてきたか、また、WTO提訴に至った事例については、その経緯と調査期間中の対応との関連をご説明します。
 
 

II.2.1 日本政府のサポートの一般的な流れ 

 日本政府のサポートは、調査開始直後から行うことが可能です。開始直後に対象企業からご連絡を受けた場合、日本政府は対象企業との間で、当該調査における問題点、特にAD協定に整合的でない点について議論し、認識を合わせた上で、どの論点に重点を置くべきか、日本政府としてどの論点で対象企業をサポートしていくことができるか等、方針について決定します。
 その方針に従って、WTOのAD委員会や、調査を行っている国との二国間協議の場で、問題点を指摘し、適切な考慮を求めます(WTOのAD委員会は年に2回開催されるため、調査が長期にわたる場合、複数回指摘を行うこともあります)。
 また、調査当局が公聴会(詳細は第Ⅶ回で説明します)を開催する場合は、前もって対象企業と現地大使館職員とで打合せを行い、方針をすり合わせます。その上で、現地大使館職員が公聴会に対面で出席し、日本政府意見として、対象企業をサポートする内容の発言を行い、事後に意見書面を提出することもできます。
 なお、公聴会後の意見書面の提出の有無にかかわらず、他の時期・機会に日本政府による意見書面を提出することも妨げられません。質問状への回答とは異なり、政府意見書を提出する時期は調査期間を通して特段限定されていないことから、最も適切かつ効果的と思われるタイミングを対象企業とも相談しつつ実施します。こういった働きかけを踏まえ、調査当局がAD調査を終了する決定をしたり、あるいは、AD税を賦課しない最終決定をしたりすれば、対象企業にとってより不利な結果となることを避けることができます。
 しかし、調査中に指摘した問題点が改善されずに課税が開始され、その後も改善の見込みがなければ、日本政府によるWTO紛争解決手続の活用の検討も視野に入ってきます。WTO紛争解決手続の利用は、最終的には対象企業ではなく、日本政府による政策判断であり、その利用の適否を考慮した上で決定するのも日本政府ですが、その適否の検討の際は、対象企業とも意見交換を行うことが通常です。例えば、WTO紛争解決手続活用の適否に関する考慮要素には、事案の深刻性、手続活用のメリット、期待される効果(先例形成を含む)、費用その他のリスク等があります。そして、事案の深刻性には対象企業にとってのAD課税の負担の多寡も含まれ、また、手続活用のメリットや効果を検討する際には、抽象的に該当する法的論点の重要性を考察するだけでなく、対象企業の具体的な主張を踏まえた調査手続の合理性の検討も必要になります。なお、WTO提訴にあたっては、事実関係(調査対象製品に関する情報や調査手続中に表明した対象企業の意見の内容等)の照会だけでなく、それを踏まえた訴訟戦略や法的論点の策定についても、対象企業と日本政府との間で緊密に連携し、多くの議論を重ねながら、訴訟手続に対応していきます。また、紛争解決手続において、紛争についての最終判断および勧告(パネル(第1審)報告書や上級委(第2審・最終審)報告書)が示された場合は、その判断内容に基づき、日本政府は相手国政府に対し、措置の是正・撤廃を働きかけます。


 

II.2.2 AD調査中に解決した例(日本産立形マシニングセンタ) 

 対象企業・日本政府がAD調査に積極的に対応した結果、AD税が賦課されなかった例として、中国が2018年に調査開始した日本産及び台湾産の立形マシニングセンタに対するAD調査が挙げられます。
立形マシニングセンタはスマートフォンの金属部分や自動車のエンジン部分の研削や穴明け等、金属部品の加工に広く使用される産業機械の一つですが、ユーザー側の最終製品の要求スペックに応じて棲み分けがなされているため、日本産と中国産は競争関係・代替関係にはありませんでした。また、日本産マシニングセンタのうち小型機と中大型機はユーザーや用途が異なっていました。よって、対象企業及び日本政府は、各種マシニングセンタすべてを同種の産品として扱って損害を認定した場合、AD協定に違反するおそれがある点について、中国の調査当局に対し、継続して指摘を行いました。また、日本産の製品の輸入量の急激な増加もなく、中国国内産業に損害を与えている状況にない等、他にもAD協定上疑義がある点があったため、日本政府は、産業界からの意見書をサポートする内容の政府意見書を提出したほか、調査期間中のAD委員会(2018年秋・2019年春)にて、上記の趣旨に沿った発言を行い、中国に適切な考慮を求め続けました。
その結果、2020年4月、中国の調査当局は、中国国内産業に対する実質的損害は認められないと判断し、本件AD調査は終了しました。
 

II.2.3 WTO紛争解決手続を経て解決した例(日本製ステンレス継目無鋼管(DS454))

 WTO紛争解決手続を利用してAD税が撤廃された例としては、中国による日本製ステンレス継目無鋼管に対するAD措置があります。本件は2011年に調査開始され、2012年にAD税の課税が開始されましたが、WTO紛争解決手続を経て、2016年に措置が撤廃されました。
本件における対象産品は、石炭火力発電所の超々臨界圧ボイラ等に使用される高付加価値特殊鋼です。中国産の製品は、性能やグレードの面で日本製品に劣り、直接競合しないため、日本製品の輸入が中国国内産業に損害を与えたとの認定は不合理であり、AD協定に違反する可能性がありました。そこで、調査期間中のAD委員会(2011年秋・2012年春・同年秋)にて、この点を指摘するとともに、中国国内ユーザーの意見も踏まえて決定を行うよう要請し、その後も日本製品のAD対象からの除外を働きかけましたが、解決に至りませんでした。このため、2013年、日本政府は、同AD課税について、WTOに提訴しました。2012年の課税開始から提訴まで迅速に移行できたのは、調査手続の進行中も対象企業と日本政府とが緊密に連携し、主張の一貫性の確保や相手国政府への継続した働きかけに努めたためと言えます。
WTO紛争解決手続におけるパネル(第1審)、上級委(第2審・最終審)では、調査中に指摘してきた問題点をさらに詳細に主張・立証し、2015年に日本の主張を全面的に認容する上級委報告書が発出、採択されました。これを踏まえ、中国は2016年に措置を撤廃しました。
 

II.2.4 その他の案件 

 他国のAD措置をWTO紛争解決手続に訴えたケースとして、上記の他、韓国による日本製空気圧伝送用バルブに対するAD措置(DS504)、韓国によるステンレススチール棒鋼に対するAD措置のサンセット・レビュー(DS553)、そして直近の中国による日本製ステンレス製品に対するAD措置(DS601)があります。これらの案件においても、上記と類似の対応を行い、WTO紛争解決手続で争いました。いずれも日本が勝訴し、DS504では2020年に措置が撤廃され、DS533では違反とされた部分が是正されました。DS601については、今年6月にパネル判断が公表され、7月に当該判断が採択された段階であり、措置是正の方法について、今後中国政府と協議を行っていく予定です。DS601、DS553、DS504含め、過去日本がWTOに提訴した案件の実際の経緯については、こちらのサイトをご参照ください。
 
 
【今回のポイント】
AD措置は一度課されると、課税が長期化する場合があります。WTO協定上の疑義がある場合は、調査初期から一貫した主張が効果的にできるよう政府と連携することも1つの方法です。
 

III 第Ⅲ回 調査の一連の流れと政府のサポート

III.1 はじめに 

 AD調査開始から最終決定までは原則1年以内とされており、例外的に1年6か月まで延長可能です(AD協定5.10条)。この期間に、下図のとおり様々な手続に対応する必要があります。質問状に対する回答や意見陳述書の提出、追加質問に対する回答等、対象企業が行うべき作業は多く、時間的な余裕がないこともあります。また、初めてAD調査に対応する場合、どのタイミングで何をすればよいのか、政府にいつ相談できるのか分からない場合も多くあるかと思います。今回は、AD調査の一連の流れと政府のサポートの典型的なタイミング・内容について説明し、第Ⅳ回以降、各手続段階の対応について詳細な説明をしていきます。

III.2 AD調査の一連の流れ 

 AD措置は、調査対象産品の取引を実際に行っている利害関係者(AD協定6.11条)の有する情報等に基づいて行われ、一連の調査(下図参照)は、この情報収集と利害関係者の利益を擁護する機会の付与のために行われます。利害関係者には、自らの利益を擁護するため証拠の提出及び意見の表明をする機会が与えられており(AD協定6.2条)、この利害関係者には対象企業の国の政府(輸出国政府)も含まれます(AD協定6.11条(ii))。
 

 上図①の通り、まず輸入国政府の国内産業の利害関係者(主に生産者)がAD税を課すよう調査当局に申請することから手続が始まります。調査当局は申請の内容や証拠を精査し、調査開始を正当とする十分な情報があると判断すれば調査を開始します(AD協定5.3条、5.8条)。
調査が開始(②)されると、対象企業及び輸出国政府を含む利害関係者に調査開始の通知が送られます(AD協定6.1.3条)が、この時に調査に対応するか否かを検討し、対応する場合は応訴登録をします。
調査当局は、輸出国の対象企業に対し、質問状を送付(③)(AD協定6.1.1条)し、それへの回答及び証拠・意見陳述書の提出などの反論の機会を与えます。また、多くの国で、調査当局は、公聴会(④)と呼ばれる利害関係者が口頭で意見表明をする機会を与えています(以上AD協定6.2条、6.3条)。調査当局は、これらの手続と並行して様々な手段で情報収集をおこない、それらの情報に基づき、AD税を賦課する要件を満たしているか(第Ⅰ回参照)を判断します。
 必須の手続ではありませんが、調査当局は仮決定(⑤)として暫定的な判断内容を公表する場合があり、仮決定でAD税を賦課する要件を満たしていると判断した場合、最終決定前に暫定的な課税を開始(AD協定7条)したり(暫定措置(⑥))、輸入者が自主的に価格の変更等を行うことを約束することで調査を中断したりする(AD協定8条)場合もあります(価格約束(⑦))。仮決定は調査当局の調査で認定された事実が公表される重要な機会であり、必要に応じて反論を行うことができます。
調査当局の最終判断の基礎となる事実については、最終決定前に必ず公表され(AD協定6.9条、重要事実の通知(⑧))、利害関係者に最後の反論の機会が与えられます。
 このような手続を経て、最終決定(⑨)が公告され(AD協定12.2条)、課税の要件を満たしているとされれば、課税が開始(⑩)されます。
なお、意見提出のタイミングについては質問状への回答提出後や仮決定後以外でも、対象企業も政府も基本的にいつでも意見表明することができますが、各国の制度によって期限が異なりますので、締切りについてはよく確認が必要です。
上記を踏まえ、以下Ⅲ.3では、日本政府がAD調査において対象企業を含む業界をサポートする典型的な場面・タイミングを紹介します。

III.3 日本政府のサポート

 
 まず調査開始(②)後に調査対象品目など詳細な内容が明らかになりますが、調査開始の理由及び対象範囲、また手続面等についてAD協定含めWTO協定との整合性に疑義があれば、これらの点について、日本政府としても意見表明を行うことがあります。意見表明の方法としては、政府意見書と呼ばれる書面を相手国政府に送付したり、AD委員会や政府関係者同士の会議の場を利用して相手国政府に直接懸念を伝えたりします。
  また、公聴会(④)では、日本政府としても現地大使館職員が出席し、口頭で意見表明のうえ、後日その内容を書面で相手国政府に提出するなどの対応を行うことがあります(AD協定6.3条)。
調査当局の判断内容を知る機会としては、仮決定(⑤)、最終決定の基礎となる事実を開示する重要事実開示(⑧)、最終決定(⑨)があり、これらの内容を確認のうえ、適切なタイミングで反論することも重要です。日本政府としても、第Ⅰ回で説明したとおり、相手国産品との競争関係、相手国国内産業が主張する損害との因果関係など、AD協定上疑義のある点のほか、AD税を課した場合に相手国産業に与える影響など、最終判断に向けて考慮すべき点を指摘することがあります。



 以上のように、調査期間中に、政府が意見表明(政府意見書の送付や相手国政府への働きかけ)するタイミング・機会は複数あることがわかります。実際、一つの調査手続において複数回こういった働きかけを行うことが多いです。また、上記はあくまで典型的な(最も効果的と思われる)意見表明のタイミングであり、AD協定上、それ以外の時期での意見表明に特段の制限があるわけではありません。

III.4 むすび 

  以上がAD調査の一連の流れと日本政府のサポートのタイミングですが、そもそもこれらの手続が適切に行われない場合や、質問状への回答や各決定に対してコメントをするための十分な日数が与えられない場合などは手続面に問題がある可能性もあり、調査当局に対して指摘できる場合もあります。こういった点についても、疑義がある場合にはご相談ください。
 
【今回のポイント】
○AD調査に際して政府が意見表明の形で対象企業をサポートできる場合がある。
○サポートには、企業をサポートする内容の政府意見書の提出や、公聴会への政府関係者の出席等が挙げられるが、これに限られない。
○手続中、十分な反論の機会がないと思われる場合にも、日本政府へのコンタクトにより、意見・懸念の表明ができる可能性がある。
 

