OECDでは、グローバリゼーションに伴い、特に先進国の下半分の収入層の人々が取り残されていることを示す十分なエビデンスがあるとの分析44がなされており、生産性を高める政策や人材育成強化政策に加えて、セーフィティネットや社会的・教育的政策の強化、労働市場の整備の必要性について議論されている。
実際に各国において所得の中間層を構成していた製造業雇用者数は先進諸国において下落傾向となっており、これは各国において格差を生む要因の一つとなっている(第Ⅱ-1-4-1表、第Ⅱ-1-4-2図)。他方で、ドイツ等の製造業雇用者数が増えている国もあり、国によって状況が異なる。ドイツが増加している理由としては、高付加価値化を通じて輸出を拡大させたことに加えて、労働市場改革の効果があったことが可能性として考えられる。
第Ⅱ-1-4-1表 各国における製造業雇用者数推移

第Ⅱ-1-4-2図 各国における製造業雇用者数変化(2006→2016)

WTO、IMF及び世界銀行においても2017年4月10日に「貿易を全ての人の成長の原動力とする45」と題する共同報告書を発表した。ここでは、インクルーシブ(包摂的)な成長について言及している国際的な論調として本報告書について概要を記載する。
44 OECD(2017), Fixing Globalisation: Time to Make it Work for All.
45 IMF, 世界銀行, WTO(2017), Making Trade an Engine of Growth for All.
世界経済における貿易の役割は重要な分岐点にある。
貿易の拡大は20世紀後半における先進国と新興国経済を牽引してきた。しかしながら、2000年代初頭に入ってから貿易構造の停滞、世界経済危機後の保護主義の台頭、更なる景気後退のリスクが貿易、生産性、所得上昇の足枷となってきた。それに加えて、貿易は新興国だけでなく先進国においても、あまりにも多くの個人・地域社会を取り残してきた。
先進国の一部のセクターや地域での雇用喪失は、貿易よりもむしろ技術的変化から大きく生じていることが確かである。他方で、貿易に関しても深刻でかつ長期的な悪影響を国民や経済にもたらすことがある。しかしながら、正しい政策を採択することによって、経済は貿易が生み出す素晴らしい機会を享受しつつ、取り残された者にも裨益させることが出来る。これらの政策は貿易調整による負の影響を緩和しつつ、全般的な経済の柔軟性と効率性を上昇させることが出来る。
G20杭州サミットにおいても、各国の首脳は貿易の利益を享受するための国内政策を実行していくべきとの結論に至った。
また、特に先進国において貿易に懐疑的になっている国民に対して、貿易のメリットを積極的に広めていく必要があるという認識にも至った。この資料はそれらを達成するための手段を提供することを目的としている。ここでは、長期的な経済動向について調査するとともに、貿易のメリットについて議論し、また貿易がどのような過程を経てデメリットをもたらすのかについて検討することから始める。後半部分では、国内政策がどのように貿易調整によるデメリットを軽減させることが出来るのか、および貿易政策によって強力な包括的成長が可能であることを分析する。
多角的貿易体制の拡大に支えられた貿易開放は、生産性の向上、競争の強化、価格の低下、生活水準の向上をもたらした。
貿易による資源配分の最適化と新技術の採用によって、業界や企業は生産性が向上している。消費側においては、貿易開放が商品とサービスの幅広い選択肢と低価格化をもたらしており、特に貿易に影響を受ける商品やサービスを多く消費する低所得者層に対して利益をもたらしてきた。貿易によって先進国の低所得者層の家計消費バスケット価格は2/3程度減少(高所得者層は1/4程度の減少)したと推測されている。近年の研究では、貿易がその他の社会的目標を進展させることにも役立っていると示唆している。
他方で、貿易によって負の影響を受ける地域社会・労働者は存在する。
実際に欧米の特定の地域の製造業における輸入競争の結果は、関連する政策が採択されなかった場合にどれほど深刻なものなのかを示している。これらの構造変化は、貿易による影響の波及の早さと大きさだけでなく、経済の健全性、労働市場の硬直性、資源配分最適化に対する障害、社会保障の妥当性にも起因している。強力な経済成長と雇用の伸びを促進させるための政策は貿易調整コストも減少させることができる。構造変化が起きている要因を理解することは、それらに対処するための適切な国内政策を設計する上で重要である。
貿易調整に対処するための国内政策は重要である。
企業、産業、地域間の労働移動を緩和させることで貿易調整のコストは最小限に抑えられ、雇用も促進させることができる。積極的労働市場政策はこれらの取組を支援する上で重要な役割を持っている。就職支援、職業訓練プログラム、あるいは賃金保障などを各国の状況に併せて適切に設計することによって、再雇用を促進し、労働者の技能を上昇させることが出来る。失業保険やその他の消極的労働市場政策のような社会的セーフティーネットは、輸入競争によって影響を受けた労働者に、自分自身で再起する機会を与えることが出来る。これまでのところ、このような手当は限られた影響しか及ぼしていないが、適切に照準が合わせられ、効率的に調整された貿易調整支援プログラムであれば、更なる効果拡大を望むことが出来る。
労働市場政策を超えたアプローチも必要である。
教育システムは、近年の労働市場の変化に対応できるように労働者を準備させる必要がある。また、住宅、金融、インフラなどの政策は労働移動を促進するようなものである必要がある。貿易によって大きな影響を受けた地域社会が再起するための措置も検討するべきである。構造変化は早期かつ包括的に処理されなければ、地域社会への影響はより長期的で深刻な結果につながる可能性がある。競争力と生産性の向上を支援するような政策は、失業した労働者が新たな転職先を見つけることを確実にするのにも役立つ。
更なる貿易統合は、世界の経済成長を活性化させ、包摂的な貿易環境を整備するために重要である。
農業などの伝統的な分野については影響について留意することが必要であるが、サービスやデジタル貿易などの業界は貿易改革が成長に特に大きく貢献できる分野である。よりオープンな貿易をしていく上で、二国間及び地域間の貿易協定は重要な役割を果たすことが出来る一方で、これらの協定における革新的な部分については、最終的には世界全体にも適用されるべきである。更に、これからはコストのかかる社会及び経済的な是正措置を避けつつ、貿易について幅広い支持を確保するためにも、貿易調整費用の軽減は貿易改革の不可欠な部分であるべきである。
WTOを中心とした強力な世界貿易体制は依然として重要である。
徹底された貿易ルールは、競争を促進させるとともに国際貿易が公平であると国民に示して安心させることが出来る。WTOの紛争解決機能は、関税やその他の従来の貿易措置だけでなく、貿易を損なう可能性のある補助金やその他の国境を越えた「措置」に関するルールを実施するための強力な手段であることが証明されている。WTOの紛争解決機能を維持していくためにも、これまで以上にその透明性やその他の重要な機能の価値を認識していくことが重要である。また、多国間の交渉を達成するための柔軟なアプローチなどをはじめとするWTOの近年の交渉機能の上昇についても認識していくことが必要である。これらの分野における継続的な努力は、あらゆるタイプの保護主義を阻止しつつ、貿易協定が公平な貿易ルールを提供していることを実証することができる。
第Ⅱ-1-4-3図 インクルーシブな成長のための施策

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