IV  第Ⅳ回 調査開始前について 

 
 今回から、調査段階ごとに、調査対象企業が行うべき情報収集や反論、タイミング、留意点をご説明していきます。今回は、調査開始前の段階で出来ることについてです。

IV.1  AD調査の開始

 通常、AD調査は、輸入国の民間事業者の申請によって開始されます(申請による調査開始、AD協定5.1条)。申請者は、対象輸入品と競合する製品を国内で生産する企業であることがほとんどです。事案によっては、複数社で共同申請することもあり、対象製品の業界団体が申請者になることもあります。
 他方、AD協定では、国内事業者からの申請がなくても、調査当局の職権によりAD調査を開始することも認めています(職権による調査開始、AD協定5.6条)。
 AD調査全体の件数が比較的多い米国でも〔1〕、申請による場合の件数の方が多いですが、多くの国では、申請・職権いずれによっても調査が開始できるよう国内法を制定しています。なお、職権による場合、形式上は民間事業者の意向と無関係に開始されるわけですが、実際は国内産業界の苦境を反映した調査開始となることがほとんどです。そして、職権による場合も、申請による場合と同様の十分な証拠の確認が求められており(AD協定5.6条、5.2条準用)、調査方法に本質的な違いがあるわけではありません。
〔1〕https://www.wto.org/english/tratop_e/adp_e/AD_InitiationsByRepMem.pdf

IV.2 調査内容を知ることのできるタイミング 

 AD調査対応は時間との勝負です。よって、AD調査が今後開始され得る旨の、又はAD調査開始決定された旨の情報等をできるだけ早く掴むことが、AD調査対応の基本です。では、具体的にどのようなタイミングが考えられるでしょうか。可能性のあるタイミングを、早い順に並べると以下のようになります。
 

IV.2.1 報道や産業界での情報 

 申請にせよ、職権にせよ、AD調査開始の背景には、輸入品に押された輸入国の国内産業の苦境があることがほとんどです。「国内事業者の○○社がAD申請を準備している」「輸入国の調査当局が輸入の増加を問題視している」等が現地の業界紙で報道されたり、産業界のコミュニティで事前に噂が流れたりすることがあります。もちろん、情報の真偽には気をつける必要がありますが、このような業界情報が、「対象製品は何か」「課税の場合の影響はどの程度か」「どのように対応すべきか」という初動対応を行う端緒となることがあります。
 

IV.2.2 調査開始国による申請書受領の通知(AD協定5.5条) 

 当局は申請書を受領した場合、調査を開始する前に輸出国政府に通知するとされています(AD協定5.5条)。申請書それ自体は公表されないため、申請者の主張・証拠の詳細を知ることはできませんが、確実な情報源の一つです。日本政府からも通知を受け取り次第、関連企業にコンタクトを取り、調査開始の可能性について周知するようにしています。
AD協定は、「調査を開始する前に」としか規定していないため、通知のタイミングは必ずしも申請書受領の直後ではないこともあり、国によっては、調査開始の直前になることもあります。
 なお、この点、調査対象国・企業への通知はできるだけ早いほうが望ましいとの問題意識から、日本が締結する経済連携協定には、できるだけ早期の通知を担保する規定を置いているものがあります。例えば、「環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定」(CPTPP)第6章附属書6-A「手続に関する慣行」では「慣行」の一例として「調査を開始する遅くとも7日前まで」に書面により通報するという記載があります。また、「地域的な包括的経済連携(RCEP)協定」第7.11条では、同様に、調査開始の7日前までの通知が努力義務とされています。
 

IV.2.3 調査開始の公告・通知(AD協定5.1条、12.1条) 

 調査開始が決定された時点で、調査当局はその事実を公告し、対象国、対象産品、調査開始日、申請書のダンピングの主張の根拠、損害の主張の根拠、意見表明の期限、等が公表されます(AD協定12.1条)。この時点で、調査対象品目や課税申請の根拠が判明し、対象となった企業のAD調査対応も本格化することになります(詳細は第Ⅴ回)。

IV.3 調査開始前の対応

 限られた調査期間の中で、AD調査に対して効率的に対応するためには、できるだけ早い時点から、出来る限り多くの情報を入手しておき、早目に戦略を練ることが極めて有効です。例えば、AD調査対象品目に自社製品が含まれているのか、課税の際の商業的影響はどの程度あるのか、そもそもAD調査に対応すべきなのか、AD税を課す要件に関する反論ポイントはないか(第Ⅰ回ご参照)、ユーザーから公聴会などでAD課税に反対する意見表明をしてもらえる可能性があるか(第Ⅶ回でご紹介)等、調査期間に検討すべきことは少なくありません。また、AD調査は各国の国内法に基づき行われ、現地の国内法に精通した弁護士等への依頼が必要になることもあり、こういった時間も加味すると早目の対応が大切になってきます。
 調査対象産品、申請者、調査対象国、調査対象企業などの情報を早目に収集し、これらの事項を事前に検討できれば、余裕をもって対応することができます。
 
また情報を入手した段階で、政府にご相談いただくことで、調査開始直後から効果的なタイミングで政府支援を行うことが可能となります。

 次回は調査開始後の対応についてご紹介します。
 
 【今回のポイント】
AD調査に関する詳細な情報が得られるのは、基本的には調査開始公告後ですが、入手のタイミングが早いほど調査開始後の初動が効率的・効果的なものとなり、また政府の支援も行いやすくなります。
 

V 第Ⅴ回 調査開始後の対応 

 
 今回は、AD調査の開始が決定された後、企業ができる対応についてご説明していきます。
調査開始のタイミングでは、調査対応の検討に必要となる様々な情報が公開されます。これらの情報を早いタイミングで入手し精査することで、調査が不利な方向で進行することを回避できる可能性が高まります。

V.1 調査開始決定 

 調査開始が決定された時点で、調査当局は、輸出国政府や調査当局に知られている輸出者に対して、申請書の全文を速やかに提供します(AD協定6.1.3条)。また、調査開始決定について公告し、輸出国や当局が把握している輸出企業などの利害関係者に対し通知します(AD協定12.1条)。
 申請書や調査開始公告には、以下に示すような重要な情報や証拠が含まれています。
 

V.1.1申請書 

 申請書には、申請者が合理的に入手可能な範囲で、以下に関する情報が記載されます(AD協定5.2条各号)。

①申請者に関する情報
 申請者の名称・住所や、申請者による調査対象産品の生産量・価額。申請者が国内生産者を代理して申請をする場合、該当する国内生産者の名簿と、当該国内生産者による調査対象産品の国内生産量・価額(可能な限り)。
 
②調査対象産品に関する情報
 申請者がダンピングされていると主張する調査対象産品に関する説明、関係輸出国の国名、申請者が把握している輸出者、生産者、輸入者の名称等。

③調査対象産品の価格に関する情報
 調査対象産品の輸出国・原産国における販売価格(適当な場合には、輸出国から第三国への輸出価格又は産品の構成価額)。
 調査対象産品の輸出価格。
 
④調査対象産品の輸入量
 輸入量の推移、その輸入が国内市場における同種の産品の価格に及ぼす影響(価格効果)及びその輸入が国内産業に結果として及ぼす影響(損害に関する指標)に関する情報。
 
 なお、上記事項について「申請者が合理的に入手可能な範囲で」という留保はありますが、証拠によって裏付けられない「単なる主張」や決めつけでは不十分であり、申請書には証拠を添付しなければなりません(AD協定5.2条柱書)。調査当局も、「証拠の正確さ及び妥当性」について検討し、「十分な証拠」を確認した上で調査を開始します(同5.3条)。「証拠」の例として、少なくとも、(a)ダンピング(正常価額よりも輸出価格が低いこと)、(b)輸入国の国内産業の損害、(c)ダンピング輸入と損害との間の因果関係、に関するものを含めることとされています(同5.2条柱書)。この(a)~(c)の事項は、第I回でご説明した通り、AD税を課すための要件を指していますが、上記①~④の記載事項との関連では、上記③・④の主張に関して十分な証拠を添付しなければならない旨を確認したもの、と考えられます。
 

V.1.2 調査開始公告 

一方、調査開始公告には、以下に関する「適切な情報」が記載されます(AD協定12.1.1条)。④⑤については、申請書の記載がそのまま引用される場合もあります。
① 調査対象国 
② 調査対象産品
③ 調査開始日
④ 申請書におけるダンピングの主張の根拠
⑤ 損害の主張の根拠の要約
⑥ 利害関係者の意見表明の提出先や提出期限

V.2 上記を踏まえた検討 

 これら申請書や調査開始公告に含まれる情報から、調査対象企業はどのような情報を読み取り、どのような対応をすべきでしょうか。
 

V.2.1 調査対象産品の明確化 

 上記のとおり、調査開始公告・申請書には、調査対象産品に関する記述(産品の特徴や関税分類番号(HSコード)等)が含まれており、これを最初に確認すべきです。HSコードのみで調査対象産品が特定される場合は少なく、産品の特徴・外形・機能・用途等を加味した複雑な説明になることが多いので、自社の製品が調査対象となっているのかどうか、慎重に確認しましょう。対象範囲を早期に把握することで、将来の課税の影響がどの程度になるか、試算することもできます。また、自社の製品が調査対象から外れていることが早期に確認できれば、事後の手続負担が解消されます。
 なお、そもそも調査開始公告に書かれた調査対象産品の記述が不明確であったり、その説明に誤りがあったりすることもあります。例えば、調査対象産品の説明を読む限りは含まれないはずのHSコードが記載されている、調査対象産品の機能・特徴に関する説明と製品名とが一致していない、国内で生産されていないような種類の製品まで含むような過度に広範な記載となっている等です。このような場合には、疑問点を早期に指摘し、範囲の明確化(自社製品の全部又は一部が調査対象産品から除外されることの確認)を図ることをお勧めします。調査開始公告には輸入国の調査当局の連絡先が書かれていることがほとんどですので、そこに照会することもできますし、また、個社として調査当局に相対することが難しい場合には、現地のAD実務に精通した弁護士等に相談することも考えられます。(経済産業省としても、現地政府への問い合わせ等、必要に応じご相談に応じます。)
 

V.2.2 製品除外の追求 

 対象製品の記載が過度に広範な場合、対象の明確化をはかるだけでなく、調査当局に対して積極的に自社の製品を調査対象から除外すべきだという要請をすることもあります。対象企業によるこのような製品除外要請を手続として織り込んでいる国もあります。
 他の調査対象産品や、国内の同種産品と比較して、自社製品が高性能・高付加価値であり、輸入国の国内産業では製造できない場合や、申請者が生産する同種産品と実質的に競合していない(用途・機能・価格帯が異なる等)場合等には、AD税を賦課する実質的な理由を欠くことになります。また、かえって輸入国国内の消費者にとっては迷惑になるだけだとも言えます。調査当局としても国内に何ら利益をもたらさない措置をとるインセンティブはないので、そのような事情は製品除外要請の根拠になり得るでしょう。
 ただし、この種の製品除外要請が奏功する例は多くはないので、あくまでその後の調査対応(損害論に関する反論等)と一体で検討すべきです。
 

V.2.3 その他分析すべき情報 

 その他、申請書・調査開始公告をチェックする際に留意すべき情報、及び、想定すべき事項は下記です。
    
V.2.3.1 価格情報(特に自国での販売価格) 
 AD協定上、「輸出国・原産国における販売価格」を申請書に記載するとされていますが、AD協定上の「販売価格」は末端小売価格ではなく、工場渡し価格が原則であり、輸送費や保険料などを差し引く必要があります(AD協定2.4条)。申請者が申請段階でこの意味での「販売価格」を知ることは困難です。そこで、申請者としては、統計で入手した末端小売価格から諸経費を推定して逆算したり、申請者自身の生産費に管理費、販売経費、一般的な経費及び利潤としての妥当な額などを足し上げて構成価額を算出したりして、申請者が推定した「販売価格」「正常価額」を提出することがほとんどです。この情報がどの程度正確か確認しましょう。
 申請書上の「(自国での)販売価格」「正常価額」が実態とはかけ離れている場合(多くの場合、申請者としてはダンピング・マージンを高く設定するため、高めの「正常価額」を主張する場合が多い。)、調査対象企業としては、実際の正常価額(通常、国内販売価格)及び輸出価格を確認した上で、調査当局から送られてくる質問状へ回答し、申請書に反論することとなるでしょう。
 調査当局は、質問状を通じて、輸出国の国内販売価格や実際の輸出価格を入手し、ダンピング・マージンを計算するため、事後の手続で適正な正常価格を主張することで、最終的な課税率を下げることも可能です。さらに、計算した結果、正常価額と輸出価格との差(ダンピング・マージン)が輸出価格の2パーセント未満であれば、調査手続を取りやめるよう求めることも可能です(AD協定5.8条)。

 
V.2.3.2 損害・因果関係に関する情報 
 主に質問状や公聴会等の段階での反論事項となりますが、申請書に記載されている情報から、以下のような点をチェックしましょう。下記はあくまで一例ですが、これらを確認することで、申請者の損害や、ダンピング輸入と損害との因果関係に関する主張が証拠に基づいたものか、今後どの程度強い反論が可能か、予測することができます。  例えば、日本からの対象輸出が増えていない、他の国からの輸出量の方が明らかに大きいなど申請書に記載の分析に誤りがある場合はその点を指摘できます。また、輸出品の価格の方が国内産品の価格よりもずっと高いのであれば、輸入品が国内産品の価格に影響を与えるとの短絡的な認定は難しいはずですし、そもそも輸入国の国内産品と輸出産品が競合していないのではないかとの疑問も生じます。さらに、事案によっては、対象輸入が増えておらず、そもそもダンピング輸入による損害の発生が疑わしい例などもあるでしょうし、また国内産業の経済指標を見る限り、さほど損害を被っているようには見えないとか、指標悪化の時期と輸入増加の時期が一致していないなどの事案もあります。
なお、損害・因果関係に関する反論は、ダンピング・マージンと違って個社情報を要素としないことが多いため、日本政府が調査当局に対して政府意見書を提出したり、各種国際会議や二国間協議で働きかけを行ったりなどサポートが容易な論点でもあります。
 

V.2.4 AD調査への対応方針の決定・体制構築 

 上記を踏まえれば、AD調査への対応方針はある程度明らかとなります。また、通常、調査開始決定直後に調査当局から質問状が送付され、調査対象企業は限られた期間内(1か月程度)でこれに対応しなければならないので(詳細は第Ⅵ回)、その観点でも対応方針は早期に決定する必要があります。
 対応方針は、主として課税された場合の商業的影響と、調査対応コストの比較によります。調査対応コストは事案次第ですが、一般論として、対象企業がダンピング・マージンについて争う場合、調査開始直後に送付される質問状に期間内に回答しなければならないため、膨大な価格データを収集、分析、提出する必要があり、調査対応コストは増加します。例えば、対象製品が限定されている等の事情により、課税されても自社への影響が少ないと判断される場合には、以後の調査対応を行わない、反論する事項を限定する(例えばダンピング・マージンに関する情報提供は行わない)等の選択肢もあり得ます。
 調査に対応し、申請に対し反論する(特に、ダンピング・マージンに対する反論を行う)場合は、調査対応のための体制整備が急務です。質問状の内容を解析した上、価格データの収集・分析・整理・提出にあたる部署を早急に特定する必要があります。分析・整理・提出の段階では弁護士や会計事務所等外部の専門家の知見を活用することもあり、そのための依頼は早期に行う必要があります。また、政府による働きかけ・支援が望ましいと考えられる場合には、調査開始後のできるだけ早い段階でご相談ください。
 
 次回は質問状及び意見陳述書・現地調査への対応などについてご紹介します。
 
【今回のポイント】
○調査開始決定後、調査対象企業は、申請書や調査開始公告を速やかにチェックし、AD調査に関する情報(調査対象産品の範囲、申請理由等)を確認すべき。
○申請書や調査開始公告には、調査対応のため有用な情報が含まれているが、あくまで申請者(輸入国の国内企業)が知り得た情報から作成しているので、すべてが正確かつ明確とは限らない。
○申請書・調査開始公告の内容を吟味することで、以後の調査対応方針(質問回答や意見書(反論))が明確になる。

 

Ⅵ 第Ⅵ回 質問状・現地調査への対応など

 前回は、調査開始決定後に検討すべきポイント等をお伝えしました。この後、質問状の送付や現地調査など、調査当局とのやりとりが発生します。これらは、どういった制度で、どういった点に注意して対応すべきなのでしょうか。

Ⅵ.1 質問状について

 質問状(questionnaire)とは、調査当局が通常調査開始直後に関係企業に送付する書面で、調査当局の質問事項・情報提供要請事項を羅列したものです。利害関係企業にとっては、多くの場合、質問状の受領と回答作業は、AD調査における最初の調査当局とのやり取りになります。
 

Ⅵ.1.1 質問状の形式

 質問状はあらゆるAD調査において送付されるものなので、各調査当局によって内容・書式はある程度定型化されています。
同じ利害関係企業でも、生産者が有する情報、商社などの輸出者が有する情報、輸入国の国内生産者が有する情報はそれぞれ異なります。よって、各調査当局は、生産者向けの質問状、輸出者向けの質問状、国内生産者向け質問状等区別して用意していることが通常です。
 質問状は、利害関係企業に書面で郵送されることもありますが、最近では、単にウェブサイト等に質問状を掲載し、利害関係企業にオンラインで回答を求めるだけの場合もあります。郵送される場合も、宛先はあくまで調査開始時に調査当局が把握している範囲にとどまるので、対象製品の生産や輸出を行っていても、必ず質問状が届くとは限りません。
 後述のとおり、質問状にどこまで対応するかは企業ごとの判断になりますが、質問状の存在に気付かずに反論の機会を失うのは避けるべきです。AD調査開始の情報に接したら、調査当局のウェブサイトをチェックするか、直接調査当局に問い合わせて質問状の内容を把握することをお勧めします。調査当局によっては、質問状を受領しなかった利害関係企業も、調査当局のウェブサイトに公開された質問状を通じて回答できるようにしている場合もあるようです。
 

Ⅵ.1.2 質問状の内容

 質問状の内容は案件ごとに異なりますが、一般的な記載事項は下記のとおりです。
AD調査の調査事項として、「ダンピングが生じているか」と、「輸入国の国内産業に損害が生じているか」の2点があることは第Ⅰ回でもご説明しました。これに対応して、質問状にもダンピングに関連する質問と損害に関する質問が含まれます。米国のように、ダンピング調査を行う役所(米国商務省Department of Commerce)と損害調査を行う役所(国際貿易委員会International Trade Commission)が異なるため、質問状もそれぞれに回答する必要がある国もあります。
 ダンピング・マージンは正常価額と輸出価格の差で算出されるので、ダンピングに関連する質問では、その算定の基礎となる情報と証拠資料の提出を求められます。正常価額は、原則として輸出国の国内販売価格を用いることになっており(AD協定2.1条)、質問状では、その国内販売価格の認定のため、取引ごとの販売価格や販売量、売上明細などの提出を求められます。また、正常価額と輸出価格は、通常、工場渡しの段階の価格で比較されるため(AD協定2.4条)、工場渡し価格を算出するために控除すべき輸送費、運送費等がある場合は、その説明と金額を求められます。輸出価格についても、輸出価格だけでなく、控除すべき費用の説明や金額などを回答するよう求められます。さらに、これらに加え、関連取引に関する詳細な情報(取引先の名称や業種、契約内容、出荷量など)や価格決定のプロセスの詳細を報告するよう求められる場合もあります。
 損害に関する質問においては、輸入国におけるダンピング輸入による影響を確認するため、まず輸入国の国内産業に宛てて、個々の企業の経済状態に関する指標(売上高、利潤、生産量等に関する情報)にかかる情報が要求されます。また、輸出者に対しても、損害の認定で考慮される、輸出量、在庫、輸出価格等の経営及び財務に関する情報等の質問がなされます。

 

Ⅵ.1.3 質問状への回答期限とその帰結(ファクツ・アベイラブル)

 利害関係企業は指定された期限(少なくとも30日間(AD協定6.1.1条))までに回答する必要があります。ただし、回答期限の延長の要請に対して調査当局は「妥当な考慮」を払うべきで、かつ、理由が示されていれば、できるだけ延長を認めるべきとされています(AD協定6.1.1条)。具体的な延長申請の方法(書面によるか等)については、調査当局にご確認ください。
 第Ⅰ回で説明したとおり、利害関係企業が期限内に必要な情報を提供しない場合、調査当局は、申請書に記載の情報など、調査当局が知ることができた事実(「ファクツ・アベイラブル」)に基づいて、事実認定をすることができます(AD協定6.8条)。また、その旨質問状にも注意的に記載されている場合がほとんどです(AD協定附属書Ⅱパラ1)。
 

Ⅵ.1.4 追加質問状

 質問状の回答は非常に多くの情報を含んでいるため、その情報に不備があったり、不明瞭な点があったりすることも珍しくありません。そのため、事案によっては、利害関係企業の回答を調査当局が検討した上で、さらに追加の質問や不備指摘の連絡がくることがあります。この場合も、回答期限が定められ、その期限内に必要な情報を提供しない場合には、ファクツ・アベイラブルを適用される可能性があることは同様です。
 

Ⅵ.1.5 質問状にどう対応するか

 すでに何度か言及していますが、質問状をはじめとした調査当局の情報提供要求にどこまで対応するかは、対応する場合のコストと、対応しない場合の不利益(主として、上記ファクツ・アベイラブルによる不利益認定)との比較によります。
 例えばダンピングに関する質問に対して期限内に回答しない場合、申請者が主張する高めの正常価額や過大なダンピング・マージンがそのまま最終決定で利用され、高いAD税が課されてしまう可能性もあります。他方で、取引ごとの販売価格や販売量、売上明細などをすべて社内で捜索し提出するのは大変な作業ですし、工場渡し価格を算出するため諸費用を算定・控除する作業も人的リソースを費やします。また、製品の価格情報は企業にとってセンシティブであり、調査当局によっては、その情報管理体制が問題となる場合もあります。対象製品の輸出量がさほど大きくない場合には、AD税を課された場合の不利益を考えても、上記調査対応のコストに見合わないと判断することもあり得ます。その場合は、質問状に回答しないか、または対応コストのより大きい質問(典型的にはダンピングに関する質問)には回答しない、といった対応が考えられます。
 質問状に回答する場合は、Ⅵ.1.3の期限内に回答すること、そして、期限内の回答が難しい場合は延長申請を適切に行うことが、ファクツ・アベイラブルの回避のためには重要です。
 

Ⅳ.2 現地調査について(内容や日数、確認される情報等)

 調査当局は、質問状で回答された情報の確認及び詳細な情報の入手を目的として、対象企業の本社や工場等の現地調査を行うことができます(AD協定6.7条、附属書Ⅰパラ7)。現地調査が行われる場合には、事前に対象企業の同意を求め、また、調査対象国の政府に通知がされます(AD協定付属書Ⅰパラ3・4)。対象企業としては現地調査に同意しないことも可能ですが、その場合にはファクツ・アベイラブルによる不利益な事実認定が行われうる点、質問状の対応と同様です。
 調査当局ごとに運用の違いはありますが、典型的な現地調査の態様は以下の通りです。  よって、対象企業は、現地調査に対応する場合には、質問状に回答する段階からその根拠となるデータ等を整理しておくべきです。
 さらに、調査当局からの調査前の通知を確認し、調査当局の問題意識をある程度予測します。また、当日、調査官からの細かい質問にも答えられるよう、担当者や通訳をそろえておく必要があります。

Ⅵ.3 結び

 質問状や現地調査については、ファクツ・アベイラブルで被る不利益と、質問状対応への負担のバランスを考えて対応を検討しましょう。また、期限など調査当局に配慮を求める点がある場合は、早めに調査当局の担当者に伝えることをお勧めします。
 上記は、一義的には利害関係企業で対処すべき問題ですが、判断に迷う場合や、手続きや調査当局の説明が不明確である場合等、政府による助言の余地もあります。また、調査当局の対応の問題点について、政府意見書等で問題提起することが有効である場合もあります(次回説明します)。
【今回のポイント】
○質問状は、利害関係企業にとっては調査当局との最初のやりとり。対応のコスト・ベネフィットをよく検討した上で、回答方針を決めるべき。
○質問回答後も、追加質問や現地調査の可能性があり、回答内容が事後の検証に耐えうるよう、体制、資料を整えておく必要がある

 

Ⅶ 第Ⅶ回 公聴会への対応

Ⅶ.1 公聴会とは

 公聴会(public hearing)とは、対面(またはオンライン)により、調査対象企業、輸出国政府、輸入国の生産者(主に申請者)などの利害関係者(AD協定6.11条)や国内ユーザー企業が一堂に会し、口頭で意見を表明したり、調査当局の担当者からの質問に答えたりする手続きのことです。
 AD協定で公聴会の開催が義務づけられているわけではありません(日本のAD調査でも、公聴会は原則開催されません)。しかし、同協定6.2条では、要請があったときは、「利害関係を有するすべての者に対し相反する利害を有する者と会合する機会を与える」とされています。公聴会の開催はその代表的なものです。
 AD協定6.2条は、利害関係者は「会合に出席する義務を負わない」と明示していますので、公聴会に参加しない選択も可能ですが、一般論として、調査当局の担当者の在席のもと手続が行われ、自らの意見を述べることができるほか、他の利害関係者による発言、及びそれに対する調査当局の質問等から、主要論点や調査当局の問題意識を確認することのできる貴重な機会といえます。
 

Ⅶ.1.1 公聴会の要請

 上記の通り、AD協定6.2条では「(利害関係者からの)要請があった場合」とあり、公聴会開催も利害関係者の要請によるのが原則です。しかし、国によって実務は異なっており、要請がなくても調査当局から公聴会開催の通知が届く場合もあるようです。そのため、公聴会は要請に基づいて開催されるのか、要請が必要であれば、いつまでに要請をおこなう必要があるのか等、その国の調査手続や調査開始告示等を確認して事前に把握しておくことをお勧めします。


Ⅶ.1.2 公聴会の通知

 公聴会が開催される場合、調査当局から公聴会開催に関する通知が届きます。通知は、利害関係者宛てにメールで送付される例が多いと思われます。通常、公聴会の開催日、時間、場所、参加方法(事前登録の要否等)などが記載されます。
 なお、公聴会は従来対面開催・対面参加が当たり前でしたが、近年はコロナ禍への対応を契機にオンライン、ないしハイブリッドでの開催の例も見られるようになりました。オンライン参加は、現地への出張が不要になる等メリットもありますが、接続トラブル等で意見表明が妨げられるリスクもあり、その場合の対応について実務が確立しているわけではありません。
 公聴会の通知の方法・送付時期についても、各調査当局や案件によりばらつきがあります。数週間前のメール通知と当局ウェブサイトでの告知を併用する周到な実務も見られる一方で、開催1週間前に突然通知が来たなどという極端な例もあります。実質的に参加が困難なほどに通知が遅い場合は、AD協定6.2条が規定するような「会合する機会を与え」たことにならないようにも思われます。しかし、過去のWTO紛争解決手続では、AD協定6.2条は通知の時期・方法について言及がないこと、公聴会をいつどのように開催するかについて調査当局の裁量をある程度尊重すべきであること、等から、同6.2条上の調査当局の義務は限定的に解釈されることが多いようです。そのため、通知の遅れや不備について、事後的にAD協定違反を指摘することは簡単ではありません。公聴会への出席を検討している場合は、調査当局に事前に開催予定・時期を確認しておく、という現実的な対応にならざるを得ないでしょう。


Ⅶ.1.3 公聴会当日の対応

 公聴会の実施方法は各国の実務により様々です。公聴会の使用言語(現地公用語がほとんど)、事前登録・提出書類の有無、その他進行方法や注意事項については、調査当局からの通知等に記載がされている場合が多いので、よく確認することをお勧めします。進行方法として、AD調査の申請者(国内生産者)と調査対象企業それぞれに発言の機会が与えられる、という点は各国ほぼ共通しています。これに加え、調査当局から現場で質問がされる場合もあります。
 なお、公聴会で表明した意見は、後日書面によって利害関係者が閲覧できるようにする必要があります(AD協定6.3条)。よく見られる実務は、現場では事前に用意した意見書を読み上げ、これを事後に調査当局に提出するというものです。加えて、現場での口頭発言(当局の質問への対応や、他の参加者の発言への反論)についても、後で書面にして提出することを求められる場合もあるので、準備をしておくことをお勧めします。


Ⅶ.1.4 秘密情報の扱い

 意見陳述の内容には特段の制限はありません。法律上の問題点(ダンピング・マージンの計算、損害論、調査手続の瑕疵等)を提起することもできますし、AD措置の悪影響(自社ビジネスへの影響のほか、後述のユーザー企業の不都合、輸入国自身への悪影響等)を述べることもできます。しかし、これらの事情には、自社の価格情報や、取引先との関係、経営戦略等、本来対外秘であるべき情報も含まれ得ます。他方、上述の通り、公聴会は「利害関係を有するすべての者」が参加しますし、陳述内容は後に書面として他の利害関係者が入手できる状態になります。このような秘密情報についてはどのように考えるべきでしょうか。
 この点、まず、文書については、「正当な理由が示される場合には、当局により秘密として取り扱われ」、「当事者の明示的な同意を得ないで開示してはならない」(AD協定6.5条)との規律があります。よって、企業がその意見書において秘密情報に触れる場合には、その部分をカギ括弧(【】)等で明示し、その部分について別途要約(例えば、「価格情報」「今後の経営戦略に触れた部分」等)を付し(AD協定6.5.1条)、秘密取扱いを求めます。調査当局は、その文書を開示する場合、当該部分を黒塗りするか、削除した上で開示する(その部分については、「価格情報」等企業が付した要約だけが開示される)ことになります。
 他方、公聴会での口頭発言については、判断が難しい場合もあります。できるだけ具体的な情報を織り込んだ方が意見の説得力は増すでしょうが、競合他社を含めた不特定多数の前での発言を「黒塗り」することはできません。この点、AD協定6.2条では、公聴会開催において「秘密保持の必要性」を考慮しなければならないとされていますが、具体的な方策は規定されていません。国によっては、参加者を限定した非公開セッションの開催を要請できる例もありますが、あくまで一部です。結局のところ、個々の情報についての保秘の必要性の程度(価格情報などは基本的に言及すべきでない。)、調査当局の秘密取扱いの実務(非公開セッション要請の可否等)、等を考慮した上で対応を決定するほかないでしょう。

Ⅶ.2 政府の支援(政府意見書、公聴会への大使館職員の出席)

 輸出国政府は、利害関係者でもあり(AD協定6.11条)、調査当局に対して意見を提出することができます。政府意見書の提出する時期は特段限定されていませんが、公聴会の時期とあわせて提出するのが一般的です。この場合、公聴会に現地の日本大使館職員が出席(AD協定6.2条)してあらかじめ用意された意見書を読み上げ、当該意見書を事後に提出(AD協定6.3条)する、という流れになります。
 政府意見書の場合は、その性質上、AD措置の個々の企業への影響よりも、WTO協定との整合性に関する法律上の問題点が主軸となることが多いです。政府意見書の内容は、事案ごとに異なるため、調査開始段階から早めに懸念点をご相談ください。事案ごとに採否は異なりますが、指摘しうる論点について、留意点を下記に記します。


Ⅶ.2.1 ダンピング・マージンの計算

 実務上争いになることが多く、また企業の負担も大きい論点ですが、性質上個々の企業の価格情報に関係することが多いため、政府意見書で言及する例は実は多くはありません。下記、調査手続の論点(ファクツ・アヴェイラブルやサンプリング調査)において間接的に言及される程度です。


Ⅶ.2.2 損害・因果関係

 対象輸入の量・価格や、国内経済指標(国内産品と対象輸入品との競合の程度、国内産品の生産量、売上、市場シェア等)など、一般的な情報をもとに意見陳述ができる(対象輸入による損害を安易に認定しないよう注意喚起する)ため、政府意見でしばしば言及されます。
 特に、日本製品の価格帯が国内産品よりも大幅に高い、品質・機能に違いがあって直接に競合していない等の事情は、日本製品を対象とするAD調査においてよく争われる点です。対象製品をよく知る企業において、早い段階で政府に問題提起することで、政府意見への反映もスムーズになります。


Ⅶ.2.3 調査手続

 調査当局の調査における対応の問題点(手続面や、調査手法)への疑義もしばしば指摘されます。
 例えば、合理的な期間内に質問状に回答したにもかかわらず、合理的な理由なく回答が拒否されファクツ・アベイラブルを適用された場合、AD協定6.1.1条やAD協定6.8条に抵触する可能性があります。
 また、サンプリング調査(AD協定6.10条)に関する問題も考えられます。ダンピング・マージンは個々の企業ごとに認定するのが原則ですが、輸出企業が多数いて、すべての企業を調査することが難しい場合には、一部の企業のみを選定(サンプリング)して計算することが認められています。ただ、あくまで例外的な調査手法であって、輸出企業が少数にもかかわらずサンプリング調査が実施され、個別のダンピング・マージンが計算されなかったり、あるいは、任意で情報を提出した上で個別マージン計算を要求(AD協定6.10.2条)したのに対応されなかったりする場合など、政府としてもWTO協定上の懸念があるとして意見を述べることが可能です。

Ⅶ.3ユーザー企業の参加とその重要性

 調査対象製品のユーザー企業は、厳密には「利害関係者」の定義(AD協定6.11条)に含まれるかケースバイケースです(当該製品の「輸入者」(6.11条(i))に当たる可能性もあるが、末端ユーザーは含まれない。)。しかし、公聴会が開催される場合、輸入国国内における重要なステークホールダーとして、ユーザー企業の参加が許されることは実務上よく見られます。ユーザー企業の意見は、下記の2つの点で重要といえます。
  1点目は、損害・因果関係に関する日本企業の議論のサポートです。上述の通り、日本からの輸出品が輸入国の産品と比較して高価格・高品質であるなど、両者の競合関係に疑問がある事例はよく見られます。日本製品を輸入国内で使用するユーザー企業にもその旨主張してもらうことができれば、損害・因果関係に関する日本企業の議論に対する補強となります。前々回(Ⅴ.2.2)にも説明したとおり、日本からの対象産品を使用している需要者は、AD税が課されると今より高い価格で、商品を入手しなければならなくなります。日本製品が他国産の産品と比べ高品質であるなど需要者から見て代替不可能な場合は、この点を公聴会で主張してもらうことが有用でしょう。
 2点目は、AD課税で日本産品の輸入が減ることにより、輸入国の需要を満たせなくなり、輸入国にとっての公共の利益に反する、という可能性です。「公共の利益(public interest)」に関しては、AD協定上の課税要件ではありませんが、各国国内法において注意的に規定されていることもあり、また、調査において考慮する当局も見られます。一般論として、輸入国の経済状況について意見陳述するのは輸入国内の業者が適していることから、この点をユーザー企業に指摘してもらい、間接的に日本製品へのAD課税の不当性を訴えることは有用でしょう。
 公聴会に参加してくれる国内ユーザー企業の確保や、意見のすりあわせには時間を要しますので、調査の早い段階から検討することをお勧めします。
【今回のポイント】
○公聴会は、調査当局の担当者や、申請者等他の利害関係者がいる場で意見表明や反論を行うことができる機会。
○公聴会には輸出国政府も利害関係者として出席することができ、WTO協定違反の懸念があれば対面で意見表明できる。
   企業として懸念点があれば、早めに相談を。
○ユーザー企業が意見表明できる場は多くはなく、公聴会はこの意味でも貴重。早い時期から協力してくれるユーザー企業を探すべき。


Ⅷ 第Ⅷ回 仮決定・重要事実開示等への対応

Ⅷ.1 仮決定

Ⅷ.1.1 仮決定とは

 仮決定(preliminary determination)とは、最終決定(final determination)の前に、調査当局が利害関係者から提出された証拠等を元に仮の判断を行うことをいいます。AD協定上義務づけられている手続ではないため、調査当局によって、最終決定の前に仮決定を行う場合もあれば、仮決定を挟まず、重要事実の開示(下記Ⅷ.4)を経てすぐに最終決定に進む場合もあります。また、仮決定を行う場合の決定時期も多様で、調査開始から約4ヶ月~6ヶ月後の国もあればさらに遅い時期に仮決定がなされる場合もあります。ただし、仮決定を行う場合には、「事実及び法令に係る問題であって調査当局が重要と認めたすべてのものに関して得られた認定及び結論を十分詳細に記載」して公告するか、別途報告書の形にまとめて利害関係者へ送付しなければならないとされています(AD協定12.2条)。
 これまでご紹介した申請書、調査開始公告、公聴会等から得られる情報はあくまで申請者が主張する情報であり、調査当局の考えについては、調査当局からの追加質問状や、公聴会での発言ぶり等から推測し得る程度でした。しかし、仮決定に関する公告又は報告書は、調査開始後、ダンピング・マージンの算定方法や損害・因果関係の決定理由等について初めて調査当局の判断が公にされる機会であり、調査対象企業にとっては非常に重要です。


Ⅷ.1.2 仮決定への対応

 上記の通り、仮決定の公告又は報告書には、「事実及び法令に係る問題であって調査当局が重要と認めたすべてのものに関して得られた認定及び結論を十分に詳細に記載」しなければなりません。具体的には、ダンピング・マージンの算定方法、損害・因果関係等の争点について、申請者の主張、各調査対象企業の主張、そしてそれらを踏まえた調査当局の判断が記載されるのが普通です。
 仮決定の後、利害関係人に反論の機会を与える国は多くありますので、調査対象企業側の主張が理由なく却下されていないか、不合理な認定がないかを確認しましょう。
 各要件についての留意点は第Ⅰ回・第Ⅴ回等ですでに解説していますが、例えば、ダンピング・マージンの算定に関しては、輸出価格と正常価額の比較は公正に行われるものとするとされており(AD協定2.4条)、比較される取引段階が同一になっているか(通常は工場渡し段階)、物理的特性が異なるような産品間で比較が行われていないかなど確認することが考えられます。また、損害に関しては、国内産業の損害の状況を示す指標が改善しているにもかかわらず損害が認定されていないか、国内産品との価格比較において、恣意的な方法で比較が行われていないかなどを確認することが考えられます。
 仮決定後に出された意見によって、最終決定のダンピング・マージンの認定が仮決定時のものから変わることもあります。仮決定の内容に問題があると思われる場合には、反論を提出することをお勧めします。また、政府意見書も、このタイミングで出すことが一般的とはいえませんが、仮決定にAD協定上の過誤があると思われるような事例であれば改めて発出することも可能ですのでご相談ください。

Ⅷ.2 暫定措置

   暫定措置(provisional measures)とは、調査当局が、AD調査期間中、最終決定前に、暫定的にAD課税を始めることをいいます(AD協定7.1条)。名称が紛らわしいですが、仮決定(preliminary determination)とは別の手続です。調査完了後に課税するというAD手続の原則に対する重大な例外であり、調査対象企業への影響も大きいので、下記のような厳格な要件のもと例外的に認められます。
① 調査開始が公告され、利害関係者に意見表明の機会が与えられたこと(AD協定7.1条(i))
② 調査開始から60日以上が経過したこと(AD協定7.3条)
③ ダンピング、損害、因果関係の各要件を認定する仮決定が行われたこと(AD協定7.1条(ⅱ))
④ 損害が調査中に生ずることを防止するために暫定措置が必要であると調査当局が認定したこと(AD協定7.1条(ⅲ))
⑤ 最終決定までのできる限り短い期間であること(AD協定7.4条)(※原則4ヶ月以内だが、対象産品の輸出の大部分を占める輸出者か
  ら要請があった場合は6ヶ月以内。ただし、ダンピング・マージンより低い額のAD税の賦課を検討する場合にはそれぞれ6ヶ月以内・9
      ヶ月 以内まで延ばせるとされる。)
⑥ 最終決定でAD税を賦課しない場合は徴収済み暫定課税の全額を、暫定措置の税率を下回るAD税のみ賦課する最終決定である場合はそ
   の差額を、それぞれ迅速に還付すること(AD協定10.3条・10.5条)
 上記③の要件から、暫定措置は、仮決定を前提として、その後に行われることがわかりますが、仮決定の時期は調査当局によって異なる
ため、暫定課税が賦課される時期も様々です。AD課税を申請する輸入国の国内生産者としては、可能な限り早期のAD課税開始を求める
のが自然であり、申請書に暫定措置を望む旨の記載がある場合もあります。申請書にこうした記載を見つけた場合には、早めに暫定措置を講じる必要性はない、暫定措置が必要な理由の説明が不十分である等の反論を行いましょう。
 また、上記⑥の要件について、最終決定の税率が暫定措置の税率を下回る場合には、その差額は還付されます(AD協定10.3条)。他方、最終決定の税率が暫定措置の税率を上回る場合は、その差額は徴収されません。また、AD税を賦課しない旨の最終決定が出た場合は、全額還付(暫定措置の形式は暫定的な課税のほか、現金の供託、債券等による保証によることができるとされているところ(AD協定7.2条)、現金は還付、債券等の担保は解除)されます(AD協定10.5条)。暫定措置が取られたとしても、引き続き調査対象企業にとって有利な最終決定になるよう反論することは有用です。

Ⅷ.3 価格約束

 価格約束(price undertaking)とは、調査対象企業がダンピングとそれによる損害を認め、ダンピング価格による輸出をしないこと、又は、ダンピング・マージンを生じないような価格でのみ輸出することを約束し、それと引き換えに、調査当局がAD税を課さずに調査手続を停止、終了する制度です(AD協定8条)。価格約束は、仮決定でダンピング及び損害が認められた後にのみ締結可能と規定されています(AD協定8.1条、8.2条)。価格約束は、輸出企業の側から申し出ることが多いですが、調査当局の側から価格約束を勧奨することも認められています(AD協定8.5条)。ただし、輸出企業が勧奨を受け入れる義務はありません。
 価格約束のメリットは、AD調査を早期に終了させることで、AD調査自体の影響(輸出先の企業との取引が停止してしまう等)を軽減できることです。また、輸出の都度輸入国の税関でAD税を賦課・納入するよりも、「ダンピングによる損害が除去されると認める」輸出価格を約束した方が、税関手続上も企業のレピュテーション上も有利であるという判断もあり得ます。
 ただし、価格約束を認めるか否かは調査当局の裁量であり(AD協定8.3条)、輸出企業が価格約束を申し出ても、認められるとは限りません。また、約束するのは「ダンピングによる損害が除去されると認める価格」ですから、仮決定で大きなマージンが出ていれば、結局輸出価格の大幅な値上げを余儀なくされることに注意が必要です。
 価格約束締結後、通常AD調査は終了しますが、輸出者の希望や当局の決定によっては、最終決定まで調査が継続する場合があります。万一最終決定で否定的な結果が出た場合には、約束は自動的に消滅します(AD協定8.4条)。
 通常、価格約束の期間は、AD税の課税期間と同じ期間(通常5年間)になると思われます。この間、輸入国は、約束の履行の確認のために、輸出者に定期的に情報を求めることができ、約束違反があった場合には、違反があった時点からAD税が賦課される可能性があります(AD協定8.6条)。他方、輸出者の方から価格約束の内容の見直しを求めることも認められています(AD協定11.2、11.5条)。

Ⅷ.4 重要事実開示(最後の反論の機会)

 調査当局は、最終決定を行う前に、「検討の対象となっている重要な事実であって、確定的な措置をとるかとらないかを決定するための基礎とするもの」を利害関係者に通知しなければなりません(AD協定6.9条)。これを重要事実開示といいます。重要事実開示は、あくまで情報開示手続であって調査当局の判断内容の公表ではありませんが、上記の通り、開示の対象は「検討の対象」及び「決定するための基礎とするもの」であり、その選定の仕方によって調査当局の最終決定における判断内容とその理由がある程度明らかになります。仮決定がない場合は、調査当局の判断を事前に知ることができるのはこの重要事実開示のタイミングしかなく、また、調査の手続内で反論できる最後の機会になります。また、仮決定があった場合には、仮決定後に出された利害関係者の意見・反論に調査当局がどう対処したかを知る機会にもなります。
 重要事実開示の際は、利害関係者が「自己の権利を擁護するための十分な時間的余裕をもって行われる」(反論等の機会の付与)とされているものの(AD協定6.9条)、実際の「時間的余裕」は各国実務により様々で、最終決定の数日前に重要事実開示がなされる例もあります。短期間でも十分な反論を準備できるよう、これまでお伝えしてきたとおり調査の初期段階から反論ポイントを検討しておくことは重要です。
 一方で、重要事実開示において、ダンピング・マージンや損害、因果関係で当然検討すべき事実関係をそもそも開示していない、十分検討されていないといった事情があれば、重要事実開示が不十分(AD協定6.9条の違反)として、そのこと自体が反論事項になりえます。
 
【今回のポイント】
○AD調査終盤の手続として、仮決定、暫定措置、価格約束、重要事実開示がある。
○仮決定と重要事実開示は、最終決定前に当局の判断をあらかじめ知ることができる機会であり、反論の機会としても利用すべき。
○仮決定と重要事実開示から最終決定までの期間は様々であり、非常に短い場合もあるので、調査の初期段階から指摘できるポイントは 
  精査しておくべき。

Ⅸ 第Ⅸ回 最終決定後の対応

Ⅸ.1 最終決定について 

Ⅸ.1.1 最終決定とは

 AD調査は、通常、最終決定(final determination)によって終了します。最終決定は、AD税賦課を決定するかしないかに関わらず、最終決定における「事実及び法令に係る問題であって調査当局が重要と認めたすべてのものに関して得られた認定及び結論を十分詳細に記載」してHP等に公告するか、あるいは別途報告書の形にまとめて利害関係者へ送付しなければならないとされています(AD協定12.2条)。この点は、仮決定の場合と同様です。ただ、最終決定の場合には、調査当局の調査内容及び結論は報告書の形にまとめられることがほとんどであり、この報告書をもって「最終決定」ないし「最終決定書」と呼びます。
 

Ⅸ.1.2 最終決定から発動まで 

 最終決定においてAD税賦課が決定されたからといって、課税が即時に開始されるとは限りません。
 多くの国では、調査当局による最終決定を踏まえて、調査当局以外の省庁(税関当局等)や上級庁による別途の課税決定を要します。実際の課税までの手続・期間は、輸入国の国内法・制度によって様々です。国によっては、調査当局が課税を決定しても、調査当局以外の省庁・上級庁の決裁の段階で判断が覆る場合もあります。
 しかし、最終決定をもってAD調査は終了しているので、最終決定の内容について輸出企業が意見を表明する機会は原則としてありません。Ⅷ.4でご説明した重要事実開示が、輸出企業にとって、調査手続における最後の反論の機会になります。

Ⅸ.2 最終決定後にとりうる手段

  最終決定により調査手続は完結しており、課税を回避できる可能性は低いと言わざるを得ませんが、事後的にAD調査結果の不当性を主張する機会は以下の通り存在します。
 

Ⅸ.2.1 国内裁判

 輸入国の国内法次第ですが、AD税賦課の最終決定が輸入国の国内法に違反するとして、輸入国の裁判所に提訴することが考えられます。賦課決定は、行政機関による行政行為又は処分に当たり、多くの国で行政裁判や民事裁判での司法審査の機会が設けられています。AD協定でも、WTO加盟国はこうした「訴訟手続を維持」し、その訴訟手続は最終決定を行う当局から「独立したものとする」(AD協定13条)とされ、司法審査の中立性を確保しなければなりません。
 ただし、ADのような専門的な手続について、そもそも輸入国の国内裁判所が公平な司法審査の場として適しているかどうかは、議論の余地があるところです。
 

Ⅸ.2.2 ADの見直し手続

 もう一つは、輸入国の国内法によって手続の詳細は異なりますが、AD税賦課決定に対する事後的な見直し手続(AD協定11条)を活用することです。
 賦課開始後、その賦課の継続の必要性につき疑義がある場合は、輸出企業として見直しを要求することができます(AD協定11.2条)。また、最終決定による課税期間は最大で5年とされていますが(AD協定11.3条)、その延長の要否を決定するためのサンセット・レビューと呼ばれる見直し調査が開始されることもあります。この場合、輸出企業は、初期調査と同様、質問状や公聴会等の対応を行います。
 見直し手続の詳細については、第Ⅹ回でご説明します。

Ⅸ.3 政府の関与(WTO関連委員会での懸念表明、二国間での働きかけ、WTO紛争解決手続)

  この段階では、輸出企業が活用できる手続はどうしても少なくなりますが、日本政府としての対応の余地は依然としてあります。輸入国政府に対する二国間での状況改善の申し入れのほか、年二回開催されるWTO AD委員会(AD協定16.1条)における「協定の実施・・・について協議する機会」の一環として、決定済みないし賦課中のAD課税について懸念を表明することもあり得ます。
 

Ⅸ.3.1 WTO紛争解決手続の検討について

 上記はあくまで輸入国に対しAD課税の問題点の自発的な是正を求めるものですが、問題点が改善されずに課税が開始され、その後も改善の見込みがなければ、日本政府によるWTO紛争解決手続の活用の検討も視野に入ってきます。
 WTO紛争解決手続の利用は、日本政府による政策判断ですが、その適否の検討の際は、輸出企業とも意見交換を行うことが一般的です。
 WTO提訴及びその後の訴訟手続にあたっては、事実関係(調査対象製品に関する情報や調査手続中に表明した輸出企業の意見の内容等)や、それを踏まえた訴訟戦略や法的論点の策定について、輸出企業と日本政府との間で多くの議論を重ねながら、対応します。特に、輸出企業が調査手続中に主張・反論していた事項が調査当局によって無視されたり、適切に判断されなかったりしたといった事情は、日本政府にとっても、WTO紛争解決手続における有力な主張になり得ます。上記の事情は、調査手続中の輸出企業の各種提出書面と、重要事実開示や最終決定書等を比較検討すれば、ある程度客観的に明らかになるからです。
 

Ⅸ.3.2 WTO紛争解決手続の流れと留意点

 紛争解決手続は、第一審:小委員会(パネル)、第二審:上級委員会、という二審制であり、パネル報告書/(上訴されれば)上級委員会報告書がWTO全加盟国の会合であるDSB(紛争解決機関)により採択された時点で最終判断となり、確定します。最終判断にAD措置の是正勧告が含まれている場合は、輸入国は一定期間内に是正勧告に基づいてAD措置を是正ないし撤廃する義務を負い、不履行の場合は申立国による対抗措置の対象となりえます。
 ところが、現在、第二審の上級委員会は、2019年12月から機能を停止(上級委員が選任されていないため)しており、パネル判断が上訴されると上級委での審理待ちが続く(いわゆる「空(から)上訴」)状態になるという問題があります。この問題に対処するため、有志国が「多国間暫定上訴仲裁アレンジメント(Multi-Party Interim Appeal Arbitration Arrangement, "MPIA")」という枠組みを創設しました。上級委員会の機能が停止している間、MPIAに参加している加盟国との間の紛争については、上級委員会の代わりに仲裁手続きを第二審として利用し、空上訴を防ぐことになっています。日本は、2023年3月にMPIAに参加しました。現状、日本のほか、EU、中国、オーストラリア、カナダなど、53か国・地域が参加しており、これらの国のAD措置についてWTO紛争解決手続で争えば、同枠組みを使った解決を図ることができます。最近の例では、日本が中国による日本製ステンレス製品に対するAD措置をWTO提訴したDS601案件で、パネル報告書が2023年6月に公表され、翌月のDSBで採択されました(中国は上訴しませんでした)。現在は、中国がパネルによる是正勧告を履行するための期間となっています。
 他方、日本企業に対するAD課税の例が多い米国、韓国、インド、インドネシア等は残念ながらMPIAには参加しておらず、これらの国との間の紛争で、措置の是正を勧告するパネル判断を得ても、それが空上訴され、紛争係属中のままAD税が課税され続けるリスクは存在します。他方で、AD措置の問題点を詳細に指摘するパネル判断が公開されるのは、輸入国にとって一定の心理的な圧力にはなりますので、パネル報告書も交渉の一材料としつつ、二国間で措置の是正を働きかけていくことは可能です。実際、MPIA参加国以外の国も当事国として参加する紛争におけるパネル報告書が上訴されずに採択され、紛争が解決した事例も最近はいくつか見られます。
 
【今回のポイント】
○最終決定後は、国内裁判や各種見直し手続等の利用の可能性はあるが、調査中に比べ、意見表明の機会は減る。
○不当なAD措置が強行される場合には、政府による対応の余地があり、AD委員会での意見表明や二国間での働きかけのほか、WTO紛争
 解決手続の利用も選択肢に入る。
 

第Ⅹ回 各種レビューについて

 前回(第Ⅸ回)までで、調査開始前から最終決定、そして各種紛争解決手続の活用にいたるまで、AD調査手続の対応を時系列に沿ってご説明しました。今回はAD調査に関する最終回で、AD課税後に対象企業が直面する各種レビュー(見直し)手続について解説します。
 AD課税後のレビュー手続にはいくつかの種類があり、また国ごとに制度にもバリエーションがあるため、対象企業にとっては混乱を招きやすいものです。
 

Ⅹ.1 行政レビュー(administrative review)

 これは米国特有の手続で、AD税率を将来のダンピング・マージンの予測に基づいて賦課し、実際の取引履歴に基づいて最終税額を決めるという米国の制度に由来するものです。米国固有の問題とはいえ、米国の対日AD は2023年6月時点で21件あり、中国(22件)に次いで多い数です。いずれにせよ日本企業が直面する可能性の高い問題ということになりますので、この機会に概要をご紹介します。
米国のAD税率の算定・賦課は、直近の調査期間のダンピング・マージンを反映して行われますが、あくまで将来のダンピング・マージンの予測に基づく仮の決定であって、課税期間中に対象業者が日々の取引について支払うAD税は、暫時預託される扱いになっています。そして、一定期間経過後に輸入実績を元に実際のダンピング・マージンが確定された後、遡及的にAD税率が確定されます。ある期間に預託されたAD税が、同期間について確定されたダンピング・マージンよりも多かった場合、差額は還付されます。逆に、預託されたAD税が同期間の実際のダンピング・マージンよりも少なかった場合、差額は追徴課税されます。このような実務をとる場合は、かかる最終的AD税額の確定及び還付の決定は、通常、利害関係者の要請から1年以内に行わなければなりません(AD協定9.3.1条)。
 上記の事情のもと、AD課税開始後、直近1年間のAD税率の最終確定・還付・追徴と、向こう1年間のAD預託税率の決定のために行われるのが米国の行政レビュー(administrative review)です。課税開始から1年ごとに、利害関係者の申請に基づいて開始されます。その制度目的は上記の通りダンピング・マージンの確定であり、直近1年間の輸入実績に基づいて還付・追徴額が確定され(※実際の還付・追徴は利息を付して行います。)次の1年間の預託額も算定されます。なお、仮にダンピング・マージンがゼロと算定されれば、翌1年間の預託額もゼロとなり、一時的にAD税の金銭的負担はなくなります。他方、損害・因果関係等他のAD課税要件の充足性についてここで争うことはできません(長期間ダンピングが行われていない場合にAD税の撤廃を求めることができる旨の規定もありますが、その適用は極めて例外的です。)。
 行政レビューに参加した場合には、ダンピング・マージンの再計算に必要なデータ提出が求められるため、その対応にはそれなりのコストがかかります。ただし、元の調査におけるダンピング・マージンの計算方法が不当であると感じる場合などは、この種のレビュー対応で意見を提出することにより、AD税率を当初よりも引き下げることができる可能性もあります。他方、行政レビューに対応しない選択も可能ですが、その場合には、当初調査で賦課された関税率が課され続けることになります。
 

Ⅹ.2 期中レビュー(事情変更レビュー)

 2つ目は、期中レビュー(事情変更レビュー)(AD協定11.2条)です。AD措置は、「損害を与えているダンピングに対処するために必要な期間及び限度においてのみ」(AD協定11.1条)発動可能とされていますが、いわばADの発動を「必要な期間及び限度」にとどめるための事後的なチェックのための制度です。
 

Ⅹ.2.1 一般的規律

 期中レビュー(AD協定11.2条)は、AD課税期間中、調査当局がAD税の「賦課を継続することの必要性」につき見直しを行う手続です。同11.2条によれば、調査当局の職権により、又は、「見直しの必要性を裏付ける実証的な情報」を提供する利害関係者の要請により開始されます。利害関係者は、AD税の賦課継続が「ダンピングを相殺するために必要であるかないか」、AD税の早期撤廃・税率変更により「損害が存続し又は再発する可能性があるかないか」、(あるいはこれらの双方)について検討を要請できます。調査期間は、通常、12ヶ月以内で(AD協定11.4条第2文)、調査の結果、AD税を維持する正当な理由がないとされる場合は、AD税は撤廃しなければなりません(AD協定11.2条)。
 

Ⅹ.2.2 事情の変更(changed circumstances)

 上記がAD協定上の一般的な規律ですが、実態として、調査当局が一度賦課を決定したAD課税の必要性を検討し直すというのは、AD税の税率・賦課の必要性を揺るがすような根本的な事情の変化がある場面くらいしか想定されません。また、輸出者等利害関係者としては、早期のAD課税撤廃を望むのが通常ですが、上記の通り、要請には「見直しの必要性を裏づける」証拠等が必要であり、それも多くの場合、AD課税の前提となる事情の根本的な変化を指すように思われます。このため、期中レビューは、「事情変更レビュー(changed circumstances review)」と呼ばれることもあり、その旨国内法で規定している国もあります(日本でも、関税定率法8条20項により、期中レビューは「事情の変更がある場合」に限定されています)。
 具体的にどのような事情が考慮され、いかなる証拠が要求されるかは調査当局次第ですが、例えば、対象輸入量が大幅に減った(対象輸出者がシェアを減らしたり、ビジネスを変更したりした等)こと、対象輸入価格が大幅に上がったこと、国内産業の状態が改善したこと、等が考えられます。しかし、上記の通り、調査当局が一度決定したAD課税を見直すインセンティブは必ずしも高くはなく、一般論として、期中見直しが開始される可能性や、見直しによりAD措置が緩和・撤廃される可能性は、いずれも低いと考えたほうがよいでしょう。
 

Ⅹ.3 サンセット・レビュー

Ⅹ.3.1 サンセット・レビューとは

 3つ目は、サンセット・レビューです。AD課税は、一般論として「必要な期間及び限度」に限られる(AD協定11.1条)のみならず、発動後原則として5年以内に撤廃しなければならない(AD協定11.3条第1文)との規定もあります。しかし、一定の要件のもと、発動期間の延長の可否を検討するためのレビューを行うことができ、その決定によっては、延長が可能です(AD協定11.3条第2文)。AD課税の終了を俗に「sunset(日没)」と表現するため、この延長調査は課税を終了(サンセット)するか延長するかを決めるためのレビュー、ということで、一般に「サンセット・レビュー」と呼ばれます。
 サンセット・レビューは、その決定内容によってはAD課税期間が延長される(その際、国によっては税率も変更されうる)という、実務的影響の大きな手続です。また、サンセット・レビューを名目とした濫用的なAD延長が散見され、国際規律の観点からも議論の多い制度です。
 

Ⅹ3.2 調査開始と措置の自動的な延長

 サンセット・レビューは、調査当局が「自己の発意」、又は、「撤廃の日に先立つ合理的な期間内」の国内産業による要請に基づいて、「撤廃の日前に」開始されます(AD協定11.3条第2文)。なお、調査期間は、通常、12ヶ月以内ですが(AD協定11.4条第2文)、AD税は、いったんサンセット・レビューが開始されると、その結果が出るまでの間、自動的に延長されます(AD協定11.3条第3文)。つまり、AD措置の終了直前にサンセット・レビューが開始されれば、そのレビュー結果に関わらず、レビューが続く間(最大で1年)、措置は自動的に延長されることになります。
 国によっては、国内法でサンセット・レビューの申請期限(上記「撤廃の日に先立つ合理的な期間」)を早めに設定しているところもあります(例えば日本は「期間の末日の一年前の日まで」。関税定率法8条26項)。しかし、調査当局の「発意」すなわち職権でのレビュー開始が撤廃直前まで可能であることは変わりません。なお、米国では、サンセット・レビューは法律上自動的に開始され、最終決定から5年を経過する日の30日前までに、商務省によって公告されます。
 

Ⅹ3.3 調査手続の流れ

 AD協定上、証拠収集の方法等については原調査の手続規定が準用されます(AD協定11.4条第1文)。よって、例えば、サンセット・レビュー開始直後は、当初調査と同じように当局から質問状が送付されてきます。意見や反証を行う機会も与えられますので、以下で紹介する考慮要素等を踏まえて反論を準備しておきましょう。
ただし、手続の詳細は各国の国内法に規定されていることから、できる限り早期に、当該国の手続を確認する(国によっては、サンセット・レビューの手続に関して、マニュアル等を公開していることがあります。)ことが重要です。例えば、米国のように、原則として、原調査に倣った360日以内の「Full review」を行うが、調査開始公告に対し回答する利害関係者が少ない場合には、「expedited review」と称する短縮した手続(公告から150日以内に完結)を実施する国もあります。
 

Ⅹ3.4 延長の実体的要件と考慮要素

 AD協定上のAD延長の実体要件は、AD税の撤廃が「ダンピング及び損害の存続又は再発をもたらす可能性(the expiry of the duty would be likely to lead to continuation or recurrence of dumping and injury)」(AD協定11.3条第2文)です。原調査では、ダンピング・損害・因果関係が現に存在することが要件でした(第I回参照)。しかし、このAD協定11.3条第2文の文言に照らせば、サンセット・レビューでは、「仮にAD税をレビュー終了時に撤廃した場合」という近未来の仮想事例を想定し、その場合にダンピング・損害が再発ないし存続する将来の可能性を示すことになります(日本法では、AD課税終了の場合に、損害等が「継続し、又は再発するおそれ」(関税定率法8条25項)という表現が用いられていますが、同様の意味に解されます。)。
上記のような仮想事例に基づく認定をどう行うべきかは不明確であり、調査当局によっては、単なる憶測、あるいは、証拠に基づかない決めつけをもって上記存続・再発の「可能性」を認定したと称し、AD措置の延長を強行する例もしばしば見られます。この点、WTOの紛争解決先例では、仮想事例である以上、原調査のような厳密な因果関係(causal link)は要求されないものの、AD税の撤廃とダンピング・損害の再発・存続の間の何らかの結びつき(nexus)を示さなければならない、としたものがあります。日本政府もこのサンセット・レビューの規律には問題意識を持っており、韓国のサンセット・レビュー認定について、WTOに提訴したことがあります(韓国-ステンレス棒鋼(DS553))。同事件のパネル判断は、日本の主張を容れて客観的な証拠に基づく「結びつき(nexus)」の認定の重要性を強調しましたが、韓国の空(から)上訴により、未採択に終わっています。
上記の認定過程における具体的な考慮要素は事案ごとに異なりますが、各国調査当局のガイドライン等の記載を参考にすると、関連しうる事象として、下記のような点が挙げられます。
   

Ⅹ.4 結び

 今回は、AD課税後に想定されうる典型的なレビュー手続(行政レビュー/期中レビュー/サンセット・レビュー)についてご説明しました。もちろん、課税開始後に起こりうる手続はこれだけではありません。例えば、調査期間後に対象産品の輸出を始める業者について新たにダンピング・マージンを個別に決定するための追加調査(new shipper review)(AD協定9.5条)や、対象企業の迂回(circumvention)行動(対象産品を課税範囲から形式的に外す(生産拠点を他国に移す、微少な加工を加える、等)ことでAD課税を回避しようとすること)に対処するための反迂回調査(anti-circumvention investigation)等があります。具体的な手続も調査当局によって多様であり、中には、AD協定等、国際協定との整合性に疑問があるものも散見されます。不透明な調査に直面した場合、早急に詳細を現地法の弁護士に問い合わせる等の対応が重要なのはもちろんですが、国際協定との関係や、調査当局への問合せ、政府意見書の提出の可能性については経産省もご相談に応じます。
 次回は、これまでご説明してきたADに関する知見を前提に、類似の貿易救済制度である補助金相殺関税措置、セーフガード(緊急関税)措置、についてご説明します。
 
 【今回のポイント】
〇行政レビューは、米国独自の手続で、1年ごとに直近の輸出実績を元にダンピング・マージンが計算し直される。
〇期中レビューは、事情変更に基づくAD課税の修正・終了を求めるもの。
〇サンセット・レビューは、AD課税の延長の可否を決める調査。実体要件が不明確であり、曖昧な理由による延長も多い。
 

第Ⅺ回 AD以外の貿易救済措置(補助金相殺関税措置・セーフガード措置)について

 前回まで10回にわたり、貿易救済措置の中で発動件数が最も多く、日本企業も対象になる可能性の高いAD調査を中心に対応方法をお伝えしてきました。
 しかし、貿易救済措置(日本法上の名称は「特殊関税」1 )には、ADのほか、補助金相殺関税(CVD)、セーフガード(SG)もあります(名称及び根拠法令は下表の通り。)。

 一般に、ADほど頻繁ではありませんが、CVD・SGについても日本企業が対応を迫られる場面もあります。そして、前回までで述べたAD調査対応に関する基礎知識を前提とすれば、これら二つの貿易救済措置への対応もある程度効率的に理解可能かと思います。今回はその発動要件や調査方法、企業の対応方法をお伝えします。


※1.正確には、他国のWTO協定違反に対する対抗措置等としての報復関税(関税定率法6条)も含めた総称(関税暫定措置法8条の5参照)

Ⅺ.1 補助金相殺関税(CVD)

Ⅺ.1.1 補助金相殺関税(CVD)とは

 補助金相殺関税とは、Countervailing Duties(※英語での略称は「CVD」)の日本における通称です。輸出国政府の補助金がもたらす利益により、輸出産品の価格が不当に引き下げられ、輸入国の国内産業に損害を与えている場合に、輸入国が対象国・企業を調査し、当該産品の輸入に対して補助金による利益相当額を相殺する追加関税を課すことをいいます(イメージは下図)。


  なお、関税定率法では単に「相殺関税」(同7条)と呼称しており、その方が英語のCountervailing Dutiesの意味にも近いのですが、「制裁関税」(外交上の報復としての関税引き上げ)と語感が似ており、そちらと混同されやすいため注意が必要です。あくまで、調査当局の調査に基づく貿易救済措置の一種です。
 

Ⅺ.1.2 補助金相殺関税の要件

 補助金協定(Agreement on Subsidies and Countervailing Measures。英語名の略語に由来して「SCM協定」とも呼ぶ。)によれば、補助金相殺関税を課税する要件は、(1)補助金(subsidy)が存在すること、(2)補助金が特定性を有すること、(3)当該補助金により利益を受けた産品の輸出により輸入国の国内産業に損害を与えていること、です。以下、簡単に説明します。
 

Ⅺ.1.2.1 補助金(subsidy)の存在

 SCM協定上、補助金(subsidy)とは、①「加盟国の領域における政府又は公的機関」(SCM協定1.1条(a)⑴柱書)からの、②「資金的貢献」(1.1条(a)⑴)であって、③受け手企業に「利益」(1.1条(b))が生じるものをいいます。したがって、日本語の「補助金」の語感から連想される助成金の支給に限られず、政府系金融機関からの融資、官製ファンドによる出資、税制優遇、政府による高値での物資の購入等、様々な形態による民間への財政・金融支援が含まれます。
 

Ⅺ.1.2.2 補助金の特定性(specificity)

 補助金相殺関税の対象となるのは、上記の多様な補助金のうち、特定性(specificity)を有するものに限られます(SCM協定1.2条・2.1条)。規定はやや複雑であり、争いになることも多い論点ですが、要するに、補助金の受給資格が特定の企業や産業に限られていることを指します。全国民・企業に受給資格があるような公的年金・給付金の類は補助金相殺関税の対象にはならないということです。
 

Ⅺ.1.2.3 損害・因果関係

 この点については、SCM協定15条・16条に規定されており、その内容はAD協定3条・4条とほぼ同様です。要件の認定方法や考慮要素については第Ⅰ回・第Ⅴ回の記載をご参照ください。
 

Ⅺ.1.3 補助金相殺関税調査の対応

 補助金相殺関税調査の大まかな流れは下図の通りですが、AD調査とよく似ていることがおわかりになると思います(第Ⅲ回参照)。



  なお、日本企業が補助金相殺関税の対象となった例はWTO発足(1995年)以降1件もありません(2024年6月時点)ので、CVD調査対応の確立した実務は存在しません。ただ、最近では、一部輸出国による各種産業補助金が過度の輸出攻勢を招いているという問題意識から、米国・EUなどの先進国が補助金相殺関税調査を積極化している印象もあります(2023年10月には、EUが中国製バッテリー式電気自動車
の輸入に対して補助金相殺関税調査を開始し、翌2024年6月には、最大税率38.1%の暫定課税措置に関して事前開示を行いました(7月4日までに暫定課税措置の公告予定)2 。)。さらに、いわゆる「一帯一路」構想のもとで途上国への戦略援助を活発化させる中国の活動を背景に、国境を越える資金的援助をも補助金相殺関税の対象にする事例も出てきています(いわゆる「越境補助金」。詳しくは第Ⅻ回でご紹介します)。したがって、日本企業の海外生産拠点がCVD調査の対象になる可能性も今後は想定しておく必要はあるでしょう。
 CVD調査の場合も、AD調査と同様、国内産業の申請(SCM協定11.1条)により開始される場合と、調査当局による職権(SCM協定11.6条)で開始される場合とがあります。調査開始前後の対応については第Ⅳ・Ⅴ回をご覧ください。
 調査開始後すぐに質問状等に対応しなければならない点もAD調査と同様です(第Ⅵ回参照。)が、補助金相殺関税調査の場合、質問状は、「利害関係を有する加盟国」にも送付されます(SCM協定12.1.1条)。質問状には、実施された補助金プログラムの名称、形態(贈与、貸し付け、出資等)、交付された金額等に関する質問がよく含まれますが、実際には「補助金」の存否・金額について、調査当局と対象企業の見解が最後まで対立することが多いようです。その背景には、本来補助金はすべて通報・開示されるべき(SCM協定25条)であるところ、交付国がその義務を適切に履行しているとは限らず、調査当局はしばしば補助金の存在・規模について正確な情報を持たないという問題があります。また、上記の通り、「補助金」と認定されうる措置の外延が広く、果たして対象企業に利益を与える「補助金」といえるのか、しばしば争いの余地があるという事情もあります。
 WTO紛争解決手続における先例を見ますと、中国企業などは、多くの場合、調査対象となっても補助金の受給自体を認めず、補助金に関する質問には答えていないようです。それに対し、調査当局(多くは米国・EU)は、ファクツ・アベイラブルを用いて補助金を認定し、課税を決定することもありますが、WTOパネル・上級委によってその判断が覆されることも多く、やはり補助金の認定は困難が伴うようです。
 日本企業が万一調査対象となる場合、日本国内の補助金はある程度透明性が高いため、補助金の存否・金額の回答はしやすいのではないかと思われます。したがって、その補助金が本当に輸入国の産業に損害を発生させているのか、という損害・因果関係が実際の争点になると推測されます。これは、日本企業のAD調査対応の一典型(マージンを争点化させず、損害論・因果関係論で勝負する)とパラレルに理解することができます。他方、海外生産拠点が補助金を受けているとして調査対象となった場合、限られた期間内に収集できる情報も限られますし、本当にそれが補助金といえるのか、利益を受けていると認めるのか、という「補助金」の認定の可否から争う場面も出てくるかもしれません。
 なお、AD調査と異なり、調査開始前に調査対象国へ協議を招請しなければならない(SCM協定13条)ので、日本の補助金が問題となる場合は日本政府にも協議の機会があります。

※2. https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/ip_24_3231

Ⅺ.2 セーフガード(SG)


Ⅺ.2.1 セーフガード(SG)とは

   セーフガード(Safeguard Measures、略称は「SG」。)とは、国内産業に重大な損害等を与え又は与えるおそれがあるような輸入の急増に対して、数量制限や関税引き上げ等を行うことにより緊急で輸入を制限する措置のことです。GATT19条で「緊急措置Emergency Action」と呼ばれた措置ですが、1994年に制定されたセーフガード協定(Agreement on Safeguards、「SG協定」とも。)において「セーフガード措置(safeguard measures)」という呼称が一般化しました(日本法では「緊急関税」。)。
 セーフガード措置を規定する国際協定は複数ありますが、いずれも、協定が規定する産品の輸入が予想外に急増した場合に、緊急での輸入制限を認める点は共通しています。AD・CVDと異なり、補助金やダンピングといった不公正貿易の認定を必要とせず、したがって対象企業も特定されないという特徴があります。
 ここでは、最も発動頻度の高いSG協定上のセーフガードを中心に説明します。
 

Ⅺ.2.2  セーフガード措置の要件とその特徴

   SG協定上、セーフガードは、下記の要件を満たす際に発動することができます。
① 事情の予見されなかった発展(GATT19条1項(a))により
② 対象製品の輸入が急増(SG協定2.1条)し
③ それにより国内産業の損害が発生又はその恐れがあること(SG協定4.2(a)(b)条)
措置の内容としては、輸入国が「その義務の全部若しくは一部を撤回し、またはその譲許を撤回し、若しくは修正することができる」(GATT19条1項(a))と規定されており、具体的には、対象品目への関税引き上げ(GATT上の譲許義務の撤回)や数量制限(GATT11条上の義務の撤回)などが用いられます。その性質上、特定の不公正貿易ではなく、輸入増加全般に対処するものですので、「輸入源のいかんを問わず」(セーフガード協定2.2条)全WTO加盟国に対して発動しなければならないと定められています(下図は、日本が発動する場合のイメージ図)(※発展途上国に対する適用除外はありますが、日本企業にはほぼ関係しません。)。


 

Ⅺ.2.3 セーフガード調査の対応

 SG協定上のセーフガードの件数は、WTO発足(1995年~)以来2023年までの間で、調査開始が424件、措置発動が213件あります。AD(調査開始6768件、発動4553件)に比べればはるかに少ないことがわかりますが、セーフガードは、上述のとおり全WTO加盟国の産品に対し一律に発動されるため、一度発動されると必然的に日本産品も対象となる、という特徴があります。
 セーフガードは途上国向きの制度といわれ、実際に、歴史的には新興国(インド、インドネシア、トルコ等)が多く活用してきました。これは、国内産業が未成熟な場合は輸入急増・損害が発生しやすいという背景もありますし、またセーフガードはダンピング・マージンや補助金の認定が不要で、AD・CVDよりも調査当局の作業負担が軽いという事情もあるでしょう。ただ、近年では、米国が太陽光パネル(2018年~発動中)・大型家庭用洗濯機(2018年~2023年)に対して立て続けにセーフガードを発動したほか、EUや英国も鉄鋼製品に対してセーフガードを発動中であり、途上国だけの措置とは言いがたい状況です。
 セーフガード調査では、AD・CVD調査と同様、公聴会その他の意見提出の機会は保証されなければならない(SG協定3.1条)とされるほか、手続の詳細は調査当局の裁量に委ねられています。典型的な例を下図に示します。



   AD・CVD調査との大きな違いは、個々の輸出者の不公正貿易を認定する必要がないという措置の性質から来るもので、輸出者への質問状送付は通常行われない、ということです。調査が開始されても個々の輸出者には連絡がないため、調査の進展に全く気づかないまま措置が発動されてしまい、輸出ができなくなってしまった、などという例も過去にはあります。
 他方、調査開始(SG協定12.1条(a))、損害の認定(同12.1条(b))、発動決定(同12.1条(c))はその都度発動国がWTOに通報しなければならないことになっています。また、実際の発動前に輸出国に対し「貿易上の補償」についての協議(「補償協議」)の機会を与えなければならず(SG協定8.1条・12.3条)、協議不調の場合、輸出国は一定の条件のもと対抗措置を講じることもできる(SG協定8.2条・8.3条)など、AD・CVDよりも政府の関与度合いが強いと言えるかもしれません。日本政府(経産省)としてもセーフガードに関するWTO通報は定期的にチェックして該当産品の業界と連絡を取り、影響が大きいと判断される場合には上記補償協議の開催を要求する等の対応をしています。
 もちろん、WTO通報は一般に公開されています3 ので、個々の企業が情報収集することも可能です。セーフガード調査開始の報に接し、それがビジネスに影響があると判断される場合は、早期に利害関係登録を行い、意見書提出・公聴会出席等の手段を講じましょう。セーフガードは対象製品全般の輸入を制限する措置ですので、発動国国内ユーザー・消費者への影響も大きいことが多く、彼らとの連携はAD以上に重要です。第Ⅶ回の「Ⅶ.3ユーザー企業の参加とその重要性」もご参照ください。

※3. WTOウェブサイト(https://docs.wto.org/dol2fe/Pages/FE_Search/FE_S_S005.aspx)にて検索可能。
 

【今回のポイント】

○ 補助金相殺関税(CVD)は、ADとよく似ているが、ダンピングではなく補助金による利益を問題とするもの。CVD調査に日本企業
  が巻き込まれた例はまだないが、一部の先進国が活用する動きがあり、留意が必要。

○ セーフガード(SG)は、全加盟国からの輸入を制限する緊急措置。質問状送付がなく、輸出国政府による情報収集・関与の余地が
  大きい。


第Ⅻ回(最終回) まとめ

 今回まで、「日本企業の海外AD対応について」全12回、類似の貿易救済措置の対応も含め、ご説明してきました。最終回は、前回までの議論を踏まえた現行協定の問題点や、若干の先端的問題にも言及しつつ締めくくりたいと思います。
 

Ⅻ.1 現行協定上のAD調査の問題点


Ⅻ.1.1 ダンピングの概念とマージン計算の負担

 ダンピングは、一般に「正常の価額より低い価額で」(GATT6条1項)輸出することとされています。そのため、正常価格と輸出価格との差額、すなわちダンピング・マージンの認定はAD調査において必須であり、第Ⅴ回や第Ⅵ回で紹介したとおり、その認定の過程で膨大な情報がやり取りされます。企業がこれに対応する場合、価格情報の収集・回答の作業負担は大きいものになります。
しかし、企業は、利益を上げるために輸出をしているはずであり、日本企業がAD調査の質問状を受領する際も、「ダンピングなどしていない」という反応がほとんどではないでしょうか。にもかかわらず、一方的なダンピングの疑いをかけられ、それを機に膨大な価格情報を短期間に収集・整理・提出しなければならず、これに応じなければファクツ・アヴェイラブルにより実態に沿わないダンピング・マージンが認定されてしまうというのは、釈然としないところもあります。しかも、対象企業がどんなに努力しても、制度上、当局の裁定でダンピング・マージンが肯定される余地があることは否めません。諸経費の算定においては意外に当局の裁量の余地も大きい(AD協定2.2条~2.4条等参照)ためです。
 各国の調査当局の実務運用をすべて国際法で規律することは不可能であり、個々の調査対応で不当な認定を許容しない実務を積み重ねていくことが大切ですが、長期の課題として、AD課税の基礎となる「正常価格」とは何であり、ADとは何を目的とした制度なのかという点を有志国で探求する余地はありそうです。
 

Ⅻ.1.2 損害認定における問題(累積認定)

 第Ⅰ回、第Ⅴ回、第Ⅵ回でご説明したとおり、損害認定(ダンピング輸入が輸入国の国内産業に損害)は、輸入国の国内産品と価格帯や品質の異なる製品を扱っていることが多い日本企業が争うことの多い論点です。
 しかし、実は日本企業の産品が輸入国に損害を与えていなくても、損害が肯定され、日本企業も課税対象となってしまう可能性は現行ルール上存在します。損害への寄与は輸出国ごと個別に評価することが原則ですが、WTO協定には「累積」という規定があり(AD協定3.3条、SCM協定15.3条)、複数の輸出国からの輸入産品について、(a)ダンピング・マージン及び輸入量に関する一定の閾値を超えており、かつ(b)「競争の状態」が「適当」であるとの調査当局の決定があれば、複数の国からの産品の輸入全体の影響を累積的に(一括して)評価できるとされています。この累積規定に基づく損害認定では、日本製品だけでなく、他の輸出国の産品も含め、対象輸入全体として輸出先の損害に寄与しているかどうかの争いになりますので、日本企業が自社製品による損害はないといくら主張しても、それは調査当局には考慮されないことになります。
 最近のAD調査において日本製品だけが対象となることは少なく、むしろ他の競合輸出国の製品(世界中で輸出圧力を増している中国製品など)も同時に調査対象となることがほとんどです。そして、日本製品は、多くの場合、その品質・性能・価格帯において差別化することで他国製品との直接の競合を避け、輸出市場での生き残りを図っていることが多いのですが、そのような詳細な事情を「競争の状態」の「適当」性(AD協定3.3条、SCM協定15.3条)の認定において考慮してくれる調査当局は多くありません。結果として、しばしば日本製品は他国の輸入品と累積(一括)評価され、他国からの輸入品(例えば中国製品)との「巻き添え」によってAD税が課される事態が生じてしまうのです。
 経済産業省としても問題意識を持っており、その取り組みについては『2024年版不公正貿易報告書』第Ⅱ部第6章「アンチダンピング措置」末尾コラム(316-318頁2024_02_06.pdf (meti.go.jp))もご覧ください4 。

※4. 政府としての公式な見解ではありませんが、累積の問題を扱った論考としてNishimura, Shohei. ‘Giving Meaning to Limitations’. Journal of World Trade 58, no. 2 (2024): 1–24もあります。
 

Ⅻ.1.3 サンセット・レビューの規律

 ADは5年以内に撤廃しなければならない(AD協定11.3条第1文)のが原則でありながら、しばしばサンセット・レビューによって延長され(AD協定11.3条第2文)、中には数十年にもわたるAD税の継続に至るなど、濫用的なAD延長が散見される点はすでに第Ⅰ回、第Ⅹ回でもご紹介しました。「ダンピング及び損害の存続又は再発をもたらす可能性(the expiry of the duty would be likely to lead to continuation or recurrence of dumping and injury)」(AD協定11.3条第2文)という規定の解釈・適用の問題ですが、同規定の解釈に一定の規律をもたらすことを一つの目的として日本が提起したのが韓国-ステンレス棒鋼(DS553)というWTO紛争解決手続です。同事件のパネル判断は、韓国の空(から)上訴により、未採択に終わっていますが、その概要と意義については、『2021年版不公正貿易報告書』第Ⅱ部第6章「アンチダンピング措置」末尾コラム(291-294頁2021_02_06.pdf (meti.go.jp))をご覧ください。
 
(下図は3種の貿易救済とWTO協定上の関連規定。黄色ハイライト部は、よく争いになる論点。)
  

Ⅻ.2 貿易救済の新しい展開

 最後に、近年散見される、関連協定からは説明しにくい貿易救済の活用・展開について触れておきたいと思います。
 

Ⅻ.2.1 迂回防止(anti-circumvention)措置

Ⅻ.2.1.1 迂回(circumvention)とは
 貿易救済の迂回(circumvention)とは、国際協定で明確に定義されているわけではありませんが、一般に、貿易救済措置の対象となった産品について、その課税を免れるために、賦課命令が示す課税範囲から形式的に外れるように商流を微妙に変更するものの、実質的には賦課命令前と同等の商業活動を維持するような企業行動を指します(『2024年版不公正貿易報告書』第Ⅱ部第6章「アンチダンピング措置」(300頁)2024_02_06.pdf (meti.go.jp))。迂回の類型としては例えば、下記のようなものがあると考えられています。
① 輸入国迂回:課税対象産品を輸出する代わりに、対象産品の部品・原材料を措置発動国へ輸出し、措置発動国内に移転させた生産設備
      において組み立てて販売すること。
② 第三国迂回:対象産品の部品・原材料を第三国に輸出し、当該第三国で組み立てた後に措置発動国へ輸出すること。
③ 微小変更・後発品迂回:課税対象産品をそのまま輸出するのではなく、微小な加工・修正を加え、別の品目や後発品として輸出するこ
     と。
 上記の定義・類型につき、詳細は、『2018年版不公正貿易報告書』第Ⅱ部第6章「アンチダンピング措置」末尾コラム(214-216頁)(2018_02_06.pdf (meti.go.jp))等もご参照ください。
 
​Ⅻ.2.1.2 迂回への対応
 迂回行為が横行すれば貿易救済の実効性が失われるとして、ウルグアイ・ラウンド交渉でも迂回防止措置(anti-circumvention measures。迂回行為を調査・認定し、迂回対象産品にもAD・CVD税を課税する制度。)の明文化について議論されましたが、「この分野の統一的なルールの適用が望ましい」とする閣僚合意5 が採択されたのみで、現在まで国際ルール化には至っていません。一方で、米国やEUは1980年代から迂回防止制度を導入しており、マレーシア(1993)、トルコ(2006)、ブラジル(2008)、インド(2011)、豪州(2013)、パキスタン(2015)、カメルーン(2017)、エクアドル(2018)、カナダ(2018)、ベトナム(2018)、英国(2018)、タイ (2019)、ボリビア(2019)、コスタリカ(2019)、コロンビア(2020)、ペルー(2020)等も続々と迂回防止制度を導入しています。
 真正な商業活動と不当な迂回との線引きは難しく、また国際ルールが存在しないだけに、各国それぞれ少しずつ要件や効果にばらつきのある迂回防止制度を創設し、それらがばらばらに乱立している状況です。例えば、②第三国迂回、③微小変更・後発品迂回の類型の認定には、原調査における対象産品との産品の類似性の認定が必要になりますが、追加的な加工作業で付加される価値をパーセンテージで認定し、一定の閾値を定める国もあれば、様々な考慮要素による定性的な評価にとどめる国もあります。
 日本企業がAD税を課された場合、AD税の負担を免れるための工夫をすることはビジネス上自然な行動ですが、商流を変更する場合には、AD発動国の国内法をよく検討し、国内法における迂回の類型に該当しないか(該当すれば、迂回調査の対象となり、AD税がさらに拡大して賦課されるリスクも生じます。)確認する必要があります。
 なお、日本は現時点では迂回防止制度はありませんが、企業活動のグローバル化に伴い、日本でも、迂回による潜脱のリスクに対処し、貿易救済の実効性を確保するため迂回制度の法制化を求める声もあります。

※5. https://www.wto.org/english/docs_e/legal_e/39-dadp1_e.htm
 

Ⅻ.2.2 越境補助金へのCVD課税

 第Ⅺ回で説明したCVD調査について、根拠規定である補助金協定の条文は1990年代にできたものであり、その時点では、輸出国政府が輸出国域内の企業に補助金を拠出することが当然の前提とされていたと思われます。補助金の定義における「加盟国の領域における政府又は公的機関からの(by a government or any public body within the territory of a Member)」(SCM協定1.1 条(a)(1)柱書)、特定性に関する「交付当局・・・の管轄の下」( 2.1 条柱書)等の表現からもそれは読み取れます。
 しかし、近年では、補助金の実質的な拠出国と、補助金の利益を受けた産品を輸出する国が異なっている事例も出てきています。ある国(A国)による途上国B国への 資本輸出・金融支援の結果、当該B国の輸出競争力が向上し、第三国(C国)の産業に損害を与えた、というような事例です。この場合、資金を拠出しているのはA国ですが、輸入国C国の産業に損害を与えるのは、資金受入国であるB国産品です。もし輸入国C国がこれをCVDで対処しようとするならば、A 国から B 国産業への資本の移動をB国政府による「補助金」ととらえ、同「補助金」を受給した B 国対象産品輸出による損害を認定してB国に対しCVDを課さなければなりません。
 近年中国がいわゆる「一帯一路」構想のもとで途上国への資本輸出や戦略援助を活発化させており、それを契機に急成長した対象国の輸出産業によって損害を受けたとして、EUがCVDを発動する姿勢を見せています。
○ 2019年5月及び6月に、EUは、エジプト産グラスファイバー生地(GFF)及びフィラメントグ ラスファイバー(GFR)に対する CVD
   調査をそれぞれ開始し、2020年6月に CVD を賦課。調査対象企業は中国企業の子会社であり、GFF、GFRをエジプトのスエズ経済貿易
   協力区で生産し、EUに輸出していたが、エジプト政府による電力、土地の安値提供や税の減免措置のほか、中国の国有銀行が対象企業
   に提供した優遇融資や、中国の親会社が同子会社に提供した関係会社間融資をもエジプト政府による「補助金」と認定したもの。
○ 2021年2月、EUはインドネシア産ステンレス冷延鋼板について CVD 調査を開始し、2022年3月にCVDを賦課。調査対象企業は中国ス
     テンレス企業の子会社であり、ステンレス冷延鋼板をインドネシアにあるモロワリ工業団地で生産し、EUに輸出。EU は、インドネシ
     ア政府によるニッケル鉱石の安値提供や土地の提供、税優遇のほか、中国の国有銀行が対象企業に提供した優遇融資をもインドネシア
     政府による「補助金」と認定。本件は、インドネシアによりWTOに提訴(DS616)され、現在パネル審理中。
 上記の通り、越境補助金に対するCVD発動に至ったのはEUだけですが、米国においても、2023年5月に越境補助金に対するCVDの発動を可能とする貿易救済措置関連の規則の改正が提案されており、今後の展開によっては、 実際に越境補助金へのCVD発動実務が広まる可能性もあります。ただ、国境をまたいだ資本の移動は以前から幅広く行われており、先進国から途上国への各種経済支援(日本政府による ODAもこの範疇に入る。)や、インフラ輸出などの各種国際プロジェクトへの投資活動(日本の商社・金融機関によるプロジェクト・ファイナンスへの参画など)など、その多くは健全なものです。ある種の越境補助金への対処の要請は否定されませんが、正当な対外投資・援助を阻害しないようなCVD規律の形成が必要と思われます。この論点に関しては、『2024年版不公正貿易報告書』第Ⅱ部第7章「補助金・相殺措置」末尾コラム(342-345頁)2024_02_07.pdf (meti.go.jp))も参照ください。
 
【今回のポイント】
 
  • ダンピング・マージンの認定、累積認定、サンセット・レビューの規律等、調査当局の濫用的・恣意的な運用が問題となりうる規律もあり、長期的な課題といえる。
  • 迂回防止制度、越境補助金へのCVD賦課等は、新しい動きとして留意する必要がある。

最終更新日:2024年7月31日